第二十三話 魔術を使えぬ劣等種

「ブリッツェン様は冒険者ですよね?」


 訓練終了後、唐突にそんな質問をシェーンハイトから投げかけられた。


「そうですが?」

「なぜ、兵士のような護衛対象を守る動きをご存知なのですか?」

「冒険者には護衛依頼もありますから、そういった授業も受けていたのですよ」

「成る程ぉ~。冒険者とは凄いのですね」

「他の戦闘職もそうですが、命懸けで命を狩り、命懸けで命を守る。その覚悟ですかね」


 行動の一つ一つに自分や仲間、そして相手の命が懸っている。そこに覚悟も何もなければ、奪えず守れず奪われる。

 例え身体を鍛えても、心が鍛えられていなければ身体を十全に動かすことができない。かつての俺が熊を前に覚悟ができなかった際、師匠にそのようなことを言われた。


「ルイーザとルイーゼにあまり言いたくない言葉なのだけれど、シェーンハイト様を守るためには自分達の命を失っても構わないという覚悟が必要だよ」

「ブリッツェン様、それは……」

「何も無駄死にしろと言っているわけではありません。どうにもならない状況になった場合、その覚悟が必要ということです……、いや、どうにもならない状況にならないように、ですかね」

「大丈夫です。私はその覚悟がありますので」

「わたしもですよ」


 二人を捨て石にする気はないが、シェーンハイトを守ることを強く意識させるには必要な心掛けだろう。


「そうそう、二人は冒険者に必要な素養が何か知ってる?」

「強さ、ですか?」

「必殺技かなー」

「わたくしには皆目見当もつきません」

「引き際の見極め、ですね」


 冒険者はとかく無理しがちだ。

 命懸けで戦う。結構なことだ。

 難敵を倒したが自分の命も失われた。惜しかったな。

 自分の命をかけて仲間を救う。素晴らしい精神だ。

 でも待ってくれ。命懸けで戦うのは悪くない。だが、命を落とさずに済ませることはできなかったのか?

 強敵を追い詰めた。あと少しで倒せるが自身の命も危うい。ならば一度引いて再度体勢を立て直す。相手も万全の状態に戻ってしまうかもしれない。それでも再戦できる可能性はある。

 命懸けで仲間を救う前に、命懸けで逃げ出すタイミングは無かったのか?

 見極めがもう少し早ければ、命だけは助かる可能性があったはずだ。


「――無理をしなければならない状況は多々あるが、そこで無理するのではなく、いかに生き長らえるかが大事だ。勇敢に戦って死ぬのは格好良くて、命からがら逃げ出すのは格好悪い。それでも、生きていれば汚名返上の機会なんていくらでもある。だから、生き残ることが大切なんだ。と冒険者学校で習い、そのとおりだと納得しましたね」


 三人ともうんうん頷いている。


「だからね、二人が命を懸けてシェーンハイト様を守るのは最後の手段なんだ。そうならないように、如何に逃げるか、それを戦いながら模索できるようになって、三人が生き残れる方法を常に考えて欲しい」


 甘い考えかもしれないけど、俺はこの双子には生きていて欲しい。

 すぐにすぐ危険な状況になるとは思えないけど、逆にならないとも言い切れない。


「少し厳しいことを言ってしまったね。まぁ、要はいつまでも長生きしようね、って話さ」

「そうですね。いつまでも皆と一生に過ごしたいです」

「僭越ながら、私も同感でございます」

「わたしもー」


 なぜ俺が彼女らにこんな話をしたのかと言うと、双子の成長も然ることながら、シェーンハイトの身に危険がありそうな気が現状はしないからだ。それは良いことなのだが、だからこそ気を緩めず引き締めて欲しい。

 で、俺は自分の目標であった魔法使いの村を探しに行きたい。そのためにはシェーンハイトと離れることになるので、双子には立派な護衛になって欲しいのだ。

 そして、魔法使いの村のことをアルトゥールに言えば、見つけたら手駒にしようとするだろう。

 もし見つかったとしたら、そこから俺の大博打になる。


 俺としては、魔法使いの村があるなら魔法使いとしてそこに住むなり、親交を深めて俺の帰る場所にしたい。

 そのために、アルトゥールには見つからなかっと虚偽の申告をする必要があるだろう。

 もう一つの手として、俺がそれなりの権力を手にし、魔法使いが迫害されない状況を作る。

 それはアルトゥールの下部組織的なものになるかもしれないが、変な話、俺以外に多くの魔法使いがいるのであれば、戦争になっても勝てる気がする。だからといって戦争などする気も無いが、俺の夢見た誰でも魔法が使える世界の第一歩にはなり得る。


 アルトゥールに魔法のことを知られた当初、俺はただの駒として一生使われるのだと、閉ざされた未来に軽く失望した。だが時間が経ち冷静になってみると、未来を切り開くための力に近付いたとも思えてきた。

 そう考えたら居ても立っても居られず、俺は魔法使いの村を探しにいきたくなったのだ。


 俺の行動によっては、平穏な生活を送っている魔法使いの村人に迷惑をかけてしまうかもしれない。だから、場合によっては親交を深めるだけにして、未発見の報告をするつもりなのだ。

