第三十話  あれ? 服を着てる

 俺はしっかりノックをし、許可を得てから扉を開けた。

 すると、そこには驚きの光景が広がっていた。


「ん……、んふぅ……」


 艶っぽい吐息を漏らすエドワルダは、顔を赤らめピクピク震え、ほんのり汗ばんでいる。


「あっ……、ブリ……っち……」

「凄いよエドワルダ」


 俺はその光景を目にし、心底興奮してしまった。


「もう……ちょっとで、終わ……んっ……る……」

「い、いや、ごゆっくり」


 時に前に、時に後ろにと小刻みに震えるように動く太腿に、俺はハラハラさせられてしまう。


「これ、で……んふぅ……おわ、りぃ……あぁ……」


 力の篭った足の爪先に、エドワルダが今まで以上に力んだのを感じた。

 すると、絶妙なバランスで保たれていた姿勢が崩れてしまったエドワルダは、バタンと倒れてグッタリしてしまう。


「ハァハァ……少し……待って……ハァハァ……」


 薄暗い部屋で、全身隈なく汗で彩られ、小刻みに震えながら虚ろな瞳で天井を見つめたエドワルダの肢体は、蝋燭の灯りにほんのり照らし出され、美しくも妖しく輝いていた。


 その情景に目を奪われていた俺は、ただただ魅入るしか無かった。


「ブリっち、ハァハァ……」

「ん?」

「なんか、ハァハァ……目が、ハァハァ……怖い……」

「え?」


 肩で息をするエドワルダは、その振動でたわわに実った果実までも揺らしていた。


「俺はただ、初めて見たから凄いと思って魅入ってしまっただけで……」

「ハァハァ……獣、みたい……」


 またまた~。


「ん、……落ち着いて、きた」

「水浴びした後なのに、そ、そんなにビッショリになって、ダメだろ」

「これ、日課」

「毎日それしてるの?」

「してる」


 なんということだ! エドワルダは毎夜この行為をしていると、滴る体液を拭いながらその可愛らしい口で言うではないか。


「いつからやってるの?」

「ブリっちと、初めて会った頃?」


 そ、それは俺を思い浮かべて?!


「どうして始めたの?」

「ブリっちに、少しでも近付きたかったから」

「そ、それじゃあ、俺を思い浮かべてエドワルダはそれを毎晩?!」

「そう」


 そうか、俺を思い浮かべて毎晩していたのか。



 ――倒立腕立て。



「壁がない場所でよくできるな」

「腕力とバランスが鍛えられる」

「俺には無理だな」

「ブリっちならできる」


 でも、壁に凭れず倒立腕立てができるなら、バランスを取るために凄く集中しそうだな。魔法にも役立ちそうだし、俺もやってみようかな。


「で、何か用がある?」

「そうそう、イルザが伏魔殿の話が聞きたいって言うから、エドワルダも一緒にどうかと思って誘いにきたんだ」

「分かった」


 いつもの落ち着いた様子に戻ったエドワルダは、ヒョイッと立ち上がった。


「行こ」

「はいよ」



「エドワルダを連れてきたよ……って、姉ちゃんは?」

「少々疲れているようでぇ、先にお部屋でお休みなるみたいですぅ」

「そっか」


 うん、これは危機から脱したと見るべきか、面倒事が後回しになっただけと見るべきか、……まっいっか。


 面倒そうなことは考えない。思考の放棄ができる男、それが俺である。


「じゃあ、最初に魔物と会ったところから話すね」

「楽しみですぅ~」


 興味深そうに、それでいて楽しそうに笑顔を浮かべているイルザの雰囲気の所為というかお陰というか、とにかく、寝不足で疲れているのも忘れて、楽しく話を聞かせていた。


 傍らには成長期で身長の伸びてきた元ロリ巨乳、もう一方には現在進行系のロリ巨乳。二対で四つのマシュマロに囲まれた俺は、幻術にかかったかの如く気分が高揚していたが、ふいに何者かからの蔑まれる視線を感じ、ハッと我に返った。

 しかし不思議なことに、その視線があった場所には誰もいないのだ。


 何だったんだあの視線は?


 理解不能な現象だったが、俺は『女体に溺れない』という反省を思い出すことができ、その後は早目に話を切り上げてお開きとした。



「しかし、あれは何だったのかな?」


 寝不足であったことを思い出した俺は、一気に疲れが襲ってきた身体を寝台に横たわらせ、独りごちっていた。


「まぁ、考えてもわからないし、メチャクチャ疲れが出てきたし、今日はさっさと寝よう……っと、その前に、『神様、俺はここ最近ちょっと精神が乱れておりました。これからは気を引き締めてまいりますので、どうか今後も温かく見守って下さい』っと、これでよし」


