第六話 ドッキリなのか?
「私は宮内相の者だ。再度聞く、貴様はブリッツェン・ツー・メルケルで相違ないか?」
「はい、そうです」
王城を取り囲む城壁の一部にあった収容所。そこから連れ出された俺は、王城の一室に通されていた。三日間閉じ込められていた収容所とは雲泥の差で、底辺貴族のメルケル騎士爵家にあるどの部屋よりも立派な造りであった。
「ならば、冒険者であるはずだが、貴様の所持品にギルドカードが無かったと聞いている。何故だ?」
「この魔道具袋は特殊なようで、所有者のみが中身の出し入れができるのです。こちらがカードです」
本当は自前の魔道具袋もどきなのだが、このように誤魔化すしかない。
「うむ、本人で間違いないようだな。であれば、貴様の身は宮内相で保護をする」
「ありがとうございます。――あの、なぜ私がメルケルの者だとおわかりになったのでしょうか?」
宮内相がどんな部署かなんとなくしかわからないが、王国の機関の一つが俺を保護をしたのであれば、酷い扱いにはならないだろう。
「ブリッツェンと名乗る子どもの冒険者をギルドで調べた結果、引っかかったのがブリッツェン・ツー・メルケルだったからだ」
質問に答えてくれた宮内相の人は、俺が四年半前にキーファーで盗賊を一人で捕まえた少年であること、小規模な伏魔殿を姉と平定して魔導具袋を複数所持していること、もう一人の姉がメルケルの聖女と呼ばれ王都の神殿本部に在籍していることなど、俺の周辺状況を把握していると言ってきた。
よくも短期間にそんなことを調べられたな。情報源がメルケルかキーファーのギルドだとしても、早くても半月以上はかかると思うんだけどな。
「貴様の名を知らずとも、そのような者がいることは王都でも多少は噂になっている。まぁ、貴様を取り調べていた連中の中では『伏魔殿は妖精と呼ばれる姉が平定させた』や『姉が聖女でも弟が聖人なわけではない』などといって、盗賊の一味扱いしているがな」
伏魔殿の噂は、俺の思ったとおりになってたのでそれについては良かった。
「それから、『伏魔殿で仕留めたユニコーンの角を餌に王女殿下を釣りだした』などという噂話があったが、随分と最近の話のようだな」
「そうですね。姉を王都に送り届ける途中の出来事でしたので、それを噂に使うとは凄いですね」
ユニコーンは確かに仕留めたが、角はギルドに提出したので俺は持っていない。それを餌に釣りだしたなど、わけがわからないし情報が早過ぎる。
「あっ、どうして宮内相が俺を保護してくれたのですか?」
「うむ、貴様を非難する者もいるが、宮内伯であるライツェントシルト公爵が事件の内容を全て聞いた上で、王女殿下救出の功労者である貴様にお会いになると言い、宮内相で保護することとなったのだ」
ライツェントシルト公爵って、……アーデルハイト様の旦那さんでシェーンハイト様の父君。王弟殿下じゃないか!
「そして、此度の件は王族が攫われる不祥事であり、主犯が確定していない事件のためあまり公にはできないが、王族としてとして貴様に謝辞を述べたいとライツェントシルト公爵が仰り、宮内伯としてではなく王弟として貴様にお会いになるとのことだ」
そう聞かされた俺は、なんだか偉い事態になった、と焦ったが、「面会は明日だから今日はこの部屋でゆっくり休め」と宮内相の人に言われ、時間をかけてゆっくり心を落ち着かせた。
ちなみに神殿から神官を呼んでくれたのだろうか、『聖なる癒やし』で傷は治してもらった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「アレが何者かは知りませぬが、向こうの手に渡ってしまったのは痛いですぞ」
「だから言ったではないか! なぜグズグズしておった!」
「しかし、あれ以上強引に事を進めることは不可能でありましたし……」
「言い訳はいらん!」
とある屋敷の一室で、主人らしき者が従者らしき男を怒鳴る声が響き渡る。
会話の内容は人に聞かれては拙いように思われるが、主人は気にする様子はない。
その主人は、肌色の様な薄いピンク……言うなれば子豚色だろうか、その子豚色の髪の先端をクルクルっと巻いた如何にもお貴族様の髪型、そして髪と同色のカイゼル髭に人を見下すようなこげ茶色の瞳、樽のような体型で趣味の悪い成金のような宝飾品を身に着けた男である。
「しかし、不幸中の幸いと申しますか、こちらの痕跡は一切見つけられておりませんので、そこまで気にする必要はないのでは?」
「能天気よのう。なぜ万が一を危惧せぬ?!」
「いえ、危惧はしておりますが、あまりに用心が過ぎるようにお見受けしたもので」
「もうよい。ならば、万が一にも発覚した場合、お主が全ての泥を被れ。嫌ならば、なんとかしろ。それだけだ」
「畏まりました」
従者の男が部屋を出ていくのを見届けた主人は、目の前の机を忌々しげに殴りつけた。
