第十六話 今なんて言った?

「お、お姉様方にわたくしを、しょ、紹介して頂きたいのです、が……如何で、しょう、か?」


 先程まではなんとも勇ましかったニクセだが、俯きながらモジモジしていた身体をクネクネとさせ、言葉はしどろもどろになり、最後は頬を赤く染めつつ上目遣いで俺を見つめてきた。


「……」


 もしかして、ライバル心じゃなくて聖女ファンなのか?!


 ニクセが何を言ってくるのかドキドキして待っていたが、それは俺の予想には無い言葉であった。


「神殿でいつもお見かけしているのですが、ど、どうにもお声をかけられないの、です。そ、それでですね、よ、よろしければブリッツェンさんに間を、と、取り持って頂きたいと……」

「神殿でしたら、普通に声をかければ対応してくれると思いますよ」

「それができないから困っているのではありませんか!」


 ちょっ、急にキレないでよ。


「……し、失礼いたしました。少々取り乱してしまいましたわ」

「お、お気になさらず」

「もしかして、初対面のわたくしにはお姉様方を紹介できないと仰りますの?」


 一瞬キレたことで冷静になったのだろうか、顔はまだ赤いながらも、身体のクネクネが治まったニクセは、シャンとした姿勢に戻っていた。


「いえ、別に――」

「でしたら、まずはブリッツェンさん……いえ、ブリッツェン様がわたくしとお友達になってくださらないかしら?」


 この人ちょっと面倒臭いかも。直感的にそう思った。


「いや、友達がどうこう――」

「お友達では駄目なのですか、もしかしてわたくしを……」

「え?」


 俺の言葉を遮ったニクセは、またもやモジモジしだし、何故か蕩けたような表情になったではないか。


「そうですね。わたくしの一存では決められませんが、わたくしがブリッツェン様と夫婦になれば、わたくしもお姉様方の本当の義妹いもうとになれますのもね。わかりました、お父様は自分で説得いたします。ブリッツェン様のお望みどおり、結婚を前提としたお付き合いをいたしますわ」


 ふんす、とか言いそうな勢いで赤茶色の瞳を輝かせているところ申し訳ないのだが、この人が何を言ってるのかサッパリわからない。


「ブリッツェン様、お待たせいたしました。あら、そちらはニクセ様ではありませんか。ごきげんようニクセ様」

「あら、ごきげんようシェーンハイト様」


 この二人は顔見知りだったようだ。


「如何なされたのですかニクセ様? 一年生の校舎にいらっしゃるとは珍しいですね」

「ブリッツェン様に御用がありましてこうしてお伺いしたのですが、ブリッツェン様の熱い求婚を受けまして、結婚を前提としたお付き合いをさせて頂くことになりましたの」

「え? え?」


 ニクセが突然そんなことを言い出すものだから、シェーンハイトが話についてこれずにフリーズしてしまった。


「いや、シェーンハイト様、そんな話はございませんよ」


 別段、俺の色粉沙汰をシェーンハイトに言い訳をする必要など無いのだが、咄嗟に否定の言葉を発してしまった。

 いや、こんなのは恋愛でもなんでもない。間違った情報が拡散されては困るのだから、咄嗟に否定したこと自体は正しい反応だ。


「ニクセ様」

「なんでしょう、あ・な・た」

「……止めてくださいよ。姉達にはお友達として紹介しますので、結婚を前提としたお付き合いなどと口にしないでください」

「いいえ、決めました。わたくしはブリッツェン様と夫婦となり、お姉様の義妹になりますわ。もうお友達ではいられないのですわぁ~」


 この人、癒し系の可愛い顔をしてるけど、内面が人の話を聞かない系のお花畑で、俺が一番苦手なタイプだ。



 その後、再起動したシェーンハイトを連れて帰宅し、ニクセとの遣り取りを説明した。なぜか涙目だったシェーンハイトだが、どうにか納得してくれたので助かった。



「なんか学院に行くのが嫌になってきたな」

「何かございましたか?」


 思わず愚痴を零した俺だが、脳内で呟いたはずの言葉がどうやら口から漏れていたらしく、その言葉をフィリッパに拾われてしまった。


「いや、なんでもないよ」


 俺が慌てて取り繕うと、フィリッパは追求してくるようなことはなかった。

 フィリッパは王宮でメイドを務めていただけあって、興味本位に詮索をしてくるような不躾なことはしない。流石だ。


 それはそうと、シェーンハイトに聞いたところによると、ニクセはやはり外務伯であるあの・・シュバインシュタイガーの娘であった。

 まさか、警戒対象の娘に出会うとは思っておらず、しかもあんな人だったので、これからどう対応するか非常に悩まされた。


 まぁ、俺は基本的にシェーンハイト様と常に同行してるんだから、ニクセ様が変なことを言ってきてもこれからはシェーンハイト様がどうにかしてくれるだろう。


 誤解が解けたシェーンハイトは、「ニクセ様の対応はわたくしがいたしますので、ご安心してください」と決意も固く語ってくれたので、俺は丸投げにすることにしたのだった。



「――お姉様、ニクセ様などと他人行儀に呼ばず、ニクセと呼び捨ててくださいまし」

「ニクセ様は伯爵令嬢であらせられますので、在地騎士爵の娘である私が呼び捨てにするなど畏れ多きことでございます」


 シェーンハイトの頑張りの甲斐もなく、相変わらず纏わり付いてくるニクセを連れて神殿本部に赴き、仕方なく姉達に引き合わせたのだが、流石のアンゲラも笑顔が曇り、引き攣った苦笑いになっていた。


