第十八話 名誉宰相

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「養子の件を伝えて良かったのですか?」

「どうやら彼は一人で背負い込む性格のようだからね。子どもには荷が重いかもしれないが、それにより彼は逃げ場を失っていく」

「それで彼の精神が崩壊してしまうのでは?」

「そうなる前にガス抜きをするさ」


 ヴィルヘルムには、僕が己の利のためには非情な男にでも見えるのかな?

 僕はこんなことを言ってるけど、本心としてブリッツェン君を歓迎しているつもりだ。彼の大魔法使いとしての資質も然ることながら、責任感の強さや頭の回転、少しずつわかってきたが僕は彼の人間性を好ましく思う。

 駒として見て入るが、僕の息子にしたい気持ち、それもまた本心だ……と思う。


 そして、ライツェントシルト家は僕が初代だ。別に後世に残そうとも思っていない。シェーンハイトも普通に嫁げば消滅する家だ。

 それでも、僕が存命中は威厳を見せておきたいからね、そのために彼の力を利用する。その後は、彼とシェーンハイトに好きにしてもらおう。

 もし、ブリッツェン君が当主になってライツェントシルト家が存続しても、彼は王族ではないから侯爵に降爵してしまうけれど、僕にとってはそれはどうでもいい問題だ。

 代々続く名家にしようと、彼らの代で終わろうと、それは彼らが決めること。僕は僕のすべきことをするだけさ。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ここがヴァイスシルト領の領都ですか」

「私も初めて訪れましたが、なかなか立派な街ですね」


 道中は俺が度々賢者になる以外の問題はなく、無事にヴァイスシルト領に辿り着いた。


「シェーンハイト様、お屋敷が見えてまいりました」


 いよいよ到着か。名誉宰相は老齢であるとは聞いているけど、果たしてどんな御仁なんだろう?


「お気をつけてお降りください」

「ありがとうフィリッパ」


 屋敷に到着すると、もう一台の馬車に乗っていたメイド達が、恭しく動いてくれていた。

 馬車から降りると屋敷に案内され、応接室に通され暫し待たされる。


「間もなくお館様がお見えになります」


 ここのメイドが、名誉宰相が入室してくることを伝えてくれた。


「待たせたの」


 現れた人物は、確かに老齢ではあるが、見上げるほどの体高に衰えを感じさせない厚い胸板など、未だに戦場に出れば主戦力となりえそうな立派な体躯の御仁であった。

 この御仁はシェーンハイトの祖父でありアーデルハイトの父であるだけあって、二人と同じような白金の髪に金色の瞳である。二人に比べて髪の色がくすんで見えるのは白髪が混じっているせいだろう。それでも綺麗に整えられていることで、清潔感があり渋さも感じられる。

