第十三話 スパルタ教育
公爵邸で生活する旨を俺に伝えたアルトゥールは、今度は姉達に視線を向けた。
「君達二人にも、我が家の通行許可書を渡しておくから、気軽に訪ねてくれて結構だよ」
「「ありがたく存じます」」
姉さんも姉ちゃんも囲い込まれたか。ごめんよ。
「そうだ、ブリッツェン君」
「なんでしょう」
「君はあくまで従者だからね。同じ屋敷で生活するといっても勘違いしないように」
いつもの如く笑顔だが目の奥が笑っていないアルトゥール。しかも、いつもが優しく思える程に凍て付くような視線を向けてきた。
「心得ております」
ちょっとアーデルハイト様に近付けた、と喜んだことがバレてしまったか?
「シェーンハイトは大事な一人娘なので」
「は、はい」
そっちか。大丈夫、俺はシェーンハイト様も好きだが、それよりアンタの奥さんの方がもっと好きだからね。こんなこと口が裂けても言えないけど。
そして数日後。俺の部屋が用意できたとのことで、ライツェントシルト公爵邸へと引っ越した。
引っ越しといっても、元から旅支度で王都にいた俺の荷物は何もなく、身一つで公爵邸に入れば完了だ。
「ようこそブリッツェンさん。今日からここが貴方のお家よ」
「これからお世話になります。アーデルハイト様」
「ブリッツェン様、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします、シェーンハイト様」
本当にいいのかな、俺がアーデルハイト様とシェーンハイト様の住む屋敷で生活して。
なんだか毎晩賢者になりそうな予感がするな。
「それから、ブリッツェンさんの専属にフィリッパを連れてきましたので、身の回りのことは彼女にお願いしてくださいね」
「そ、そんな、俺……私に専属など不要です」
「あらフィリッパ、ブリッツェンさんは貴女を不要と仰っておりますよ。なにか粗相でもしてしまったの?」
俺の言葉を拾ったアーデルハイトが、笑みを崩さぬままフィリッパに視線を向け、叱るでもなくやんわり尋ねた。
「ち、違います。フィリッパは何も粗相などしておりません。むしろとても良くして頂いております。ただ、私には分不相応なので――」
「それでしたら問題ありませんわね」
フィリッパが謂れのない罰でも受けてしまっては事なので、俺が慌てて口を挟むと、アーデルハイトはしてやったりと言わんばかりに笑顔を深めた。
おぅ、これはゴネても無駄だわ。完全に掌で踊らされちゃったよ。
それにしても、アーデルハイト様は相変わらず美しいな。近くで見ると美しいのがより一層わかる。
確か、二十代後半くらいのはずだけど、五年前と変わらず二十歳くらいに見えるぞ。
こうして、公爵家で専属メイド付きの生活が始まった。
俺の引っ越しが済んだことで、早速魔法の指導を始める。
流石は公爵家といったところか、室内訓練場が用意されており、魔法の練習はそこで行なわれることとなった。その場には、初等学園時代からシェーンハイトのお付きをしていた双子の姉妹も同席している。
これは、いくら秘匿である魔法の修練のためとはいえ、若い男女を密室で二人っきりにすることができない公爵家としての譲れない措置であった。
そしてこの双子は子爵家の娘なのだが、今後も長くシェーンハイトの従者として生活していくので、護衛として力を持つ必要もあり、シェーンハイト共々魔法を習得することになった。
そこで、俺を安心させるためだろうか、魔術契約なるものをアルトゥールが二人と結んでくれた。
魔術契約とは、まだ奴隷制度があった頃に利用されていた奴隷契約を改良したもので、現在は守秘義務のある契約などで利用されているようだ。
ただし、この契約で直接死に至らしめることはできないが、生涯言葉を話せなくなるなどの強い契約も可能なので、一歩間違うと奴隷契約になってしまう代物らしい。
いくら魔術契約があるとはいえ、これ以上の拡散は辞めていただきたい旨をアルトゥールにお願いし、現状の拡散はどうにか防げている。しかし、これ以上広まらないという保証はないのだ。
「ブリッツェン様、成功いたしました」
「シェーンハイト様、感覚は覚えていますか?」
「多分……覚えているかと」
シェーンハイトは、教えたその日に魔力の錬成に成功していた。そして、魔力放出による枝倒しまでやってのけたのだ。
それから数日は魔力制御を重点的に行い、今日は光属性の回復を練習させるため、俺の腕に切り傷を作り、それを回復してもらっていた。
