第十九話 衝撃的な体験

「シェーンハイト様、身体強化魔法はできているようですね」

「はい。ですが、わたくしが魔物と戦えるのでしょうか?」

「シェーンハイト様は無理に戦う必要はございません。私がシェーンハイト様をお守りいたしますが、訓練ですのでなるべくご自身で避けることに専念してください」

「わかりましたブリッツェン様」


 ヴァイスシルト領に到着した翌日、この旅行で行いたかった伏魔殿での魔法を使った実践練習にきていた。

 冒険者ではなく年齢も十一歳のシェーンハイトを伏魔殿に入れるには領主の許可が必要なので、アルトゥールが事前申請をしておいてくれたのだ。


 護衛騎士団のベルンハルトが付いてくると煩かったが、許可が無かったために伏魔殿に入れず、俺としては助かった。

 伏魔殿は開放されていても冒険者でなければ入れず、それは王国の騎士団であっても許可なく入ることは許されない。まして今回は、一般開放されていない伏魔殿なので、冒険者である俺でも入れない伏魔殿だったのだから尚更だ。


「予定どおり、姉ちゃんはルイーザの補助を、姉さんは弓でルイーゼに魔物を近付けないように」

「了解ですわ」

「任せてブリッツェン」


 ここはほぼゴブリンしか出ないと言われている場所だ。伏魔殿の中では安全と言えるだろう。そのうえ、アンゲラの保護の魔法で薄い膜のようもので全身が守られている。ゴブリンの攻撃ではほぼ破られないと思われる。


「右前方にゴブリンが三体ですわ」


 うん、姉ちゃんの探索魔法もなかなか良い精度になってるな。


「ルイーゼ、誘き寄せるから、あの辺りの土を柔らかくする準備をしてくれ」

「わ、わかりましたー」

「気負うな。魔力の伝搬が悪くなる」

「は、はい」


 ムラっ気はあるが、集中できればしっかり力を発揮できるルイーゼだ、ゴブリンの足元を不安定にさせる役割はこなせるだろう。


「姉ちゃん、誘き寄せて」

「了解よ」

「ルイーザ、合図があるまで飛び出さないようにな」

「わかりました」

「シェーンハイト様、安全だとは思いますが、気を抜かないように」

「わ、わかりました」


 初めて魔物と対峙する双子とシェーンハイトは見るからにガチガチだが、当然直視するのも初めてなのだから、硬くなるのも仕方ないだろう。

 そして、狩りの経験があっても魔物を初めて見るアンゲラだが、いつものように聖女の笑みを湛えているので問題はなさそうだ。


「ブリッツェン」

「ルイーゼ、今だ」

「は、はい! ――えい!」


 やはり無駄な力が入ってるな。想定していたより範囲も深度も甘い。


「ルイーザ、跳躍して左のゴブリンの横を抜けるように斬りつけるんだ」

「了解です。――ハッ!」


 うん、訓練のときより力んでいるけど、ルイーザはまずまずかな。


「姉さん、右」

「任せなさい」


 ――シュッ


 相変わらず、姉さんの風魔法で矢の軌道を操る技術は凄いな。


「シェーンハイト様、そんなにガチガチではいざというときに動けませんよ」

「……は、はい」


 シェーンハイトは冒険者でもないのに、ゴブリンが倒されるのを見て気絶しないだけでも大したもんだ。


「あっ、ブリッツェン様、固められましたー」

「よくやったルイーゼ」


 地面を柔らかくしてゴブリンの足元を不安定にした後、ルイーゼはその地面を固めてゴブリンを拘束しようとしていたが、初実戦で四苦八苦しつつもどうにか成功したようで、嬉しそうに報告してきた。


「シェーンハイト様、近付きますよ」

「は、はい……」


 シェーンハイトが魔物を間近でみたい、と言い出したので、拘束されたゴブリンに近付こうとしたのだが、やはり怖いのだろう。表情も然ることながら、恐る恐る踏み出される足やぎこちない身体の動きを見るに、精一杯の無理をしているのか感じ取れた。


