第二話 プレゼント

「ここが王都ね。聞いていたから大きいのは知っていたけれど、想像以上の大きさだわ」

「俺は何度も見てるけど、この外壁はいつみても圧巻だよ」


 王都初心者が外壁に圧倒されるのは、もはや様式美であろう。


 王都に入ると、まずはフェリクス商会を目指した。アンゲラは今年から引っ越しするはずなので、既に引っ越しが済んでいたら無駄足になってしまうからだ。


「これはこれはブリッツェン様、ようこそおいでくださいました」

「お久しぶりですヘニングさん。――姉のエルフィです。これから王都でお世話になることになってます」

「お聞きしております。――はじめましてエルフィ様。私、フェリクス商会で番頭をしておりますヘニングと申します。以後お見知りおきを」

「はじめましてヘニングさん。エルフィ・ツー・メルケルでございます。王都は初めてですので、ご迷惑をおかけするかと存じますが、よろしくお願いいたしますね」


 執事然とした番頭のヘニングと挨拶を済ませるといつもの如く応接室に通され、慌てて姿を現したクラーマーとも挨拶を交わした。この遣り取りももはやお馴染みだ。


「姉の引っ越しは既に済んでますか?」

「はい。先日完了いたしました。エルフィ様のお荷物も、アンゲラ様の言い付けで揃えて搬入してありますので、すぐにでも生活できるかと」

「毎度お手数をおかけしてすみません」

「いいえ、私が好きで行っているだけですので、ブリッツェン様はお気になさらず」


 今回はアンゲラがいる状態で事前準備ができたので、小物類も抜かりなく揃えてあると、クラーマーは自信満々に伝えてきた。

 その後、エルフィはエドワルダと久しぶりに再会すると、初対面のフェリシアとカールとも挨拶を交わし、今夜はフェリクス商会に泊まることとなった。


「昨夜が二人っきりで過ごす最後の夜だと思ってたのに、今夜もまた二人っきりだね、姉ちゃん」

「……そ、そうね」


 俺はこうなるとわかっていたが、今夜からアンゲラと一緒に過ごすと思っていたエルフィは少し気不味そうであった。だが、その表情が何とも可愛らしく、ちょっとした悪戯が成功した俺は、喜びを噛み締めつつも心の中では小躍りしていた。



「久しぶりねブリッツェン」

「久し、ぶり……姉さ、ん……」


 エドワルダの案内でアンゲラの新居にやってくると、いきなり抱き付かれ、相変わらず大きなアンゲラのマシュマロに包まれた俺は、天国と地獄の狭間を行き来させられてしまった。


「エルフィはもっと久しぶりね。なんだか大きくなったわね」

「お久しぶりですお姉様」


 アンゲラがエルフィに意識を向けたことで、俺はマシュマロ天国とも地獄ともとれない状況から開放された。


「あら? 私より大きくなっているわ」

「わたくしは成長期が少し遅かったようですので、今もまだ成長しておりますわ」


 成長期なのに、薄っぺらな所は全く成長しなかったんだね。可哀想な姉ちゃん……。


 子どもの頃から一切成長していないエルフィの一部を眺め、残念なエルフィが心底可哀想に思えた。それでも、エルフィのそれ以外は本当に成長していて、女性的な柔らかさは随所にある。

 桃ソムリエの俺が言うのだから間違いない!


「それにしても、思ってたより立派な家だね」

「前の家人が王都に永住するつもりで色々と手を加えていたようで、魔道具の家具があちらこちにあって凄く便利よ」


 本来なら領に戻る予定のなかった司祭が、出身領で予期せぬことがあり、泣く泣く帰郷していったので空いた家なのだとか。


「でも、新米神官が住むにしては贅沢だよね」

「枢機卿が、ここに住むことは命令だと仰ってね、固辞する私の話を聞いてくださらなかったのよ」


 小首を傾げ、「困るわ」と言いながら頬に手を当てるアンゲラは、マジで嫁にしたくなるほど美しくも可愛らしかった。……いや、もう嫁にしてしまっていいと思う。


「ここがエルフィのお部屋よ」

「まあ、素晴らしいですわお姉様」

「エドワルダちゃんが、エルフィが好きそうな感じに仕上げてくれたのよ」

「ありがとうね、エドワルダ」

「ん」


 案内役のエドワルダは、この屋敷に着いてからはポケーっと後ろに付いてきていたのだが、話が自分のことになってもいつもの調子だった。


 そんなこんなで再会を喜んだ俺達は、アンゲラとエルフィを中心にお互いの近況を報告しあった。


「――と、ワイバーンを仕留めたのですわ」

「ブリッツェンが凄いのにはもう驚かないけれども、エルフィも凄いのね」

「姉ちゃんがいなかったら仕留められなかっただろうね」


 これはリップサービスではなく本音だ。


「流石、妖精様」

「これからは姉ちゃんがいないから、少し厳しくなるよ」

「少しなの?」

「かなり、かな?」


 なんだかんだ、戦力として頼りにしていたけれど、それ以外でも姉ちゃんに頼ってたからな。正直、姉ちゃんがいなくなるのはかなり厳しい。でも、俺も自立しなくちゃだから、ここはおどけて見せないとね。


