第三十二話 デジャヴだかデジャヴュ

 順調にオーク肉の調理を行い、遅くならなずに俺達は帰宅した。


 遅くなると母さんのお説教が大変だからね。そもそも、まだ仮成人とは言え俺はもう正式な冒険者なんだから、母さんはそこまで怒らなくていいと思うんだよね。

 よくよく考えれば、野営で帰宅しない日もあるのだから、帰りが遅くなるのなんてどうってことないと思うんだよ。でも、それが親心ってヤツなのかな? 良くわからん。


「あんたも水浴びしてきなさい」


 エドワルダと水浴びをしていたエルフィが、自室でボケっと考え事をしていた俺に水浴びを済ませてこいと言ってきた。


 ん?


 夏真っ盛りの今、身体を洗うのにお湯など全く必要ないので、水浴びは凄く気持ちがいい。洗浄魔法で身を清めることができるが、やはり水を被ってしっかり身体を洗う方が気持ちいいので、俺は水浴びは好きだ。


 俺はご機嫌で水場を後にして自室に戻ると、当然の様にエルフィがいた。


 あれ?


「随分と時間がかかったのね」

「水浴びは気持ち良いからね。少しだけ念入りに身体を洗ってたんだ」

「そう」

「それより、何で当たり前のように俺の部屋にいるの?」


 おやおや?


「あんたに相談があるのよ」


 俺はこの流れを知っている。


「相談ってなに?」


勿論、相談内容はアレだ。


「エドワルダに魔法を教えましょ」


 うん、これあれだ。デジャヴだかデジャヴュとか言うヤツだ。


「どうして?」


 エルフィの記憶に残っていないあの遣り取りでは、オーク肉を自分の魔道具袋もどきに溜め込みたいがために、エドワルダに魔法を教えるとエルフィは言い出した。しかし、魔道具袋もどきにオークを溜め込むことは既に可能になっている。

 であれば、何がエルフィにそう言わせるのだろうか? 野営時に洗浄魔法が使えない件か? 単に伏魔殿で魔法が使いたいのだろか? これだと言える理由が思い浮かばない。


「あの子には才能があると思うの?」

「何の? 魔法の?」


 前回とは違うことを言い出したエルフィに、俺は戸惑ってしまった。


「魔法とかではなく、戦闘の才能かしら?」

「戦闘の才能?」


 俺は間抜けにも鸚鵡返しをするだけだった。


「今日のエドワルダの戦闘を見たでしょ?」

「当然」

「あの子、あたしの動きを参考にして自分に取り入れて、それを実践で使っていたのよ」

「うん、凄いよね」


 エドワルダは脚力も腕力もあるので、脚力を使った速度と腕力を使った大剣による攻撃力で戦う。

 しかし、今日のエドワルダは、脚力を更に重視したエルフィに倣って速度を重要視した動きをして、いつもは振り回している大剣を、エルフィのレイピア捌きに倣って突くように使っていた。


「自己強化魔法を使っているあたしと同じような動きを、魔法の使えないエドワルダはしていたわ」

「でも、エドワルダも身体強化の魔術が使えるでしょ?」

「あのね、あたしはあんたに比べて魔力素は少ないけれど、エドワルダはもっと少ないの。それに、魔力素の消費だって魔術の方が多いわ。それなのに、エドワルダがずっと身体強化の魔術を使えると思う?」


 そうだった。魔法は鍛錬を積んで魔法制御を身に付けることで、より自分に最適化されるんだ。


 少ない魔力でより効力が高められる魔法と違って、魔術は常に一定の魔力消費で一定の効果を発揮する。同じ魔術なら、誰が使っても同じ効果を発揮するのだが、それは即ち、新人でも熟練者でも、消費も効果も同じであるということだ。

 それは、長年訓練を重ねた熟練者であっても消費が半減したり効果が増えたりしない、ということでもある。


「エドワルダの魔力素の量では、終盤は身体強化の魔術が使えていなかったでしょうね」

「あー、確かに後半の動きは少し鈍かったね。あれは単に疲れたからだと思ってた」

「疲れもあったのでしょうね。でも、魔術が使えていなかったというのが正解よ」


 何も考えず、お~凄いな~、と思っていた俺ってアホだな。


「でも、エドワルダが魔法を覚えたら魔力素が増えることは勿論だけれど、魔法制御を覚えたら魔力消費も抑えられる。自己強化を覚えれば更に速く強くなる。それに、あの子の真面目さに飲み込みの早さ。努力なのか持って生まれたものかわからないけれど、小さな身体に秘められた大きな膂力。どう考えても才能の塊でしょ」


