第四話 既視感
「そういえば、皆様ご姉弟はよくお集まりになられているのですか?」
謝罪合戦が終わると、シェーンハイトがそんなことを聞いてきた。
「いいえ。先日エルフィを王都まで護衛してくれたブリッツェンが本日帰郷しますので、三人で軽く食事でも、と思っていただけですよ」
シェーンハイトの心に負担がかからないように気遣ったのだろうか、軽い感じでアンゲラは伝えていた。
「そのような時にお手間を取らせてしまうなんて――」
「シェーンハイト様がお気になさることではございません。家族が顔を合わせたから一緒に食事をする。ただそれだけのことですし、いつでもできることですので」
それでもシェーンハイトがまた頭を下げそうな勢いだったので、俺は強引に言葉を挟んだ。
「シェーンハイト様はもう少し神殿にご滞在なさるのでしょうか? それでしたら私はお暇いたしますが」
「いいえ。本日はトラバントへ向かう予定だったのですが、生憎と体調が優れず神殿に来ましたので、これから自宅に戻って大人しくしていないとまた叱られてしまいますので……」
シェーンハイトはアンゲラとエルフィに目を遣り、『お二人とお喋りしたいのにー』みたいな表情になっている。
「シェーンハイト様、私たちはいつでも歓迎いたしますので、先ずは体調を整えてくださいませ」
「これからは私も姉と一緒に神殿本部でお世話になります。いつでも神殿におりますので、またシェーンハイト様とお会いできる日を楽しみにしておきますね」
アンゲラとエルフィが口々に伝え、聖女の微笑みを湛える。
「お二人ともありがとうございます。時間ができましたらまた伺いますね。――ブリッツェン様とはなかなかお会いできる機会がございませんが、いつかまたお会いできる日を楽しみにしております」
もう二度と会えないと思っていたアイドルに再会できただけでも嬉しいのに、また会える日を楽しみにしてるとか言われたら、社交辞令とわかっていても気分は良くなるよね。でも、ここは紳士的な振る舞いをせねば。
「シェーンハイト様にそのように仰っていただき、恐悦至極にございます。私のような者がシェーンハイト様にお目通り叶うことなどそうそうないと存じておりますが、そのような日が訪れることを楽しみにしております」
それでは、と帰っていくシェーンハイトを見送り、少し遅くなったが三人で食事に出かけた。
その後、姉弟三人で向かったアンゲラお勧めの食堂は、どう見ても食堂ではなく高級レストランであった。そして、高級店なだけあり非常に美味かった。
俺の作る野菜炒めに目もくれないエルフィが、ステーキ以外の料理を『これも美味しいわ』と言いながらガッツクくらいなのだから、この店は当たりだろう。
食事を済ませると、名残惜しいがアンゲラとエルフィとの別れだ。
アンゲラのふわふわマショマロで窒息死されそうになった後、今にも泣き出しそうなエルフィを抱きしめ、『また会えるから』と俺は笑ってみせた。
その笑顔がいけなかったのだろうか、エルフィは遂に泣き出してしまったが、子どもをあやすように宥めると、少しして落ち着いたエルフィは俺から身体を離し、美人な彼女らしくもない不細工な笑顔を向けてきた。
だが、それはエルフィらしい精一杯の強がりなのだろう。それがわかったので、『じゃあ行くね』と背を向けた俺は、振り返らず足早に門へと向かった。
王都を出た俺は暫く感傷に浸っていたが、気持ちを切り替え、ある程度王都から離れた場所で自己強化を使い、一気に走り出した。当然、しっかり周囲の気配を確認してからだ。
それから数時間、馬車で半日程の場所で、いつか見たことのある光景を目にした。
「あれって、馬車が盗賊に襲われてるんじゃないか?」
俺は全力での移動時、ひと目につかないよう極力街道沿いの森を走るようにしているのだが、時折進行方向の確認のために街道に出るようにしていた。
そしてたまたま街道に近付いた今、既視感のある光景を目にしたのである。
しかし、今回はクラーマーを助けた五年前と状況が違う。馬車の周囲に兵士が倒れているのだ。
「面倒事は嫌いだけど、これは見捨てるわけにはいかないよな……」
俺の中にある小さな正義感がこれを見捨てることを許さず、すぐに馬車へ向かって走り出した。
「大丈夫ですか?」
「で……殿下が、王女殿下が、拐われた……、救出を……」
盗賊に襲われたのであろう馬車に近付いてみると、周囲には盗賊らしき姿は見えず、倒れている兵士も五人は事切れていた。かろうじて息のある兵士を魔法で回復させ事情を伺うと、なんと王女が拐われたと言うではないか。
