第五章 自由奔放編

第一話 聖女が三人

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「フライシャーは、あれ以降ブリッツェンに接触しておりません」

「そうなると、本人の意思で動いていたのかな?」

「そうかもしれませんし、父親に接触を禁じられたのかもしれません。何にせよ、現状は向こう側としては動きを控えているようです」

「ニクセはどうしてる?」

「アレもまた、神殿には顔を出しているようですが、ブリッツェンとの接触は減っているようです」

「そうか」


 年が明けたら旅に出たい、とブリッツェンには頼まれてはいるが、どうしたものか。

 彼曰く、ルイーザとルイーゼは下手な兵士より戦力になり、シェーンハイト自身もかなり動けるようになっていると聞く。

 相手側も動きが沈静化している現状、魔法使いの村を発見させるなら今しかないかもしれないな。

 しかし、もし発見しても彼が素直に報告してくるかどうか……。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ブリッツェン様、やはり駄目なのですか?」

「未開の地にある伏魔殿の探索ですからね。私としては大丈夫だと思うのですが、どうしてもアルトゥール様が納得してくださらないので、残念ですが……」

「そうですか……。それでしたら、なるべく早く帰ってきてくださいね」

「最長で一年の時間しか貰えていませんので、遅くとも一年で帰ってきますよ」

「絶対ですからね。必ず帰ってきてくださいね」

「心配いりません。必ず帰ってきます」


 駄目で元々と思い、アルトゥールに魔法使いの村を探す許可を貰いに行くと、説得の甲斐があり、一年ではあるが時間を与えてもらった。

 そして、その旅にシェーンハイトも行きたいと言い張ったが、流石に今回は明確な目的地がない危険な旅ので、アルトゥールが首を縦に振ることはなかった。

 俺としても、シェーンハイトを危険な目に合わせるのは本意ではなく、後々の隠蔽の妨げになるので、……いや、本音を言おう。『四六時中気を張っていなくて済む!』これが一番大きな理由で、兎にも角にもシェーンハイトを同行させなくて済むのは正直助かった。

 代わりというわけではないが、お供を連れて行くことが許されたので、姉達を連れて行きたい旨を伝えると、それもすんなり承諾された。


 シェーンハイトの代わりなどとは言わず、俺の旅のお供に二人を指名したことを姉達に告げると、真面目なアンゲラは、『ただの下っ端神官なのに、また神殿とは無関係なことで王都を離れて良いのかしら?』と少々困り顔を見せた。

 一方、ポンコツな姉であるエルフィは、『そろそろ魔道具袋もどきに新しい品を蓄えたかったのよね』などと素っ頓狂なことを言い出し、焦点の合わない瞳でニヘラと笑う様は、他人にはとても見せられないものであった。


 そして淡々と日は進み、学院の後期日程が終了すると、俺は在籍一年で上流学院を卒業した。……となれば格好良いのだが、それでは目立ってしまうので、自主退学となった。


 それから数日、皆に挨拶を済ませると、俺はアンゲラとエルフィを伴って王都を出発した。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「久しぶりだねモリッツ兄さん」

「おお、ブリッツェンか、久しぶりだな。それにアンゲラとエルフィも一緒か。二人とも元気だったか?」

「お久しぶりです、モリッツ兄様。私はこの通り元気ですわ」

「お兄様、お久しさしぶりでございます。わたくしも元気ですわよ」


 久しぶりの我が家は、いつもと違う顔が出迎えをしてくれた。

 出迎えてくれた人物、その人はメルケル騎士爵家の長男、モリッツだった。

 兄モリッツは俺と違って筋骨隆々であり、父に似たシルバーグレーの髪を角刈りにした武闘派のナイスガイで、これまた父譲りのカーキ色の瞳を輝かせてニッコリと出迎えてくれた。