 そして、モミアゲから口髭と顎髭が繋がっているので、パット見のイメージはゴッツいサンタクロースであった。

 そんなサンタクロース……もとい、名誉宰相は、好々爺然とした風貌で優しげな表情であったが、ちらりと俺に向けられた視線は、こちらを射抜かんばかりの鋭さを放っていた。

 だがそれも一瞬。再びシェーンハイトに向けられた金眼は、孫を慈しむ祖父のものへと戻っていた。


「久しいのシェーンハイト」

「お久しぶりですお祖父様」

「健勝そうでなにより」

「お祖父様もお元気そうでなによりです」


 祖父と孫の久しぶりの再会の挨拶は、流石公爵家、といった感じの遣り取りであった。

 キーファシュタットで初めて会った頃のシェーンハイトのカーテシーは、まだ拙く可愛らしかったが、十一歳となった今ではすっかり淑女然とした見事なものへと変貌している。


「そこの少年が、王女救出をしたという」

「はい。ブリッツェン様です」

「お初にお目にかかります名誉宰相。ブリッツェン・ツー・メルケルにございます」

「ヴァイスシルト領は初めてか?」

「はい。まだひと目見ただけですが、素晴らしい街だと感じました」

「ふっ、幼い割に口が達者のようだの。まぁ、楽しむが良い」

「ハッ」


 自分的にはなかなか様になっていると思う、上流学院でしっかり教わったボウアンドスクレイプで華麗な挨拶をし、若干ビビリつつも無難な遣り取りができたと思う。


「そちらの二人は、メルケルの聖女と呼ばれる姉かな?」

「ハッ。長女のアンゲラと次女のエルフィにございます」

「お初にお目にかかります名誉宰相。メルケル家長女、アンゲラ・ツー・メルケルにございます」

「お初にお目にかかります名誉宰相。メルケル家次女、エルフィ・ツー・メルケルにございます」


 二人はカーテシーではなく、神官の最敬礼である両の手の平を内に向けて胸前で交差させ、両膝を着いて軽く腰を曲げる挨拶の姿勢をとっていた。


「二人とも、噂に違わぬ美しい娘よの」

「お姉様方は、見目が麗しいだけではなく、お心もお美しい立派な聖女なのですよ、お祖父様」

「お姉様か」

「はい、お姉様でございます」


 姉達にお姉様と呼ぶことを許されたシェーンハイトは、なんとも誇らし気であった。


「長旅で疲れたであろう。暫しのんびりとするが良かろう。晩餐は軽くしておく、ゆるりとしてくれ」

「お心遣い感謝します、お祖父様」


 ガッツリ晩餐会とかするのかと思ったけど、軽くしてくれるのは正直ありがたい。


 ――コンコンコン


「どうぞ」

「ブリッツェン先輩、どうしてぼくも誘ってくれなかったのですか?!」


 個室を与えられた俺がのんびりしていると、突然来訪者があった。


「何をでしょうか?」

「ここに来るのでしたら、僕も一緒に旅がしたかったです」


 なぜコイツ・・・がここにいるのか一瞬悩んだが、よく考えてみればヘルマン・・・・はヴァイスシルト公爵家の者だった。夏休みで里帰りしていたのだろう。


「申し訳ございませんヘルマン様。私はあくまでシェーンハイト様の護衛ですので、勝手にヘルマン様をお誘いできる立場ではございません」

「そうなのでしょうけれど、それにしても一声くらいかけて欲しかったです」


 本気でヘルマンの存在を忘れていたわけだが、彼がここにいるということは、滞在中はちょくちょく絡まれるのであろう。そのことを思うと、少々気が重くなった。



「ブリッツェン、其方の話はアルトゥール殿から軽く伺っているが、もう少し其方の話を聞かせてくれんか?」

「それでしたらお祖父様、わたくしにお任せください」


 名誉宰相に探りを入れられたのだろうか、何とも面倒だと思ったところで、俺の宣伝隊長であるシェーンハイトが、喜々として武勇伝を語り始めた。

 自分の功績を語るのは何とも気恥ずかしいので、シェーンハイトが勝手に語ってくれるのはありがたい。

 シェーンハイトは、どうやら俺の話をするのが好きなようで、以前ニクスにも満面の笑みで語っていたのを知っている。


「ほぅ、なかなか面白い。――エルフィと言うたか?」

「はい」

「其方も冒険者なのか?」

「メルケル領にいる頃は弟と共に活動しておりましたが、現状は神殿本部で神官として修行中の身ゆえ、日課の鍛錬を行うのみでございます」

「特殊個体のユニコーンの囮ができるとは、なかなか肝が座っているの」

「信用できる弟がいたからでございます」

「美しき兄弟愛だ」


 名誉宰相はエルフィが気に入ったのだろうか?

 従者にお手つきは成り行き上のことのはずだったが、もしかして本当のことだったりしない……よね? もし、エルフィに手を出したらどうしよう。


 何だか胸騒ぎがした。


 それはそうと、ヴァイスシルト公爵家は先日近衛騎士団の副団長になったアイロスが現当主なのだが、王都にいるのでここで顔合わせはしていない。

 しかし、息子のヘルマンとともに帰郷していた公爵夫人のシンディとは顔合わせをした。小柄で愛嬌のある女性だった

 そのご夫人は、なんとシュタルクシルト王国と同盟関係にある隣国のレーツェル王国国王の妹なのだと言う。シンディは赤髪朱眼なのだが、どうやらそれがレーツェル王国の王家の特徴なのだとか。

 そして、シュタルクシルト王国の王妃はレーツェル王国国王の姉なので、シンディは自国の王妃の妹であり、隣国の国王の妹でもあるのだ。

 そんな関係なので、王妃はヴァイスシルト領で出産をし、生まれた王太子はこの地に匿われている。


 なんでも、両王家はかなり古くから婚姻関係を結んでいるが、不思議なことにシュタルクシルトではプラチナブロンドにゴールドの瞳の王家の特徴を持って生まれ、レーツェルでは赤髪朱眼の王家の特徴を持って生まれるとのことで、王家同士の婚姻でも、相手側の王家の特徴を持った子が生まれないのだという。


 かなり血の薄れてきたはずのヘルマンでも、しっかりシュタルクシルト王家の特徴を受け継いでるもんな。

 そう考えると、レギーナ王女は国王の娘なのに王家の特徴が無いのが凄く違和感がある。


 最後はここに関係のないレギーナ王女のことを思い出したが、隣国との関係など、思いがけない血縁関係の事実を知ることができた。

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