第二十三話 女体の素晴らしさ
エドワルダを伴った伏魔殿での初野営。初日は食用として適さない、若しくは食べたくない魔物しか狩っていないので、討伐証明部位と魔石しか回収しておらず、夕飯は持参した物を食べていた。
「エドワルダは魔物を食べたことある?」
「オーク、美味しい」
「「えっ?!」」
ちょっとした会話でもしようと何となくした質問に、エドワルダがまさかの回答をしたことで、俺とエルフィは間抜けな声をハモらせてしまった。
「オークってあのオークですわよね? ブタ面の醜くて汚らしい」
「ん? そう」
「エドワルダはアレを食べたことがあるのか?」
「脂が甘くて美味しい」
「マジかぁ……」
「あんな醜い化物を食べるなんて、信じられませんわ……」
俺とエルフィは絶句……とまではいかないが、あんぐりとしてしまった。
俺は、魔物とは言え二足歩行の人間型を食べるのに嫌悪感がある。そしてエルフィはオークのあの外見がとにかく嫌いで、戦闘すらも避けているのに食べるのは以てのほかなのだろう。
しかし、そんなオークをエドワルダは美味いと言う。
確かにオークはブタの頭だから豚肉みたいな味がするかも、などと俺も思ったことはあったが、だからと言って本当に食べてみようとは思わなかったのだ。エルフィに至っては俺以上にオークを嫌悪しているので、食べるなどまさに悪夢だろう。
あれ?
「なあエドワルダ、冒険者学校で、食べられる魔物は獣型である魔獣だけで、オークを含む人型のゴブリンなんかは食用に適さないって教わったんだけど」
「ん? ボクは冒険者学校の実習訓練でオーク食べた」
あれか、そもそも魔物を食べるのは冒険者が伏魔殿に入れる特権みたいなものだから、それぞれの土地で情報が共有されていて、それが冒険者の中で伝承されているのかな? だから、その土地々々で食べられる魔物が違うとかか? それだと、旅をしている冒険者から他所の情報が流れそうだけど、わざわざ教え合わないのかな? 何にしても、これからは今迄以上に情報を得られるよう心掛けよう。
色々と疑問を感じた俺は、情報はいつの世でも大切だと思っていたが、通信網の発達していない世界であるからこそ、情報収集は大切なのだと痛感した。
「明日、オーク狩る?」
色々と考え込んでいる俺に、エドワルダは質問を投げかけてきた。
実は、今日の狩りでオークを見付けてもスルーしていたのだ。
エルフィ曰く、辺り一面がオークだらけにでもなるようならそれは退治するが、相手をしなくても良いなら関わり合いたくない。とのことだったからだ。
「あたしは嫌よ!」
クワっと目を見開き柳眉を逆立てたエルフィは、エドワルダがいると言うのにいつもの他所行きの言葉ではなく、俺に対する時のみに使用する口調で嫌だと言う。
「あの醜い顔で汚らしく涎を垂れ流しているのよ……。それに、あの目が厭らしくて厭らしくて本当に気持ち悪いわ」
そう吐き捨てたエルフィは、先ほどとは打って変わって、今度は眉を寄せて頭を抱え込んでしまった。
魔物は、魔力溜まりの魔素より発生した魔力から生み出されるので繁殖の必要がないのだが、なぜか二足歩行で人間型の魔物は、人間の女性を見付けると繁殖行為を行おうとするらしい。結果として魔物の子を孕むことはないようだが……。
オークがエルフィを見る目は、繁殖相手の獲物として見定めた目になるのだろうか、彼女にはオークが厭らしい目つきで自分を見ているように感じるらしい。
まぁ、俺なら姉ちゃんをそんな目で見ることはないけどな。……いや、最近はあの野イチゴも捨て難く思えてきた、しもしかすると……。
俺の思考が脱線していると、珍しくエドワルダが食い下がっていた。
「妖精様、一度食べてみて。食べて美味しくないなら仕方ない」
「……食べる食べない以前に、あの汚らわしい魔物に近付くのも嫌なのよ」
「じゃあ、妖精様は戦闘に参加しなくてもいい。調理もボクがする」
これは俺も克服しないといけないことでもあるから、頑張ってオークを食べてみるか。でもなー、二足歩行の魔物か。ブタ面で肌の色が変な、逞しい体付きの人間のような魔物。……嫌だなー。でも、これから伏魔殿でずっとこもる日がくるかもしれないし、そのときに食べられるのがオークに限らず人間型の魔物だけしかなかったとしたら……。
仕方ない、俺も覚悟を決めるか!
「姉ちゃん、エドワルダの言うとおり、一度食べてみることにするよ」
「ちょっ、あんた! 急に何言ってるのよ!」
「俺も本当は嫌だけど、嫌だからって目を背け続けるのは良くないと思うんだ。まぁ、そんなのは綺麗事だとわかっているけど、俺は挑戦してみようと思う」
「……」
何か言いたそうなエルフィだったが、グッと目を瞑ると俯いてしまった。
それから暫しの間を置き、エルフィが何かポツリと呟いた。
「……わよ」
「え?」
「わかったわよ。あたしも食べるわよ!」
どうやら姉ちゃんも覚悟を決めたようだな。目尻に涙を浮かべてプルプルしてるけど、それでこそ俺の姉ちゃんだ。大丈夫、間違っても姉ちゃんに、『くっ、殺せ!』とか言わせるような事態にはさせないから!
