第三十一話 オークを多く狩るぞ!

「ブリっち、イルザ」

「エルフィ様は大丈夫でしょ~かぁ~?」


 暫くしてイルザを連れてエドワルダが戻ってきた。

 幸いにもイルザはまだ出掛けていなかったようだ。


「多分、疲れで発熱してると思うんだ。申し訳ないけど、姉ちゃんに『聖なる癒やし』をお願いできる?」

「お任せ下さいなぁ」


 イルザは即座に詠唱して魔法陣を発動させると、エルフィに癒やしを施してくれた。しかし、『聖なる癒やし』は術者が誰であっても一度での効果は同じなので、患者の容態によっては複数回の重ね掛けが必要な場合がある。そのため、万全を期してもう一度イルザに『聖なる癒やし』をかけて貰った。

 すると、苦し気な表情が少し和らいだ程度だったエルフィだが、イルザの癒やしの重ね掛けのお陰ですっかり穏やかな表情になった。


「助かったよイルザ」

「お安い御用ですぅ」

「エドワルダもありがとな」

「ご褒美に頭、撫でて」


 そう言えば、王都のフェリクス商会でお世話になってた頃に、エドワルダに頭を撫でさせられたっけ。あのときもなんだか恥ずかしかったけど、今もやっぱり恥ずかしいな。


「撫でないとダメ?」

「ダメ」

「仕方ないな」


 俺はすぅっと差し出されたエドワルダの頭を撫でた。


「ずるいですぅ~。あたしの頭も撫でて欲しいですぅ~」


 イルザはいつもどおりの慈しみの笑顔ではなく、小悪魔じみた含みのある笑顔を浮かべて、ズイッと俺に近付きそんなことを言い出した。


「エドワルダは小さな女の子だけど、イルザはすっかり俺より大きくなってるし、俺が撫でるのは何か変だろ?」

「それをいうならぁ、あたしはリーダーやエドワルダさんより年下の女の子なのですよぉ~。全然変じゃないですぅ」


 確かにイルザは年下の女の子なのだから、頭を撫でても変じゃないのかもしれない。


「仕方ないなー」

「お願いしますぅ」


 イルザはそう言うと、俺に頭を差し出してきた。俺はやれやれと思いつつ、言葉には出さずにイルザの頭を撫でた。


「どうしてわたくしの部屋で、貴方達は楽しそうにしているのかしら?」


 突然、まだ眠っているはずのエルフィがそんなことを言い出した。


「あれ? 姉ちゃん? もう大丈夫なの?」

「イルザのお陰で楽になりましわ。ありがとうイルザ」

「どぉ~いたしましてですぅ」


 昨夜のキツい視線が嘘だったかのように、穏やかな微笑みを浮かべたエルフィが、にこやかにイルザに礼を述べていた。


「姉ちゃん、体調が悪いと思ったら、早目に自分で『聖なる癒やし』をかけておきなよ」

「ブリッツェン、『聖なる癒やし』は他者に施すものなの。自分に癒やしは施せないのよ」

「えっ?! 知らなかった」


 魔術である『聖なる癒やし』とは回復魔法だと思っていたので、それは自分で自分にかけられるものだと勝手に思っていた。まさか、『聖なる癒やし』が他人に施すだけの術だとは知らなかったのだ。


 いやはや、『聖女』と呼ばれる姉を二人も持ちながら、『聖なる癒やし』が自分にはかけられないと知らないとか、なんともお恥ずかしい話だな。


「そ、それで、具合は? もう元気になった?」

「楽になったとは言え、発熱する程の疲れが溜まっていたのだから、すぐに完調とはいかないわ」

「そうなんだ」


 うむ、俺はまだまだ勉強不足なようだ。


「エルフィ様ぁ、もう一度癒やしを重ねますかぁ?」

「そうね、もう一回お願いしても……そういえば、シュヴァーンはこれから森に入るのではなくって? それなら魔力素をあまり減らせませんわね」

「昨夜お伝えしたではありませんかぁ。あたし達は武具を修理に出さねばなりませんのでぇ、暫くは森に入れないのですよぉ」

「昨夜? わたくし、昨夜イルザとお話ししました?」


 ん? エルフィは昨夜の記憶が無いのか?


