第二十一話 考えてなかった

「それはそうと、アインスドルフの開拓はどんな感じなの?」


 シェーンハイトにより、俺の状況を母に伝えられたので、今度は気になるアインスドルフの状況を母に尋ねた。


「それがね、古代の神殿を見たヨーン司祭が随分と入れ込んでしまって、神殿の方からかなり援助をしていただいているの」


 それは良かった。俺がメルケル領を発ったとき、まだまだ協力者は少なかったから人手不足で大変そうだったもんな。神殿が協力してくれていたのは有り難いね。


 ちなみに、ヨーン司祭は、神殿伯のシュピーゲル枢機卿と旧知の仲で、姉達を神殿本部に推薦してくれたメルケル神殿の司祭だ。俺が魔法の基礎を身に付けた『魔法入門』を見せてくれた人でもある。


「古代の神殿を使用しているのは王都の神殿本部しかなかったからね」

「そうなのよ。それで、あんなに立派な神殿があっても住人がいないのは勿体無いからと、移住者も集めてくれているのよ」

「それは助かるね」

「でも、本来伏魔殿の神殿は地中深くに眠っているのでしょ? どうやってあの神殿を掘り起こしたのか皆気になっているみたいなのだけれど」


 おぅ、それに対する言い訳を考えてなかった……。


「え~と~……、そうそう、あれはどんな仕掛けなのかわからないけど、ワイバーンを倒したら突然地面が揺れて神殿が浮かび上がってきたんだよね。ホント驚いたよ」


 こんな稚拙な言い訳しか思い付かなかったけど、俺の関与はないことだけは伝えておきたかった。もし、『それは珍しい! 調査をしなければ!』みたいな話になったら、それはアルトゥール様にお願いしてどうにかして貰おう。


 アルトゥールが俺を利用していることは理解している。であれば、俺は俺で利用させてもらうだけの話だ。



「ここがブリッツェン様とエルフィお姉様が平定した伏魔殿の神殿ですか。王都の神殿本部と遜色ありませんね」

「エルフィ姉ちゃんが言うには、中の造りもほぼ一緒とのことでした」


 今日はアインスドルフの開拓を手伝う前に、シェーンハイトの希望で神殿の見学に来ている。


「あら、この神殿にもこのお部屋があるのですね」

「あぁ、この部屋は唯一メルケルムルデの神殿にはなかった部屋だと姉ちゃんは言っていましたが、他所の神殿にはあるのですか?」


 シェーンハイトが関心を示した部屋は、地面に大きな魔法陣が描かれている。

 エルフィは普段通っていた神殿には無かった部屋だと言い、俺としても興味があったのだが、魔法陣の解析は苦手であるため、他にもやることのあった俺はこの部屋については後回しにしていたのだ。


「王都の神殿支部にはありませんが、神殿本部にだけはありましたよ」

「それですと、模倣した神殿にはなく、古代神殿だけにあるということになるのですかね?」

「そうかもしれませんね」


 そうなると、この魔方陣の解析は行なわれていたのだろうが、結局は解析ができずに、この部屋をなくした状態で他の神殿は建てられたのだろうな。

 まぁ、昔は何らかの使用目的があったのだろうが、今となっては不要な部屋なのだろう。


「魔術師にはできませんが、魔法使いであるブリッツェン様でしたら魔力を込めることはできますよね?」

「それは可能ですが」

「お試しはなさらないのですか?」

「どのような効果があるかわかりませんので、流石にそれは試せませんでした」


 もしかしたら自爆装置的な魔法の可能性も考えられたので、魔力を流してみるのは危険だと判断して試していなかったのだ。


「それはそうですね。浅はかな考えでした」

「いいえ。わからないのであればわかろうとすることは必要かと思いますので、シェーンハイト様のお考えは間違いではありませんよ」


 そんな会話をしつつ、一通り神殿内部の見学を終えると、今度は神殿周辺の開拓状況を確認することにした。


「父さん久しぶり」

「おお、ブリッツェンか。半年も音沙汰がなく、とても心配していたのだぞ」


 何やら作業員に指示をしていた父を見つけ挨拶を交わすと、当然のようにお小言をいわれた。

 そんな父にシェーンハイト達を紹介すると、父も母と同じような反応を示した。


「父さんはずっとここの仮家に泊まり込んでいるんだって?」

「人員も少なく、警備体制もまだまだ確立されていない現状、なるべく私がここにいるようにしているのだ」

「兄さん達は?」

「まだまだ家の数が足りないからな、家が建ったらなるべく作業員を住まわせるようにしている。だから、アイツラを住まわせる家ができるまでは、私がメルケルムルデに戻るときだけ交代できてもらっている」


 もう少し時間があれば仮家をもっと建てられたのだが、如何せんあの当時は土魔法が上達し始めた時期だったので、短時間では少数の仮家しか建てられなかったのだ。


「それにしても、この石造りの家はどうやって用意したのだ?」


 おうっ?! その質問がくることも考えてなかったぞ。


 俺は皆が作業し易いようにと、できることをとにかくやっておいたのだが、仮家をどうやって用意したのか、と父が質問してくるなどとは想定していなかった。

 元々がコミュ障だった俺は、他人がどう思うかなどをあまり考える必要が無かったため、基本的に”自分がやりたいようにやる”という思考の持ち主であったのだ。……いや、そんな考え方だったからこそ、ボッチになりコミュ障になったのかもしれない。


