第三十三話 俺の推理

「――あれ……、ボク……」

「おっ、やっと起きたか」

「頭、クラ……クラ、する……」

「それは魔力素切れの症状よ、エドワルダ」


 初めての魔力素切れを経験したエドワルダが目を覚ました。


 魔力の錬成方法をエドワルダに伝えると、驚くことに然程時間をかけず魔力を錬成してみせたのだ。


 翌日、いつもの場所でいつもの如く地面に葉の付いた小枝に魔力を放出する方法を教えると、いきなり小枝を倒すことにも成功した。しかも、すぐに魔力素切れを起したエルフィやアンゲラと違い、エドワルダは何度も繰り返した後にやっと魔力素切れになったのだ。


「ほら、あたしの見立てに狂いはなかったわ。エドワルダには才能があるのよ」

「いや、『魔法とかではなく、戦闘の才能かしら?』って言ってたよね?」

「だから、魔法も含めた戦闘の才能よ」

「あっ、はい……」

「オーッホッホッホー」


 無い胸を張り、自信満々に高笑いをしているエルフィは、エドワルダが才能の塊だと見抜いたことで鼻高々である。

 これは、俺がエドワルダに魔法を教えると決めた結果だ。


 それは昨夜――



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「ハァハァ……」

「今日もやってたのか」

「日課……だから、ハァハァ……」


 倒立腕立ては俺も挑戦してみたけど、まだ壁がないとできないんだよな。バランスを鍛えるのは簡単じゃないってことだよな。


「落ち着いた。で、今日は何の用?」

「とても重要な話だよ」

「妖精様も関係ある?」

「むしろ、あたしが言い出しっぺよ。――さぁブリッツェン、エドワルダに伝えなさい!」


 姉ちゃんの正論に反論の余地がなかったから、俺も納得してエドワルダに伝えることにしたけど、いざ伝えようとすると本当に伝えて良いのか迷っちゃうよ。


「あんた、まだグズグズ考えているの? 決めたことをいつまでもグズグズ考えるのは止しなさい」

「うぅ、わかったよ」

「わかったなら、さっさと言いなさい」

「はい……」


 女王様モードのエルフィには従うしかなさそうだ。


「エドワルダ、これから俺が話すことは、絶対に外部には漏れてはならない非常に重要な話だ」

「ん」

「親であるクラーマーさんやフェリシアさんを含め、誰にも話してはいけないし、それこそ、死ぬまで口に出してはいけない話だ」

「分かった、内緒」


 あれ? 『それを口にしたらボクは死んじゃうの?』とか、『それは犯罪に関わるのか?』とか、何かしらの疑問の声があがると思ってたけど、すんなりわかってくれたな。


「もし情報が漏れたら、家族であるクラーマーさん達もだけど、フェリクス商会で働く人達にも悪い影響が及ぶ可能性があるからね」

「大丈夫、言わない」

「ブリッツェン、くどいわよ」

「はい……」


 エドワルダが余りにもあっさりしているので、念の為にと注意を呼びかけたらエルフィに怒られてしまった。


「これから、魔法についてエドワルダに教えるよ」

「ん? 魔法?」

「え?」

「魔術じゃないの?」


 なんだこれ? 話が噛み合わないぞ。


「魔術じゃなくて魔法だよ」

「魔法?」

「エドワルダは魔法って知ってる?」

「知らない」


 もしかすると、魔法が嫌悪されているとか以前に、魔法の存在そのものを知らないのか?


「魔法と言う言葉を聞いたことは?」

「無い」


 そう言えば、初等学園や冒険者学校でも魔術については教えられたけど、魔法については一切触れられてなかったな。

 あっ! 俺も魔法のことは自分から母さんに聞いたけど、聞かれたから答えたって感じで、姉ちゃんどころか姉さんも初耳って顔してたな。

 もしかすると、魔法は”劣った者”が使うってのは、単に家系がしっかり続いている貴族では廃れずに何となく伝えられているだけで、最早そんな口伝すら残っていない程に魔法は廃れているんじゃないか?!

 でも、師匠に『魔法使いは”劣った者”と見倣されると聞きましたが』って質問をして……、あれ? 否定も肯定もされなかったな。


「どうしたのブリッツェン?」

「ちょっと待って姉ちゃん。少しだけ考えたいことがあるんだ」

「そう」


 すまんな姉ちゃん。これは結構重要な事案なんだ。


 え~と、師匠は、魔法使いは嫌悪されてるとか、魔法使いであることが知られるのは危険だとは言っていた。どうして嫌悪され、なぜ危険なのか?


