第四章 王都拘束編

第一話 特殊個体ユニコーン

 大晦日である年末最終日にアインスドルフの作業を終わらせ、新年三日ほどは日本の三が日のようにのんびりと過ごした。

 そして年が開けたことで年齢が加算され、俺は十三歳、エルフィは成人となる十五歳となった。そのエルフィは、今年からはアンゲラとともに王都の神殿本部勤めとなる。


 新年の四日目には、挨拶回りなどで留守にしていた父達が一度帰宅したので、連れ立ってアインスドルフに向かい、俺なりの計画を現地で伝えた。

 なんといってもこの地は寒冷地で、王国ではほぼ見掛けないリンゴ、貴重なニンニク、それも大粒の特に珍しい品種などが収穫できる。なので、それらの珍しい植物が何処にあるかなどを教え、間違っても伐採しないように言い含めたのだ。



「エルフィ、貴女は無理をし過ぎなきらいがあります。適度に休んで、身体を労りなさいね」

「はい、お母様」

「アンゲラに続きエルフィまでもが王都に行ってしまうのは寂しくもあるが、メルケル家の誇りでもある。母さんが言ったように、無理せず頑張るのだぞ」

「お姉様とともにメルケル家の名を汚さぬように頑張ってまいります、お父様」


 今日はいよいよエルフィがメルケル領を発つ日だ。

 エルフィは最後になるかもしれない家族との別れを済ますと、涙でグシャグシャな顔をなんとか整え、「行ってまいります」と気丈に口にした。


「姉ちゃんがあんなに泣いてるのを初めて見たよ」

「ふ、ふざけたことを言うとぶっ飛ばすわよ!」

「ごめんごめん。でも、思ったより元気で良かったよ」

「な、何よ。あんた、生意気にも姉であるあたしを元気付けようとしてたの? 十年早いわよ! でも、ありがと……」


 最後は消え入るような声だったが、しっかりお礼をいってくれたので頭を撫でてやったら、「調子に乗るんじゃないわよ!」と怒られた。まぁ、想定の範囲内だ。


 取り敢えず、いつのも如くキーファーまでは乗合馬車で移動し、そこからは自己強化魔法を使って王都まで駆け抜ける予定だが、馬車より早く進める恩恵を活かして、途中で狩りなども行っていた。


「宿に泊まるのはここが最後よね?」

「そうだね。間にもう一つ町があるけど、俺達なら明日には王都に到着できるよ」

「そうなると、こうしてあんたと過ごすのは今夜が最後になるのね」

「いや、王都には数日滞在するから、最後じゃないよ」


 俺の予定をわかってるのに、エルフィが意味不明なことを言い出した。


「王都ではお姉様がいるでしょ? だからあんたとこうして二人っきりなのは、今日で最後ってことよ。わざわざ言わせないでよ」


 そういうことね。ホント、姉ちゃんは俺のこと好き過ぎだろ。


「だって、俺はこれから何度でも王都に行くんだよ? 姉さんの部屋に泊まることもあれば姉ちゃんの部屋に泊まることもあると思ってたから、最後だなんて思ってなかったんだ」

「そんなのわからないじゃない。と、とにかく、今日は一緒に寝るわよ」

「はいはい」


 エルフィはプンスカしなが寝台で毛皮に包まると、オレに背を向ける姿勢になった。

 いつだったか、ふざけて「お姉ちゃんだぁ~好き」と後ろから抱きついて、嫌がるエルフィを離さないでいたことがあったのだが、それから後ろから抱き付かれることを気に入ったエルフィは、「大好きなお姉ちゃんに抱きついていいわよ」とか言い出し、俺に背を向けるようになった。

