第二十話 いざメルケル領

「できましたら、護衛の騎士団ではなく、フェリクス商会に紛れて出発する体にして頂けませんか?」


 俺は思い切って、構想の一部をお願いしてみた。


「どういうことかな?」

「ご存知のとおりフェリクス商会のエドワルダは優秀な魔法使いです。またフェリクス商会の会頭は私が王都で一番信用している方です。そこで――」


 クラーマーと、可能であれば内政官をしているアルフレードと魔術契約を結ぶ。

 フェリクス商会の馬車で出発し、俺、シェーンハイト、双子、の四人は途中からは魔法で身体を強化して走る。

 これ自体が訓練であるので、時間の無駄にならない。

 アインスドルで開拓をしながら細かい魔力制御の練習。

 帰りはフェリクス商会の馬車を先に出発させ、王都付近で合流し、一緒に王都へ入る。


 相変わらず俺の独りよがりな考えだが、クラーマーなら了承してくれると思っている。


「移動の時間が全く何もできないので、その時間を有効利用したいのです」

「ふむ。フェリクス商会の会頭はわかるが、内政官をしている息子とは、数年前に久しぶりに平民から内政官になった若者のことかな?」

「多分そうです」


 平民から内政官になるのは狭き門でそうそうはいないだろから、多分アルフレードのことだろう。


「時間の有効利用を取るか、護衛を付けて安全性を取るかという話だね」

「そうです」

「う~ん、シェーンハイトを同行させたいのは僕の我が儘だからね。それに、ブリッツェン君が一人いれば護衛団を付けているのと同じようなものだし、君の望む方法を取ろう」

「些か私に対して過剰評価かと思われますが、お聞き入れ頂きありがとうございます」


 こうして、次の予定が決まった。



「やはり、ブリッツェン様は私の想像通りのお方でした」

「そんな大層なものではないですよ」


 今後のことも考慮して、クラーマーに秘密を打ち明けたところ、大変感謝されてしまった。

 俺としては、秘密を知ったクラーマーが危険に巻き込まれる可能性が増えたことを申し訳なく思ったのだが、俺の我が儘を聞き入れて貰えたことに大感謝だ。


「それにしても、アルフレードがトリンドル内務伯の内務相に勤めていたとはね」

「内務伯に突然呼び出されたときは、クビの宣告かと思って冷や汗モノでしたよ」

「それはすまなかったね」

「いいえ。こうしてブリッツェン様のお役に立てるのでしたら、肝を冷やした甲斐があったというものです」


 久しぶりの再会を果たしたアルフレードは、イケメンに磨きがかかっていた。


「それで、予定は連絡していたとおりなのですが、大丈夫ですかクラーマーさん?」

「こちらは問題ありません」

「エドワルダには申し訳ないけど頼むね」

「大丈夫」


 本来ならエドワルダも俺達と行動を共にして欲しかったのだが、馬車にアルフレード一人だと、万が一盗賊にでも襲われたら取り返しがつかないので、エドワルダを護衛として付けざるを得なかったのだ。

 それなら、最初からエドワルダ一人で良かったのではないか、とも思うが、それはそれで危なっかしいので、やはり二人一緒の方が良いと判断したわけだ。



「じゃあ、メルケル領でまた」

「お気をつけて」

「ブリっち、気をつけて」

「そっちもね」


 王都をフェリクス商会の馬車で出発し、暫く進んで付近に誰もいないことを慎重に確認すると、俺、シェーンハイト、双子の四人は馬車を降りてアルフレードとエドワルダ兄妹と別れた。

 約四ヶ月の特訓で自己強化ができるようになっていた三人は、しっかりした足取りで走っている。


「――これで大丈夫かな」

「ブリッツェン様、凄いです」

「土魔法がここまで便利だとは思っていませんでしたので、嬉しい誤算です」


 野営用の仮家を土魔法で作って見せると、尊敬の眼差しでシェーンハイトが褒めてくれた。その表情がとても可憐で、可愛らしい笑顔が見れただけでも俺は幸せだ。


「この家だけでもかなり強度はあると思いますが、魔法で警戒もするので安心してくださいね」

「はい」

「ですが、シェーンハイト様もご自分で探知できるよう、しっかり練習もしてください」

「は、はい……」


 可愛らしい笑顔を浮かべていたシェーンハイトにショボーン顔をさせてしまったが、これは仕方のないことなのだ。

 睡眠中も魔法を継続させるのは俺もなかなか苦労をしたのだが、何も野営のためだけの魔法ではないので、身を守るためにはシェーンハイトもしっかり使えるようになって欲しい。そう思い、心を鬼にして忠告した。

 何せ、シェーンハイトがこんな少人数で野営を行う機会など早々ないのだ。緊張感のある野営中の睡眠で魔法の訓練ができる、この数少ない練習の場を有意義に使わないのは非常に勿体無いと思う。


 それはそうと、心を鬼にしつつもショボーン顔のシェーンハイト様も可愛いなぁ~。などと思っても、俺は表情に出さない。その辺は俺もかなり成長しているのだ。


「お食事のご用意ができましたよ~」


 ルイーゼが元気に声をかけてきたが、単に魔道具袋もどきから出しただけである。


「ブリッツェン様、この魔道具袋は素晴らしいです。私、凄く気に入りました」

「もどきだけどね。でも、容量の制限があるらしいけど、それでも伏魔殿産の魔道具袋より容量が大きいし、本人以外には扱えないから安全だよ」

「わたしも気に入ってますよ~」

「それはルイーゼが食事を作りたくないだけだろ?」

「バレました?」


 ルイーザとルイーゼは、護衛でもありながら給仕でもあるので、本来なら出先では食事を作らなくてはいけない。しかし、魔道具袋もどきのおかげで大量の作り置きを収納できるので、料理の手間から開放されて喜んでいるのだ。