「こちらの動きが知られてないのは幸いだが、失敗した事実が忌まわしい。これでは暫く動けんではないか!」
椅子から腰を上げた主人は、今度は机を蹴り上げる。
「まぁ良い。まだ焦る時期ではないのだ。この空いた時間に準備を進めれば良いだけの話だ。それに……」
さっきまでの怒りは何処へやら。主人の口元は愉悦に歪んでいたのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日、昨日とは違う宮内相の人に連れられ、立派な扉の前に立たされると、おもむろに扉が開かれる。
今回はライツェントシルト公爵が王弟として会うわけだが、公的な謁見ではないと聞いていた。そして、通された部屋は奥の方に数段高い位置に豪奢な玉座があったが、手前には円卓があり会議室的な感じの広々とした部屋で、謁見のための部屋でないと理解した。
事前情報として、王族に対して不用意に視線を向けることは不敬であるため、謁見が許された者が先に入室し、頭を下げた状態で王族の入室を待ち、許可があるまで頭を上げるなと聞いていた。
しかし、豪奢な玉座こそ空いていたのだが、その下にある正面の椅子に王弟と思われる男性の姿があり、その左右には大人の女性と少女がそれぞれ二人ずつ、計四名の女性が座っており、明らかに王族の皆様であろう高貴な方々であった。
なんで先に入って待つはずの俺が王族の方々に待ち構えられてるの? なんなの? ひょっとしてドッキリとかいうヤツ?
……というか、先日会話をしたばかりのシェーンハイト様がいてニコニコしてるし。
やっぱこれはドッキリなのか?
混乱する俺は視界を巡らせ、王族の方々の背後には近衛兵であろう警護の騎士と文官らしき方々も確認し、自分以外の全員が待ち構えている状況で、事前情報と状況が全く違っていることに混乱の度合いが増し、どう行動すればよいのかわからずに俯いたまま固まってしまった。
とはいえ、誰も何も言葉を発しておらず、俺はまだ扉が開かれた室外にいることを思い出し、伏した視線を再度少しだけ上げる。そして、じっくり見ないように王族の方々の確認作業を始めた。
今の俺は、王族に対して不用意に視線を向けることは不敬である、などという注意事項はすっかり忘れているのだ。
向かって右側にいる少女が王女であると気付き、その隣の女性が王女と同じマリーゴールドの髪だったので、第二王妃であるのだろうと推測した。
第二王妃(仮)は、キャバ嬢の如く盛ったヘアースタイルがケバケバしいがそこはスルーだ。
向かって左側にはキーファシュタットで一度会った俺のアイドルで麗しのアーデルハイトと、その隣の少女がつい先日会話を交わしたシェーンハイトであることも確認した。
そこで意を決した俺は、緊張で震えそうになる足を踏み出す。
円卓は扉側の一部が開閉式になっているようで、取り払われた卓の間から中に入るように誘導され、王弟の前に足を進める。やがて立ち止まった俺は、跪くと
俺が慇懃に頭を垂れると、やや間を置いて王弟が口を開き、「君が、ブリッツェン・ツー・メルケルかな?」と柔らかい口調で話し掛けられた。
俺はそれっぽく「ハッ」と答えてみた。
「うむ。ブリッツェン・ツー・メルケル、此度のレギーナ王女殿下救出の件、まことに大義であった」
そんなお言葉を賜った俺は、「恐悦至極にございます」と無難に答えておいた。
すると、視線を下げていて姿を目にできていなかったが、向かって右側から声が聞こえた。
「レギーナの母として妾から礼を言おう。娘の救出、大儀であった」
「わらわからも礼を言う。大儀であった」
なんとも無感情な声の二人に言われたが、それでも「ありがたき幸せに存じます」と対応しておく。
王族とこの様な場、形式で会話するなど初めてなのだ、どう対応すれば正解なのか俺にはわからない。だが、同じ言葉を繰り返すのは良くないと思い、それっぽい感じの言葉がなかなか思いつかないながらも、どうにか上手く対応できた……と思う。
「内務伯、ここから先は議事録は要らないから、尚書に伝え下がらせて。それから護衛もヴィルヘルムだけでいいいよ。他の者は下がらせてね」
王弟はそう言って配下の者を下がらせると、第二王妃は「ライツェントシルト公、妾もこれで下がりますぞ」と言い、助けられた当の本人であるレギーナ王女と共に下がって行った。
救出したときも素っ気ない王女だったが、今回もまた素っ気ないものであったため、王女ともなるとそんな立ち振舞が必要なのだろうか、と邪推してしまった。
それはそうと、議事録が要らずに人減らしをした。これは何を意味する?
経験不足な俺は状況の変化に対して思考が及ばず、ただ悩み不安になってしまった。
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