第十五話 危険な芽

「シェーンハイト様、なんちゃって魔法陣も随分と様になってきましたね」

「もう少し安定しましたら、わたくしも『聖なる癒やし』と偽って奉仕活動ができますか?」

「偽ると言いますか、むしろ『聖なる癒やし』より効果があるのですが……」

「ですが、大手を振って使用できない現状ですと、偽ると言う他ありませんよ」

「まぁそうですね」


 シェーンハイトは、今まで俺が魔法を教えた誰よりも有能だった。

 何といっても、あの才能の塊であるエドワルダをも凌ぐ勢いで魔力制御を身に付けているのだ。

 俺以外に基本となる基本四属性の全てに適性があったのはエドワルダだけだったのだが、このシェーンハイトも基本四属性に適性があり、更に光属性にも適正のある五属性の適性所持者であった。

 師匠の話では、基本四属性と光と闇のどちらかの五属性持ちも数十年に一人いればいい、というようなことを言っていたが、シェーンハイトは数十年に一人の逸材だったわけだ。


 そんなシェーンハイトはせっかく他の属性も使えるのに、とにかく光属性ばかりに集中していた。

 変にあちこちに手を出して器用貧乏になるより良いのかもしれないが、少々勿体なくも思う。


 そういえば、エドワルダとも上流学院で再会し、最近の彼女はほぼ毎日公爵邸に顔を出している。

 アルトゥールに平民であるエドワルダの存在を、それも魔法使いであることを伝えるのは、変にエドワルダを目立たたせてしまうと思い躊躇したのだが、『ブリっちと一緒に練習したい』という本人の言葉を尊重し、アルトゥールに紹介したのだ。


『ブリッツェン君、魔法は女性でないと覚えられないのかい?』

『そんなことはありませんが』

『では、なぜ君以外は全員女性なんだい?』


 エドワルダを紹介した際にアルトゥールにそう言われ、俺自身が初めてその事実に気付いた。決して意図的ではないのだが、結果的には男性の魔法使いが俺しかいないのが現状であった。……いや、厳密に言えば師匠は男性なのだが、このときの俺は師匠の存在をすっかり失念していたのだ。まぁ、仮に忘れていなかったとしても師匠のことは言えないので、結局は俺しか男性魔法使いがいない事実に変わりはないのだが……。


 そんなエドワルダだが、俺は一つの任務をお願いしている。それは、誘拐事件に関連することの情報収集だ。

 あの事件がシェーンハイトを狙ったものであれば、今でも危険は十分にある。その護衛のために俺は雇われているのだが、守るうえで少しでも情報が欲しい。

 そのため、重要な情報をぼかしてクラーマーに情報収集をお願いし、何かわかればエドワルダに知らせてもらうことになっている。

 アルトゥールも情報収集をしているだろうが、俺に全ての情報が下りてくるとは限らず、また、商人ならではの情報網があることを期待してのことだ。



「ブリッツェン、ルイーザはかなり良くなっているわね」

「姉ちゃんは滅多に顔を出せないからね。エドワルダの練習相手にもなるし良かったよ」


 風魔法で機動力を活かす戦法はエルフィの十八番おはこだが、それを目指しているエドワルダにとって、新たに同じような動きをするルイーザの存在は有り難い。

 ルイーザとしても、滅多に顔を出せないエルフィに変わり、ほぼ毎日顔を出してくれるエドワルダがいるお陰で、成長のスピードが上がっているのだ。

 とはいえ、まだルイーザが風砲移速魔法を覚える段階には届いていないので、風のローブを貸して動きを身体に覚えさせている。


「シェーンハイト様、如何ですか?」

「聖女アンゲラ様、どうにも魔力消費が抑えられないのです」


 シェーンハイトは、アンゲラから防御の付与魔法を教わっている。

 アンゲラは負傷者を治す以前に、負傷者を出さないようにする魔法を考えた結果、光の魔法で防御膜を付与する魔法を創り上げたのだ。

 その思想に賛同したシェーンハイトはアンゲラから指導を受けているわけだが、成功はしても魔力消費が多く、現状は使いものになっていないらしい。


 いやー、ここにいる女性は皆可愛いけど、やっぱ姉さんとシェーンハイト様の組み合わせが一番華があるよな。二人がああやって教えあっている姿を見てるだけで、俺は天国にいるかのような気分になれるよ。

 あの、女性同士のヤツをなんだっけ、百合とか言うんだっけ? 俺はそんなのに興味なかったけど、あの二人ならありだね!


『あら、シェーンハイトさん、タイが曲がっていてよ』

『お姉様』……ぽっ――みたいな!


 あぁ~癒されるぅ~。どこかにセーラー服はないのかな?