 ――魔法が廃れたとしても、一気に魔法使いがいなくなったとは思えない。


 誰が使っても同じ効果しか発揮されない魔術全盛時に、使い手に依っては魔術師より遥かに高威力の魔法が放てる者がいれば、味方であれば頼もしいし、敵であれば厄介だ。

 もし、高威力の魔法を放てる魔法使いが、魔法をちらつかせて暴れるならず者だったら、きっと魔法使いは嫌われ者になるだろう。

 もし、優れた魔法使いがいたら、軍事力が必要な者に味方になって欲しいと言われ、兵器として利用されるかもしれない。

 いくら優れた魔法使いでも、大勢の軍と戦えば勝つのは難しいだろう。多勢に無勢ってヤツだ。

 そういったことから、魔法使いは嫌悪されたり、権力者に狙われて危険な目に合った可能性はある。


 なぜ、魔法を使う者は劣った者と言われているのか?


 それって、魔法が使えない者のねたみやひがみだったんじゃないか?

 魔法が廃れて魔術が誰でも使える時代になったといっても、結局は富裕層しか魔術契約ができない。そうなると、魔術師は権力者や富を持つ者ばかりだ。

 しかし、権力も金もない者が魔法を使ったら、魔術師は魔法使いに勝てない。だから廃れた魔法を使わせないために、魔法は劣った者が使うとか言いふらし、平民が魔法を使わないようにさせ、上位者が自分達の地位を安定させたのではないだろうか。


 うん。多少強引だし、穴だらけの推理な気もしないでもないが、なんとなくしっくりくる。

 よくよく考えたら、魔法について俺が他人に聞いたのは、母さんと師匠だけだ。

 貴族の母さんは、口伝を俺に教えてくれただけだし、魔法使いの師匠が実際に嫌悪されたり危険な目に合った経験があるのかはわからない。

 そうなると、平民に魔法について尋ねたのは今回のエドワルダが初めてだから、魔法の存在すら知られていないと認識できたのも今が初めてだ。だから、俺の推理どおりな可能性も無くはない。


 一応、この推理が当たっていたと仮定すると、貴族に魔法使いと知られれば、俺も含めてメルケル家がさげすまれることに変わりは無いだろう。事実がどうあれ、言い伝えを信じているのだから。

 ただ蔑まされるだけであればどうでも良いが、権力者に知られるのは今まで以上に拙いだろう。下手をすると、兵器として囚われる可能性がある。


「ブリッツェン、そろそろいいかしら」

「ああ、ごめん姉ちゃん。ちょっといいかな?」

「なによ?」


 エドワルダに断り、少し離れて今の考えをエルフィに聞いて貰った。


「――って思ったんだけど、姉ちゃんはどう思う?」

「う~ん、確かに強引な考え方な気もするけれど、可能性は十分にあるわね」

「できれば、他の人にも魔法の存在について聞いてみたい気もするけど、低確率でもその聞き込みをしたことで俺達が魔法使いだと知られる可能性が増えるから、それは避けたいんだよね」

「まぁ、『魔法って聞いたことある?』くらいなら大丈夫な気もするけど、それをあんたが聞いて回ったら、あんたの強さが魔法にあると思われるかもしれないわね」


 エルフィも、俺の推理を概ね肯定していた。


「聞き込みの件は置いといて、危険が迫る可能性がある魔法を、エドワルダに教えて大丈夫かな?」

「ここまで言っておいて何も教えないのは可哀想よ」

「でも、知った所為で余計に可哀想な目に合うかもしれないよ?」

「それもあるわね」


 魔法使いが権力者に狙われる可能性に気付いてしまった今、エドワルダに魔法を教えるのは彼女の為になるのだろうか?


「でも、エドワルダは元が規格外な子でしょ? 自己強化魔法と身体強化の魔術でどれ程の差がつくかわからないし、魔力素が増えてより多くの時間を強化されたまま動いているかなんて、あんたとしかパーティを組む気のないあの子だから、見破られることは早々ないと思うのよね」

「ん? エドワルダは王都でパーティを組まないの?」

「あんた以外とは組まないって言ってたわよ。それに、上流学院を卒業したら、またこっちにくるっていってたわ。だから、いっしょに行動する人がいない以上、長時間エドワルダが誰かに動きを見られる可能性は少ないの」

「成る程ね」


 俺と組みたがってることは置いといて、ソロなら確かにバレにくいな。


「元より、エドワルダには自己強化や探知の魔法しか使わせない予定だったでしょ? それなら大丈夫じゃないかしら」

「その辺もしっかり伝えれば大丈夫かな?」

「多分だけど、大丈夫よ」


 まぁ、エドワルダがわざわざ言いふらすこともないだろうし、行動もそうそうバレるようなこともなさそうだし。――よし。


「じゃあ、予定どおり教えるよ」

「それで良いと思うわ」


 腹を括る、と言うのもおかしな話だが、四の五の言わずに俺は魔法のことをエドワルダに伝えた。

 単なる憶測である俺の考えも、エドワルダ自身に危機感を持ってもらうために、可能性の話として伝えた。


「――ということで、エドワルダが魔法を使えても使えなくても、今の話は絶対に漏らさないように」

「分かった」

「約束できる?」

「ん、約束」


 自身の胸の前で、ギュッと握った両の拳がエドワルダの『約束は必ず守る』と言う固い決意の現れだろう。


 こうして魔法のことをエドワルダに教えると、そのまま魔力の錬成方法も教えた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「それにしても、エドワルダは本当に才能の塊だな」

