第四十四話 交渉成立

「――といった感じで、無事にボスであるワイバーンを仕留めました」


 メルケル男爵邸に着くと、すぐに面会してくれた伯父に伏魔殿ボス討伐に関する報告をした。


「サブボスがオーガであったならば、オークが多いのも納得いくな」

「それは?」

「知らんのか? オーガはオークを従えていると言われているのだぞ」

「なるほど」


 専用伏魔殿にオークが多かった理由は、サブボスがオーガだったことで俺も納得ができた。


「オークが多いのならば、間違って街に出てこられる前に退治しないとだな」

「オークなら優先的に退治しましたし、帰り掛けには五十体以上の群れも潰してきましたよ」

「それは助かる」


 魔物は人間と性交しても繁殖できないのだが、なぜか人間の女性を見ると襲って行為を行おうとする。

 俺とエルフィはそれを阻止するというより、主にエルフィの食事用として優先的に狩っていたのだが、結果的には貢献したことになっていたようだ。


「明日には再び残党刈りに出る予定です」

「うむ、頼んだぞ」

「それで、その後についてなのですが」

「お前さんも理解していると思うが、ボスの魔石を買い取る資金はないぞ」

「ですよね」


 それはわかってた。


「しかも、よりによってボスがワイバーンではな」

「ワイバーンだと何か問題が?」

「竜種や亜竜種のボスから出る魔石は、通常のボスの魔石より値が張る」

「あぁ~」


 竜種は魔物としての格が上位だからな、亜竜種といえど値が張ってしまうのだろう。


「そこで、ブリッツェンに騎士爵を与え、彼の地を任せようと思っていたが、それに加えてもう一つ伏魔殿の権利を与える」

「それであれば、父に与えて頂けませんか?」

「こちらはそれでも構わないが、それではブリッツェンに得がないであろう」

「私は冒険者として旅をしたいので、序盤の開拓を手伝った後は父に全てを任せたいのです。それに、俺はもう一つの伏魔殿に入る権利があれば、好きに伏魔殿に入れますから、それだけで十分です」

「ゴーロはそれで良いと?」

「父にはまだ伝えてないで。ですが、それは説得します」


 問題はそこなんだけど、何だかんだ大丈夫だと思う。


「まぁ、あの地はブリッツェンに任せる気でいたからな。そちらでいいようにすると良い」

「ありがとうございます。それと、一つお願いできますか?」

「なんだ?」

「残党刈りが終わった後は、あの場所を立ち入り禁止区域にして欲しいのです」

「それでは開拓ができなかろう」

「それは考えがありますので」

「う~む、お前さんが言うならそうしよう」


 色々と試したいことがあるからな。他人の出入りはない方がいい。


「最後にもう一点」

「なんだ、まだあるのか」


 何処までも図々しい俺は、後々のためにしっかりお願いを口にした。


「今回の平定は、父の指示で姉エルフィ主導で行われたと発表して頂けませんか?」

「それもブリッツェンに利点がないではないか」

「何れあの地を治める父の名声と、これから王都に向かう姉の名声。俺にはこの二つが欲しいのです。自分自身の名声はむしろ不要です」

「何とも欲のない子だ。わかった、そうしよう」

「ありがとうございます」


 二人の名声が欲しいのは本心だけど、俺が目立ちたくないのが一番の理由だ。とはいえ、俺もすっかり有名人になっているようだから、俺のことも噂にはなってしまうだろう。それでも、敢えて伏せることで広がりを抑えることはできると思う。


「ボスの魔石は預かってもいいか?」

「それについてですが、魔石は伏魔殿に戻したいのです」


 本来は、高額であるの魔石を献上し、金銭の代わりに爵位や領地を与えられる。魔石を受け取った領主はその魔石を売るなりして利益を得るのだ。まぁ、現状は高額過ぎて買い手が付かず、『何々のボスの魔石を持っている』という名誉であり名声を得て終わりだが。


「あの地は気象異常地ですので、珍しい作物が作れます。長い目で見れば多大な収益を上げるでしょう。なので、伯父さんはあの地に莫大な投資をして欲しいと思います」

「む、魔石も渡してもらえず、更に投資をしろと?」


 普段は温和な表情の伯父さんだが、流石に聞き捨てならなかったのだろう、ここにきて初めて表情を歪めた。


「違います。伯父さんに投資して欲しいのは魔石そのものです」


 あの伏魔殿は何も生み出すこともなく、むしろ定期的に魔物の間引きをするために軍を出さなければならない、むしろ赤字だった地だ。

 そこで俺が魔石を持ち帰ったことで、万が一でも魔石が売れば多大な利益を得ることになる。


 だが待って欲しい。

 魔石を売ればかなりの利益になるのはわかる。しかし、それは一時の利益であり、使い切ってしまえば金はなくなってしまう。更に言えば、売れるかどうかは時の運だ。

 そこで、あの地に魔石を投資する。あの地は寒冷地だ。

 メルケル領は南国なので、伏魔殿跡地の植生はメルケル領とは違っている。その最たる物がリンゴだ。

 リンゴは、伏魔殿を探索していた時に発見したのだが、俺がブリッツェンとしてこの世界にきてから初めて目にしたので、きっと珍しいのだろう。であれば、リンゴをしっかり管理して生産できれば特産品となるはずだ。他にもあの地ならではの植物はある。


 父が領主となっても、あくまで伯父に任命された領主であるので、伯父は父から税金を受け取れる。それなら、特産品で潤った父から定期的に、継続的に税を受け取るのは伯父には大きな利となる。

 本来なら赤字だった土地だったにも拘らず。


「父から納められる何年分の税金が魔石の価格になるかはわかりませんが、あの地を残しておくことは、今ではなく今後のメルケル家にとって大きな意味を持つと思います。如何でしょうか?」


 この伯父さんは大きな利益にガッツクのではなく、保守的な考えの人だ。目先の安定のために買い手が付くかわからない魔石を得るより、子孫のことを考えて了承してくれると思うんだけど……どうかな?


