第四十五話 アインスドルフ

「なかなかいい感じだな」


 伏魔殿跡地で、俺は土を掘り返しながら悦に入っていた。


「地固めや茨を実践で使ったお陰で、単に掘り返すだけの作業がかなりスムーズにできるようになったな。しかも、この作業も繰り返しているとどんどんスムーズになってるし、これは良い効果が現れてる」


 わざわざ土を掘り返しているのはなんのためかというと、王都の神殿本部のように、この地の神殿もすべて土を取り除いてやるつもりなのだ。

 神殿本部以外の神殿は、どれもこれもが所謂レプリカだ。それも、神殿本部よりも立派にならないように配慮されているので、若干だが規模が小さい。

 だからといって、伏魔殿にあった神殿を掘り返していけないという法もない。

 そんなことをする人がいなかった、若しくはさせなかったのかもしれないが、そんな法を見たことも聞いたこともなければ、やってはダメだと注意もされていない。


「詭弁かもしれないけど、せっかく立派な神殿があるのに、放置しておくのは勿体無いよな。それに、新たに作るのが神殿本部より立派ではダメなだけで、既にあるんだから、これは有効利用だし、古代遺産の再利用だ。きっと俺は良いことをしてると思うんだよね」


 目標を持って修行に励むと、それはモチベーションの問題なのか効率良いと感じる。そのために、わざわざ法の目を掻い潜って作業をしているのだ、自分の考え方を良いように考えてしまうのは仕方のないことだと思うようにしている。


「それにしてもこれだけ大きい神殿だからな、どかさなきゃいけない土の量は半端ないな」

「あんた、相変わらず独り言が多いわね」

「ね、姉ちゃん」


 神殿が埋まっている丘は、上部には木が生えていないのだが、下部は木が覆い茂っているため、エルフィが放出魔法の練習も兼ねて伐採をしているのだ。

 そのエルフィが突然現れたため、少し油断していた俺は独り言を聞かれて焦ってしまった。


「そろそろお昼にしましょうよ」

「もうそんな時間?」

「あたしのお腹はお昼の時間を間違えないわよ」


 無い胸を逸らしたエルフィは、軽く腹をひと叩きして、ドヤ顔で俺を見下していた。


「威張るような特技でもないでしょ」

「べ、別に威張ってるわけではないわよ。ただ真実を伝えただけよ」

「そうですか」

「い、いいからお昼にするわよ!」


 エルフィがマジ切れする前に、大人しく従った俺は魔物肉を頬張った。


 暫しの食休みを挟み、二人とも作業を再開した。

 俺は掘った土を片っ端から魔道具袋に詰めているが、エルフィは刈った木を魔道具袋に詰めている。

 土は運び出すのが手間なので、魔道具袋の限界を確かめる意味でも掘った土を入れ続けているのだが、既に小さな町を全て埋め尽くせるくらの量が入っているにも拘らず、まだまだ余裕があると感じる。

 一方のエルフィだが、木は乾燥させて木材として利用するために、一時的に魔道具袋に入れている。


 魔道具袋の便利なところは、メインの収納は当然便利なのだが、魔道具袋の口を開け、重い大木であっても魔道具袋にしまうイメージで触れれば勝手に入ってくれる。

 それは、一切持ち上げずに大木を運べるので、移動させるだけでも人力と比べて遥かに楽なのだ。


 ちなみに、木材の保管場所は茨を作った際の技術を応用し、土で壁と屋根を作ることに成功した巨大な倉庫の庫内だ。

 勿論、地固めの技術を応用して強化してある。

 そもそも、地固めは人間を遥かに上回る魔物が暴れるのを押さえ込む程の強度を維持するため、俺は魔力を流し続けていた。だが、石造建築であれば一度硬度を固定してしまえば魔力を流し続ける必要はないのだ。


 そんな作業を毎日繰り返し、漸く神殿の全貌が顕になった。


「明日からは、水魔法で神殿を洗浄しようと思うんだ」

「風しか使えないあたしに嫌味をいってるのかしら?」

「なに言ってんだよ。姉ちゃんは風魔法なら俺より使いこなせるだろ? 放出系も今じゃかなり遠くまで飛ばせてるし」

「色んな属性に手を出してるあんたよりは風魔法を磨き続けてるもの、当然よ」

「でしょ? だから俺は器用貧乏なんだよ」

「そうね。風魔法でわからないことがあったら、いつでも相談しなさいね」


 予定を口にしただけでキレられてしまったが、それでもエルフィを宥めるのは慣れたもので、軽く持ち上げたらすっかり誇らし気になっていた。


 日程的にも予定以上に余裕があるし、後は姉ちゃんを王都まで送る日まで少しずつやっていこう。



「凄く綺麗になったわね」

「新しく建てたと思うくらい輝いてるもんね」


 掘り起こした神殿に付着した土を水魔法で吹き飛ばしたのだが、驚きの白さに嬉しくなってしまった。


 魔法の練習も兼ねた作業だったのだが、ほぼ使っていなかった水魔法で、『高圧洗浄』をイメージして行ってみたところ、放出の一種なのだろうが水の出処が常に自分にあるため、思いのほか制御がし易く飛距離も出せた。