「無理をなさらず――」

「だ、大丈夫です!」


 俺の言葉を遮るようにシェーンハイトは声を張り上げる。


「こ、この魔杖で魔物を叩いたら、た、倒せますか?」

「メイスのような重りが付いているわけではないので、倒すのは難しいと思われます」

「そ、そうですか……」


 シェーンハイトが手にしているのは、俺とエルフィが仕留めた特殊個体のユニコーンの角で作られた魔杖で、受け取りに行った王女が誘拐された曰く付きの逸品だ。


「シェーンハイト様も魔物を仕留めてみたいのですか?」

「殺生は好みませんが、魔物を放置するのは良くないと思います。なので、可能ならばわたくしも魔物を退治したいです」


 心意気というか意気込みは伝わってきてるんだけど、適材適所ってのがあるからな。シェーンハイト様はどう考えても戦闘向きな人ではないし……。


「戦闘は直接戦うだけではございません。姉アンゲラのように付与魔法を施したり、仮に怪我人が出たら治療するのも必要です。アンゲラ姉さんはたまたま弓が使えますが、本来なら戦闘をするような人ではありません」

「そう……ですね」

「なので、シェーンハイト様も直接戦闘するのではなく、アンゲラ姉さんのような役割を目指してください。ただし、最低限ご自分の身を守れるように身体強化などで動けるようにしましょう」

「わかりました」


 元々そのつもりだったけど、シェーンハイト様が変に気負っていたからな。一度こんな感じで現場を体験したことで、自分には不向きであると改めて感じてくれただろう。


「では、これからゴブリンを仕留めますので、お近くでよく見てください」

「ち、近くでですか?」

「死を間近で見るのはキツいかと思いますが、今後のためにも少しずつ慣れてください」

「わ、わかりました……」


 いくら魔物とはいえ、間近で生物が死ぬのを見るなんて良い気はしないよな。でも、それでも慣れて貰うしかないんだ。ってか、さっきは自分で仕留める気でいたよな?


 そして、自分も慣れたいと言うルイーゼに止めを刺させた。



「――あ、あれ? わたくし……どうして……」

「お目覚めですかシェーンハイト様」

「アンゲラお姉様……、わたくし……」

「ゴブリンの絶命を間近でご覧になられて、シェーンハイト様は気を失ってしまわれたのです」

「そ、そうですか……」


 アンゲラに介抱されていたシェーンハイトが目覚めたようだ。


「シェーンハイト様、今日はもう戻りますか?」

「いいえ、ご迷惑をおかけしてしまうかと存じますが、続けていただきたいです」

「わかりました」


 こうして、シェーンハイトにゴブリンの死を何度も見させる、荒療法的な実践訓練は続けられた。


 衝撃的な体験にもシェーンハイトは気丈に振る舞っていたが、それでも訓練終了時にグッタリしてしまっていたのは、やはり仕方のないことだろう。俺としては、『よく頑張った』と褒めてあげたい心境だ。



 シェーンハイト達に初の実践訓練を経験させた翌日、名誉宰相の希望で俺はヴァイスシルト領兵団と模擬戦を行った。

 この模擬戦では俺の力を示す必要があったので、しっかり自己強化魔法を施して意気揚々と臨んだのだが、実際に手合せをすると思いのほか余裕があり、最終的には手を抜く程であった。


 この模擬戦を見学していたヘルマンが鬱陶しかったが、可愛い後輩であるのは確かなので、少しだけ稽古をつけてあげる。すると、それを見た護衛騎士団のベルンハルトにも稽古を付けて欲しいと言われたが、王国の騎士団に所属している侯爵家の嫡男に俺が稽古を付けるのは気が引けたので、一緒に稽古をするという体で、軽く指導をした。


