第十七話 使うことのない切り札
「あ、あのぉ~?」
アルトゥールの発言でフリーズしてしまった俺は、暫しの間を置いた後に再起動すると、愉しげに笑みを浮かべている彼におずおずと声をかけた。
「なにかな?」
相も変わらずアルトゥールは笑みを湛えたままだ。
「わ、私の聞き間違いでなければ、
「そう言ったよ」
どうやら、聞き間違えではなかったらしい。
「そんな方がいらっしゃるのですか?」
「昨年、漸く生まれたんだ」
それからアルトゥールが詳細を語ってくれた。
本来であれば祝われるべき存在である王太子であるが、宮廷での権力闘争により望まれない子になってしまっている。それは王太子の命が危機にさらされる程に。
その対策として、王妃は実妹が嫁いでいたヴァイスシルト侯爵領に療養と称して暫く滞在し、そこで極秘裏に出産をしたのだ。
ヴァイスシルト公爵領は、王国宰相が領主を務める地であるが、生まれた赤子が男児であったため、宰相が高齢であることを理由に隠居するとして、ヴァイスシルト領に戻り、王太子を秘匿することとなった。
しかし、王太子は王家の特徴を持っているために、何かの拍子に”王家の特徴を持つ子がヴァイスシルト公爵家にいる”と明るみに出てしまうと、宰相から当主の座を譲られたアロイスを始め、ヴァイスシルト公爵家に芳しくない状況になり得る。
子どもの存在が明るみに出るということは、”隠し子がいる”と同義なので、”隠さなければならない理由がある”と公言しているようなものだから。
そのため、宰相がお手つきをしてしまったメイドに産ませた子として、敢えて一部に情報を流した。宰相の子であれば、王家の特徴を持っていても違和感がないからだ。これは苦肉の策である。
表向きは高齢のための隠居であるが、一部の者はこのお手つきによる失脚だと思っている。しかし、長年王国を支えてくれた人物なので、ほぼ権力を持たない名誉宰相の名だけを与えて体裁を保ったのだとも思っている。
それとて、あまり望ましくない話なので、この話は宮廷の極一部でしか知られていない。
そして、本当の事実を知っているのは、陛下夫妻、ライツェントシルト公爵夫妻、現ヴァイスシルト公爵夫妻、それとアルトゥールの側近数名だけだと言う。
「シェーンハイトも、ヴァイスシルト家のヘルマンなども当然知らないよ」
「いい年をしたお祖父さんがお手つきをしたという噂も知らないのでしょうか?」
「もしかしたら何処かで耳にしているかもしれないから、そこは何とも言えないね」
十歳くらい年下の叔父さんとか嫌だろうな。
まぁ、厳密には従兄弟だけど。
「そのお話、本当に私が聞いて良い話ではありませんでした」
「これで君も僕の弱みを握ったね」
「弱みを握ると言うより、何かの共犯者にされた気分です。秘密が増えてしまっただけではないですか……」
マジで勘弁して欲しい。
「おかしいな、僕は君と対等な関係であることを示したかったのだが?」
なにが『おかしいな』だよ、白々しい。
確かに弱みは握ったのかもしれないけど、この弱みの使い方如何では俺の未来は閉ざされる。結局は使うことのない切り札だ。
「それと」
「まだ何かあるのですか?」
もう勘弁して欲しい。
「そう邪険にしないでくれよ」
「いえ、すみません」
「今度は良し話だ」
やっぱりさっきのは悪い話だったんじゃないか!
「君を養子に迎えようと考えている」
「へっ? 誰のですか?」
「僕だよ。君は僕の息子になるんだよ」
「わ、私は田舎の在地騎士爵家の三男に過ぎません。それが公爵の養子になるなど、どう考えてもおかしいです」
何がどうしてこうなった?!
「まぁ、君には申し訳ないけれど、これは決定事項だから」
「しかし、私では家格が……」
「うん、そうだね。だから、君には功績を上げて貰いたい」
「功績ですか?」
「そう。君は成人するまでにドラゴンを倒して貰いたいんだ」
「ドラゴンですか?!」
それは如何な物か。ドラゴンっていったら、地上最強の生物だよ? 無理に決まってんじゃん。
「ワイバーンを仕留めた君なら無理ではないと思うんだ」
「ワイバーンとドラゴンでは、格というか実力が違い過ぎますよ」
「できれば実現して欲しいんだけどな。仮にそれが無理でも、君が平定した伏魔殿よりもう少し大きな伏魔殿を平定して貰いたいね」
「王国の所有する伏魔殿から得られる魔石と交換で、爵位と領地を私に賜るということでしょうか?」
「そうなるね」
伏魔殿の平定で、最低でも男爵にはなれる。それでも公爵家に養子として入るにはちょっと弱い。だからドラゴンを倒した栄誉を得ろ、ってことなのだろう。
「時間はたっぷりある。頑張ってくれたまえ」
「成人まで二年しかないのですが」
「二年もあれば君なら十分だろ?」
「善処します」
ドラゴンを倒すとなれば、どうしても放出系の魔法は必要だ。今までも頑張って練習してきたけど、二年でどうにかなるだろうか?