 姉として俺を守るとか言いながら、俺に抱きしめられるのが好きとか、もはや妹のようだ。


「おやすみ姉ちゃん」

「……」

「……」

「ちょ、ちょっと、どうして抱きついてこないのよ!」

「姉ちゃんが背中を向けてるから……」


 少し意地悪をしてやる。


「大好きなお姉ちゃんを後ろから抱きしめたいんでしょ」

「うーん、最後だと言うなら、姉ちゃんをしっかり見つめて抱きしめたいな」

「――!」

「ダメ?」

「し、仕方ないわね。あんたがそう言うなら、特別にそうしてあげるわ」


 それでいいのだよ姉ちゃん。

 俺としては、正面から抱きついて腰回りや桃を触るのが好きなのだ。流石にいくらぺったんこだからといっても、野イチゴに触れるのは憚られるからな、ならば桃を撫でるくらいは許されるだろう。といっても、姉ちゃんが眠ってからだけど。


 そうして、エルフィの無い胸に抱かれながら、エルフィが寝静まったのを確認した俺は桃を撫で回し、賢者になったところで就寝した。



「本当にこの依頼を受けるの?」

「ブリッツェンと冒険者として二人で活動するのは今日で最後なのよ。それなら、この依頼を受けて終わりにしたいわ」


 昨夜泊まった町であるトラバント。その町の冒険者ギルドで付近の情報収集がてら、道中で狩った魔物の換金に立ち寄ったところ、付近にある伏魔殿のサブボスといわれているユニコーン、それも特殊個体の討伐依頼が出ており、その依頼を見たエルフィがとても乗り気になっていた。


 ユニコーンの角は解毒効果などがあり非常に価値のあるものだが、ユニコーンは敏捷性がある上に獰猛で力強く、鋭い角はどんなものでも貫くと言われ、なかなか狩ることができないことで有名な魔物だ。

 そのユニコーンの特殊個体は、通常ではあり得ない一メートルを超える長い角を持ち、敏捷性も通常個体よりも更に優れ、多くの冒険者が被害にあっているらしく、遂にこの依頼が出されたようだ。


 文献で知っていたユニコーンの狩りは、処女の娘が一人でいるとユニコーンが魅せられて獰猛さがなくなり、その処女の娘に寄り添って眠っているところを狩るというものだが、実際にユニコーンと対峙して耐えられる娘がいないため、この狩りの方法は現実的でないと思われている。

 それをエルフィに伝えると、「それならあたしが囮をやるわ」と簡単に言い放った。


 そのレベルの依頼であれば、新米冒険者の俺達には受けられないはずなのだが、伏魔殿平定の恩恵でBランクになっていたので、例え見た目が小さな子どもでも受けられたのだ。


 冒険者のランクとは、仮冒険者のFランク、伏魔殿に入らない猟師や伏魔殿での実績が足りないEランク、伏魔殿での実績がそこそこのDランク。冒険者の大半を占めるのがここまでのランクだ。

 そして、一端の冒険者として認められ、残りの殆どの冒険者が所属しているのがCランクとなる。

 その上のBランクともなると一気に人数は減り、Aランクはほんの一握りで、Sランクともなれば雲の上の存在なのだ。

 また、伏魔殿の平定が推奨されていない現在、冒険者の社会的地位はあまり高くなく、Aランクでもなければ高位の者に認識すらされていない。


 伏魔殿の平定とは、冒険者だけで行うのであれば少なくてもAランクが複数人にBランクを含めた大パーティが必要と言われている。更に、亜竜種であるワイバーンがいるのであれば、通常は撃ち落とせない冒険者だけでは太刀打ちできず、王国から魔術士を派遣して貰うレベルなのだとか。

 それを俺とエルフィの二人で倒してしまったのだから、そんなことが知れ渡っては不味いと思い、伯父さんに頼んでボスはワイバーンではなくオーガだったことにしてもらい、冒険者のランクも敢えてBに留めてもらったのだ。

 本来ならオーガ一頭を倒してもBランクにはなれないが、二人で伏魔殿を平定した事が評価されての結果だ。まぁ、ワイバーンを二人で倒した事実が知れ渡ればAランクになっていただろうから、伯父さんには感謝だ。