俺の拙い回復魔法では完全に兵士を治してあげることができず、彼が再び意識を失なう直前に指し示した方向へ俺は走り出した。
探索魔法に集中してみると、それなりに離れた場所で複数の人間らしき反応を確認した。
倒れていた兵士からは細かい事情を聞くことができておらず、俺は経緯や状況、盗賊の人数など何も把握していない。だが、王女の護衛をしていたのが下っ端の兵士ではないことは予想できるので、それを倒してしまう盗賊がかなりの人数であるか、はたまた凄腕であると思って行動した方が良いだろう。
探索魔法がしっかり発動していることを再確認した俺は、自分が辿ってきた森とは反対側の森に向って更に速度を上げた。
「多分……、人数は十二人で確定かな?」
俺より速く走れる盗賊などいないであろうことが推測できる状況だ、感知できている人数がそのまま盗賊の人数であると思われる。
「王女の護衛でも倍の人数だと敵わないのかな? なんにしても、ちょっと厄介だな」
王女の護衛が一般兵ではなく騎士だと仮定して考えた。
自分の知る騎士はキーファーのネルソンしかいないので、騎士の力量を知るための比較対象は必然的にネルソンとなる。そんな俺からすると、あのレベルを六人も倒せる盗賊とは戦いたくない。
しかし、魔法が使える状況なら話は変わってくる。
今の俺は、アインスドルフの開拓をしたお陰で土魔法がかなり上手くなった、と自負している。更に、水魔法も練習したので、土魔法でそこそこ広い範囲の地面を柔らかくし、水魔法でそこを
「上手く不意を突ければ一網打尽にできる。仮に何人か取り逃しても王女さえ確保できれば問題もない」
既に視界に捉えた盗賊に対しどう行動するかを考え、一網打尽にできるであろうと判断した。
――ここでいける!
王女が入れられているであろうズタ袋を運ぶ二人の人物、それを護衛するかの様に取り囲む十人。総勢十二人が木々の合間を抜け、ちょっとした広場のようになったその場所に全員が足を踏み入れたのを確認した。
我が身に不釣り合いなミスリルの槍を魔道具袋から取り出した俺は、石突を地面に当てると一気に魔力を放出してやる。
「まずは賊の足元を崩し、水を発生させてグズグズの泥濘みにして――一気に固めるっ!」
王女を巻き込まないよう、細心の注意を払って段階を経る魔法を行使した。
「取り零しなしで十二人を固められたな。上出来上出来」
膂力のありそうな大柄の男が二人がかりで担いでいたズタ袋。中から人間の生命反応があることから、あの中に王女がいると睨んでいた俺は大急ぎで近寄った。
「お前らには眠ってもらうぞ」
賊共に暴れられては面倒なので、背後から一人ずつど突いていった。
そして、袋を担いだ男も後頭部を槍の石突でど突き、地面に落ちそうになったズタ袋を抱き抱えるように保護した。
地面に腰辺りまで埋まっているが、まだど突かれていない賊が「なんだなんだ」などと騒ぎ立てている。顔を見られては面倒なので、残りの賊もど突いて黙らせる。ついでに、あまり試したことのない闇属性で記憶の操作をしてみることに。
「貴方は王女を誘拐した後にどうなりましたか?」
「……突然足元が、崩れて……あれ?」
上手くいったか!?
「それからどうなった……? ――! ガキだ! ガキみてーな声グワァッ……」
「うん、記憶操作とか、そう簡単にはできないよね。知ってた」
ダメ元でのチャレンジはやはりダメだったので、わざわざ起こした盗賊の一人には再び眠って……、気絶してもらった。
取り敢えず全員を縄で縛ってみた。縄は常に魔道具袋もどきに入れてある。
盗賊を運ぶのが面倒なので、俺の知らせを受けた兵が盗賊を連れ出してくれることに期待し、地面に半身を拘束したまま放置しよう……と思ったが――
「このままだと俺の魔法がバレる可能性があるから、地面を泥濘みにしておかないとな」
立つ鳥跡を濁さず、ではないが、しっかり魔法の痕跡は消しておいた。
「で、王女殿下は馬車まで運んでから起こせばいいかな?」
王女の運搬作業中に、『貴様のような下賤が気安く触るな』とか言われる可能性もあるので、失礼だと思いつつも、王女はズタ袋のまま運ばさせてもらう。
一応、生存確認はしてあるのでそこは問題ない。であれば、面倒は避ける方向で行動すべきなのだ。
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