第二十八話 頬を染め

「エドワルダに魔法を教えるのは止めておこう」


 俺は姉ちゃんの言葉を聞いて……いや、強い決意を感じて、揺らいでいた気持ちに決心がついた。


「ちょっ、あんた何言ってんの! もしかして、お姉様に配慮しているのかしら? それなら、あたし一人で『シュタルクシルトの聖女』になるわ。今はまだお姉様に敵わないけれど、いつかはお姉様以上になってみせるわよ」

「いや、そうじゃ――」

「そ、それに、あたしはこれでも結構人気あるのよ。それこそ王都に行ったら凄いことになってしまうわね。こんなに可愛らしい美少女なのですから、オーッホッホッホ―」


 姉ちゃんはアホだけど、自分を美少女だとか絶対に言わない人だ。その姉ちゃんがそんなことまで言ってわざとおどけるなんて……。


「姉ちゃんは可愛い美少女じゃないよ」

「し、失礼ね!」


 戯けるエルフィが一瞬で険しい表情に変わった。


「姉ちゃんは可愛いらしい美少女じゃなくて、綺麗な美人さんだよ」

「――なっ、何を急に……。あ~、そ、そうね、少し言葉を間違えてしまったわ。あたしは綺麗な美人さんなのよ」


 一瞬、キョトンとした間抜けな表情になったエルフィは頬を赤く染め、自然と緩む頬を緩ませないようにしているのだろう、『嬉しいけど素直に笑ってはいけない。だけど笑顔を作らなくてはならない』みたいな心境なのが、何とも言い難い微妙な笑顔から伺える。


「俺はね、姉ちゃんに無理して欲しくないんだ」

「無理なんてしていないわよ」

「姉ちゃんは頑張りやさんだから、自分が無理をしていることに気付かないんだよ」

「そんなこと無いわよ」


 まぁ、この話は平行線になるだろうからいいや。


「それより、問題は我が家じゃないんだ」

「どういうとこかしら?」

「エドワルダはクラーマーさんの娘でしょ?」

「そうね」

「クラーマーさんはフェリクス商会と言う立派な商会の会頭なんだ」

「知っているわよ」


 エルフィは『それがどうしたの?』みたいな顔をしている。


「この辺の商人は殿様商売をしているけど、貴族を相手にしているような王都の商人は、信用を凄く大切にしているんだ」

「そ、そうなの?」

「そうなんだよ」


 この世界にサービス精神などはない。

 売れている商売人は、売ってやる、気に入らなきゃ買うな、お前は気に入らないから売ってやらない、と言った感じである。ただ、権力者などには揉み手で媚びを売る。

 逆に売れていない商売人は、お願いします買って下さい……と言うことなどもなく、売れている商売人と同じような売り方をして、最後は廃業だ。

 それは王都でも同じような感じなのだが、貴族などを相手にしている商人は、しっかり敬語を使いへりくだることができる。

 まぁ、庶民には横柄で貴族にはおべっかを使う商人もいるが、クラーマーはどの客にも等しく腰が低い。


 そこに、更に信用が絡んでくる。『あの商会は期日を守る』など、日本人なら当たり前に思えることも含め、信用によって売上は変わる。

 もし、『フェリクス商会の娘は魔法使いなんだとよ』などと噂になったとしたらどうだろう。特に、貴族は魔法使いを嫌悪しているのに、貴族を相手にしているクラーマーにそんな噂があれば、誰もフェリクス商会と取引をしなくなるだろう。


「――って感じなんだ。だから、エドワルダが約束を守っても、何処かで魔法を使っている現場を見られでもしてそんな噂が立ったら、俺はクラーマーさんに顔向けできなくなるんだ」

「商売のことは良くわからないのだけれど、エドワルダが約束を守っても危険性があることと、それによってフェリクス商会に迷惑がかかることはわかったわ」


 今日のエルフィは、お利口さんとポンコツで行ったり来たりだけど、今はお利口さんのようで、スッと理解してくれた。

 ただ、相変わらず頬を染めている理由はわからない。


「仮にエドワルダが魔法を使うところを見られても、俺達のことを言わないという約束を守ってくれれば、メルケル家に被害は及ばない。だけど、フェリクス商会は大変なことになる。だから、姉ちゃんが頑張るとかの話とは別問題なんだ」

