第二話 旅は道連れ
「皆の今後の予定がどうなっているか知らないけれど、俺の勝手な予定を聞いて欲しいんだ」
久しぶりに会ったのだ、当然ではあるがシュヴァーンの予定など知らない。なので、皆の予定など考慮せず、取り敢えず俺の思惑を伝えることにした。
というのも、今回の魔法使いの村探しの旅では、シュヴァーンを連れて行こうと思っているので、彼等の意思を確認しなければならないからだ。
俺の考えでは、魔法使いの村が発見できるかどうかは不明だが、発見できなくても皆には良い修行になると思っている。
もし、魔法使いの村が発見できたのであれば、俺は魔法使いの人々と親交を深めたいと思っているので、必然的に魔法使いの仲間が増える。それであれば、知己の者を魔法使いにするのもありだと思った。――なんとも勝手なトンデモ理論ではあるが……。
そんな俺からすると、シュヴァーンは単に冒険者のパーティではなく、信頼できる掛け替えのない仲間だ。であれば、実際に魔法使いに会える……としたら、彼等にも是非習得して貰いたい。
うむ、相変わらず独り善がりな勝手な考えだ。
「今回、俺はライツェントシルト公爵に、王国直轄の伏魔殿の調査探索を申し付けられたんだ。それに、シュヴァーンも同行して貰おうと思ったんだけど、どうかな? あっ、これは命令ではなく、あくまで俺からのお誘いだから、嫌なら断ってもいいよ」
俺の言葉に、シュヴァーンの四人は顔を見合わせた。
「リーダーがいるから大丈夫だと思うっすけど、新人パーティでは足手纏じゃないっすか?」
「平定するためではなく、あくまで調査目的の探索だからね。無理はしないよ」
「リーダー、お賃金はどーなのー」
「そーだなー……、毎月一人金貨一枚でどうかな? それとは別に獲物の換金は今までどおりで」
「何もなくても、金貨一枚?」
「そうだよマーヤ」
月に金貨一枚は十分……とは言い難いが、なかなかの金額だ。だが、魔道具袋を持つシュヴァーンであれば、自分達で稼ぐのも
それでも、ただ旅をするだけで最低限の給料が貰え、獲物を狩ればその換金額の一部も貰える。そう考えるとこの話は、シュヴァーンくらいの駆け出し冒険者にとって、本来は破格とも言える条件なのだ。
「あたしはアンゲラ様とご一緒できるだけでぇ、お賃金など気にしませんよぉ」
恋する乙女のようにモジモジとするイルザ。モジモジして揺れてますよー。
「自分もリーダーと一緒に旅がしたいっす」
キザっぽく赤茶色の髪を掻き上げるヨルク。あんまカッコよくないよー。
「あーしも聞いてはみたもののー、お賃金は二の次なんだよね―」
黄色味がかったオレンジの瞳を楽しそうに輝かせるミリィ。じゃー聞くなよー。
「マーヤも旅がしたい」
焦げ茶色の瞳を収めるジト目がいつも以上に眠そうなマーヤ。もっとシャッキっとしなさい。
「じゃあ、同行してくれるのかな?」
どうでもよいことを考えつつも、全員が元気に「はい」と言ってくれたことに感謝の気持で一杯になった。
そしてそれは、実に嬉しいことであり、幸せな気持にさせてくれる大切なひと時である。この時間を再び味わえたことに、俺は一人、胸を高鳴らせた。――魔法に関することを隠しているので、若干の罪悪感と共に……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お父様、お母様、お久しぶりでございます」
「アンゲラ、アンゲラではないか……」
「わたくしもおりますわよ」
「あら、エルフィまで。急にどうしたの?」
アインスドルフに訪れ、アンゲラは三年ぶり、エルフィは一年ぶりとなる両親との再会を果たす。
「ブリッツェンは、……まぁいいとして、どうして二人がここに?」
父に
俺の扱いが雑過ぎませんかね。などと些か不貞腐れそうになる俺は、『数年ぶりの再会なのだからそれも仕方のないことだ』と自分を納得させ、暫しその光景を眺めていた。
それはそうと、俺とエルフィで平定した伏魔殿の跡地であるアインスドルフ。この地を初めて訪れたアンゲラは、その目で確認し、両親が心血を注いで街を造っている話を聞き、非常に感動している。
当然、その日は深夜まで語り明かしたのであった。
「じゃあ、顔を出せそうならまたくるから」
「三人共、あまり無理するんじゃないぞ」
両親とそんな挨拶を交わし、シュヴァーンを加えた俺達はアインスドルフを出発した。
行き先の当てが、以前王都の図書館で読んだ本にあった”
そんな旅の仮終着地点。それは、我が故郷メルケル男爵領が王都の南西の端にあるので、このほぼ真北になる。しかし、そこには越えられない山脈があるため、直接向かうことができないのだ。
結果、山脈を迂回する形で一度東のキーファー辺境伯領に向かい、そこから北西に進む。
そして、王都の西端であり、隣国であるレーツェル王国との唯一の窓口であるトリンドル侯爵領に一度顔を出し、そこから南下するルートを選択せざるを得なかった。