「実は、ワイバーンを倒したときに――」


 なんだかネガティブ思考になってきたので、取り敢えず父へどう返答するかを考えた。結果、今回も神殿が姿を現した説明を母にした際に使った理由を使いまわし、仮家もワイバーンを倒したら姿を現したことにした。


 それにしても困ったぞ。開拓の手伝いを魔法でやるつもりだったけど、よく考えてみれば父さんに開拓を進めるように頼んだのだから、多くの人がいるのは当然なんだよな。そうなると、人前で魔法を使うわけにはいかないのだから、俺ができる手伝いなんて殆ど無いし、……どうしよう。


 手伝いができない事実を、現場に着いて初めて気付いた俺は、この日は大人しくメルケルムルデに戻ることにした。



「リンゴ園の開拓をしましょう」

「リンゴ園ですか?」

「はい」


 実家に戻った俺は、アインスドルフの街造りを手伝えない代わりに、魔法の修行をしながら手伝える作業の模索をし、思い付いた案をシェーンハイト達に伝えた。


 アインスドルフの特徴は寒冷地であり、シュタルクシルト王国では栽培できないリンゴが収穫できることだ。

 しかし、現状は神殿周辺の街造りが最優先で、農作業などは一切手付かずとなっている。

 そこで、ルイーザとルイーゼは探索魔法の精度を上げる練習に、人が寄ってきていないかの見張り役をしてもらう。

 探索魔法は、気配探知などを含めた複数の魔法で、広範囲高精度を維持するのには魔力制御が上手くないとできない。であれば、魔法の練習をしながら見張りもできるので、これは理に適っている。

 見張りは双子のどちらか一人が行い、もう一人がルイーザであれば風魔法で余分な木を倒してもらい、ルイーゼであれば土魔法で木の根を掘り出してもらう。


 シェーンハイトには、可能かどうかわからないが『魔法の効果増大』などの付与魔法を習得してもらい、習得できたら俺に付与してもらう。俺が常に何かしらの魔法を使って作業を行う予定なので、シェーンハイトの魔法が効果を発揮するかどうかを常に確かめられる寸法だ。


 ちなみに、双子の探索魔法だけでは心配なので、俺自身でも探索魔法は使う。

 

「――そして私は、リンゴの木を植え替えたりする予定です」

「リンゴの木とは、そんな簡単に移動できるほど小さいのですか?」


 予定を聞いたシェーンハイトは、自分がすべきことへの質問ではなく、木の植え替えに興味を持ったようだ。


「魔道具袋は、魔法で作ったもどきも含めて、生きているものは入れられません」

「それは存じております」

「ですが、植物に限っては、伐採されて命を失った物も然ることながら、土から根ごと引き抜いた生きている状態でも収納できるのです」

「そうなのですか?」

「はい。なので、大きなリンゴの木でも魔道具袋もどきに収納して移動させられます」


 これは本当に有り難い仕様で、苗木を持ち運ぶことも可能だ。

 何れは珍しい植物があれば、その苗木をアインスドルフに持ち込むことも考えている。


 それからは予定通りリンゴ園の開拓を行い、やっとメルケル領に到着したアルフレードとエドワルダ兄妹には、アインスドルフで珍しい植物などがないかを探索してもらった。


 そして、ニンニクは既に俺が発見していたのだが、より多く群生している地を探し出してくれた。他にも、ゴボウやヤマイモなど、食用部分が地中にある根菜類を発見してくれたのだ。

 これにより、アインスドルフの特産品が更に増えるだろう。

 アルフレードとエドワルダ兄妹は、単に行動の隠れ蓑になってくれただけに留まらず、こういった発見もしてくれたのだから、本当に感謝している。



「元気にやってるか?」

「久しぶりっすね」

「リーダーお久しぶりですぅ~」

「リーダーお土産ちょーだーい」

「仮成人まで、もう少し」


 たまたまキーファー領に出かけていていたシュヴァーンのメンバーとも再会を果たしたが、成長期なのだろう、四人とも半年で少し成長しているのが見て取れた。特にイルザの胸部装甲が。


 彼等のうち三人は既に仮成人を迎えていたが、マーヤが十二歳になっていないので、現状は相変わらず通常の狩りを行っているようだ。

 それでも魔道具袋のお陰で、仮冒険者パーティとしては異例の稼ぎがあるらしく、ギルドでもかなり有名になっているのだとかで、装備や衣類も以前より立派になっていた。


 程なくして、アルフレードとエドワルダ兄妹は王都へ向けてメルケル領を発ち、俺達は根菜類の農地を整備した。


 それからは父が集めた農民に、どの植物からどのような収穫があるのかを説明し、俺がわかる範囲での栽培方法を教えた。

 とはいえ、俺は農業に詳しくないので、ちょっとした肥料についてのアドバイスしかできず、試行錯誤を頑張ってくれと言う他なかった。

 日本人時代にもっとしっかり勉強をしておけば……と後悔もしたが、悔やんだところでどうにもならない。であれば、できること、やれることを頑張るしかない。


 いっそ、清々しいほど開き直る俺なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る