閑話 アルトゥールの執務室にて
すみません、投稿し忘れていました。
2018/03/01に追加投稿いたしました。
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「そろそろ其方にも伝えておこうかね」
「何をでしょう?」
「ブリッツェン君の本当の力だよ?」
「ブリッツェンの本当の力とは?」
アルトゥールの執務室。いつものようにヴィルヘルムとの密会を行っているようだ。
「その前に、其方は”黒髪黒瞳”の噂を知っているかい?」
「悪魔の子と呼ばれる、あの廃れた伝承ですか?」
「そう。その廃れつつある伝承は、ある意味本当なのだと僕は思っている」
「どういう意味でしょう?」
「それはね――」
遥か昔、大陸中が伏魔殿の中のように魔物が闊歩していた時代、全属性を使い熟す大魔法使いがいた。
その大魔法使いは魔物を屠り、人間が安心して暮らせる土地を切り開いた。
その後、魔物を率いたドラゴンに王国が襲われた。
それを守ったのもまた全属性を使い熟す大魔法使いだった。
王国が成長を成している途中、北方の国に敗れた。北方は小国の集まりで、戦力は王国が圧倒していたにも拘らず。
敗戦の理由は、北方の国にいた全属性を使い熟す大魔法使いに蹂躙されたことによる。
これらの出来事に拘った全属性を使い熟す大魔法使いは全て別人物で、全て”黒髪黒瞳”であった。
そのため、”黒髪黒瞳”は味方であれば頼もしいが、敵になると非常に恐ろしい存在となることから、良くも悪くも特別視された。
そして、王国で最後に”黒髪黒瞳”が見掛けられたのは、かの北方の国と戦争、それも敗戦時。
それもあってか、”黒髪黒瞳”は悪魔の化身と恐れられ、実際は”黒髪黒瞳”ではない濃い茶など黒に限りなく近い色の髪と瞳を持つ子どもが生まれると、”悪魔の子”として命を奪うようになった。
その後、魔法が廃れて魔術が世に広まると大魔法使いそのものが忘れられ、悪魔の子の話も起源が不明なまま、現在のように僅かに語られる程度となった。
魔法が廃れて幾年月、”魔法を使う者は劣った者”と言われ始めたのは、魔術を上回る力を発揮する魔法使いを恐れた貴族が己等の力を誇示するために、危険な魔法使いを数の暴力で滅ぼし、魔法使いになろうと考えないようにするために流布された。
当然ながら、魔法が魔術より優れてるなどと広めるわけにはいかず、魔法を使うのは劣った者である、と羞恥心を煽るような形で、”魔法使いになりたくない”と思わせるよう、魔法使いは恥ずかしい存在として人々の心に植え付けた。
その話は時代とともに忘れ去られてきたのだが、そのような話が平民より貴族に受け継がれているのは、今なお平民にはない危機感を貴族が持っているためか、はたまた貴族は家系がしっかりしているため、口伝として平民より受け継がれ易いからなのだろう。
「これは、王家に伝わる文献にあった話を要約し、一部は僕の推測なのだけれど、その文献は必読要項ではないんだ。だから僕はたまたまこの本を目にしただけで、知ったのは……一年くらい前かな」
「閣下……」
「シェーンハイトはブリッツェン君の大ファンでね、彼に初めて会ったことは当時から何度も聞いていたんだ。でも、彼が”黒髪黒瞳”だということをすっかり失念していてね、今回の事件で偶然にも彼を確保できたんだ」
「…………」
アルトゥールは終始笑顔を崩さない。
「其方は、ブリッツェン君の魔法は”オマケ”だと言っていたけれど、僕は魔法の方が本命だったんだよ」
「…………」
「今回の事件で、王女を救ったのがブリッツェンという少年だと聞いたとき、僕はすぐにはシェーンハイトが憧れている少年だとは気付かなかった。でも、彼が捕らえられたその日に、シェーンハイトはたまたまブリッツェン君と再会していてね、その話を夕食時に聞いて、ブリッツェンという名に聞き覚えがあった理由が判明したんだ」
ここでアルトゥールはカップを口に運び喉を湿らす。
「それから僕はシェーンハイトから改めてブリッツェン君の話を聞いて、彼はいずれ大魔法使いとなる英雄だ、そう言い切るシェーンハイトの感の鋭さに驚いたよ」
片時も崩すことのなかった笑みを、不意に真剣な表情に塗り替えたアルトゥール。
「――ヴィルヘルム、”黒髪黒瞳”は大魔法使いの証だよ」
アルトゥールの口から発せられた低い声を耳にしたヴィルヘルムは、その言葉の内容なのか、はたまたアルトゥールの迫力に気圧されたのか不明だが、ゾクリと身体を震わせた。
「……閣下、そのお話はどこまで広まっておりますか?」
「兄さ……陛下もご存知ない。僕だけが知っている話だ」
ヴィルヘルムの問に、尚も真剣な表情のアルトゥールが答えた。
「まぁ、僕の希望込みの憶測も多分に含まれているけどね」
再び表情を崩し、アルトゥールはいつもどおりの笑みを浮かべた。
「彼に見せてもらった魔法。あれも凄かったが、あれが本気なのであれば、彼はまだ成長途中だ。そして、頭も切れるようだがそれでもまだ子どもだ」
「そうでございますね」
「ならば、手先の駒としてではなく、しっかり抱え込み懐柔すべきだと思う。彼が完成してしまう前にね」
「その方法は既にお決めになっているようですな」