 ちなみに、平定された伏魔殿は倒されたボスから現れる魔石をその地に埋めることによって、平定後も伏魔殿が存在していたときと同じ気候を保てるのだ。

 今回は滅多にない寒冷地だったので、魔石を埋めて寒冷地を維持することを俺は選択した。


「雪が降る地だと聞いているが、それ故に可能性のある地だと?」

「珍しい気候ですからね。可能性は大いにあります」

「そこを任されるゴーロも大変だな」

「そうですね」

「その投資話、受けよう」

「ありがとうございます」


 交渉は成立した。

 俺と伯父さん二人はまだ見ぬ未来を想像して笑い合い、一頻り話し合った俺とエルフィは男爵邸を後にした。


「ブリッツェン、あたしは名声なんて要らないわよ」

「姉ちゃんには悪いけど、俺が目立ちたくないから、俺の代わりに姉ちゃんに目立って欲しいんだよね」

「どういうこと?」

「以前にも話したけど、魔法使いは目立たない方が良いって言ったでしょ?」

「そうね」

「俺みたいな子供が伏魔殿を平定したら変に思われるけど、姉ちゃんなら『聖女だから』で有耶無耶になるし、神殿の後ろ盾があるから変な目に合わないと思うんだ」


 事前にメルケルムルデ神殿の司祭もこれには賛成してもらってるし。


「あたしが目立つことであんたを守れるなら、あたしはそれでもかまわないわ」

「ありがと、姉ちゃん」


 ニヤけるのを我慢するエルフィと俺は、数日ぶりの我が家に向かって夜の帳が下りた薄暗い道をのんびりと歩いた。



 翌日から、俺達も残党刈りのために伏魔殿跡地に入った。

 今回は魔物だけではなく冒険者の気配を察知するようにし、人手のない場所を中心に狩りをすることで、魔法を使って効率良く作業を進めた。

 時折、シュヴァーンと合同で魔物狩りをしながら、皆の資金集めも手伝ってあげたりもつつ。

 魔道具袋のお陰で、シュヴァーンは数日の稼働でも随分と魔道具袋に魔物を詰め込んでいたようだが、やはり俺とエルフィが加わると倒せる魔物が段違いになるらしく、ミリィなどニヤけながら魔物に槍を突き刺していた。


 それから数日、伏魔殿跡地は閉鎖された。これからは俺が開墾しながら修行する場になるので、しっかり立入禁止にしてもらったのだ。

 そもそも、メルケル男爵領は伏魔殿に囲まれているので、残党刈りの終わった地に好き好んでやってくる冒険者などいない。それでも念には念を入れないと、俺の秘密が漏洩してしまう可能性が上がってしまう。そうならないよう、石橋を壊す寸前まで叩いて渡るくらいの用心は必要だ。


「ヨルク、換金してきたぞ」

「ありがとっすリーダー」

「すごーい。魔物を換金するとこんなにもらえるんだねー」

「大儲け」

「今日は外食しましょぉ~か?」

「いーねー」


 初めての大金に、皆がすっかりはしゃいでいた。


「盛り上がってるところ悪いけど、積み立て管理はイルザがやってくれ。魔道具袋があれば大丈夫だろ?」

「それは大丈夫ですけどぉ、今までどおりリーダーが管理されないのですかぁ~」

「俺が別行動することが増えてるからね。だから、これからは念の為に自分達で管理して欲しいんだ」


 なんだか突き放すみたいな感じだけど、ちょっと前みたいに修理が必要な状況で、俺がいなければ皆が困ることになってしまう。そうならないように、これは俺なりの配慮なんだよね。


「それから、暫くは伏魔殿跡地の見回りとか後片付けがあるから、年内は別行動になると思う。あー、その後は姉ちゃんを王都に送って行くから、一ヶ月ちょっとくらい別行動になるか」

「王都にはイケないけどー、見回りならあーし達も手伝うよー」

「それはダメだ。あそこは俺と姉ちゃん以外は完全に出入り禁止だし、そもそも万が一魔物がいたら狩るだけで、現状では獣はいない。そうなると、皆の収入がなくなってしまうからね」


 気持ちは有り難いが、本来の目的は魔法修行なんだ。皆がきてしまっては意味がないのだよ。


「でも、収入がなくなるのはリーダーも同じじゃないっすか」

「これは俺が自分勝手に行動した結果の後始末だから、皆に迷惑をかけるわけにはいかないよ。そもそも、伏魔殿の平定をしたんだから、今の俺は金に困ってないし」

「そういえばそーっすね」


 あー、魔法修行を隠すために嘘を言わなきゃならないのが辛い。でも、それを選んだのは自分自身なんだから、嘘を吐くことにも慣れなきゃだよな。

 嘘を吐きたくなければ皆に魔法を教えればいいんだけど、それができないがための嘘なんだから、如何ともし難いよ。


 何とか皆を説得すると、たまには顔を出すよ、と覚束おぼつかない約束をして俺はシュヴァーンと別れた。

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