 ちなみに、メルケル家の男性は覇気が無いことが特徴という嫌な一族なのだが、このモリッツだけは覇気がある。


「父さん達はアインスドルフ?」

「暮れには引っ越しを済ませて、二人ともあっちで生活するようになったぞ」


 生活基盤を移すにはまだ時間がかかると思っていたが、神殿の協力のお陰だろうか、アインスドルフの開拓は順調に進み、両親は既に引っ越しを済ませているという。


「兄さん達はどうするの?」

「建設中の家ができ次第引っ越す予定さ。アインスドルフも街が出来上がれば警備は必要だからな。できるだけ早く引っ越して、警備団をしっかり組織立てたいと思っている」

「ダニー兄さんは?」

「ああ、ダニーも父さん達と向こうに引っ越し済みだ」


 エルフィが俺に剣の指導をするまで、俺に剣を教えてくれていた元祖剣の師匠である次男のダニーは、両親と一緒にアインスドルフに移住しているようだ。


「あら、ブリッツェン、それにアンゲラとエルフィも、お久しぶりね」

「やぁ義姉さん、久しぶり」

「お久しぶりですね、お義姉様」

「お義姉様、お久しさしぶりでございます」

「急にどうしたの?」

「少し時間を頂いて、姉さん達とちょっと寄り道してるんだ」


 兄モリッツの妻であるコロナだ。

 彼女はキーファー領の在地貴族の次女で、初等学園で兄と同級生だった縁から、貴族には珍しい恋愛結婚をしている。

 栗色の髪で二つの三つ編みを結うような貴族らしくない素朴な女性だが、親しみやすい感じがして、”お貴族様”と気取らない容姿や言動は、ここのような田舎では非常にしっくりくる。


 俺が実家暮らしをしていた頃も、長男夫婦は離れで暮らしていたため、全く会わなくはないが頻繁に会うこともなかったので、ガッツリ顔を合わせるのはかなり久しぶりだ。


「お兄様、その子はひょっとして?」


 コロナの足元で、彼女のスカートの裾を握る小さな女の子に気付いたアンゲラが、柔らかな笑顔を少女に向けたままモリッツに問う。


「ああ、ヘルタだよ。アンゲラが最後に会ったときはまだ生まれて間もなかったからな」

「随分と大きくなりましたね。それに、お義姉様に似て凄く可愛らしいですわ」

「そうだろー」


 自慢の妻と娘を同時に褒められたモリッツは、心底嬉しそうに笑った。


「それと、今は遊びに行ってしまっているが、ハンジなんて今年から初等学園に通うんだぞ」

「あらあら」


 ハンジとは、モリッツの長男でメルケル騎士爵家の嫡孫である。とはいえ、在地騎士爵家は領主から任命される必要があるので、嫡孫のハンジどころか、嫡男のモリッツでさえ襲爵できるか不確定なのだ。


 そんな朗らかな感じで、久しぶりに兄一家と楽しいひと時を過ごした。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「久しぶり、元気だったか?」

「皆元気っすよ」


 帰郷した昨日は家族との時間に費やしたので、シュヴァーンの皆とは翌日になってから顔を合わせた。


「すっかり冒険者らしくなってるじゃないか」

「魔道具袋は偉大だねー。新人なのに運べる魔物の量が多いからー、早くもDランクに昇格したよー」

「おー、凄いじゃないか」


 去年の夏休みにシュヴァーンと顔を合わせた際、マーヤが誕生日を迎えておらず、まだ仮冒険者のままだったのだが、今では正式な冒険者として活躍しているようだ。


「リーダー、何してたのー?」


 ミリィが唐突に、それでいて当然の質問を投げかけてきた。

 俺はぼかすべき場所は暈しながら、王都での出来事を語り、やっと自由――完全とは言い切れないが――を得て、こうして帰ってきたのだと言うと、改めて『おかえり』と言ってもらえた。