 俺は日課のお祈りを済ませ、魔力素を空にすると一気に眠りに就いた。



 翌朝、俺を起こしてくれたのはエドワルダだった。

 俺は朝が弱いので、ほぼ毎日のように誰かに起こされる。最近は極稀に母に起こされる以外は、基本的にエルフィに起こされていた。

 しかし、今日はそのエルフィが起こしにきてくれず、いつまでも俺が起きてこないのでエドワルダが起こしてくれたようだ。


「エドワルダ、姉ちゃんは?」

「見かけてない」

「まだ寝てるのかな?」

「ん? どうだろ」


 どうやらエドワルダも見かけていないようだ。

 なぜか昨夜は機嫌の悪かったエルフィだが、そのまま不貞腐れているのだろうと思い、俺は急いで着替えてエドワルダと食堂に向かった。


「おはよう母さん。姉ちゃんは?」

「おはようブリッツェン。エルフィならまだ起きてきていないわよ。珍しいわね」

「そうだね」


 母は俺を起こすことはあっても、自分で起きてくる姉ちゃんを起こすことはないので、珍しく寝坊していると思ったようだ。


 俺とエドワルダは会話もそこそこに朝食を済ませると、未だに起きてこないエルフィが気になり、やや気が重いがエルフィの部屋に向かった。


 一応ノックはしたが反応がないので、少し待ってから扉を開けた。


「本当にまだ寝てたのか」

「妖精様、お疲れ?」

「ああ、伏魔殿で野営した疲れがあったのかもな」


 扉を開けて部屋の中に入ると、まだ寝ているエルフィを見て取り敢えず安心した。

 俺はゆっくりエルフィの寝ている寝台に近付くと、何か違和感を覚えた。


「あれ? 服を着てる」


 この世界、衣服の分野はそれなりに発展しているのだが、室内用と外出用があるだけだ。それこそ、平民は外出用の服しか持っていない。

 室内用の服を持っている貴族を含めた富裕層でも、寝るときはわざわざ服を脱いで裸で寝る。

 俺は当初、それに違和感があったのだが、寝る前に服を脱ぐのは身体が覚えていたのでそれほど時間がかからずに慣れていた。


 そして、寝るときは必ず全裸なはずのエルフィが、服を着ていることに違和感を覚えた俺は、ちょっと嫌な予感がして慌ててエルフィに駆け寄った。

 エルフィは呼吸が荒く、少し苦し気にしていて、顔も赤らんでいた。


「知恵熱?」


 俺はふとそう思った。


 確か、乳児なんかが原因不明の熱を出した際の謎の熱をそう呼んでいたと思う。大人でも疲労やストレスで謎の発熱があると、『ああ、知恵熱だ』なんて言ってた記憶がある。


 熱が出るとすぐに『風邪』だと思う日本人の俺がそう思わなかったのは、この世界には風邪が無いからだ。

 熱が出るのは大きな病の場合が大半で、通常は俺が思っている知恵熱的な疲労の場合だけである。


「昨日までは元気だったから、大きな病気では無いと思うけど……」

「ブリっち、『聖なる癒やし』は?」

「ああ、今日は狩りに行ってないはずだし、まだいるかな? エドワルダ、小屋の方にイルザがいるか見てきて。それで、いたら連れてきてくれるかい」

「分かった」


 今日のシュヴァーンは武具の修理に工房へ行くはずなので、この時間帯ならまだ出掛けてない可能性もある。

 部屋を出るエドワルダを見送りながら、俺はイルザがいてくれることを願った。


「姉ちゃん、昨夜の様子がおかしかったのは体調が悪かった所為だったのか。気付いてあげられずにごめんよ」


 俺は苦しそうな寝顔のエルフィの頭を撫でながら謝罪の言葉をかけた。


「伏魔殿の野営で身体が疲れているのに、色々と考えさせちゃったから、きっと精神的にも疲労しちゃったんだろうな。俺が不甲斐ないばかりに……」


 昨夜のエルフィの様子を思い出しながら、なんだかんだエルフィに負担をかけてしまっている自分がいることに思い至り、凄く申し訳なく思えてきた。

 すると、俺に頭を撫でられているエルフィの苦し気な表情が、少しだけ和らいだ。


「姉ちゃんはポンコツでいるのが一番なのに、俺の所為でお利口さんになって貰わなきゃいけないのは本当に申し訳ないよ」


 和らいだエルフィの表情が、なぜかまた険しくなった。


「ん? 聞こえてるのかな?」


 エルフィの表情に変化は見られない。


「まぁ、姉ちゃんはポンコツでも何でも、元気でいてくれるのが一番だよ。すぐに元気になってくれよ」


 一瞬、眉根が寄った気もするが、また少しだけ表情の和らいだエルフィは、その後は俺の言葉に反応することもなかったので、美人さんが苦し気な表情で眠っているのを魅入るように眺めていた。


 もしかして、俺ってサディストなのか?!


 嘘か誠か、俺は新たな性癖に目覚めた……可能性が無きにしも非ず。だからどうした、と言う話であった。

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