第二十二話 子豚ちゃん

「じゃあ、父さん、母さん、また時間ができたら戻ってきます。アインスドルフの開拓は大変だと思いますが、頑張ってください」


 今日は王都に向けてメルケルムルデを発つ日だ。

 過去にアンゲラとエルフィが王都へ発ったときのように、今回は俺が両親に挨拶をしている。


「ブリッツェンが父さんに託してくれたアインスドルフ。特産品になるものまで用意してもらったからには、立派な村にしなければ父の名折れだ。頑張るさ」


 どちらかというと、俺の我が儘で父さんに面倒を押し付けちゃったと思ってるから、何だか申し訳ないな。


「アインスドルフがもう少し落ち着いたら、母さんも移住して頑張るわよ」


 こんなことなら、仮家をもっと立派な物にしておきたかったな。


「俺は姉さん達と違ってまた戻ってくることはできるので、いつといは言えませんがまた帰ってきます。元気なお二人に再会したいので、くれぐれも無理をしないでください」


 立派になったわね。などと母に言われ、泣きながら抱きしめられたのには俺もちょっとウルっときてしまった。


 その後、お世話になったことへの謝辞をシェーンハイトが述べ、「ブリッツェンをよろしくお願いします」と俺の両親に言われたシェーンハイトが、「わたくしの方が色々としていただいているのですが」と、少々オロオロしていた姿が可愛かった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――ということで、アルトゥール様にアインスドルフに開拓のお手伝いをお願いするようなことはありませんが、神殿や仮家が現れた件について調査などしないように手を回していただきたいのです」

「君はしっかり者に見えるけど、案外おっちょこちょいなんだね」


 無事に王都へ戻った俺は、アルトゥールにシェーンハイトの成長具合を報告し、アインスドルフの状況を報告がてら、面倒臭そうな件の隠蔽をお願いした。


「魔法のことは我々としても知られたくない特秘事項だからね。その件については任せてくれていいよ」

「ありがとうございます」


 断られるとは思っていなかったけど、無事に了承してもらえて良かった。


「そろそろ学院の後期が始まるけれど、引き続きシェーンハイトのことはよろしく頼むね」

「はい、お任せください」



「ブリッツェン様、お久しぶりでございますわ」

「お久しぶりですニクセさん」

「ブリッツェン様にお会いできない夏休みは、非常に寂しかったですわ」


 久しぶりの上流学院に登校すると、いきなりニクセに捕獲されてしまった。

 真っすぐ伸びた淡い水色の長い髪の一房を、器用に右手の人差し指でクルクルしながら身体をもじもじさせるニクセは、見目麗しい可憐な少女そのものである。


「神殿で姉達に会えていたのでは?」

「確かに夏休み中はお姉様達にお会いするため、足繁く神殿には通いましたわよ。ですが、ブリッツェン様はお姉様達とは別腹ですの」


 ニクセは容姿こそ癒し系なのだが、見た目に反してグイグイくる性格なので、俺的にはどうにも馴染めないのだ。もしかすると、ニクセの父がシュバインシュタイガー外務伯なので、心の奥底で無意識に警戒しているのかもしれない。



 学院生活は、絡んでくるのがニクセとヘルマンだけだったので、後期になっても特に問題もなく平々凡々の毎日だ。

 しかし、後期が始まり暫くすると魔術の実技を行う授業が始まると少し状況が変わる。

 シェーンハイトが魔術の適性がないことは周知の事実なのだが、公爵令嬢を揶揄からかう者は流石にいない。だが、頭の悪いヤツは何処にでもいるもので、魔術適性のない俺を揶揄うバカが現れた。


「君がブリッツェンとかいうシェーンハイト様の護衛かい?」

「そうです。失礼ですが貴方は?」


 なんとも気障ったらしい色男に声をかけられた。


「僕はフライシャー・フォン・シュバインシュタイガーさ。姉さんがお気に入りの聖女の弟君はシェーンハイト様の護衛をしていると聞いてね、挨拶にきたのさ」

「ご足労いただき大変恐縮ですが、私はそのような高貴なお方に挨拶していただける程の者ではありませんが」

「魔術も使えない落ちこぼれのようだからね。確かに僕がわざわざ足を運ぶ程の者ではない。だから、君はシェーンハイト様の護衛を辞めたまえ」


 発色の良い肌色の様な薄いピンクっぽい髪の色は、さしずめ子豚色といったところだろうか。波打つ子豚色の髪を手節で後方にファサ~っと流しながら、フライシャーはオレンジ色の瞳で蔑むように俺を見据えた。


「お言葉ですが、私はライツェントシルト公爵直々にシェーンハイト様の護衛の任を言い渡されております。私の意思で護衛を辞めることはできかねます」


 そうでなくても、こんなヤツの言うことを俺が聞いてやりる義理はない。


 確か、クラーマーさんの情報によると、シュバインシュタイガー家の先代が調子に乗って、現当主のラスターが更に調子に乗っちゃってる生意気な人で『豚舎上がり成り上がり』などと陰口を叩かれてるんだよな。