「ブリッツェン様」

「ふぁ~……」

「ブリッツェン様!」

「……あ、ごめんルイーゼ」

「魔法には集中力が大事なのですよ」

「はい、すみません……」


 百合百合しい世界に見惚れてたら、生徒であるルイーゼに怒られてしまった……。



「ブリっち、これ」

「ありがとうエドワルダ」


 今日の練習が終わり、帰り際にエドワルダが一通の封書を手渡してきた。


「クラーマーさんからとなると……」


 食事や入浴を済ませると、俺の手伝いを終えたフィリッパが部屋を出たのを確認し、探索魔法をしっかり発動させて封を開けた。

 そこには、曖昧な噂話が多いようだが、外務伯であるシュバインシュタイガー伯爵が関係しているらしき情報が記載されていた。


 事件に直結するような情報自体は書かれていなかったが、シュバインシュタイガー伯爵の名が口の端に掛かる機会が多かったことが書かれている。そして、シュバインシュタイガー伯爵がどのような人物かが詳細に書かれていた。


 ラスター・フォン・シュバインシュタイガー伯爵 三十五歳


・数代前に豚の飼育をしていた青年が徴兵された戦でたまたま功績を残し、時の王に男爵位と領を与えられたのが一家の興りであるが、領地経営の才があった先々代の功績で遂に伯爵に陞爵した比較的新興の貴族家である。


・ラスターの父である先代は、先々代(ラスターの祖父)の威光で宮中職に就き、娘が第二王妃となったことで外務伯にまで駆け上がった。だが、ラスターの父を快く思わない者が多かった。


・父は王女の祖父であり第二王妃の父であることを良いことに勢力を拡大し、宮中で評判が悪かったが、その後を継いだラスターも方々から要注意人物扱いされている。


・父の地盤を受け継いだラスターは非常に傲慢で生意気なことから、『豚舎上がりの成り上がり』と陰口を叩かれている。


・ラスター自身は第二王妃と同腹の兄であり、王女は姪になる。


・先々代を含む以前の当主は能力に優れていたが、先代と当代は凡庸なうえに野心家なので敵も多い。が、優秀だった先代々からの取り巻きもまた多いために自身の派閥の勢力はなかなかに大きい。


・現状外務伯のラスターは空位になった宰相の座を得ようと目論んでいる。


・息子のフライシャーは王女の婿候補。


 凄いなクラーマーさん。商人はこんなことがわかるのか。

 ってか、シュバインシュタイガーって長い名前だな。それより、その人は野心家で、王女の伯父に当たるのか。


 あの誘拐が王女目的であれば疑わしくないけど、シェーンハイト様が目的であったのであれば、疑わしい部分はあるよな。

 シェーンハイト様は現国王とアルトゥール様が亡くなれば女王になる現状だと、シュバインシュタイガーがシェーンハイト様を邪魔だと思う可能性はある。とはいえ、現国王とアルトゥール様が健在な現状で、シェーンハイト様に手を出す理由はわからないけど。


 とにかく、複数の噂話に名前が上がるような人だからな、一応警戒しておこう。



 そんな報告から数日後、俺は上流学院である女性に声をかけられた。


「貴方が王女殿下を助けたという人かしら?」

「ええと、そうですが」

「わたくし、ニクセ・フォン・シュバインシュタイガーと申しましてよ」

「はぁ、私はブリッツェン・ツー・メルケルです」


 この人、シュバインシュタイガーと名乗ったけど、あの・・外務伯と関係あるのかな?


「やはり貴方がそうなのね。――随分と小柄なのですね」

「ええ、まぁ」


 これでも身長は伸びてるんだぞ! まだ百四十センチもないけど……。


「ブリッツェンさんとお呼びしてもよろしいかしら?」

「どうぞ」

「わたくしのことはニクセとお呼びくださいまし」

「わかりましたニクセ様」


 何なのこの人? 言葉はちょっとキツイ感じだけど、ほんの少し丸みを帯びた輪郭は優しげな雰囲気を作り出している。そして、軽く垂れた愛嬌のある目をしていて、癒し系な感じで見た目は好みんだけど、なんか取っ付きにくいな。


「わたくし、こう見えましても水属性の回復の魔術が得意でして、髪の色と水属性をかけまして『水の精霊』と呼ばれていますのよ」

「そうなのですか」


 確かに真っすぐ伸びた淡い水色の長い髪で、雰囲気的には精霊と呼ばれるのもわかる気がする。でも、『だから何?』ってのが俺の率直な感想だけど。


「ブリッツェンさんのお姉様は、『天使』やら『妖精』やら『聖女』やらと呼ばれているらしいですわね」

「本人達が自称したことはありませんが、そのように呼ばれているようですね」


 何だ、二人にライバル心でも燃やしてるのか?


 もしかして俺に気があるのかも……などと少しだけ期待してしまった俺の心は、少しだけ傷付いてしまった。


「あ、あの、ブリッツェンさん?」


 急にモジモジしだしたぞこの人。

 見た目は確かに好みなんだけど、この人はあのシュバインシュタイガー家の可能性もあるし、何か罠かもしれない。

 さっき、ほんの少しだけ変な期待をしちゃったけど、二人に迷惑がかからないように危険な芽であれば、ここでしっかり摘んでおかないとな。

 それに、実際はどんなのか知らないけど、ハニートラップとやらかもしれないし、一応その線でも警戒しておかないと。


 様々な思考が過ぎった俺は気持ちを落ち着け、ゴクリと唾を飲み、「なんでしょう?」と返答した。

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