いや、実際は山脈付近の伏魔殿から探索するのも可能なのだが、『アルトゥール様からの命で探索をしている』という体裁を整えるため、一度はトリンドル侯爵領に顔を出さなければならないのだ。これも貴族の
一年の制限がある旅で、尚且つ無駄な移動を強いられる状況なので、時間を優先するならば魔法使いである俺達姉弟だけで進む方が断然速い。そして、そうするべきなのだろう。
だがしかし、魔法使いの村を探し出すことは、そう簡単ではないと思っている。それこそ、『一生をかけて探そう』と以前に思った程だ。であれば、旅路を急ぐことより、”シュヴァーンの成長に時間を費やす”ことを俺は選択した、というわけだ。
それはそれとて、現状はトリンドル侯爵領を目指して安全な街道を移動している。
そんな旅路で、俺はふと気付いた……というか気になった。
「なーイルザ」
「なんですかぁ~?」
「イルザはもう仮神官になれる年齢だよな?」
「そうですがぁ~」
それが何か、とでも言いた気に小首を傾げるイルザだが、その仕草が非常に可愛らしかった。思わずときめいてしまった俺は、そのまま交際を申し込みたくなったのだが、たまたま逸らした視線の先にいたエルフィと目が合ったことで、どうにか冷静になれた。
あの目は、俺が何を考えているか理解はしていないが、善からぬことを考えている、というのには気付いた目であった。そんな目を見てしまえば、浮かれた気持ちなどすぐに沈静化するのは当然なのだ。
「ほ、ほら、正式な神官は姉さん達みたいに真っ白な装束だけど、仮神官は灰色の装束のはずでしょ。でも、イルザは見習い神官の着る黒の装束だったのが、今更ながら不思議に思えたんだよね」
この世界の成人は十五歳だが、十二歳の仮成人を迎えると賃金が発生する仕事に就ける。
しかし、神官は成人の十五歳で正式な神官。仮成人の十二歳で仮神官。それに十歳でなれる見習い神官と三段階あり、それぞれの立場で装束の色が変わってくるのだ。
「それはですねぇ~――」
少し恥ずかし気に頬を染めたイルザが、おっとり口調で応えてくれた。
なんでも、冒険者としての活動に夢中になり過ぎて、仮神官になる規定に届かなかったと言うのだ。
神殿相という機関があるように、神官は一種の国家公務員的立場だ。それでも、敬虔な信者であれば平民でもなれる、シュタルクシルト王国で一番敷居の低い機関だろう。
そして、神殿での奉仕活動は誰にでもできるが故、正式な役職に就くにはしっかり行なう必要がある。
それこそ、冒険者として活動していた期間のあるエルフィだが、冒険者になる以前はほぼ毎日神殿に通っていた。
しかし、イルザも地元ではそうであったのだが、冒険者となり本拠地をメルケルムルデとしたことで、地元での奉仕活動の成果が加味されていないのだ。
それもそうだろう、通信の発達していないこの王国で、一信者の奉仕状況をわざわざ神殿間で遣り取りなどしているはずはないのだ。
それが、既に神官なっている者であれば、『素晴らしい実績の有る方が、今度そちらに移動します』などという連絡はするだろう。だが、只の信者であれば、そのようなことはしていられない、というのが実情だ。
「エルフィ様のお口利きでぇ、少しくらい顔を出さなくとも大丈夫だと思ったのですがぁ~、流石に考えが甘すぎたようですぅ~」
そういえば、姉ちゃんがまだ王都に行く前は、たまに二人で一緒に神殿に出向いてたな。その際に少しは融通して貰っていたんだろうけど、その後は姉ちゃんの威光も無く……って感じかな?
あれ? でも、イルザは『第三の聖女』とか『水の聖女』なんて呼ばれてる……はずだよな?
あれか、単にイルザのファンみたいな輩が勝手に呼んでるだけで、神殿としては『聖女』だなんて思ってないってことかな? まぁ、本人は聖女と呼ばれるのは
「ん~と、イルザは将来的には神官になりたいの? それとも、ずっと冒険者をやる感じ?」
見習いの黒い神官服でもイルザは可愛いが、正式な神官が纏う真っ白な神官服、それを着たイルザはもっと可愛いはず、などと思っている俺は、興味本位で質問してみた。
「アンゲラ様のようになりたいと思っていたのですがぁ、冒険者も楽しいのですよぉ~。それでもぉ、冒険者を一生続けるのは難しいじゃないですかぁ~。……どうしたら良いのですかねぇ?」
「そーだなー……、ん?」
あれ? 何で俺がイルザの将来について考えてるんだ?
「あっ」
「どした?」
頭の上に『!』が浮かんだような表情を見せるイルザが、いつもの魅力的な笑顔とは少し違う魅惑的な表情を見せた。……いや、魅せたと言った方が良いだろう。
イルザが後数年、もう少し年齢を重ねれば、蠱惑的な笑みを浮かべちゃったりするんじゃね? あぁ~、それはそれで見てみたいなぁ~。などと詮無きことを思いつつ、俺を魅了して止まないイルザの表情にドキドキしていると――
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