「洗浄魔法は練習の為に各自でしっかりやってね。一応最後に俺が全員にかけるから」


 頑張れば風呂を作って魔法でお湯を生み出せるが、流石にかなりの魔力を消費してしまうので、野営では洗浄魔法で我慢してもらう。



「おはようございますシェーンハイト様。体調は如何ですか?」

「あ、ブリッツェン様おはようございます。少し筋肉痛がありますが、大丈夫です」


 翌朝、眠い目を擦って仮家から出ると、既に起きていたシェーンハイトが柔軟体操を行っており、軽く挨拶を交わして体調を確認すると、苦笑い気味に筋肉痛であることを伝えてきた。


「序盤は慣れるまでキツいと思いますが、頑張ってくださいね」

「はい、頑張ります」

「ですが、無理はなさらないでください。今日は少しゆっくり行きましょう」

「お気遣い、ありがとう存じます」


 頑張り屋さんのシェーンハイト様可愛い。


 爽やかな朝、大自然の中で額に薄っすらかいた汗を拭いながら向けてくれるシェーンハイトの笑顔があるだけで、俺は幸せな気持ちになれる。それを強く実感した朝であった。



 修行を兼ねた自己強化での移動をすること十日余り、実に半年ぶりの帰郷である。


「到着しました。ここが我が家です。王都の大きなお屋敷と違いまして見窄らしい邸宅でお恥ずかしいのですが」

「そんなことはございません。ブリッツェン様、それにアンゲラお姉様とエルフィお姉様がお過ごしになられたお屋敷なのです。わたくしはこちらに来られただけでも感激しております」


 随分と大袈裟な物言いをするシェーンハイトだが、表情を見るに社交辞令ではなく本気でそう思っているようだ。

 今まで感情がダダ漏れだった表情を、最近になって漸く隠せるようになってきた俺が言うのもなんだが、シェーンハイトは喜怒哀楽が全て表情に出る。だがしかし、シェーンハイトは裏表のない素直な子なので、その都度その都度の表情が可愛らしく、見ているこっちをほっこりさせてくれるため、俺的にはそのままでいて欲しいと思う。

 ちなみに、双子の妹ルイーゼも喜怒哀楽が丸わかりで、シェーンハイトはそれに気付いているが、自分も同類であることには気付いていないのだ。


「母さんただいま」

「ただいまではないですよブリッツェン。半年も連絡もなく何をしていたのですか?!」


 久しぶりに会った母は、ネイビブルーの瞳を湛えた目を釣り上げ、いきなりお小言を口にし出した。


「事情は後で説明するから、お茶の用意をしてくれるかな?」

「あら、お客様がいるの?」

「ライツェントシルト公爵令嬢のシェーンハイト様だよ」

「――……えっ?」


 まさかの人物を紹介されて固まってしまった母が再起動するのに、暫しの時間を要した。


「大変お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」

「お、お気になさらないでください」

「改めまして、ブリッツェンの母ミリアム・ツー・メルケルにございます」

「シェーンハイト・フォン・ライツェントシルトでございます。シェーンハイトとお呼びください。――あっ、ブリッツェン様にはいつもお世話になっております」


 未だに緊張でガチガチな母と、なぜかこちらも緊張しているシェーンハイトで、なんともぎこちない挨拶を交わしていた。


「それから、シェーンハイト様の専属従者の双子だよ。赤っぽい紫がルイーザで、青っぽい紫がルイーゼね」

「ブリッツェン様、あまりにも説明が雑過ぎなのではないでしょうか」

「ごめんごめん」

「ご紹介に預かりました、私が姉のルイーザ・フォン・マイヤーでございます」

「妹のルイーゼ・フォン・マイヤーです。よろしくお願いいたしまっす」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 母は双子に対しても緊張していた。なぜかと思ったら、この二人も子爵家の令嬢なので、在地騎士爵家より断然格上の家の子だったからだ。


「取り敢えず、夏休み中はアインスドルフの開拓を手伝うから、暫くお世話になるね」

「ブリッツェン、貴方は公爵令嬢様に何をやらせるつもりなのですか?!」

「シェーンハイトで結構ですよ、おかあ……奥様」


 ん? 今シェーンハイト様はなんと言い間違えてた? よくわからないからいいか。


 なんとも面倒臭い挨拶が終わると、王都での誘拐事件の説明をすることになったのだが、今回も『ブリッツェンの武勇伝説明隊長』であるシェーンハイトが、若干アレンジされた物語風に語ってくれた。


「――そして現在に至るのですが、まさかご実家にご連絡をされていないとは思ってもおりませんでした。こちらの不手際で大変ご迷惑をおかけいたしました」

「ちょっ、シェーンハイト様、簡単に頭を下げてはなりませんよ。アーデルハイト様に言われているではありませんか」

「ですが、奥様は半年もブリッツェン様の安否をご心配なされていたのですよ。それもこれもお父様が連絡を怠ったからです。それを詫びるのは娘として当然ではありませんか?」


 本当、しっかり者のシェーンハイト様の頭は違う意味で軽過ぎるよ。在地騎士爵の夫人に過ぎない母さんになど、理由がどうであれ頭を下げるのはダメだって。

 俺的には、貴族ぶらないその感じは好きなんだけどね。


 シェーンハイトに一言物申したい感はあったが、結局は俺の中で彼女への好感度が上がってしまう一幕であった。

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