「ニクセ様、貴族の婚姻とは本人の希望どおりにはならないのでは? 特に、外務伯のお父様がお許しにならないと思うのですが?」


 引き攣ったアンゲラに代わり、今度はエルフィがニクセの相手を始めた。


「お父様は『絶対ならん!』と大変お怒りでした。ですがわたくし、とても素晴らしい情報を得ましたの」

「それは何でございましょう?」

「事実婚ですわ」


 エルフィに宥められたニクセは、またおかしなことを言い出した。


「わたくしがブリッツェン様のお子を生みますの。そして、生まれた赤子をブリッツェン様のお子として世間に対し大々的に広めてしまいますの。そうすれば、わたくしはブリッツェン様の妻であると、事実はどうあれ世間が認めますわ。この素晴らしい情報に、わたくしはこれだ、と思いましたの」

「「「「「「…………」」」」」」


 ここにいる俺、アンゲラ、エルフィ、シェーンハイト、ルイーザ、ルイーゼ、全員が何も言えなかった。


「ニクセ様、それですとブリッツェン様が処されてしまう可能性がありますよ」

「いいえシェーンハイト様、私は確実に処されるでしょう」

「どうしてでしょう? 二人の愛の結晶が生まれるのですよ、お父様も結婚を認める他ありませんわ」


 誰かこのお花畑な人をどうにかしてくれないかな……。


「それでしたら、呼び捨てにはできませんが、ニクセさんとお呼びいたしましょう」

「そうですわねお姉様。――それに、ニクセさんを妹のように可愛がりますわ」


 弟の窮地に、二人の姉が救出に乗り出した。


「ですが、それでは本当の妹ではありませんわ」

「事実婚も認められなければ本当の結婚ではありませんよ」

「それでしたら、ニクセさんを事実妹としましょう。わたくしとお姉様で、ニクセさんを本当の妹として可愛がりますわ」

「そうですね。周囲がニクセさんを私達の本当の妹と思うくらい、仲良し姉妹となりましょう」


 姉さん、姉ちゃん、面倒に巻き込んで本当にすまん、と俺は心の中で何度も何度も姉達に頭を下げた。


「わたくしは、今日からお姉様方の妹なのですか?」

「そうですよニクセさん」

「貴女はわたくし達の妹です」

「アンゲラお姉様、エルフィお姉様。わたくし、嬉じぃでずぅー」


 感激のあまり泣き出したニクセを姉達に任せ、俺達はそっとフェイドアウトした。

 この埋め合わせはいつか必ずするから。と、俺は心で固く誓った。



「ニクセ様は敬虔な信者の方だと思っていたのですか、まさかまさかの聖女様信者だったのですね」

「姉達には申し訳ないですけれど、これで私に絡んでこなくなるなら助かります」

「わたくしも、聖女様達をお姉様とお呼びしたいです」

「シェーンハイト様も姉達の信者ですものね」

「えぇ~とぉ~、……はい、そうですね」


 シェーンハイトの返事はなんとも歯切れが悪かった。そして、なぜか睨まれてしまった。

 なんで睨まれたのかわからないけど、ちょと膨れた表情も可愛いな、などと呑気に思う俺だった。



「ブリッツェン君、夏休みになったらシェーンハイトを連れてヴァイスシルト領に行ってくれないかい」


 アルトゥールの執務室に呼び出された俺は、唐突にそんなことを言われた。


「ヴァイスシルト領といいますと、アーデルハイト様のご実家ですか?」

「そうだね。シェーンハイトの祖父は一年前に隠居して、宰相から名誉宰相となり領に戻ったんだ。それで、今まで一度もヴァイスシルト領を訪れていなかったシェーンハイトに一度行かせて見たかったから、いい機会かなって思ったんだ」


 顔馴染みの爺ちゃんがいるし、上流学院にも進級したし、ってことでいい機会なのかな? まぁ、アルトゥール様のお願いは命令だから、嫌とは言えないんだけどね。


「わかりました。具体的な日程などは?」

「それは追々伝えるよ。――それと、それに伴う重要な情報があるんだ」

「なんでしょう?」


 アルトゥール様の表情は変わらず笑顔だけれど、雰囲気が何だか変わったな。


「名誉宰相が隠居したのには理由がある。とある人物の身柄をお守りするためだ」

「ええと、そのようなお話を私が聞いても構わないのですか?」

「本来なら君の立場では知り得ない情報だね。当然、情報を口にすることは許されないよ」


 ですよね~。ってか、それならそんな話を聞かせないで欲しいんだけど。


「これはね、僕の君に対する誠意だと思って欲しい」

「どういうことです?」

「君は魔法の存在を僕に知られた。それは君の弱みを握ったともいえる。だから君は僕に従う。――でもそうではなく、僕は一人の人間として君に惚れ込んだ。だから、君に僕の弱みを握らせる。これでお互いに弱みを握ったことになる。謂わば対等の関係だね」


 いやいや、王弟で公爵で宮内伯のアルトゥール様と俺が対等とかないから。


「でも、今の話だけでは僕の弱みはまだ伝えていない」

「名誉宰相が重要人物をお守りしているのですよね? それはかなりの情報だと思うのですが」

「それもそうなのだけれど、その人物が     ・・・・・・・・であるって部分が肝なんだよ」


 ちょっ、えっ? 今なんて言った?


 アルトゥールの発言に俺は理解が及ばず、口を鯉のようにパクパクするだけしかできなかった。

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