 ちなみに、王国魔術士の攻撃力は冒険者でいえばAランク以上で、下手をするとSランク相当である。そして、騎士爵位を賜った本物の騎士であれば、やはりAランク以上の実力があるといわれている。


 閑話休題。


 で、この依頼を無事に引き受け、肝の座ったエルフィがユニコーンを文献どおり魅了し――ただ座っていただけ――問題なく仕留めた。


 具体的には、エルフィに寄り添い弛緩しきったユニコーンに、俺が殺気を悟られずに近付き一撃で首を切り落とす。それだけだ。

 具体的に語ってもすぐに語り尽くせるくらい、非常に簡単なお仕事であった。


 そんな特殊個体ユニコーンの角は一メート超えどころかル二メートル前後もあり、できれば自分で使いたいと思ったのだが、残念ながら今回の依頼は角の提出が義務であったので渋々提出したのだ。

 しかし、この達成料も破格だったが、角の買い取り料も驚く程の金額で、結果的には予期せぬ高額の臨時収入を得た。


 貯蓄はどんどん増えてるけど、あの角はそうそう手に入らない逸品だったからな、報酬よりあの角が欲しかった……。


「あんた、まだあの角のことを考えてるの?」

「ユニコーンの角は解毒剤として有名だけど、武器や魔杖としても有能なんだ」

「そうなの?」


 ユニコーンの角はかなり丈夫なうえに魔力伝導率も良いらしく、武器にしても良し、魔杖としても優秀だと言われている。


「だったらあんたには必要ないじゃない。あのミスリルの槍があるでしょ?」

「あれは魔杖として使いたいからね。できれば物理攻撃に使いたくないんだ」


 ミスリルが簡単に壊れると思わないが、それでも優秀な魔杖になるのだから丁寧に扱いたい。そうなると他の槍が欲しくなってしまう。

 そんな現状で、ユニコーンの角は代替として最高の素材だろう。


「済んだことをいつまでもグズグズ言わないの」

「まぁ、たまたま受けた依頼だからね。今回は諦めることにするよ」


 愚痴ったところで俺のものにはならないのだから……。


「それより、今日も仲良く二人っきりで寝ようね、姉ちゃん」

「……」


 そう、本来なら今日中に王都へ到着していたはずなのだが、エルフィがユニコーンの討伐依頼を受けたため、もう一泊することになった。結果、昨夜が最後であったはずの二人っきりの夜が、今夜もまた繰り返されるのだ。


「あ、あんた、昨夜こっそりあたしのお尻を触ってたでしょ!?」

「えっ?」


 すっかり寝入ってるから大丈夫だと思って触ってたのに、もしかして寝たフリだったのか? ひょっとすると自家発電もバレてる?!


「まったく、いつまでも姉離れができない弟で困るわ。――し、仕方ないから、今夜も一緒に過ごしてあげようと、もう一泊できるようにあの依頼を受けたのよ。か、感謝しなさいよね」


 この様子だと、ちょっとしたスキンシップだと思ってるな。

 多感なお年頃で、気になればズケズケ聞いてくる姉ちゃんが『その後に何かコソコソやってたけどあれは何だったの?』と聞いてこなかったんだ、自家発電はバレていない……はずだ。

 勢いのままに触りながら自家発電をしないチキンな性格で良かった。まさか、自分の弱気に感謝する日がくるとは夢にも思わなかったけど。


 尻を触ったことがバレてたのには焦ったが、エルフィはもう一泊することになったのを”俺のため”と、無理やり理由付けすることが重要であり、触れるのはスキンシップだと思っていると感じた俺は、今夜もエルフィの柔らかさを堪能させてもらうことを決意する。

 弱気な自分とは何処へやら、なかなか剛毅な決断をした俺は、少しバカなのかもしれない。


 こうして俺は、昨夜より慎重に桃を撫で回し、二日連続で賢者になるのであった。

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