第三話 予期せぬ再会
「お久しぶりです聖女アンゲラ様」
「お久しぶりです
この二人の遣り取りで、この少女が五年前にキーファーで出会った公爵家の令嬢であり、俺のアイドルだと確定した。二度と会えないと思っていたアイドルに、形はどうあれ再会できたのだ。
俺は予期せぬ再会に、自然と胸の鼓動が早まった。
「もしかして、そちらがアンゲラ様の妹御のエルフィ様ですか?」
「よくご存知ですねシェーンハイト様」
「そのお美しい銀色の長い御髪は『銀の聖女』であり、『妖精』エルフィ様の代名詞ですからね。当然、存じております」
アンゲラとシェーンハイトが”旧知の仲”といった感じでニコニコと遣り取りしている様は、一枚の高級感漂う絵画を見ているのか、と
「お初にお目にかかりますシェーンハイト様。エルフィ・ツー・メルケルにございます」
エルフィがシェーンハイトに跪き、両手を胸の前で交差させ軽く上体を前傾させる、神官の最敬礼ともいえる挨拶をした。
「そのように畏まらいでくださいエルフィ様。わたくしは単なる公爵家の娘に過ぎませんので」
「かしこまりましたシェーンハイト様」
澄まし顔のエルフィが立ち上がる。
「改めましてご挨拶させて頂きます。はじめましてエルフィ様。シェーンハイト・フォン・ライツェントシルトでございます。エルフィ様の御姉様、アンゲラ様にはいつもお世話になっております。本日はたまたま神殿にやってきたのですが、こうしてエルフィ様とお会いできたのも神のお導きなのでしょう。これも何かの縁でございます、今後とも宜しくお願い致しますね」
「そうでございますね。私も神のお導きに感謝致します。シェーンハイト様、こちらこそ宜しくお願い申し上げます」
エルフィは毅然と挨拶しているが、高貴な身の上の方と会ったこともないはずなのに、なかなか堂に入っていた。
こちらを見て「そちらの方は……っ!」と言ったシェーンハイトが、なぜか絶句している 。
絶句するシェーンハイトをアンゲラも不思議に思ったのか、思案顔だがニコリと表情を作り俺を紹介する。
「この者は、数年前にキーファシュタットでシェーンハイト様に一度だけご挨拶をさせて頂いた私どもの弟、ブリッツェンでございます」
俺の家族は、俺がキーファシュタットでシェーンハイトと会ったことを知っているので、それを踏まえてアンゲラが紹介してくれたようだ。
「ライツェントシルト公爵令嬢のご記憶にはないかと存じますが、アンゲラ、エルフィの弟、ブリッツェンにございます。こうして再びライツェントシルト公爵令嬢に拝顔の機を得られたこと、幸せに存じます」
左膝を立て跪き、左腕を水平に腹の前に置き掌を上に向け、右手は軽く握って拳を作り、その拳を地に付けて頭を垂れる最敬礼の姿勢でもってシェーンハイトに告げた。
「あ、あのぅ、ブリッツェン様、……そのように畏まらずお立ちくださいませ」
慌てた様子でシェーンハイトが言ってくる。
それを拒む理由も無いので、「それでは失礼致します」と言いつつ立ち上がった。
「ブリッツェン様のことは当然存じております。アンゲラ様からブリッツェン様の幼少時のお話も伺っておりますし、キーファシュタットでブリッツェン様にお聞かせ頂いたお話は、今でもはっきり覚えておりますす。――そのお話をヘルマンに伝えてしまったことで、ブリッツェン様にご迷惑をおかけしてしまったことも存じておりますし……」
申し訳なさそうにそう告げるシェーンハイトは、元より赤みを帯びていた頬を僅かに赤らめて軽く俯いてしまった。
そんなシェーンハイトを横目にアンゲラを見ると、「あらあらうふふ」とでも言い出しそうな顔つきでニコニコしていた。
「迷惑などではございませんでしたし、それより私の幼少時の話など何の面白みもないかと。むしろ、そのような話をライツェントシルト公爵令嬢が姉から伺っていたことの方が不思議でございます……」
何を言えばよいのか分からず、少々口籠ってしまう。
「いいえ、ブリッツェン様は幼き身でありながら盗賊を取り押さえたお方です。そのブリッツェン様が『聖女』と名高いアンゲラ様の弟御であったのもきっと偶然ではないとわたくしは思っております。ですので、ご本人の知らない場で伺うのは失礼とわかりつつ、ついアンゲラ様に伺ってしまいました。申し訳ございません」
