第十四話 王都での日常
「二人とも、給仕がだいぶ板に付いてきたね」
「ブリッツェン様、私はこれでも初等学園で三年間お嬢様の護衛を務めてきたのです。そのようなご冗談はお止めください」
「それはすまなかった」
学院生活は何とも平和であり、俺が護衛に付いたことで、ルイーザ・ルイーゼの双子姉妹の仕事は護衛兼給仕だったのが、最近はメイド服を着てすっかり給仕として働いていた。
「ところで、どうして二人はシェーンハイト様の専属になったんだい?」
「それはですね~、わたし達の母がシェーンハイト様の専属をお探しになっていると聞いて、母が若い頃に公爵様のメイドをしていた関係を利用して、年齢の近いわたし達をねじ込んだようです」
「ルイーゼ、”利用して”や”ねじ込んだ”とは良い言い方ではありませんよ」
「あ~、姉さまごめんなさ~い」
この双子も、慣れてくるとなかなか面白い。
当初、ポニーテールで淡い赤紫の髪が姉のルイーザで、ツインテールで淡い青紫の髪が妹のルイーゼ、と見た目で見分けていたのだが、今では性格的な部分も把握できてきたので、俺は二人の声だけ聞いて口調や会話内容でどちらかがわかるようになったいた。
今は一日の任務も終わり、二人の魔力制御の進行具合を俺の部屋で確かめている最中だ。
シェーンハイトの魔術訓練ではどうしてもシェーンハイトが優先になってしまうので、こうして自由時間に見てあげているのだが、如何せん秘密事項の魔法を扱っているので、安全な俺の部屋で行う必要がある。
適性属性の検査をしたところ、姉ルイーザが火と風、妹ルイーゼが水と土で、双子でも属性は被っていなかった。
ルイーザは身体能力が高いので、何れはエルフィに風魔法で機動力を上げる戦い方を仕込んで貰おうと思っている。
ルイーゼは身体能力が低いわけではないのだが、若干運動が苦手な様子から、俺が使う土を操ったり泥濘みにしたりする補助的な役割をする魔法を教えるつもりだ。
「どう? お喋りしていても探知は継続できてる?」
「集中力が低下すると、どうしても範囲が狭くなってしまいます」
「それでも、探知が途切れてないんでしょ?」
「はい」
「そうなると後は慣れかな」
生真面目なルイーザは、元から集中力があるので魔法を扱うのには適している。
「ルイーゼは?」
「途切れてしまいました……」
ルイーゼは集中力が散漫で、継続して集中することが苦手だ。しかし、しっかり集中できているときは非常に優秀で、そのときの魔力制御は姉ルイーザ以上なのだ。
「ルイーゼは魔法云々を抜きにして、集中力自体を上げないとだな」
「昔から落ち着きが無いと言われてたです」
いつも笑顔で元気の良いルイーゼだが、喜怒哀楽がハッキリ顔に出るので、今は凄くションボリしている。
――コンコンコン
「もうそんな時間か」
「本日もありがとうございました、ブリッツェン様」
「またよろしくお願いしますね、ブリッツェン様」
「じゃあ、寝る前はしっかし放出してね」
「「はい」」
さっきのノックは、”今日は終わりにしてください”の合図だ。
魔法のことを知らないフィリッパは、俺の専属であれど勝手に部屋に入ることは許されておらず、双子が訪ねてきている際にはこうして時間を教えてくれることになっている。
「ありがとうね、フィリッパ」
「いいえ、これが私の務めですので」
俺に頭を下げるフィリッパの髪がサラサラと流れる。
肩の上で切りそろえられた茶髪はメイドとして非常に清潔感があり、高身長でスレンダーな体型も相まって、凄くできる女っぽい。いや、実際に良くできる人物だ。
ただ真面目過ぎるので、表情が乏しいのが少し残念に思う。
切れ長で少々吊り気味の目だから些かキツく見えるけど、整った顔立ちだし笑っても綺麗だと思うんだよね。深い緑の瞳も、如何にも職務に忠実で真面目な感じが漂ってるけど、楽しみや喜びに輝かせてみたい。
いつかどうにか笑わせてやろう。
なぜかどうでも良い決意を固める俺であった。
「ブリッツェン様、ここを教えて頂けますか?」
「ここはですね――」
今日も今日とて学院でお勉強……なのだが、先日の試験で満点を叩き出した俺は、試しにとやらされた試験もほぼ満点を出してしまった。
しかも、その試しにやらされた試験は卒業試験の問題だったらしく、筆記試験に関して俺は既に卒業資格を得てしまっていのだ。
だが、社交の実技などは試験をしていないので、完全に卒業資格を得たとはいえない。
なので、俺は座学の授業を免除されたのだが、本来の任務がシェーンハイトの護衛であるため、しっかり授業を受けてシェーンハイトのお勉強のお手伝いをしている。
「ブリッツェン先輩、ぼくはここがわからないです」
「……」
「ブリッツェン先輩?」
王都にある上流学院なので、シェーンハイトと同じ年の従兄弟である
「……
「嫌だなー、ブリッツェン先輩。ぼく達は同級生なのですよ? 以前のようにヘルマンと呼んでくださいよ」
「それでしたら、ヘルマン様も私をブリッツェンと呼んでくださいませんか」
この面倒臭いのは、王国にたった二家しかない公爵家、俺の世話になっているライツェントシルト公爵家以外のもう一つの公爵家であるヴァイスシルト公爵家のヘルマンだ。
俺を追いかけて、わざわざキーファー初等学園に入学までした俺の信者でもある。
「ぼくはブリッツェン先輩を尊敬しているのです。ですから、例え同級生であろうと呼び捨てになどできません」