 息子のフライシャーも、見事にその血を引いた感じで、薄っぺらい人間性が初対面でも手に取るようにわかるよ。

 でも、現当主のラスターは成金ぽい太った人物だと聞いてたけど、このフライシャーはスラッとした優男なんだよな。まぁ、どうでもいいか。


「ライツェントシルト公爵家唯一の跡取りであらせられるシェーンハイト様の護衛が、魔術が使えぬ劣等種に務まるわけなどなかろう? 公爵家にご迷惑がかからぬ内に、辞任することを進言するよ」


 実力社会ではなく、地位がものをいう貴族制度は本当に面倒だ。

 貴族と言えども家格が低い俺は、フライシャーと名乗る子豚に無礼な態度は取れない。

 キーファーの初頭学園がそうであったように、上流学院でも生徒は皆平等と謳っているのだが、貴族が交流することを主目的とした学院では、後のことを考えて行動するため、”平等”を真に受けて横柄な態度を取るなど普通ならあり得ない。

 だが、俺が自力でこの学院に入学したのなら家格など気にしなかっただろうが、現状は公爵家に仕えている。俺の行動で公爵家に迷惑をかけるわけにはいかないので、紳士的な振る舞いをする必要があるのだ。


「その前に、間違ってもシェーンハイト様の前で魔術契約ができない者を馬鹿にするような発言は謹んでください」

「今のシェーンハイト様は『聖なる癒やし』が使えるではないか。他の魔術も使えない君とは違うのだよ」


 その『聖なる癒やし』は魔法なんだよ色男の子豚ちゃん。シェーンハイト様が魔術を使えないっていう本質は変わっていないんだから、お前が何の気なしに言う一言で彼女が傷付くんだよ!


「お話しははそれだけですか?」

「そうだ。だから君は明日から学院にくる必要は無いよ」

「それを決めるのは私ではありませんし、ましてや貴方では絶対にありませんので。失礼します」


 あぁー、凄く面倒臭い人種だ。コイツに比べれば姉のニクセはまだ可愛気がある。だが、このフライシャーだかはダメだ、生理的に受け付けない。

 とはいえ、俺が何かできることはないのだから、絡まれたら聞き流すしかない現状、心を乱さずにするしかないよな。そうだな、精神集中の訓練だと思えばいい。


 苛立つ俺は、フライシャーを精神集中用の練習道具・・と見做すと決めたことで、心の乱れも収まった。



 面倒な人物が増えはしたが、シェーンハイト達の訓練は順調だった。


「ブリッツェン様、いきます!」

「どうぞ」

「えいっ」


 あぁ~シェーンハイト様可愛いんじゃぁ~。……って、惚けている場合じゃない。しっかりお相手をしないとな。


「シェーンハイト様、大振りせずに最小の動きで素早くを心掛けてください」

「はい」

「ここを攻められたら」

「あっ」

「ほらほら、次の攻めてがきますよ」

「ん、やぁ、はっ」

「いーですよー」


 魔法のセンスがあるシェーンハイトは、無属性魔法の複数同時使用もかなり楽にできるようになったので、自己強化魔法を使用させ、護身術程度に近接格闘の練習を始めた。


「シェーンハイト様は倒すことより攻撃を貰わないことを第一に動いてください」

「はい」

「では、次はルイーザとルイーゼがシェーンハイト様を守る形で、三人で防いでください」


 今度は双子がシェーンハイトを護衛する形での訓練だ。

 双子は元々少しだけ魔術が使えたがあまり得意では無かったようで、主に剣で戦闘する近接型だったため、自己強化が使えるようになった今では、下手な兵士より断然強くなっている。


「はいダメー」

「ブリッツェン様、何処がダメなのでしょうか?」

「シェーンハイト様は何処にいる?」

「はうっ!」

「そう。あくまでルイーザは護衛なんだ。俺に釣り出されてシェーンハイト様から見事に引き離されているだろ?」

「少し、熱くなってしまったようです」


 こんな感じで、ただ戦闘技術を磨くのではなく、護衛としての役割も叩き込んでいるのだ。


 程なくして、今日の訓練が終了した。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「遂に息子が接触を開始したようだね」

「しかし、これが親からの指示なのかどうかは分かり兼ねます」

「というのは?」

「アレは王女の婿候補でありながら、シェーンハイト嬢に恋心を抱いているようでして……」


 学院では常時観察されているブリッツェンに、シュバインシュタイガーの手の者、それも息子が接触した事実は直ちにアルトゥールへ知らされていた。


「アレを息子にするのは嫌だなー」

「外務伯も許しはしないでしょう」

「まぁそうだよね」

「なので、この行動が本人の気持ちを利用した親の差し金か、本人自らの意思なのかは判別できません」

「姉のニクセだっけ? あっちもまだ本心がわからないからね。何とも厄介な一族だ」


 子ども、特に大貴族の子どもともなると、しっかりした教育が行なわれる家庭と、自由奔放に育てられる家庭とで出来上がる人間性は大きく変わる。

 比較的歴史の浅いシュバインシュタイガー家は、初代、二代目と真面目に頑張り、それに続けとばかりに三代目の先々代が伯爵に昇爵し、先代が外務伯になるなど、近年成長著しいのだが、外務伯になった先代からは人格が残念なものになっている。

 そのような家柄であるため、ニクセやフライシャーが残念な人格であることは大いに想像できるのだ。


「当面は様子見するしかないかな」

「そうでございますね」


 大貴族の息子が直接シェーンハイトに手を下すことは無いであろうが、用心に越したことはないのである。

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