第五話 王女(仮)
「あれ? さっきの兵はまだ意識を失っているのか」
馬車まで戻ってきたが、唯一の生存者であった兵士は未だに意識を失ったままであった。
「ってかこの馬車、王家の紋章が付いてないな」
貴族世界に疎い俺でも王家の紋章は知っているし、王女が乗るような馬車には通常であれば紋章が入ったプレートが付いていることは常識として知っている。しかし、この馬車には付いているはずの王家の紋章がないのだ。
「本当にこの女性が王女なのか? 王家の紋章の付いていない馬車に、なにより王家の特徴であるプラチナブロンドとは違うマリーゴールドの髪なんだよな」
疑問に思った俺は、王女(仮)をズタ袋から出して横たわらせ、意識を回復させる前に少し探って見ようと馬車の室内を確認した。
「争った跡みたいなのはあるけど、荷物が一切荒らされてないな。王家の紋章は無くてもこの馬車はかなり豪華な造りだから、盗賊が荷物に見向きもしてないってのは妙だな」
俺としては、拐われた女性が王女なのかを調べようとしたのだが、盗賊の行動に違和感を覚える状況を目にしてしまった。
「こうなると、逆に荷物を調べるのはやりにくいな。布に包まれたこの棒みたいなのが何なのか、とか気になるけど……」
荒らされていない荷物を調べるためにとはいえ荒らしてしまっては、俺が火事場泥棒のように思われる可能性が頭を
「仕方ない。王女と兵士を起こすか」
この女性が本当に王女なのであれば、変な対応はできない。なにやら疑わしいが、乗りかかった船なので最後まで付き合うことにした。
「多分、何らかの薬で眠らされてるのだろうから、光魔法の解毒で消せるだろう」
「――ん……ぅー……」
「一応、回復もさせておこうか」
「……お、お前は……誰、じゃ?」
意識を取り戻した王女は、ゆっくりと瞼を持ち上げながら誰何してきた。
瞳の色も黄色味の強いゴールドではなく真紅だ。本当に王女なのか?
見聞きしてきた王家の特徴を持たないこの女性に疑念を持ちつつも、この女性が王女であるとして接する。
「たまたま通りかかった冒険者のブリッツェンと申します。失礼ですが、貴女はレギーナ王女殿下でしょうか?」
本当に王女であるならば、もう少し畏まった言葉で話し掛けなばならないのだろうが、疑念からか、少々雑な言葉を使ってしまった。
「わらわを、知って、おるのか?」
「馬車の近くにいた兵士の方に聞きました」
王国唯一の王女ってことで名前は知ってたけど、貴女が王女であるかは知らないよ。
「ならば、わらわを連れて王城へ戻れ」
「殺されてしまった兵士の遺体はどのように?」
「……土でも被せておけ」
徐々に意識がしっかりしてきた王女は、若干吊り気味な切れ長な目を更に吊り上げ、真紅の瞳から威圧的な視線を飛ばして命令してきた。
それから俺は、街道から少し離れた場所に遺体を運び、王女に見えないようにして土魔法で遺体を埋めてあげた。
生き残りの兵士を更に回復させると、不機嫌な王女の乗る馬車の御者台で二人で座り、どんな状況だったのかなどを話しながら王都へ向った。
ちなみ、王女の護衛をしていたのは只の兵士ではなく、やはり全員が騎士だった。
程なくして王都の門に到着すると、慌ただしく走り回る門衛を他所に、俺達は王城へ向かうこととなる。
この王女(仮)に王家の特徴はなかったけど、本当にこの女性が王女だったんだな。
そんなことを考えていると、暫くして王城へ到着した。
王都は全体を囲う外壁、旧外壁である現内壁、そして王城を囲う城壁と三つの壁があるが、今回初めて城壁の中へ足を踏み入れた。そこは広大な敷地に豪華な建築物、そして一際大きく無骨な王城が聳え立っていた。
そんな敷地内を進み、とある豪邸の前で馬車が停止した。すると、居並ぶ従者が王女を囲み忙しなく動き始めた。
俺と騎士は別の建物に連れて行かれ、別々の部屋に収容された。
なぜ収容と表現したのかというと、明らかに罪人を収容するような部屋だったからである。
まぁ、王女が連れ去られたような事件なんだから、事情聴取とか必要だよな。でもさ、俺は王女を助けたんだから、もう少しマシな場所でも良かったんじゃないのか?
己の置かれた境遇に、なんとも遣る瀬無い気持ちになった。
「――という感じです」
「以上か?」
「はい」
如何にも取り調べ人といった感じの厳ついオッサンに、魔法を使った事実を歪曲しながら事のあらましを説明した。
「生き残りの騎士との整合性を確認する必要がある。明日も取り調べがあるからこっちの部屋で寝てもらう」
厳ついオッサンが「おい」というと、お付の兵士が俺を部屋に連れていく。……なぜか手枷足枷を嵌められ。
「ここって牢獄じゃないですか?」
取調室も大概だったが、通された部屋は参考人を寝泊まりさせる部屋とは言い難い、ガッシリした鉄格子の嵌った牢獄であったため、俺は思わず兵士に詰め寄り問い質した。
「貴様には王女誘拐の容疑がかけられている。当然の処置だ」
「ちょっ、なんですかそれ?!」
「俺は知らん。弁明なら明日自分でしろ」
兵士はそういうと、さっさと背を向け部屋を出ていった。
どういうことだ? 俺はたまたま遭遇して、見捨てるのも忍びないと思って助けたのに、なんで誘拐の容疑者になるんだ?