「それでしたら、私も公爵家の方を尊敬しておりますので、呼び捨てになどできません。そして、今の私はライツェントシルト公爵に仕えておりますので、尚更ヘルマン様を呼び捨てになどできません」
ヘルマンは悪いヤツではないんだけど、ちょっと面倒臭いんだよな。
「ヘルマン。ブリッツェン様が困っているではありませんか」
「シェーンハイトはズルいよ。屋敷に帰ればブリッツェン先輩に教えてもらえるのだろ? ならば、学院でくらいぼくがブリッツェン先輩に教わっても良いではないか」
今では日常茶飯事となったこの遣り取り、ただでさえ近寄り難い二公爵家の二人が毎日この調子なのだ、話し掛けてくるような者などおらず、本来の上流学院の趣旨である”貴族間交流”など皆無であった。
まぁ、俺は貴族間の
「そういえば、ヘルマン様のお父上が近衛騎士団の副団長になられたのですね」
「そうです。近衛騎士団の団長であったヴィルヘルム様が軍務伯となり、近衛騎士団の団長は副団長がそのまま昇格して、副団長に王国騎士団で副団長をしていたお父様が就任したのです」
ヘルマンの父は、ヴァイスシルト公爵の嫡男……いや、今は当主になった方で、アーデルハイトの兄であるアロイス・フォン・ヴァイスシルトだ。
血統の近い王家なので、アルトゥールのはとこでもある。
近衛騎士団の役割は、本来、団長が国王を守り、副団長が宮内相と協力して宮中の安全管理をしているようだが、ヴィルヘルム団長体制時は逆になっていた。
そして今回、団長に昇格した元副団長がそのまま国王を護衛し、新しく副団長になったヘルマンの父アイロスが宮内相と協力する通常体制に戻ったらしい。
元に戻ったとはいえ、これは宮内伯のアルトゥールの差し金だろう。
そしてこの人事は、王女誘拐事件の責任を重く見て、誘拐事件を未然に防げなかった軍務伯シュレーゲルが退任に追い込まれたことに起因する。
当代限りの爵位である宮廷伯を失ったシュレーゲルは、重複所持していた男爵の爵位で地方の領地へと去っていった。
ちなみにこの元軍務伯は、俺の取り調べにも直接姿を見せていた人物だった。
ガッシリとした体型で、スキンヘッドにこげ茶色のフサフサした鼻髭、グレーの瞳を持つ鋭い視線で威圧感たっぷりの偉そうな人がいるな、と思ったら、その人こそが元軍務伯だったようだ。言われてみれば如何にも軍部のトップという感じだった。
俺は元軍務伯にネチネチ尋問され、バシバシ殴られたのでよく覚えているのだが、軍務伯の地位を奪われたと聞いて、軽くザマーと思ったものだ。それくらい思っても許されるだろう。
それはそうと、俺は細かい部分を把握していないのだが、この世界の政治にも派閥があるようで、どうにもアルトゥールが地盤固めをしているように思える。
シュタルクシルト王国は、王家の血を引く公爵家が二家しかないわけだが、この二家の結束は、ヴァイスシルト家のアーデルハイトがライツェントシルト家に嫁いでいることからも強いと思われる。それでいて、アルトゥールが王弟であり次期国王候補の継承権第一位であることから、単純に考えれば勢力としては一番強いのだろう。
他の勢力を知らないので、実際はどうなのかは不明だ。
先日、俺はなんとなくアルトゥールに質問した。
『アルトゥール様は、何れ国王になられるのですか?』
『僕は王弟として国王を補佐するための教育を受けてきたんだ。王の器ではないよ』
そうニコリと答えてくれた。そして、王家特有の黄色味の強い金の瞳に、野心のような悪い感情は感じられなかった。
しかし、王国の歴史書などを読むと、王弟が権力を握った結果、国を二分する内戦などが起こっている。それは、地球でも似たような出来事があったと、勉強のできなかった俺でも薄っすら記憶している。
アルトゥールにその気はないようだが、アルトゥールを担ぎ上げてどうにかしようとしている者がいる可能性もある。
今までは気にすることもなかった勢力争いだが、現状はアルトゥールに仕えていることもあり、最近は少し気になるようになった。
――キーンコーンカーンコーン
「シェーンハイト様、下校のお時間です」
「はい、ブリッツェン様!」
「それではヘルマン様、失礼いたします」
「ヘルマン、ごきげんよう」
「……」
本日も無事に下校と相成った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「彼は自分がシェーンハイトの護衛兼魔法の講師だと思っているようだが、誘拐事件の証人として重要な立場に置かれていることは気付いていないようだね」
「閣下が後ろ盾となっている現状、完全な庇護下にあると思っているようですね」
「シュレーゲルはなんとかなったけれど、シュバインシュタイガーの方は彼に接触してくれるかな?」
「動きがあるとしら、子どもを使ってくる可能性があるかと」
「上手く釣れてくれるといいのだけれど」
執務室でヴィルヘルムと止ん事無い密談をしているアルトゥールだが、毎度のことながらきな臭い。
「ところで閣下、私も魔法を覚えたいのですが」
「其方にはそんな時間はないだろ? それに、彼も教えたがらないと思うけどね」
「やはり無理ですか」
魔法に興味津々なヴィルヘルムは、がっくりと肩を落としていた。
「落ち着いたらおいおい考えるさ」
「落ち着きますか?」
「落ち着かせるさ」
肩を落とすヴィルヘルムとは対照的に、アルトゥールは何とも言えない笑みを浮かべていた。
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