「姉ちゃん、昨日の記憶が無いの?」

「昨日はエドワルダと水浴びをして、ブリッツェンに水浴びをするように伝えて……あら? それから、わたくしはどうしたのかしら?」


 それって、俺との会話が全て記憶に無いってことだよな? 『シュタルクシルトの聖女になる』発言のお利口さんなのも、『エドワルダと結婚しなさい』発言のポンコツだったのも、どれも記憶に無いってことだよな?!

 まぁ、どっちも面倒な発言だったから、別に覚えてなくてもいっか。


「姉ちゃん、かなり疲れてたんだな。ごめんよ」

「そんな謝罪より、わたくしは何をしていたの?」

「え~と~――」


 面倒なので、俺と二人での会話は丸々飛ばして、イルザが本館に来た理由と、エルフィが疲れたと言って自分で部屋に戻ったことだけを伝えた。


「ごめんなさいねイルザ。全く記憶に無いのよ」

「かなりお疲れのご様子でしたのでぇ、仕方ありませんよぉ」


 エルフィとイルザの間では、終始和やかな遣り取りが行なわれていた。


 昨夜の姉ちゃんがイルザに向けていた厳しい視線は何だったんだろ? 一応、仲直りと言うか仲を取り持つことも視野に入れていたけど、これなら特に何かする必要はないかな? 変に俺が口出しをして、逆にこじれたら事だし。……まぁいっか。


 どうにも最近は、考えるのが面倒になると考えないで済ませてしまうようになっているが、それではいけないと思いながら、俺はまた考えるのを止めてしまうのであった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 頑張り屋のエルフィが体調を崩してから、結局三日間を休養に充てさせた。

 エルフィはイルザに『聖なる癒やし』を施された翌日にはもう大丈夫だと言い張っていたが、お利口さんだったときのエルフィを思い出した俺は、アホ姉はいつも無理をしているのだと気付き、無理やり休ませることにしたのだ。


「ブリッツェン、今日はオークをガッツリ狩るわよ」

「おっ、おう……」


 休養明けのエルフィは、いつも以上に元気だ。

 それは、魔道具袋の存在をエドワルダに明かしたのも影響しているだろう。


 魔道具袋は伏魔殿にある神殿から発見される物で、現代では製造できない魔道具だ。しかし、形状は複数種類が確認されており、大きさも大中小と大雑把にいわれているが、厳密には大きさはそれぞれ違う。なので、古代の人々が手作りしていたと思われている。


 そんなわけで、俺達の持つ魔道具袋もどきも、『伏魔殿の神殿から発見された魔道具の一つで、現状は誰にも公言しない予定だったけど、エドワルダも持っているので自分達も実は持っていることを明かしたんだ。誰にも言わないでね』とエドワルダに教え、しっかり『約束』の言葉を貰っていた。

 これにより、狩ったオークを存分に自分の魔道具袋もどきに溜め込めるようになったので、エルフィのテンションが上がったのだと思われる。


 今日の予定は、病み上がりのエルフィの体調を考慮し、野営を行なわず日帰りとしている。

 伏魔殿では昼食の時間を遅らせ、昼食までになるべく沢山のオークを狩り、いつでも食べられるオークをストックしよう、と言うエルフィの真剣な表情に気圧され、昼食後はひたすら調理をすることとなった。


 ちなみに、『今日はオークを多く狩るぞ!』と宣言した俺の言葉に、エドワルダはお馴染みの無表情、エルフィは一瞬イラッとしたようだが、すぐに無表情になり、そのままやり過ごされた。

 そんなことなら、親父っぽいとか言われる方がまだマシである。


 イルザは俺が親父ギャグ的なことを言うと、『リーダーはたまに親父っぽいことを言う』と毒を吐いてくるので、癒し系なのに毒舌キャラになっちゃった、と俺は嘆いていた。だが、現状を鑑みるに、敢えて毒を吐くことで俺を救ってくれていたのだろう。

 イルザはやっぱりえ~子や~。と、俺の中で勝手にイルザ株が上がっていた。なんなら上場してもいい。


 うん、俺は馬鹿だから株とか全然わからないし、上場の意味とか知らないんだけどね。


 俺はくだらないことを考えながらも、しっかり探索魔法を駆使しながら周囲を確認し、的確にオークを仕留めていた。


 オークの味を知ったことで、汚物を見るような目で見ていたオークを只の食材と見做すようになったエルフィが戦力として数えられるようになったので、戦闘は訓練も兼ねてエドワルダとエルフィを中心に行っている。