「……うん、そうね。――でも勿体無いわね。何となくだけれど、あの子には魔法の才能がある気がするのよね」


 俺には他人に魔法の才能があるかなんてわからないけど、姉ちゃんはそんなのがわかるのか。凄いな。


「そうだ! あんたエドワルダと結婚しなさい」


 エルフィが唐突にアホなことを言い出した。どうやらお利口さんモードの持続時間は短いようである。


「あんたがオークと戦ってる時に、エドワルダとこんな話をしたの」


『そういえば、エドワルダは誰かとパーティを組むつもりなのかしら?』

『ブリっちと一緒がいい』

『でも、ブリッツェンは現状ここで冒険者をやってるわよ』

『上流学院を卒業したら、ボクもここ、くる』

『でも、卒業までまだ三年以上あるでしょ? それまでにブリッツェンがここを出ていくかも知れないわよ』

『分からない、後で考える。でも、ブリっちとずっと一緒がいい』


「ってね。これって、あんたがパーティを組むと言えば、エドワルダはずっと一緒にいるつもりよ。それなら、結婚もありだと思うのよ」

「人が戦ってる時に何の話をしてるのやら……」


 まぁ、エドワルダが俺と結婚したいと言うのなら、俺も吝かではないけど、パーティを組むのと結婚するのとでは全然別の話だと思うんだよね。


「ほら、結婚してずっとこっちにいれば、王都で変な噂とかにならないでしょ。それに、あんたが結婚すれば、あたしも安心して王都に行けるし」

「俺もエドワルダも成人するのは三年後だよ」

「それなら、婚約してずっとこっちにいてもらいなさいよ」

「そんな勝手なことができるわけないだろ」


 さっきまで『シュタルクシルトの聖女』になると言っていた立派な姉が、あっと言う間にポンコツになっちゃったよ……。


「ずっとこっちにいて、専用伏魔殿にいれば誰にも見られなくて良いと思ったのに」

「いやいや、俺は旅をするために冒険者になったんだよ? ずっとここにいるわけないでしょ」

「え? あんた旅をするために冒険者になったの?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「初めて聞いたわよ」


 どうやら、なぜ俺が冒険者になりたかったか、未だに頬を染めているエルフィに言ってなかったようだ。


「あんたはずっとここにいると思っていたから、あたしは王都に行くのを承諾したのに、あんたが旅に出るなら話は別ね。どうしたら良いのかしら……」

「え? そんなの、予定どおり姉ちゃんは王都の神殿本部で姉さんと一緒に頑張ればいいだけでしょ」

「旅は危険でしょ。シュヴァーンの四人では少し頼りないし、やはりあたしが一緒にいてあげないと……」


 エルフィはあーでもないこーでもとブツクサ言っているが、思いのほか俺を大事に思ってくれているようで、何だか嬉しいを通り越して少し怖くなった。


「決めたわ! あたしはブリッツェンと一緒に旅に出るわ!」

「ちょっ、何言ってんの? 『シュタルクシルトの聖女』になる話はどうなったの?」

「そんなの無理に決まってるでしょ」

「え? あんなに自信満々に言ってたのに……」


 俺の感動を返してくれ!


「まぁ、頑張れば無理ではないのかもしれないけれど、頑張る必要がなくなったでしょ?」

「確かに、無理に頑張る必要はなくなったけど、それでも姉ちゃんは姉さんのようになりたいんでしょ?」

「それは……、もういいの! お姉様はあたしがいなくても立派な聖女だけれども、あんたはあたしがいないとダメな弟なの。あんたの面倒はあたしが見てあげるしかないのよ!」

「いや……、俺は姉ちゃんより強いし……」

「それはどうでもいいのよ!」


 意味がわからないよ。なにこれ? これってアレか? ブラコンってヤツか? 

 俺はそういったことに疎いから良くわからないけど、ちょっと危険な匂いがするな。

 でも、エドワルダと結婚しろとか言ってたくらいだから、独占したいとかじゃないよな? 単に姉として心配してるだけか? ブラコンってなんだ? 良くわからん。


「取り敢えず、姉ちゃんが王都に行くまではここで一緒に専用伏魔殿に入るし、来年になればシュヴァーンの皆も十二歳になるから一緒に伏魔殿に行けるし……。だから、当面はここにいるから安心してよ」

「それでも、そんなのすぐじゃないの」

「い、いや~……! ほ、ほら、ヨルクの身体はまだ線が細くて頼りないでしょ? マーヤの索敵というか勘の精度は低いし、ミリィはムラっ気があるし、イルザは……え~と、何となく守ってあげたくなるし。まぁ何だ、暫くは俺が面倒を見てあげなくちゃいけないんだよ。俺だって姉ちゃんに守られてるだけじゃないんだよ」


 これでどうだ!? 俺は姉ちゃんに守られているだけの弟じゃないアピールだ。


「そういえば、あんたのイルザを見る目が他の子を見る目と違うわよね」


 え? そこ?


「それに、イルザと喋っていると、いつもニヤニヤとだらしない顔をしてるし」


 昔、師匠に感情が顔に出過ぎだと注意されて、俺なりに意識していたはずなのに、未だに直ってなかったのか……。

 いやいや、そんなことは今は置いといて、この場はどうすればいいんだ? 姉ちゃんの目がメッチャ怖いんだけど。


 コンコンコン――


 誰か来た! これは神が差し伸べた救いの手に違いない。有り難く掴ませていただきます。


 誰だかわからぬ訪問者に、心からの感謝を述べる俺であった。

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