 自己強化の魔法で動きや動体視力が良くなっているだけで、剣技自体は大したことないんだけど……。という俺の心境などお構いなしに、ベルンハルトは随分と嬉しそうだった。

 ベルンハルトの祖父であるトリンドル内務伯は俺が魔法を使えることを知っている。だが、このベルンハルトはそれを知らないはずだ。それなのに、俺に好意的な理由がよくわからない。



 それから数日、伏魔殿に入っては実践訓練をしていた。


「どうですかブリッツェン様?」

「守られてる感じはしっかりありますね」

「よ、良かったです~」


 以前からシェーンハイトが練習していた防護の付与魔法を、今日は実践で試してみることにした。


「よいしょ」

「ちょっ、ブリッツェン」


 十数匹のゴブリンの群れを見つけたので、俺はその群れに飛び込んで敢えて攻撃を受けてみた。俺の行動にエルフィが慌てていたが気にしない。


「ブリッツェン様、な、何を?」

「いてててて。――結構しっかり守られてましたよ。それでも多少のかすり傷は負ってしまいましたが」

「そんな試し方をなさらないでください!」

「すみませんシェーンハイト様……」


 身体を守るための魔法なのだから、どれだけ守られているか攻撃を受けることで確かめたのだが、シェーンハイトに怒られてしまった。

 一応、致命傷を負わないように攻撃を受けていたので、それ程危険はなかったのだが、見ている方は気が気でなかったようだ。

 それでも、「まったく、もー」と小言を口にするシェーンハイトに回復魔法で傷を癒やしてもらうのは、俺的には嬉しくもあり得も言えぬ高揚感もあった。

 まぁ、周囲からの冷ややかな視線が多少気になったが……。


 ちなみに、ゴブリンの群れは慌てて突っ込んできたエルフィに一掃されていた。


 それからまた数日間の実践訓練を行い、ヴァイスシルト領を旅立つこととなった。

 結局、王太子に会ったり、名誉宰相から何かを聞かれることもなく、実に有意義な訓練ができた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「戻りましたアルトゥール様」

「おかえりブリッツェン君」


 ヴァイスシルト領からの帰りの道中も、姉達に精神力を鍛えられながら賢者になる以外問題なく、予定どおり王都へ戻った。


「名誉宰相から何か聞かれたり王太子に会うことも無かったのですが、それで良かったのですか?」

「どうして? 今回の旅はシェーンハイトにヴァイスシルト領を見せることと、伏魔殿での訓練が目的だったのだから、何も問題ないよね」

「そうですね」


 わざわざ王太子の存在を教えてきたくらいだから、何かしらあると思ったのに、アルトゥール様に思惑はなかったようだ。それならそうと言って欲しかったな。


「それで、シェーンハイト達の魔法はどんな感じだい?」

「シェーンハイト様はやはり魔法の才能がありますね。覚えが凄くいいです。双子もなかなか良い感じに覚えていますので、更に鍛えたいと思います」

「そうか、それは良かった」


 お、何か機嫌良さそうだな。これならお願いを聞いてもらえるかな?


「アルトゥール様、一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」

「なんだい?」

「一度メルケル領に戻りたいのです。夏休み中に戻っても良いでしょうか?」

「あぁー……そうだね。君は本来ならメルケル領に戻っていたはずなんだよね」


 帰りがけに捕まっちゃったからね。


「はい。平定した伏魔殿の開拓の途中でしたので、そこの進行状況の確認と、場合によっては開拓の手伝いをしたいのです。それから、冒険者のパーティを組んでいたメンバーにも迷惑をかけていると思うので、挨拶などもしたいのですが」

「う~ん、その間にシェーンハイトと別行動になるのも何だし、シェーンハイトも連れて行ってくれるかい?」


 やっぱそうなるか。でも、それだとまた護衛の騎士団とか付けられて、移動に時間が取られそうなんだよな。

 この際だから、アレを頼んでみるか。


 俺は今後を見据えて幾つか考えていることがある。今回はいい機会かもしれないので、思い切ってお願いしてみることにした。

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