「大丈夫! ボクが妖精様の技を教わってブリっち、助ける」

「エドワルダは上流学院を卒業するまで、まだ三年あるからな」

「辞める?」

「辞めちゃダメだから!」


 この半眼美少女は冗談を言わない。なので、口に出す言葉は常に本音であった。


「あっそうだ! コレを二人に渡すのを忘れてた」

「何かしら?」

「風属性の効果が付与されたローブなんだけど、姉ちゃんの風砲移速魔法みたいな効果があるんだ」

「おー」


 エルフィの戦闘スタイルに憧れるエドワルダが、ローブの効果に感情の篭っていない声をあげたが、間違いなく本当に感心している。


「魔法が使えれば適性属性に関係なく使えると思うけど、一応二人とも風属性の適性があるから普通に使えると思うよ」

「これは伏魔殿の神殿から得た物なのでしょ? そんな凄い物を私がいただいてもいいのかしら?」

「だって、魔法を使えない人が纏っても効果が発揮されないからね。それなら使える二人に有効利用してもらった方がいいし」


 魔法の付与がされているこのローブは、装着者の魔力を使って効果を発揮する。魔術師では魔力の錬成ができず、このローブに魔力を流すことができないのだ。


「それなら、遠慮なくいただくわね」

「どうぞ。エドワルダも」

「ありがと、ブリっち」


 無表情のエドワルダだが、嬉しいオーラが身体中から溢れていた。


 それからもまだ話は続き、今夜はエドワルダも”聖女邸”へ泊まることとなった。

 ちなみに”聖女邸”とは、エドワルダが名付けた安直な名前だが、なんともしっくり来る響きだった。



「そんじゃ、エドワルダの成長具合を見せてもらおうか」

「任せて」


 聖女邸で一泊した翌日、俺達は王都郊外の森へときていた。

 エルフィがくる日を想定して、ドンピシャで連休を取っていたアンゲラも同行しているので、今回は伏魔殿ではなく通常の森だ。


「どう?」

「索敵範囲が凄く広くなってるな」

「風魔法、これしかできない、から」


 エドワルダは放出系の魔法が苦手なのもあるが、目立たないようにするため、練習して良い魔法を制限してあった。

 俺も使っている探知魔法は、魔力を風に乗せて周囲の状況を探るのだが、これは魔力制御が下手だと遠くまで察知できない。なので、エドワルダの特性を活かすとともに、魔力制御の訓練としてやらせていたのだ。


「姉さんもエドワルダ程ではないにしろ、なかなか使えてるね」

「エドワルダちゃんに教わってやっているのだけれど、なかなか難しいのよね」

「これからは、わたくしもお姉様との練習でお教えしますわ」

「ありがとうエルフィ」


 こうやって魔法使い同士が協力し合えるのはいいことだよな。


 魔術師は魔力の錬成が自力でできないので、持って生まれた魔力素の多寡で大凡の使える魔術が決まってしまう。そして、魔力制御の訓練もできないので、扱い方の技術を高めるのが難しい。

 要は、魔術の契約ができるかどうかが問題で、如何に自分に合う魔術と契約できるかが肝なのだ。なので、やることといえば、如何に詠唱が無効化されないギリギリの速さで術を発動させられるか、そして二射目を少しでも早くできるかの研鑽を積む。

 同じ魔術なら誰が使っても同じ効果になる利点が魔術にはあるが、逆を返せば、誰が使っても同じ効果にしかならないのだから。


 一方の魔法は、元々の素養があるに越したことはないが、それでも、魔法が使えるならば技術を高めて魔力素を増やし、自分なりの魔法を作り上げることができる。

 前提である魔力素の扱い方や魔力の錬成などが難しいが、自由度や可能性の大きさは魔法の大きな利点だ。例え同じ魔法であっても、使用者によって威力も必要魔力も各々違うので、大魔力の低位魔法が小魔力の高位魔法より威力があったりするのだ。逆もまた然りだが。

 そして、協力して技術を高め合えるのも、魔法ならではだろう。



 それから数日は皆で魔法の訓練をし、クラーマーからフェリクス商会でも泊まっていってくれと言われ、最後の一日はフェリクス商会で過ごした。

 世話になっているクラーマーに、伏魔殿で得た魔道具袋を五つプレゼントしたのだが受け取ってもらえず、仕方ないのでエドワルダとカール、そしてここにはいないアルフレードにプレゼントした。


 それと、アインスドルフで収穫したおいたリンゴなどをプレゼントし、商材になるか聞くと、買い付けに足を運ぶ価値があるといわれた。なので、当面はフェリクス商会のみに卸すと伝えたらクラーマーは大喜びだった。俺としても、早くもアインスドルフに特産品ができて良かったと肩を撫で下ろした。


「では、これから姉達と食事をしたらメルケル領に戻ります。次に王都へ来る明確な予定はありませんが、また来ますので」

「私もアインスドルフをこの目で見たいので、こちらから伺う方が先になるかと」

「そうですか。いつでも気軽にいらしてください」

「はい。では、お気を付けて」


 クラーマーと挨拶を交わし、俺は神殿本部へ向った。

 最後にアンゲラとエルフィと食事をし、それから王都を発つのだ。



「私のお勧めの食堂へ案内するわね」


 神殿でアンゲラとエルフィと落ち合い、アンゲラお勧めの食堂へ行こうとしところ、護衛らしき兵士に囲まれた若干赤い顔の令嬢が現れれた。

 その令嬢は、何処かで会ったことのあるような気がする美しい少女だが、自分にはこんな美しく高貴な知り合いがいないと思い、気のせいだと思うことにした。……のだが、唯一思い当たる人物がいることに気付いた。


 もしかしてこの美少女は――

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