「それから、この話は僕しか知らない。アーデルハイトやシェーンハイトも知らないよ」
「他言するなということですね」
「そのとおりだよ」
「わかりました」
これで話は終わり、俺は自室で考え事に耽った。
アルトゥールに魔法使いであることを自白した際に覚悟はしていた。俺が駒として扱われることに。
これは自分で招いてしまった事態なのだろうけれど、ここまで深みに嵌まるとは想定できていなかった。
俺は天涯孤独ではなく両親は健在だ。『だから断る』とは言えない。なにより立場が物を言う世界なのだから。
冒険者になって自由に旅をするはずだった未来が、どんどん予期せぬ方向へ進んでいる。
何が正しいのかわからない。何をすればいいのかもわからない。
考えることに疲れた俺は、悩みを絞り出すように魔力素を放出して眠りに就いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こうしてご一緒できるなんて夢のようですわ。聖女アンゲラ様、聖女エルフィ様」
「私もご一緒できて光栄です、シェーンハイト様」
「わたくしも光栄に思っておりますが、聖女という呼び名は何とかならないのでしょうか?」
「それでしたら、わたくしもお二人を、お、お姉様と呼んでよろしいでしょうか?!」
顔を赤らめたシェーンハイトが、意を決して二人の聖女にお姉様呼びの許可を得ようと声を張り上げた。
夏休みに入った俺達はヴァイスシルト領へ向って王都を出発したのだが、アルトゥールの計らいで聖女姉妹も同行している。そんな車中での会話だ。
ちなみに、今回の旅では信頼できる護衛を、とのことで、トリンドル内務伯の孫でトリンドル侯爵家の嫡男でもあるベルンハルト・フォン・トリンドルをわざわざ領地から呼び出し、ベルンハルトを隊長とする護衛騎士団が付いたなかなかの大所帯だ。
「シェーンハイト様にそのような呼ばせ方をするのは、恐縮してしまいます」
「わたくしがそのように呼びたいのです。駄目でしょうか?」
胸の前で祈るように両手を組み、軽く瞳を潤ませながら懇願するシェーンハイト。
こんなん俺だったイチコロだよ。何この子、可愛過ぎるんだけど!
あぁ~、こんな可愛い子が俺の妹になるのかぁ~。幸せ過ぎだろ俺。――って、まだ決まってないし、俺もそれを望んでないだろ! 気をしっかり持て俺!
あまりにも可愛らしい義妹(仮)を見た俺は、一人で興奮していた。
「シェーンハイト様は公爵令嬢なのですよ? 私のような者にそのような呼び方をしてよろしいのですか?」
「ニクセ様も伯爵令嬢です。ニクセ様はよろしくてわたくしは駄目なのですか?」
「お姉様」
「そうねエルフィ。――わかりました、シェーンハイト様がよろしいのでしたら、そのようにお呼びください」
エルフィが、『シェーンハイト様が可愛そうですよ』といいたげな目をアンゲラに向け、アンゲラがそれを悟ったらしく、シェーンハイトの願いを聞き入れた。
「ありがとう存じます。アンゲラお姉様、エルフィお姉様」
「面映ゆいですわね」
「そうですわね」
なんとも美しい三人の微笑みに、俺は暫し呆然と見惚れてしまった。
「ねえブリッツェン」
「なに姉ちゃん」
「この旅行で伏魔殿に入ることはあるの?」
「道中では無いんじゃないかな」
「そう、残念だわ」
今は道中の宿でのんびりしているのだが、俺達は姉弟三人で相部屋となっており、精神集中のために座禅を組んでいるアンゲラを他所に、俺はエルフィと雑談中だ。
ちなみに、集中力のないルイーゼのために何か良い集中方法はないかと模索した結果、何となく座禅を提案してみたのだが、なぜかアンゲラが一番ハマっていた。
真っ白な神官服で座禅を組む姉さんの姿が美し過ぎる。ちょっと悪戯したくなるな。
――こちょこちょ
「ブリッツェン、あなた何してるのよ?!」
「姉さんの集中力が本物かの確認だよ」
「悪戯してるんじゃないの?」
「そ、そんなわけないだろ。――いやー流石姉さんだ」
危うく姉ちゃんにバレるところだった。
――むにゅ
「……あん、ちょっ、エルフィ、何をしているの」
「お姉様、まだ集中力が足りていませんわ。コレくらいで集中を乱してはなりませんわよ」
「いいから手を離しな……ん、離しなさい……んっ」
マジエロいんですけど。
――コンコンコン。『お湯をお持ちいたしました』
「はい」
どうやら、身体を洗うための盥を従業員が運んできたようだ。
「ブリッツェン、久しぶりに洗ってあげるわよ」
いや、姉ちゃん今は拙い。貴女が姉さんに悪戯した所為で、俺の
「ほら、早くしなさい」
「ここは狭いから、個別に洗った方がいいよ」
「そう言えばそうね」
助かったー。
どうにか危機を脱したのだが、寝る際は当然の如く全裸で、背後からアンゲラに抱きまくらにされ背中に巨大な果実を押し当てられ、正面からエルフィがまな板の野イチゴを押し付けてくるので、久しぶりに悶々としてしまい、深夜にそっと寝台から抜け出し、賢者になるべく作業を行う羽目になった。
「ブリッツェン様、何だか体調がよろしくなさそうに見えますが」
「そんなことはありませんよシェーンハイト様」
シェーンハイト自身は何れ俺の義妹になる事実を知らないが、義妹(仮)に俺が実姉に欲情してた、とか知られたら死にたくなるよな。
姉達――主にたわわに実った果実――の所為で、義妹(仮)であるシェーンハイトに余計な心配をかけてしまう俺なのであった。
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