公爵令嬢のシェーンハイトが、在地貴族の、それも最底辺の騎士爵の息子である俺に頭を下げた。
「――シェーンハイト様。王族の血を引く公爵家の御令嬢がこのような場所で私のような者に頭を下げるのはお止めください」
突然のことで吃驚してしまった。まさか、王弟の娘であるシェーンハイトが、こんな簡単に頭を下げるなどとは予想もしていなかったからだ。
この王国の王家は子宝に恵まれない特徴がある。そして、現国王には正妻に子供がおらず、側室に娘が一人いるだけなので、シェーンハイトの父である王弟は現在王位継承順位が一位なのだ。そのため、陛下と側室の子を王位継承者と認めていない現状、シェーンハイトは王位継承順位第二位であり、この二人にしか継承権が無い。
厳密に言うと三代前の国王の孫であるヴァイスシルト公爵にも王位継承権があるのだが、現国王と血が離れてしまうので現実的ではない、とヴァイスシルト公爵は継承権を破棄しているのだ。ただ、国はそれを認めていないが。
「す、すみません。いつもお母さまに、『人前で簡単に頭を下げるものではありません』と怒られているのに、またやってしまいました」
ショボーンとしたシェーンハイトの表情があまりにも可愛らしく、その表情に思わずときめいてしまった。
「あっ!? ブリッツェン様がやっとわたくしを名前で呼んでくださいました。ですが、私のことはシェーンハイトと呼び捨ててくださいまし」
ふと思い立ったようにシェーンハイトがそう言い、ニコリと微笑んでくるものだから、その笑顔を向けられた俺の胸の鼓動が、先程の比ではないくらいの早さでドクドク鳴り出した。
「呼び捨てるなど畏れ多いので、シェーンハイト様とお呼びすることでご勘弁いただければと……」
そういえば、シェーンハイト様と初めて合った時、アーデルハイト様とそんな遣り取りをして、二人を名前で呼ぶなんて約束をしたっけ。
俺が昔を懐かしんでいると、若干悲しそうに「そうですか……」と言うシェーンハイトの姿勢が崩れた。
それを察知し、不敬かと思ったが咄嗟に手を伸ばしてシェーンハイトの体を支えてしまった。それを見たシェーンハイトの護衛が急に近付いてきたが、彼女がサッと手を出し静止させ口を開く。
「申し訳ございませんブリッツェン様。お恥かしながら少々体調が優れず、アンゲラ様に癒やしを施していただこうと神殿にやってきたのですが、エルフィ様とブリッツェン様にお会いでき、あまりの嬉しさに体調が悪いことを忘れておりました」
「そのような大事なことは先に仰って頂きたかったです。――姉さん、すぐにシェーンハイト様を」
だから赤みがかった顔をしていたのか。記憶の中のシェーンハイトは驚く程の白い肌だったのに、成長で少し肌の色が変わったと思っていたのだが、きっと熱があった所為だろう。
俺も魔法ではあるが聖なる癒やし的な回復を使えるのだが、人前で魔法を使うわけにはいかないので、アンゲラにシェーンハイトの身を預けた。
幸い、風邪ならぬ知恵熱だったらしく、アンゲラの癒やしでシェーンハイトはすぐに回復したようだ。ただ、病気の回復は体力を完全に回復させられないので、シェーンハイトはまだ若干気怠そうにみえる。
「助かりましたアンゲラ様」
「お気になさらず」
相変わらずの美しい絵面で遣り取りをするシェーンハイトとアンゲラ。
「エルフィ様とブリッツェン様にもご迷惑をおかけいたしました」
「いいえ、迷惑などと思っておりません。むしろ、シェーンハイト様のご不調に気付けぬ不出来な神官で申し訳ございませんでした」
「無駄話でシェーンハイト様にご負担をおかけさせてしまった私たちの落ち度でございます。申し訳ございません」
エルフィと俺は頭を下げた。
「お二人が頭を下げる必要はございません。――それより、ご姉弟水入らずのところにわたくしが割り込んでしまったことを謝罪せなばなりません」
と、暫く謝罪の言い合いが続いた。
粗暴な人間が多いこの世界で、こういった腰の低い遣り取りを見ていると、なんだか心が落ち着く俺であった。
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