 エルフィの意見は的を射ており、俺も頷きしきりだ。

 だが、それでも前回と同じことを俺はエルフィに伝えねばならない。

 それは勿論、フェリクス商会に迷惑をかけてしまう可能性についてだ。


 俺は『シュタルクシルトの聖女』などの、エルフィがメルケル家を思う気持ちの部分を省き、前回と同じ説明をした。


「――だから、エドワルダが幾ら秘密を守っても、何処かでで見られてしまえば噂が広がる可能性があるんだ。わかったかな?」


 俺は一通り話し終えた。


「はぁ~、わかっていないのはあんたよ」

「俺がわかってない?」

「そうよ」


 エルフィはため息を吐くと、やれやれといった表情で、俺にわかっていないと呆れていた。

 俺としては何がわかっていないのかをわかっていない。


「あたしがエドワルダに魔法を教えたいのは、優れた身体能力を活かすために自己強化を身に付け、魔力素を多く持って貰うことなの」

「おっ、おう……」


 俺はエルフィの真意が読めず、曖昧な返事をした。


「あのね、魔法は目立つ派手な放出魔法ばかりではないでしょ? それなら、近接戦に特化したエドワルダに自己強化魔法だけ使わせればいいのよ。自己強化魔法を使って誰かに見られても、『それは身体強化の魔術です』って言えば済む話なの」


 おう、それは盲点だった。


  身体強化は、抑えられた自身の能力を二割程開放する、といった類の魔術だ。なので、地力が十であれば十二に。地力が百であれば百二十になる。そうなると、身体強化の魔術に関してだけは、効果の結果が身体能力の地力に左右され、結果的に効果に個人差が出るのだ。

 しかし、あくまで術が使えるのであれば誰でも『二割』の能力値が上がるので、『誰が使っても同じ効果』即ち『誰が使っても二割増しの効果』ではあることは他の魔術と変わらない。


 それで何が言いたいのかというと、人々の筋力などの能力が数値化されているわけではないので、少々のことなら誤差の範囲なのだ。

 例えば、エドワルダは軽く自己強化した俺の力と同等の力を素で持っているので、エドワルダが自己強化して更に力が増しても、『それは身体強化の魔術です』と言えば、素のエドワルダの力を見せれば納得できてしまう。

 しかし、魔術が使えない俺が自己強化して力が増えていても、『ブリッツェンは小さいのに凄い力だ』で済んでしまうのだが、肉体強化も含めた全力を出すと力が強化され過ぎてしまい、『流石におかしい』と思われてしまう。俺の素と全力の差は、とても誤差で済まされないレベルなのだから。

 なので、魔術が使えるエドワルダは俺にはできない誤魔化し方ができる、ということになる。


「姉ちゃんの言ってる意味がやっと理解できたよ」

「ホント、馬鹿な弟を持つと苦労するわ」


 普段はポンコツなアホ姉だが、時たま見せる賢いエルフィは、驚くほど有能なお利口さんになるので、そんなときに馬鹿呼ばわりされたら、俺は何も反論できないのだ。


「でも、魔力制御の練習である魔力弾の放出の練習はできないだろ」

「そこは、あたし達も寝る前にやっている探知魔法での魔力素の大量放出で何とかなるでしょ? エドワルダは元々察知能力があるのだから、それを強化することにもなるし、誰にも気付かず練習ができるわ。ただ、放出魔法が苦手になるかもしれないけれど、あの子は元々近接戦特化なのだから問題はないわね」


 確かに、探知魔法は一点から放出する魔法と違って、広く薄く魔力を伸ばさないといけないので、これも魔力制御の練習としては十分効果的だ。


 理に適ってるんだよな。


「後は、『約束』して『分かった』と思って貰うだけでしょ? 教えた魔法以外使わないように言えば、危険性なんて無いに等しいわ」

「そうだね」


 大丈夫、あの子はいい子だから、と付け加えるエルフィは、先生である俺よりも魔法に詳しい大先生のような貫禄があった。


「で、どうするの? あたし・・・の見込んだあの才能の塊に教えるの? 教えないの?」


 俺を畳み込むように言葉を投げかけてきたエルフィは、最後に、『さっさと決めなさいよクズ!』とでも言いそうな蔑んだ目で俺を見てきたので、俺は思わず背中にゾクゾクする感じに軽く快楽を覚えたが、これは覚えてはいけない感覚だと悟った。

 それよりエルフィに返答せねばなるまい。


 さてさてどうしたものか、と暫らく思案した後、俺はその結果をエルフィに伝えた。


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