第二十九話 昼ドラの世界
さてさて、俺の救世主は誰かな?
「どうぞ」
誰でもいいけどマジ感謝。
「あのぉ~リーダー、夜分遅くに申し訳ございませぇん」
何でこんな時間に君が?!
「あら、どうしたの
これあれか? 修羅場ってヤツか?
「こんばんわですぅ、エルフィ様ぁ。実はですねぇ~、リーダーが管理されてますパーティ積立を使う必要ができてしまいましてぇ、そのお金を頂きにまいりましたぁ」
どうして今なのだ? しかも、なぜヨルクではなくイルザが来た? タイミング悪過ぎでしょ?!
神が差し伸べた救いの手かと思ったら、悪魔がひょっこりこんにちはって感じでしょ?! そう言うのは止めていただきたい。
ん? ってか、この状況って、もしかしてアレじゃね? 昼ドラの世界でしか存在していないはずの都市伝説級のアレ。
『あなた浮気してるでしょ?!』
『し、してないよ。愛してるのは君だけだよ』
『騙されないわよ』
ピーンポーン――
『だ、誰だろうね?』
ガチャ――
『来ちゃった。サプライズだよん』
『ちょっ!?』
『――貴女、誰よ?』
『えっ、何? あなたこそ誰なの? 私はこの人の彼女よ』
『私はこの男の妻よ! まったく図々しい雌猫ね!』
『なんですって!』
『『ちょっとあなた、これどう言うことよ!』』
『い、いや、違うんだ……』
『『何が違うのよ!』』
みたいな、嫁と愛人がバッタリ顔を合わせる的なヤツじゃね?
いや~、嫁どころか彼女すら諦めていたから、俺が絶対に経験しないシチュエーションだと思っていたけど、俺にもやっと巡ってきたか~……って、どっちも嫁や愛人どころか彼女ですらねーし! 姉とパーティメンバーじゃ全然違うだろ俺! 仮にそうだとしても、こんなの喜べるシチュエーションじゃねーし。何考えてんだよ俺……。
でも、美少女二人が俺を取り合うとか……ありじゃね? いやいや、普通に考えてないでしょーが!
それ以前に取り合いとかしてねーし……。
「あのぉ~、リーダー、聞こえてますかぁ~?」
「お、おう、すまんすまん。で、何だって?」
取り敢えず、今は雌猫……じゃなくて、イルザの要件を済ませてしまおう。
「全然聞いていないじゃないですかぁ~。あのですねぇ~――」
どうやら、今日の狩りでクマと戦った際、ヨルクの盾がかなり凹まされてしまい、ミリィの槍とイルザのメイスがどちらもポッキリいって、三人分の修理が必要な状態になり、マーヤの矢も尽く折られてしまったので補充が必要になったのだと言う。
武具を修理に出すとその間は狩りに出られず、収入が無いのにも拘らず出費が増える。しかも、今回は全員が一気に……となったので、それならこんな時のための積立を使うことにしたようだ。
イルザが来たのは、イルザが一番元気だったという理由かららしい。
ちなみに、皆は軽い怪我を負ったようだが、イルザの『聖なる癒やし』で治せる程度だったとのことで、今は小屋で横になって休んでいるという。
訪ねてきた時刻が遅いのは、クマを運ぶのに時間がかかって帰宅が遅くなった所為とのことで、何ともご苦労な話である。
「三人が怪我したんだろ? クマは取り逃がしたのか?」
「怪我といっても軽症でしたしぃ、クマも最終的にはしっかり仕留めましたよぉ~。――リーダー、あたしの話し聞いていましたかぁ?」
「あぁ~、そう言えば、クマを運ぶのに時間がかかったと言ってたよね。すまんすまん」
「もぉ~、リーダーったらぁ」
あっ、何かチクチクする。
「まぁなんだ、あまり無理するなよ」
「心配ですかぁ~?」
「そりゃー心配するさ」
「うふふふ」
パーティのリーダーとして、普通にメンバーと会話をしているだけなのだが、なぜかエルフィの視線に棘がある。さっきからやたらチクチク感じたのは、どうやらエルフィの視線が原因だったようだ。
もしかして、姉ちゃんは『目からビーム』的な魔法を習得したとかじゃないよな?