 エルフィとエドワルダは二人とも速度を活かした戦闘スタイルなので、エドワルダはエルフィの戦闘が凄く参考になるようだ。

 突きに特化したレイピアを持つエルフィの真似をして、エドワルダも大剣で突きを行っていた。……本来は敵を叩く目的で作られた、申し訳程度に刃のある鈍器のような大剣で。

 そんな大剣を使うエドワルダの突きは、膂力で強引に突き刺しているのだが、『それでもいいんじゃね?』と思える結果を出しているので、そのままエルフィの真似をさせている。


「あたしは左を、エドワルダは右をお願い」

「分かった」


 こんな感じで自然に連携も取れるようになっていた。


「凄いわねエドワルダ。オークは一対一でないと倒せないと言っていたのに、もう一対二でも倒せるようになったのね」

「妖精様の動き凄い。参考なる」

「参考にしただけで倍の数を倒せるって、エドワルダは本当に凄いわ。そうだ、エドワルダもあたしと同じように武器をレイピアにしたら?」

「う~ん、考えてみる」


 その提案は俺からしようと思っていたことだが、実際に使っているエルフィが、自分の動きを参考にしているエドワルダに伝えたのだ。これは、俺が言うより説得力があるだろう。


 エルフィとエドワルダの活躍により、大量のオーク肉が手に入った。


「昼食を作りながら保存用も作り始める?」

「あたしは保存用を作りながら摘むわ」

「ブリっち、妖精様、お昼は任せて」

「いいのか?」

「任せてかまわないの?」

「大丈夫。二人は自分の作業して」


 エドワルダの有り難い申し出により、俺とエルフィは保存食……と言っても、乾燥肉とかではなく、普通の料理を作って魔道具袋に入れるだけだ。

 ただ、エドワルダの調理器具と違って、俺とエルフィは大した器具ではないので、一つ一つの作業時間がかかってしまうのだが……。


「ブリッツェン」

「なに?」

「魔道具の調理器具を買いましょう!」

「いやいや、メッチャ高いから」

「せめて、一組くらいはどうにかならない?」

「う~ん」


 正直、今後を考えたら買っても問題ない。むしろ買っておきたい! だがしかし、値段がかなり高いのが難点なんだよなー。別に現状でも買えなくはないけど、貯金が心許なくなってしまうのが、いざと言う時を考えると怖くて一歩が踏み出せないし……。


 日本人時代は貧困生活を送っていたため、一ヶ月をどう過ごすかを考えるのが精一杯で、貯金などできなかった。その反動……というわけでもないが、月に一度の決まった給料がない現状で、手元のお金がなくなるのが怖いのだ。

 実際には、日本人時代の頃より遥かに稼いでいるので贅沢もできるし、手持ちがなくなったらちょっと狩りに行けばすぐに現金収入がある。それでも貧乏性はなかなか直らない。


「オークではなく素材が高く売れる魔物でも狩れば、それを資金に買うことができるかな?」

「じゃあ、今後オークの狩りは保存食が減ったらやるだけで、素材が高く換金できる魔物を狩りましょ」


 まぁ、本来は伏魔殿の深い場所に行くのが目的の一つだったからな。素材が高く換金できる魔物と戦うのは間違ってないんだよね。


 こうして俺は、自分の貧乏性を正当化したのである。


「ブリっち、この器具、あげる」

「それはダメだよ。その器具はクラーマーさんがエドワルダにくれたのか貸したのか知らないけど、どちらにしても貰うわけにはいかないよ」

「ボクは大丈夫」

「いや、俺が大丈夫じゃない……」


 エドワルダは、さも当然のように俺に差し出そうとする。それは、エドワルダが無表情で言葉に抑揚が無いから俺がそう思ってしまった、というわけではない。エドワルダは本当に大事無いと思っているのだ。


「エドワルダがそう言ってるのだから、素直に貰っておけばいいのに」

「姉ちゃんは黙ってて」

「妖精様も言ってる」

「うん、エドワルダも黙って」

「分かった」


 エルフィが余計なことを言った所為で、エドワルダがまた押し付けてきそうになったが、勢いで「黙って」と言ったら、素直に分かってくれたようだ。

 何気に勢いは大事だと実感した出来事であった。

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