第三話 和やか(?)
「ブリッツェン様のお嫁さんとかぁ、どうですかねぇ~」
「!!!!」
可愛らしくも美しいイルザの笑顔が、『閃きましたぁ~』と言わんばかりの表情になったかと思うと、薄っすら口角を上げ、得も言えぬ魅惑的な表情に早変わり。
そんなイルザの口から発せられた鈴の音の如き美声は、想定外の
そして、その心地良い
そして知る。
普通、こんなことを言われたら心臓がバクバクするのだろうが、あまりにも衝撃的な言葉をもらうと、心臓が”バクバクする”のではなく”止まりそうになる”のだ、と。
あっ、良かった、俺はまだ生きてる。
いやいや、そんなことはどーでもいー! いや、どーでも良くなくはないけど……って、思考が整理できん!
お、落ち着け俺。って、落ち着けるかー!
ヤバイよヤバイよ~! こ、これってアレだ……、きゅ、求婚だよー。
どど、ど、どーてーちゅうわー! って、違わないけど……そーじゃなくて、どーしよぉ~。
も、もし、……もしこのままイルザが俺の、お、お嫁さんになったら、と、当然夜の営みとかあるよな。そそそ、そうなったら、あのフワフワしてそうな、や、柔らかマシュマロを……ウヘッ、ウヘへ、…………っていかんいかん。
ここでがっついたら、俺がモテない悲しい男だとモロバレてしまう。ここは、酸いも甘いも知り尽くした大人の男、……そう、紳士的な対応をしないと!
ふっ、流石だな俺! 完璧な対応を思いつくとは。
「おほんっ! イルザ……さん? あぁ~、お、俺ってこれでも一応貴族だからさ、け、結婚とか自分の意思だけで決められないんだー。あは、あははははー」
何言ってんだ俺……。
「ぷふっ」
「ふぇっ?」
軽く吹き出し、魅惑的な笑顔からいつもの可愛らしい笑顔になり、口元に左手を当て、声を押し殺しているのだろうが抑えきれずにクスクスと声を漏らイルザ。
そんなイルザの挙動に、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
きっと今の俺は、出してしまった声と同様に表情も間抜けなのだろう。知ってる。
そんな情けない自分を思い描いていると、ふと思った。
アンゲラやアーデルハイトが、笑顔だけで何種類もの顔を持っているように、イルザもまた沢山の笑顔を持っているのだと。
そして気付く、俺も間抜けな変顔であれば沢山持っている事実に……。
「冗談ですよぉ~。――ブリッツェン様ってぇ、意外と可愛いのですねぇ~」
状況に思考が追いつかず、現実逃避気味に自虐的な考えに及んでいた俺に、笑いの波が落ち着いたのであろうイルザが、悪戯心を含んだような笑顔で
「じょ、冗談だってわかってたし。ちょ、ちょっと真面目っぽく答えただけだし」
「ですよねぇ~」
何この子。めっちゃ可愛いんですけど! その笑顔を俺だけのものにしたい! いや違う、笑顔だけでは足りない! そう、俺はイルザの全てが欲しい! た、例えばそのたわわに実った……、ハッ! なにこの殺気?!
己の間抜けさなどとうに忘れた俺が、鼻息も荒く一人で興奮していると、何やら突き刺さるような視線を感じた。
俺は錆びついたブリキのおもちゃの如く、ギギギと首を
そんな俺の視線の先には、微笑ましそうに俺とイルザの遣り取りを見ている親愛なる聖女アンゲラの姿があり、俺の心が安らぎを得る。
だがしかし、その聖女の隣で、眼力だけでドラゴンすら撃ち落としてしまいそうな迫力の聖女エルフィが、その眼力で俺を射殺さんと言わんばかりに鬼のような形相で睨み、凄んでいる。――その表情は、美少女がしてはいけない類のアレで、とてもではないが、聖女と呼ばれている美少女と同一人物には思えなかった。
そんな物凄い迫力に屈した俺が縋るように逆を向くと、ヨルクとミリィがいや~な感じでニタニタしており、マーヤはいつも通り眠そうだ。――実際に眠いかどうかわわからんが……。
俺は、藁にもすがる思いで向けた先の視線に、ひとつかみの藁さえ無いのだと悟り、逃げ場などないのだと気付いた。
そして、何とも居た堪れない気持ちになった俺の興奮などあっという間に沈静化され、最後の手段である”開き直り”で、何事もなかったかのように話を終えた。
そんな
ここトリンドル侯爵領は、俺の秘密――魔法使いであること――を知っているトリンドル内務伯が前当主であったため、その伝手で俺達がトリンドル侯爵領へ訪れることは事前に伝えられている。魔法云々の情報が伏せられているのは言うまでもない。
道中は些か情けない部分を晒しちゃってたからな、ここからは少し気を引き締めよう。