 俺の我が儘で平穏に暮らしている人々を不幸にしてはならない。それは理解している。だがそれでも、我を通したい気持ちが大きいのだ。


 そんな思いを胸に秘めたまま、月日は過ぎ去っていった。



「準備はいいかな、役立たずな護衛君」

「はぁ、いつでもどうぞ」


 フライシャーに絡まれる以外は日々平穏ではあったが、絡まれる頻度が増え、終いにはなぜか決闘をすることにまでなっていた。

 そして今、俺は学院の訓練場でフライシャーと対峙している。


 初等学園時代のビョルンを思い出すな。権力のある家柄の子は、どうしても自分が優れていると見せびらかさなきゃいけないのか? まぁ、叩き潰すけど。


「魔術を使えぬ劣等種に己の無力さを教えてやるよ」

「返り討ちにあわないといいですね」

「生意気な口を利くなぁー!」


 遅いんだよなー。それに隙だらけ。


「ほい」

「――なっ!」


 軽く躱して足を出しただけで勝手に転ぶとか、この子豚は随分と鈍くさいんだな。


「貴様、剣も合わせられないのか!」

「あまりにも迫力があり過ぎて思わず避けてしまいました。魔術師様は怖いですからね」

「ふっ、ならば、僕の魔術を受けてみよ!」


 あーあ、呑気に詠唱を始めちゃったよ。馬鹿なのかな?


「それ」

「――きっ、貴様ぁー! 詠唱中の相手に攻撃をするなど、馬鹿にするのも大概にしろ!」


 え? 詠唱を開始したらその相手に攻撃しちゃダメなの? そんな練習をしてるなら、実践になったら何の役にも立たないんじゃないの?

 まあいいか、適当に避けてとっとと終わらせようかな。でも、あまり早く終わらせるのも後で面倒臭そうだし……。


「~~~~~~燃え上がれ炎の矢」


 暫く待つと、フライシャーの魔法陣から炎の矢が飛び出した。


「もういいですか?」

「なっ、いつの間に背後に?!」

「いつの間に、と言われましても、あれを避けて、無防備な貴方の背後に回っただけですが」


 あれはフライシャーにとって一撃必殺の技だったのだろうか? 勝ち誇った顔で佇んでいたが、いくらなんでも気を緩め過ぎじゃないか。


「貴様は魔術を使えない劣等種だ、高度な魔術に恐れをなして身体が条件反射的に逃げてしまったのだろう」


 なんとポジティブな。呆れて物が言えないよ。


「そんな魔術を使えぬ劣等種に合わせて剣で相手してやる」

「はいはい、どうぞ」


 気を遣って少しでも長く戦ってやってたが、フライシャーが繰り返し『魔術を使えぬ劣等種』発言をしたことで、何だかどうでも良くなってきた。


「いくぞ、ぐあっ……」

「終了ですね」


 呑気に上段に構えた剣を振り下ろすフライシャーに対し、俺は腰を落とすと一歩でフライシャーの懐に潜り、剣の柄頭で鳩尾を突き上げた。


「ぎ、ざまぁ……」

「私は魔術こそ使えませんが、護衛としては使えると思いませんか? それでは、失礼します」


 これで俺に絡まなくなってくれればいいのだが、どうだろうね。


「ブリッツェン様、お怪我はありませんか?」

「怪我をする要素は何処にもありませんでしたからね」

「それなら良かったです」


 シェーンハイトに同行している俺に対し、何度も『魔術を使えない劣等種』などと暴言を吐いてくるフライシャーに、聖母の如く誰に対しても慈悲深いシェーンハイトも流石に辟易していたようで、この決闘も彼女が『是非お受けください』と、強く言うので実現したのだ。

 些かおちょくるような戦い方になってしまったが、シェーンハイトは俺を咎めるでもなく、フライシャーを労ることもなかった。


 これ以降、フライシャーが俺に絡んでくることはなくなるのであった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「いいか、金輪際あのブリッツェンというガキに関わるな!」

「しかし、ヤツはシェーンハイト様――」

「口答えはするな。ヤツがシェーンハイト嬢の護衛であろうが、お前には関係の無い話だ! お前は間もなく王女との婚約が確定する。そして、ゆくゆくはこの国の王配となるのだ。余計な真似をするでない!」

「僕は王女ではなくシェーンハイト――」

「黙れ! 貴族の婚姻とは、家同士の結び付きだ。惚れた腫れたなどどうでもいいことだとまだわからんのか!?」

「しかし……」

「いいか、お前は王配とはいえ一国の王となるのだ。シェーンハイト嬢が欲しければ王になってから妾にでもすれば良かろう。今は王女の婿になることを第一に考えよ」

「……わかりました」

「ならば良い。もういけ」

「失礼しました」


 まったく、ニクセを聖女と仕立て上げ人心を掌握し、フライシャーを王配とすることで我が一族がこの王国を牛耳る。その手筈は着々と進行していたというのに、あれ以降歯車が狂ってきている。


 まだ焦る時期ではないが、倅達が余計なことをして波風を立てぬようにしなければならぬな。変に勘ぐられては堪ったものではない。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 こうして、王立上流学院での一年生後期での俺は、たまにヘルマンとニクセに付き纏われるくらいで、ほぼ何事もなく過ごしたのであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 これにて第四章は終了です。

 近況ノートを更新したので、目を通して頂けると幸いです。

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