 そんな遣り取りが終わると、今度は別の遣り取りが始まった。


「は、はじめましてアンゲラ様ぁ。あ、あたし、イルザと、も、申しますですぅ」


 神官見習いとしてアンゲラに憧れていたイルザは、初めて憧れのアンゲラと対面したことで、かなり緊張した面持ちであった。


「はじめまして、貴女がイルザね。エルフィから噂は聞いておりますよ。なんでも私に似ているとのことでしたが、とんでもない。凄く可愛らしくて、それに神々しいですわ」

「そ、そ、そんな、め、滅相もございましぇん」


 あ、噛んだ。こんなイルザを見るのは初めてだな。


「なんでも、姉ちゃんがいなくなった後は、メルケル『第三の聖女』とか『水の聖女』なんて呼ばれてるんだって?」

「おー、リーダー詳しーねー」


 イルザをからかうように噂を口にしてみると、顔を赤くして俯くイルザの隣で、『良く知ってるねー』と言わんばかりの表情のミリィが返事をしてきた。


 なんにしても、メルケルは有能な神官候補がいるとすぐに聖女と呼ぶ風潮があるようだ。

 ちなみに、『水の聖女』とは、三つ編みに結われたイルザの淡い水色の髪色からの命名らしい。


「昨日、兄さんに聞いたんだ」

「あたしが聖女などと呼ばれるのは烏滸おこがましいですぅ」


 白い肌を赤く色付かせる様もまた可愛いぞイルザ。


「確か、十歳で『聖なる癒やし』を身に付けた……のよね?」

「は、はい、そうですぅ」

「私が言うと嫌味になってしまうかもしれませんが、十歳で身に付けたのであれば、それは凄いことだと思いますよ。胸を張ってくださいね」

「あ、あいが……、ありがとうございますぅ」


 アンゲラの言葉に一度頭を下げたイルザは、その頭を上げると物理的に胸を張ったのだが、その胸部装甲が更に成長している事実に気付いてしまった。


 イルザって十二歳、いや、年が開けたから十三歳か。日本で言えば中学生になる前後くらいってところだよな。そう考えると……やっぱデカいな!


 俺の視線がイルザの胸元に奪われていると、それに気付いたのであろうアンゲラが、『コホン』と咳払いをした。そんなアンゲラの横に佇むエルフィは、俺を射殺さんばかりの視線をこちらに飛ばしてきている。


「あ~、マーヤも久しぶりだね」

「リーダー、相変わらず」

「おっ、おう……」


 常にジト目なマーヤだが、ジトジト度が割増な感じがした。


「それはそうと、皆に大事な話があるんだ」


 俺は、この場の空気を変えるべく、取ってつけたように話を切り出した。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「あのブリッツェンというガキですが、公爵令嬢の護衛を解任されたようですね」

「もはや王女誘拐事件の犯人に仕立て上げる必要も無ければ、する意味もない」

「急に王都からいなくなったようですが、追っ手を差し向けますか」

「そんな無駄なことはせずとも良い」


 あのガキには罪を着せようと思っただけだ。今となっては使い途などないのだ、無駄な人員を使うような愚かなことはせん。


「フライシャーはどうしている」

「……ブリッツェンがいなくなったことで、公爵令嬢に積極的に接触しております」

「あのバカは己の立場がわかっておらんのか……。ニクセはどうしている?」

「聖女と呼ばれる娘が二人とも王都からいなくなったようで、部屋に引き篭もっております」

「……もうよい。下がれ」

「し、失礼致します」


 バカ息子にバカ娘め、全く何をしているんだ!

 それにしても、あのガキが急にいなくなったと思ったら姉である聖女もいなくなっと言っていたな。

 まぁ、政局に関係のないガキどもなど今はどうでもよい。


 呑気にはしておれんが、まだ焦る時期ではない。もどかしくもあるが事を確実に成すには、今はまだ我慢だ。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 投稿できないことがストレスになっているので、取り敢えず投稿を再開しました。

 しかし、本来は投稿できる状態まで書けていないので、毎日やある程度のスパンで定期的、というのはできません。

 現状は不定期になりますが、少しずつ投稿はしていきます。

 遅筆で申し訳ございませんが、これからもよろしくお願いいたします。

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