 むしろ、威力が強くて神殿の外壁を削ってしまわないように苦労した程だ。


 エルフィも、エアスプレーのように手元から風を吹き出させて土を吹き飛ばしていたが、やはり完全に飛ばしてしまうより制御が楽だといっていた。

 ただし、この方法は魔力消費が多いのが難点だ。

 俺もエルフィも、水か風を魔力で生み出しているので、それだけで自然界にあるものを使うより魔力消費が増えてしまう。


 まぁ、水魔法の場合は水源が近くにあればそれを使って魔力消費を抑えられるし、風魔法も大気を上手く利用できればそれも解消できるだろう。要練習だ。


「これで、神殿周辺は粗方片付いたね」

「丘を丸々一つ無くしたのだから、周辺が拓けるのは当然よ」


 そう、神殿を覆っていた土を全部なくすということは、広範囲を整地したことになるため、神殿を中心にかなりの土地が均されているのだ。


「後は水源か……」

「井戸を掘るも川を引くも、あんたの土魔法でできるでしょ?」

「それが大変な作業だと思って」


 神殿のほど近くに流れている川を引き込み、それを水源にする予定なのだが、それとは別に井戸も必要だと思う。しかし、どちらの作業も簡単なものではないのだ。


「井戸掘りは職人がいるのだから、あんたは川の引き込みを優先したら?」

「俺が姉ちゃんを送りに王都に行ってる間に、井戸を掘ってもらえばいいか」

「そうよ、ここまでやったのだから、後は少しづつ皆で開拓してもらえばいいのよ。だって、普通ならここまでやるだけでも年単位の時間がかかるわよ」


 いやいや、丘を削るなんて普通はやらないって。


「まぁ、作業できる日は後三日しかないからね。欲張って中途半端にならないように、できることを確実にやるよ」

「あたしは最後くらいは神殿に顔を出せと司祭に怒られてしまったから、手伝えるのは今日が最後だし」

「いやいや、姉ちゃんがいなかったら未だに丘を削ってたと思うよ。だから、今日まで手伝ってくれたことには感謝してるし、これ以上は迷惑かけられないよ。ありがとね姉ちゃん」


 俺の言葉を受けたエルフィは、「ベ、別にあんたのためじゃないんだからね。魔法の練習とここを治めるお父様のためにやっただけなんだら、か、勘違いしないでよねっ!」と、久しぶりにテンプレっぽいことを言って顔を赤らめてツンっとしていた。


 姉ちゃんと一緒の生活も残り僅かなんだよな。王都に送っていって少しは向こうに滞在するけど、それからはこうやって一緒に作業することもなくなる。そう考えると、やっぱ寂しいものがあるな。



 それから三日、最初の村である”アインスドルフ”と命名された伏魔殿跡地に、なんとか川を引き込む作業は完了した。少し余裕があったので、土魔法で仮設住宅も少し用意したので、場合によっては泊まり込みの作業もできるだろう。

 年明けからはアインスドルフの立入禁止が解除されるので、父達にできる作業を少しずつ進めてもらえると助かる。


「ただいま」

「おかえり。随分と遅かったのね」

「年始に開拓に行くのは憚られるし、次にアインスドルフに行けるのは王都から戻ってからでしょ。そうなるとなるべく形を整えておきたかったからね、ちょっと頑張ってきたよ」

「手伝えなくてごめんね」

「気にしなくていいよ」


 日本でいうところの大晦日、アインスドルフから戻るとエルフィに迎えてもらった。


「父さん達は今夜は団で、明日から領内を周るんだっけ?」

「アインスドルフに入ってくれる人を増やすために、年始の休暇を利用してあちこち周るといっていたのだからそうじゃない」

「俺の所為で余計な仕事を増やしちゃって申し訳ないよ」

「確かに仕事は増えるのだろうけれど、お父様は喜んでいたじゃない」


 メルケル男爵である伯父から、正式にアインスドルフが父の領土となる知らせが届き、父には「息子の尻拭いをせねばな」と言われたが、母から「お父さん、凄く喜んでいたわよ」と知らせてもらっていた。

 俺の我が儘で家族を振り回してしまったことを反省していたが、家族の優しさに救われた気持ちになり、改めてこの家族の一員としてこの世界に生まれたことに感謝したのだった。

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