俺は誰に言うでもなく、若干萎びて緩んだ気を、ひっそり且つしっかり心の中で締め直した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お久しぶりでございますベルンハルト様」
「久しぶりだねブリッツェン君。――アンゲラ様、エルフィ様もよくぞおいでくださいました」
隠居した名誉宰相が住まうヴァイスシルト領へ出かけた際、名誉宰相の孫娘であるシェーンハイトの護衛隊の隊長を務めてくれたのがベルンハルトだ。
このベルンハルトという青年は、トリンドル侯爵の嫡男――トリンドル内務伯の孫――であり、王国の駐留軍として第三騎士団を率いて実家であるトリンドル侯爵領に滞在している騎士である。
そんなベルンハルトとは、ヴァイスシルト領で少しではあるが一緒に剣の稽古などしたので、貴族間の交流が乏しい俺の数少ない『貴族の知人』だ。
そしてなぜか俺は、ベルンハルトに好かれているというか気に入られている。
「取り敢えずここでゆっくりしていってくれたまえ」
「お気遣い感謝いたします」
侯爵家の嫡男に在地騎士爵家の俺達が
「君がブリッツェン・ツー・メルケルかい?」
「はい、トリンドル侯爵」
ベルンハルトに通された客間で、仲間内だけで暫しのんびりした後、当主であるトリンドル侯爵と軽く顔合わせをした。
「うむ。父リーカスから手助けをするように仰せつかっている。何かあれば遠慮なく言ってくれ」
「ありがたく存じます」
内務伯やベルンハルトもそうだが、この一族は茶色みの強い金髪で明るい碧眼が特徴のようだ。
目の前にいる、現トリンドル侯爵であるペール・フォン・トリンドルも、俺の知る他のトリンドル家の者と同じ特徴を持っていた。
挨拶の後、侯爵と少し雑談をしたのだが、トリンドル家は代々文官を排出しているの家系らしい。だが、ベルンハルトだけは毛色が違うようで、「畑違いの騎士団に入ってしまって困っているのだよ」、などと言っている。
そんな話を聞かされた俺の方こそ対応に困るのだが、愛想笑いで無難に流しておいた。
トリンドル侯爵邸で長旅の疲れを癒やした翌日、腰を落ち着ける間もなく早速調査に出発する。
俺達は観光の旅ではなく、調査をするためにやってきた。時間も限られており、のんびり腰を落ち着けている余裕などないのだ。
今回の旅の名目は、『未開の王国直属地の調査』となっている。バカ正直に『魔法使いの村を探しにきました』などと言えるはずもない。
さて、これから俺達が向かうトリンドル侯爵領とメルケル男爵領の間は、山脈も含めて王国の直属地となるが、ほぼ伏魔殿で囲まれているので詳しい状況は知られていない。
過去に調査が行なわれていたようだが、それでも奥地までは及んでおらず、伏魔殿平定が推奨されなくなった以降となると、全く手付かずだという。というのも、この直轄地の範囲が途轍もなく広大であるため、本気で調査をしても簡単に調べきれるようなものではないのだ。
そんな未知の地へ赴く俺達を少しでも楽に進ませるべく、トリンドル領の伏魔殿を出るまではベルンハルト達が護衛をしてくれることになっていた。
どのみち、シュヴァーンの面々の前では魔法が使えず、俺や姉達の動きが制限されるのは想定どおりであるが、護衛がいてはシュヴァーンの訓練にはならないので少々迷惑に思った。だからといって、『結構です』と断るわけにもいかず、必要の無い護衛に守られながら進んでいる。
ちなみに、誰の差し金かはわからないが、アンゲラも冒険者の資格を得ている。そのお陰で、トリンドル領の伏魔殿も特別な手段を用いなくても入ることができるのだ。
全てのギルドが王国の機関とはいえ、冒険者学校を出ていない姉さんに資格を与えるとか、権力者はズルいよな。まぁ、姉さんは実際に伏魔殿に入って魔物を仕留めてるし、俺とか姉ちゃんから知識も得て、下手な冒険者より冒険者足り得てるけど。
それに、俺もその恩恵でちょっとズルしてるわけだし、有難くはあっても文句は言えないか。
若干、自分が不正をしているようで罪悪感を抱いている。だが、『貴族は偉い』『上位貴族の言うことは絶対』、それがこの世界の常識である。
であれば、『朱に交われば赤くなる』ではないが、俺は良い部分だけ交じるように心掛けよう、と都合の良いことを考えつつ、伏魔殿へ向かって軽やかでも重くもない、平常心でただの一歩を踏み出した。
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