少々呆れた雰囲気を醸し出すヴィルヘルムに、アルトゥールは”ニヤリッ”と擬音が見えるような笑みを浮かべ口を開いた。
「彼を、ブリッツェン・ツー・メルケルを、ライツェントシルト公爵家に養子として迎え入れるつもりだ」
「……な、なんと! しかし、ブリッツェンは田舎の在地騎士爵家の三男に過ぎません。そのような者を公爵家に迎え入れるとなると、変に勘ぐられてしまうのでは?」
「性急に事を運ぶつもりはないよ。彼が成人するのは約二年後だ。彼が成人する前に、養子として迎え入れるくらいでいいんじゃないかな」
事も無げにアルトゥールは言う。
「それでも、ブリッツェンが二年後も在地騎士爵家の三男であることは変わりませんが?」
「彼はワイバーンを仕留めている。しかも姉と二人で」
「その噂は耳にしておりますが、仕留めたのは姉の方だと」
「ブリッツェン君は魔法使いであるがため、あまり目立ちたくないんだよ? それなら、聖女と崇められる姉の手柄にしようと思うだろうね」
「確かに……」
「でだ、この二年の間に彼の実力を把握して、彼が成人する前に北の伏魔殿に――」
「まさか?!」
北の伏魔殿とは、王都の北に位置する古くからある巨大な伏魔殿であり、その存在は王都と王国北方の交通の便を悪化させている原因である。
「ドラゴンを屠ってもらう」
「そんなことが可能なのでしょうか? 長きに渡り数多の有能な騎士や魔術師が命を落としているのですよ。いくら彼が魔法使いであっても、そう簡単には――」
「それくらいしか僕が養子に引き取れるような条件はないだろ?」
「もしそれで彼が命を落としたら……」
「過去の大魔法使いの話、僕は御伽噺だとは思っていないよ。だから、彼ならきっとやってくれる。万が一命を落としたら……うん、そうなったらそうなったで仕方ないかな」
人一人の命を、仕方ないで片付けてしまうのは些か横暴ではあるが、コレが為政者なのだろう。
「逆にドラゴンスレイヤーともなれば、彼に直接爵位を与えることにもなる功績だからね、在地貴族の息子ではなく、爵位持ちの当主を養子にすることになる。もしかすると、そっちの方が問題かな?」
「どうにも閣下は楽天的過ぎます」
「それ程大魔法使いに期待しているってことさ」
「何を言っても無駄なのでしょうな」
頭を抱えるヴィルヘルムを他所に、アルトゥールは楽しそうに笑っている。
「なんにしろ、”ブリッツェンと言う名の腕の立つ子ども”が僕の手の内にあることは、ある程度の地位に居る者には知られているだろう」
「いくら王女誘拐事件が非公開とは言え、あれだけの騒ぎでしたゆえ、完全に情報封鎖ができているわけではありません。当然ブリッツェンの存在は知られているでしょう。そして、王都ではまだ大々的に知られてはおりませんが、ブリッツェンが伏魔殿を平定したことなどの活躍は一部で広まっておりますので、”腕の立つ子ども”であることも、一部の者は把握しているかと」
メルケル家の情報収集をしていたシェーンハイトは別格であるが、ブリッツェンの功績は地味に噂として広まっているのは事実だ。
「女王誘拐事件自体は置いといて、ブリッツェン君の噂が広まるのは仕方ないと思っている。だからといって、敢えてブリッツェン君の存在を喧伝する必要はないが、彼が凄腕であると広まってしまうのは好都合だ。それが抑止力になる可能性もあるからね。ただ、魔法の存在だけは絶対に秘匿しなければならない。だから、あまり目立たさせたくはない気持ちもある。なんとも歯痒いよ」
「ですが、シェーンハイト嬢の護衛に取り立てたのも、結果的にはブリッツェンの存在そのものが抑止力になっているかもしれまん。その点だけをみれば良かったかと」
王女誘拐事件で、王女を救った褒美として上流学院進学を賜ったブリッツェンだが、公的にはシェーンハイトの護衛となっている。
そのブリッツェンを公爵邸に住まわせていることから、様々な噂や憶測が飛び交い、彼を調べる者も多くいる。
だが、ブリッツェンが巧妙に魔法を隠しながら功績を積み上げてきたことで、彼を調べれば調べる程、手出しがしにくくなるだろう。
「それはこれからをみて判断しよう。――それはさておき、当面のことなんだけれど、彼らが夏休みに入ったらヴァイスシルト領に行かせようと思うんだ」
「何ゆえ?」
「ブリッツェン君を一度あの名誉宰相に合わせておこうと思ってね」
「ブリッツェンの素性についてはお知らせするのですか?」
「名誉宰相にはあの方をお守りして頂いているからね。心強い味方がいることを伝えておきたいんだ。ブリッツェン君は、『また情報を拡散したのですか』とか言って怒りそうだけれど」
「…………」
現状は魔法使いの情報を拡散させないようにしているアルトゥールだが、使える場面では武器として使用する腹積りのようだ。
「話は変わるけど、あっちの方はどうだい?」
「現状は特に動きはございません」
「そう。まぁ、後手に回らないように警戒の方は頼んだよ」
「畏まりました」
何とも言い難い密会はこれで終了のようだ。
こうして、ブリッツェン本人の与り知らぬ場で、彼の未来は彼の手の届かぬ場所で着々とレールが敷かれていくのであった。
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