そんなことより、今はイルザの用件を済ませて、その後に姉ちゃんのご機嫌取りをしよう。……ってか、何で俺が姉ちゃんのご機嫌取りをしなくちゃいけないんだ? いやいや、考えるより先に用件用件。
「でも、状況を聞いた限りだと、ヨルクの盾は修理でいいとして、ミリィとイルザのは買い替えた方がいいんじゃないか?」
「買い替えとなりますとぉ、お値段がですねぇ~……」
この世界の武器や防具はとにかく高い。武具以外は日本の相場に当て嵌めてなんとなく計算できる程度の誤差なのだが、武器だけは飛び抜けて高いのだ。……いや、そもそも日本では武器なんて馴染みがなかったので相場がわからないのだが。
冒険者がそれなりに稼げる職業であってもあまり裕福でないのは、武具の修理や買い換えるための貯金をしなければならないのが理由だ。
手持ちがあるから使う、では今回のシュヴァーンのようにいざという時に商売道具を修理したり買い替えたりできない。そのため、普段は我慢して汲々な生活をせざるを得ないのだ。
そうして貯めた貯金は、冒険者を引退した際に自分で店を持ったり、土地を買って農家になるなどの支度金として使うらしい。
「そんじゃ、俺が資金援助するから、イルザとミリィは少し良い武器を買いな」
「よろしいのですかぁ?」
「無利子無担保である時払いの催促なしだ」
「リーダーの仰っている言葉の意味が難しくてわかりかねますぅ」
「まぁ、立派な冒険者になって稼げるようになったら、その時に少しずつ返してくれってことさ。ほら」
「助かりますぅ」
俺はイルザにお金を手渡した。
この時、手と手が触れて『ポッ』と頬を染め、恥ずかしがりながらも彷徨った視線が何時しか絡み合う……みたいな展開は当然ない。
「よろしければぁ、リーダー達の伏魔殿でのお話をお聞かせ願えますかぁ。エドワルダさんと伏魔殿に入ったのわぁ、今回が初めてなのですよねぇ?」
「王都で普通の狩りは何度も一緒にしたけど、伏魔殿に一緒に入ったのは今回が初めてだね」
「小屋に戻っても皆が休んでいるのでぇ、あたしは少し暇なのですぅ。ご迷惑でなければお話を聞きたいのですがぁ、駄目でしょうかぁ? あっ、お忙しいのでしたら結構ですのでぇ」
「ん? 別にいいよ」
俺は何も考えず、流れるように了承の言葉を口にしてしまったが、エルフィの存在を思い出して戦慄が走った。
ヤバい。イルザの笑顔を見ていたら、すっかり姉ちゃんのことを忘れてた。
背中をゾクリを震わせる凍て付くような気配に、俺は身の危険を感じずにはいられなかった。
「そ、そうだ。せっかくだから、エドワルダも呼んで一緒に話そうか?」
「い~ですねぇ~」
「じゃあ、俺がちゃちゃっと行って呼んでくるよ」
「リーダーあたしが……って、行ってしまわれましたぁ」
このままではいけない、と思った俺の選択肢は『脱兎の如く部屋を後にする』、これしかなかったのだ。
しかしあれだ、何で姉ちゃんはイルザを見る目が厳しいんだろ? イルザは神官見習いだし、アンゲラ姉さんと似た雰囲気だし、
一応アレ以外だと、……イルザの口調かな? でも、語尾は間延びしてるけど、聞き取り易い声だし、別にとろとろ喋ってるわけでもなく、むしろ落ち着くリズムで聞き入っちゃうくらいなんだよな。イルザのあの見目に雰囲気、更に耳を傾けたくなる声にリズム、もう神官がピッタリな人物だよな。
普通に、姉ちゃんとイルザは神官同士で上手くやれそうなんだけど。
ん? そもそも姉ちゃんはイルザと二人で一緒に神殿に行って活動とかしてるし、普段は別段仲違いとかしてないよな?
うん、思考放棄が得意な俺が一生懸命考えても、これはまったくわからん。ここは信念に則り、考えるのを止めよう。
そんなことを思いながらエドワルダの泊まる客間に着き、一呼吸して落ち着いたところで扉をノックをし、エドワルダから返事をもらって扉を開けると……。
「何やってんの?」
扉の先では、予期せぬ驚きの光景が広がっていたのだ。
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