最初は上手くいかず、泣きそうになりながら「ブリッツェン様申し訳ございません」と謝っていたが、そのうち、「わたくしの所為でブリッツェン様が痛い思いをしています」と泣いてしまい、荒療法だが「シェーンハイト様が頑張ってくださらないとこの傷は治らないです。もしかすると痕が一生残ってしまうかもしれません」と追い詰めたところ、やっと成功したのだ。
いつも笑顔の美少女が見せる泣き顔とか、なんか唆るものがあるな。あれ、俺って実は嗜虐的な性格だったのかな、などと思う場面もあったが、自分の趣味趣向については考えないようにし、先駆者として確たる姿勢で指導していた。
「では、忘れないうちにもう一度やってみましょう」
サクッ――
「ブリッツェン様、ご自身のお身体を傷付けるのはお止めください」
「シェーンハイト様、のんびりしていると血がどんどん出てしまいます。あっ、目眩が……」
「えっ、あっ、えーとー……」
シェーンハイト、絶賛スパルタ教育中。――ただし痛いのは俺。
さて、シェーンハイトのお付きである双子の姉妹だが、俺の一歳下でシェーンハイトの一歳上である十二歳だ。二人とも学年はシェーンハイトに合わせているので、この二月から上流学院に進学となる。
姉のルイーザは魔力素が多い方だが、魔術は苦手で肉弾戦を得意としている。
赤みがかった淡い紫色の髪をポニーテルにして活発そうなイメージなのだが、表情が乏しく口数が少ないうえに口調もお硬い真面目ちゃんなのだ。
そして、身体能力は見た目のイメージどおり高く、殊の外繊細で空気の読み取りや気配りに長けていることから、シェーンハイト曰く、頼れるお姉さん、らしい。
妹のルイーゼも魔力素が多く魔術師として期待されているが、姉同様に魔術が苦手で剣を武器にした戦闘をしている。
青みがかった淡い紫の髪をツインテールにしていて、姉のルイーザより若干幼いイメージだ。そして実際、イメージどおり子どものように喜怒哀楽をハッキリ表す。
些か運動が苦手なようだが、いつも笑顔で元気が良い。しっかり者の姉と比べると何処か抜けている。
思ったことを素直に口にするので少々危険ではあるが、一応礼節は弁えているので大問題には発展しないとのことで、シェーンハイト曰く、年上だが放っておけない妹的存在、のようだ。
双子は双方とも菫色の瞳で、髪型と髪色以外の外見はほぼ同じなので、見た目でわかる違いがあるのは正直助かる。そしてこの二人、ずば抜けて可愛いわけではないが、年齢相応の体躯でなんか普通に可愛らしい。
そもそもこの世界、何故か容姿のレベルが非常に高く、貴族ともなると更に見目麗しい人物がわんさかいる。なので、双子も十分可愛いのだが、この世界的な感覚では『中の上』といったところだろう。
そんな二人もなかなか筋が良く、上流学院入学前にしっかり魔力素の錬成と放出をやって退けた。
今は魔力制御を重点的に覚えさせているところだ。
「明日から上流学院が始まるけど、シェーンハイトのこと、よろしく頼むよ」
「はい。お任せください」
「君が推測していた、あの事件の本当の狙いがシェーンハイトであった可能性は否定できない。そして、学院内での警護は生徒にしかできないとなると、君に頼らざるを得ない状況だ。そうなると、襲撃者も生徒となるわけだけど、生徒だから弱い、とは言い切れないからね」
「そうですね。常に気を張っておきます」
上流学院の入学は王女救出の褒美だったわけだが、そんな建前はすっかりなかったように警護を任された。
だが、俺とてシェーンハイトは守ってあげたいと思っている。何せ、俺のアイドルであるアーデルハイトの娘で、シェーンハイトもまた俺のアイドルなのだから。ならば、しっかり守り通すのみだ。
「それから、魔法の存在は頼もしくあるが、敵に回すと恐ろしくもある」
「私は自分が魔法使いなのでわかりませんが、魔法を使えない方からしたら、そういった認識なのでしょうか?」
「僕はそう思うよ。だから、魔法の情報は君の望むとおり極秘情報とする。君なら心配要らないと思うけれど、くれぐれも魔法の存在を公にしないように」
「それでしたら、私はアルトゥール様が心配なさる以上に警戒しておりますので、ご安心ください」
「うむ。よろしく頼むよ」
こうして、この世界での二度目……いや、冒険者学校を含めれば三度目の学生生活が始まることとなった。
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