――いや、今はまだ状況が判明していないから、その場に居合わせた者として俺も容疑者の一人扱いなだけだ。明日になれば、きっと解放……は、されなくても、容疑者としての扱いは終わるだろう。
些か取り乱してしまったが、冷静に状況を判断した俺は、この扱いは今だけだと判断した。
だがしかし、三日経っても状況は変わらず、むしろ悪化したと言っても差し支えない状況になっている。
二日目に、スキンヘッドの威圧的で偉そうなオッサンに、俺が盗賊の一味だなんだを通り越し、『貴様が犯人なんだろ?!』と言われたときにはむしろ驚いた。
しかもそのオッサン、容赦なく暴行を加えてきたのだ。
王女や騎士を魔法で回復させていた事実を忘れていた俺は、ここで傷を治すと魔法がバレる可能性があると思い、痛くてもそのままにしておいた。
スキンヘッドのオッサンの他にも、数名が入れ替わり立ち替わりで詰問してくるが、何度も同じ話しをさせられるのは、なかなか精神にくるものがある。
そして三日目に知った真実。
なんと、俺が捕らえた盗賊なのだが、俺の伝えた場所に行ってみると血痕はあったが、盗賊は一人もいなかったと言うのだ。
俺は、獣にでも食べられたのかもしれないと伝えると、食い散らかされた肉片も骨もなかったと言う。そして、唯一あったのは馬車に付けられていた王家の紋章だったと……。
更に、王女と生き残りの騎士は確かに盗賊に襲われたと証言したようだが、俺と盗賊が戦った場面を見た者は誰もいないので、俺が誘拐犯ではないという証明ができないのだ。
「普通に考えてみてください。なぜ、誘拐犯が王女殿下を連れて王都に入るのですか? そんな盗賊なんているはずないじゃないですか」
「王女殿下を助けた手柄に褒美を貰おうとした盗賊の一味の自演でないか、と言い出す者が現れた。言われてみればその可能性もある」
「そんな馬鹿な?!」
そんな危険を犯すバカは常識的に考えていないだろ?
俺はなんとか無罪を証明しようとあれこれ言うが、そもそも、王国騎士が五人も殺され一人が重症を負った相手に、俺のような子どもが一人で勝てるわけがない、と言われ、何度も説明した『追いかけてみたら、
魔法を隠すために歪曲して話したわけだが、確かに都合の良い状況過ぎる。このままだと、俺は何らかの罪を押し付けられてしまう。どうする……。
俺は冒険者になって以降、家族に迷惑をかけまいと家名を名乗っておらず。今回もブリッツェンとしか名乗っていなかった。
そんな俺は、魔導具袋もどきがあるので嵩張る荷物を持ち運ぶ必要が無いのだが、冒険者に見えるように背嚢を背負っている。
持っていた背嚢にはさしたる物を入れておらず、魔導具袋も俺のは第三者が内容物を取り出すこともできない魔道具袋もどきなので、他人が調べても袋の中身は空だと思われている。そのため、身分を証明する物は何も発見されていないのだ。
メルケルの家名を出すか? いや、田舎の在地貴族など、ここでは平民と変わらないだろう。
アーデルハイト様に貰ったペンダントを使うか? それだけは絶対にダメだ。こんなことにアーデルハイト様を巻き込むことは許されない。
ヘルマンにもヴァイスシルト家の紋章入りの物を貰っているが、やはり使えない。
でもこのままだと……。
考え込む俺を他所に、またもやスキンヘッドのオッサンが現れて殴られ、『さっさと吐け!』などと言われる始末。
小一時間程暴行を受けたが、オッサンは殴り疲れたのだろうか、一旦退出していった。
「貴様がブリッツェン・ツー・メルケルか?」
オッサンの退出後、程なくして今まで取り調べに顔を出していなかった人物が入室してきた。しかも、知られていないはずの俺のフルネームを口にしたのだ。
なぜわかったのか不思議であった。だが、ここで白を切ることもできたがそうはせず、状況を変えるためにも素直に認めることを選択した。
「そうですが、なぜそれを?」
「話は後だ。荷物を持って付いてこい」
「わ、わかりました」
なんだかわからないが、取り敢えずここからは出られるっぽいな。――まさかいきなり処刑台……は無いよな。だったら荷物を持たせることもないだろうし。
ただ、この後の処遇がどうなるかはわからないけど、状況が変わったことは確かだ。それをなんとか活かせるようにしなければ。
まだ予断を許さない状況ではあるが、俺はこの機を逃さないよう暴行で受けた痛みを忘れるほど集中して神経を研ぎ澄ませ、頭をフル回転させた。
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