「ちょっとズルいわよね」


 未だ意識があやふやっぽいエドワルダを見つめつつ、俺とエルフィは軽くエドワルダに嫉妬していた。


「あたしなんて基本四属性は風だけなのに、エドワルダは基本属性が四つとも適正があるのよ」

「でも、姉ちゃんは滅多にいない光属性があるし」

「全属性持ちのあんたが言っても嫌味にしか聞こえないわよ」


 俺は、師匠から貰った木簡にあった『属性感知の魔法』を使うことで、その魔法を発動中に人に触れると、その人の適正属性がわかる。

 この魔法は詠唱が必要な共通魔法であり、相手に触れないと感知できないので、仮に初見の相手と戦うことになっても、気軽に相手の適正属性を見極めることなどはできない。完全に、健康診断的な状況での使用を前提として作られている魔法だ。


 その診断で、エルフィは基本四属性の風と、神からの加護とも言われる光の二属性のみの適性しか無い。それでも、光属性持ちは珍しいと師匠から聞いているので、エルフィは恵まれていると思う。

 しかし、エドワルダは基本四属性の全てである、火、風、地、水に適性があった。


「でもほら、エドワルダは属性魔法を使わないし」

「索敵系で風は使った方がいいんじゃない?」

「あ~、それは使った方がいいね」

「それに、エドワルダがこっちにいる間に、エドワルダの魔力制御が上達したら、あたしの風砲移速魔法も教えるつもりよ」


 風砲移速魔法は、風の魔砲弾を自身の身体に当てて移動速度を上げる、エルフィが考え出した魔法だ。


「流石に、そんなに早くは上達しないと思うけどな」

「エドワルダは才能があるのよ。きっと上達は早いに違いないの」


 何その根拠の無い自信……とは言えないんだよな。エドワルダは教えたその日に魔力を錬成して、翌日である今日には魔力を簡単に放出して、魔力素切れになるまで何度も放出を繰り返す必要があるほど魔力制御が上手かったからな。本当に才能があるだけに何も言えない……。


「ブリっち」

「もう大丈夫そうか?」

「大丈夫」


 魔力素切れからどうにか歩けそうなくら回復したエドワルダは、取り敢えずエルフィと帰宅させることにした。


「んじゃ、行ってくるよ」

「気を付けてね」

「姉ちゃんもエドワルダをよろしく」

「任せなさい」


 俺はエルフィ達と別行動をとったのだが、そんな俺の行き先はメルケル男爵家である。

 俺と姉ちゃんに通行許可が出ている専用伏魔殿は、あくまで俺と姉ちゃんのみが入れるだけだ。いくら俺が通行を許されていても、勝手に他人を入れてはいけないので、伯父さんにエドワルダの通行も許可してくれるようにこれからお願いに行く。


 当初、俺が正式な冒険者となる十二歳に達していなかったので、単に伏魔殿に入るためだけに”現専用伏魔殿”の通行を許可して貰っていたのだが、今では秘密の修練場のようになっている。

 領主所有の伏魔殿は、基本的に領主の許可なく進入することは許されていない。そして、許可があって入る場合は何かあった際に領主の責任となる。そのため、領主は自己責任となる貴族が許可を求める以外では、通常はそうそう許可しないのだ。

 ただし、貴族以外で認める例外が有る。それは、有事の際は自己責任となる貴族と同じ、全て自己責任となる冒険者が許可を求めた場合だ。

 冒険者は、一般人の入れない伏魔殿に入れるのだが、自身の行動に依ってもたらされた事象は全て自己責任となる。

 とはいえ、未開放の伏魔殿の出入りを求める冒険者はほぼいないだろう。


 まぁ、俺達が出入りしている伏魔殿に冒険者のエドワルダを入れる案件だ、伯父さんも断ることはないだろう。


 エドワルダがメルケルムルデにきてからは一般開放されている伏魔殿に入っていたのだが、エドワルダの魔法の修行も兼ねるので、専用伏魔殿のほうが都合が良い。


 そんなわけで、善は急げとばかりに行動に移したのだが、アポなしであったにも拘らず、伯父であるメルケル男爵には然程待たずに会うことができ、許可もすんなり貰えた。

 今回は正式な冒険者の通行許可証だったので、テンプレでもあるのか、すぐに発行してもらえた。


 これで明日からはエドワルダを連れて専用伏魔殿に入れるぞ。


 大したことではないのだろうが、何だか嬉しくなった俺は、足取りも軽やかに帰路へと就いた。


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