「と、取り敢えず今日はもう休むわよ」
「それは賛成だけど、最初の夜番は姉ちゃんだよ」
「し、知ってるわよ! あんた達はとっとと休みなさいってことよ」
「お、おぅ……」
夜番は中途半端に起こされ中途半端に寝る真ん中の時間帯を俺がやることにして、前半が姉ちゃんで後半がエドワルダとなっている。
それにも拘らず休む宣言をした姉ちゃんに真実を伝えたのだが、なぜだかキレられてしまった。解せん。
プリプリしているエルフィにこれ以上なにか言うのは得策ではないと思った俺は、大人しくエドワルダとテントに入った。
家では全裸で寝るこの世界の住人でも、流石に野営中にそんな間抜けな格好にはならない。装備だけ外して枕元に武器を置き、ちゃんと着衣のまま床に就く。
寝袋などない世界なので、敷布団代わりの毛皮に毛布代わりの毛皮で身体を覆うのだ。
「ブリっち」
毛皮に包まれたエドワルダが声をかけてきた。
「どうした?」
「楽しい。……違う、嬉しい」
暗くてエドワルダの表情は見えない……というか、元から無表情なので意味がないのだが、言葉まで感情が篭っていないエドワルダの感情を読み取るのは非常に難しい。それでも、今はエドワルダが本当に喜んでいるのがわかった……気がした。
「そうか、良かったな」
「良かった」
エドワルダの喜びは何に対してなのかわからないが、俺はエドワルダがそう思えていること自体が何だか嬉しく思えた。だから、『何が嬉しいんだ?』などと野暮なことなど聞かず、簡単な受け答えをするに留めた。
「寝る」
「おう、おやすみ」
「ん、おやすみ」
短い遣り取りを終えると、おやすみ三秒と言わんばかりの早さでエドワルダは寝息を立てていた。
俺も寝ておかないと、と思ったが、いつも魔力を放出して気絶するように眠りに就くので、普通に寝ようとしてもなかなか寝付けなかった。
参ったなー。流石にここで魔力素を空っぽにするのは何かあったら対応できなくなるから無理だし、かといって眠れないし。どうしよう……。
なかなか眠りに就けない俺は、どうにか眠ろうとあれこれ試しつつ悶々としていた。
後は何を試してなかったかなぁ~。あれか、素数を数えるってヤツか?! あ、俺ってば馬鹿だから素数が何だか知らないや。
そう、俺は馬鹿だったのだ。しかも、素数を数えるのは寝るときにとる行動ではないことに気付いていない。
「でも、何だか眠くなってきた、気がする。……良か……った」
「あれ、もう起きたのブリッツェン?」
何ということでしょう。睡魔が遅刻して訪れたその時、綺羅びやかな銀の長い髪の美しい妖精が、突然目の前に姿を現したのです。「これは俺のために抱きまくらとして妖精が顕現したんだ」そう思い、顕現した妖精をおもむろに抱き締めました。
「ちょっ、なに寝ぼけてるのよっ」
妖精が何か囁いていますが、それはきっと子守唄なのでしょう。その耳障りの良い鈴音の声は、深い眠りへと
――ガツン!
「いてっ」
「離しなさい、このバカっ!」
何だ何だ?! 俺は妖精の抱きまくらを抱いて夢のような世界へ……。
「――なんで姉ちゃんが俺の毛皮にいるのさ? 見張りは?」
「交代の時間だからあんたを起こしにきたのよ! そしたら、寝ぼけたあんたに引き摺り込まれたのよ!」
目の前に妖精がいたような気がしたけど、う~ん、あれは夢だったのか? ってか、俺は夢を見る程寝てないと思うんだけど。
それにしても驚いたな。ペッタン娘な姉ちゃんでも、身体は柔らかいんだな。同衾するときはいつも俺が抱きまくらだったから気付かなかったけど、こっちから抱くと柔らかい感触がよくわかる。
あぁ~、女の子って柔らかくてフワフワしててい~な~。
「いたっ! 何で力を入れ……ちょっ、どこ触ってるのよ! 離しなさい……って、言ってるでしょ!」
――ゴツッ!
どうやら夢見心地の俺は力を込めて抱き締めてしまったようで、エルフィは俺に拘束されておらず唯一自由に動かせる右手を振り上げ、その手に握られた拳から放たれた拳骨が俺の頭に振り落とされた。
「ご、ごめん。何か姉ちゃんが柔らかくて……」
「な、なに言ってんのよバカっ! い、いいからとっとと離れて見張りを交代しなさい」
「あぅ、ごめん」
更にもう一発拳骨を喰らった俺は、その痛みですっかり目が覚めた。
ぶつくさ何かを言っているエルフィを尻目に、俺は見張りをするためにテントを出る。そのときに小さなテントが張っていたことは誰にも内緒だ。
ちなみに、エルフィは結構な声を張り上げていたのだが、エドワルダは一切身動ぐこともなく眠り続けていた。
「しかし何だな、女の子って柔らかいのは胸だけだと思ってたけど、色々と柔らかいんだな。特に、ペッタン娘な姉ちゃんでも尻はあんなに柔らかいのには驚いたし。無知って怖い……違うな、損だな。日本人時代、色ボケした男を見てバカみたいだと思ってたけど、バカは俺だったな。いや~女体か。――いいね!」
三十五歳と更に五年の童貞は、女体の素晴らしさ、そして神秘に初めて気付いたのである。――いや、『おっぱい』の素晴らしさは既に知ってしまっていたので、『おっぱい』以外の女体の素晴らしさに気付いたと言うべきだろう。
「でも、伏魔殿で初めての野営で気付いたのが『女体の素晴らしさ』とか、俺マジ最低だわ」
本当にどうでも良いことを考えていた俺だが、それでも反省することを忘れないのであった。
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