第二十一話 所謂ツンデレ
「姉ちゃんはエドワルダをどう思う?」
「マーヤと似た雰囲気だけど、あの胸はけしからんわね」
「胸はどうでもいいんだけど……」
「なっ?! どうでも良くないわよ! 何なのよ、エドワルダといいイルザといい……ムキィィィ」
明日から伏魔殿で合宿するにあたり、エルフィと最終打ち合わせをしているのだが、エルフィはどうにも胸のことを引き摺っていてお話にならない。
「姉ちゃんはそのスレンダーな感じが良いんじゃないか。それに自分でも言ってただろ、胸の重りは不要だって。実際、姉ちゃんは誰よりも速く動けるじゃないか」
「そ、そうよね」
よし、乗ってきた。
「姉ちゃんは俺の自慢の姉なんだよ。今ではアンゲラ姉さんと同じ『聖女』と呼ばれているじゃないか。それに、姉さんが持っていない冒険者の資格も持っている。更に言えば、銀色に煌めく長い髪、見ていると吸い込まれそう蒼い瞳、穢を知らない白い肌、それから――」
「ちょっ、ちょっと、何よ急にっ」
あらら、ビックリするくらい顔が真っ赤じゃないですか~。
「いやいや、とにかく姉ちゃんは綺麗な美人さんじゃないか。だから、こんなにも美人で多才な姉がいる俺は幸せ者だな~、ってことを伝えたかったんだよ。いや~ホント、誰にでも胸を張って自慢できる姉がいるって最高だね」
もう大丈夫だな。
「あ、あたしなんてお姉様に比べたらまだまだよ。でも、あ、あんたがあたしを自慢の姉だと思っているようだから、あんたの夢を壊さないようにしてあげるわ。べ、別にあんたのためなんかじゃなくて、あ、あ、あたしが可哀想な弟を放って置けない性格なだけなんだから! 勘違いしないでよねっ!」
完全に胸の話のことは意識から消えたな。
それにしても、これが所謂ツンデレってヤツだよな。そういった知識のない俺でもこれはわかる。もしこれがツンデレでないのだとしたら、本当のツンデレとは俺などには思いもよらない未知の世界……そう、リア充のみが知る世界でなければ発現しない現象なのだろう!
ん? ツンデレって発現するとか現象なのか?
混乱した俺は考えるのを放棄し、意識をエルフィに向けた。
「ありがとう姉ちゃん」
「べ、別にお礼言われるようなことではないわ」
エルフィは腕組みをしてツンと顔を背けてはいるが、チラッと俺の様子を伺うその瞳に不安が宿っていることに俺は気付いた。それでも、俺は変にニヤけたりはしないでスルーしてあげる。それどころか、俺は「お姉ちゃんだぁ~い好き」と言わんばかりの純粋な笑顔を浮かべているのだ。こうなれば姉ちゃんも大人しくなるだろう。
「そ、それで何の話だったかしら?」
俺の笑顔を見てホッとした表情を浮かべたエルフィは、自ら逸らしてしまった話を元に戻そうとしていた。
「姉ちゃんがエドワルダをどう思っているか、って話だよ。……あぁ、あくまで、本来は魔法の修行をみっちりやるための合宿だったのに、そこにエドワルダも同行することになったでしょ? それに不満はないのかな~、ってことを含めて、姉ちゃんがエドワルダをどう思っているのか聞きたいんだ」
また胸の話を思い出してキレられては敵わないからね。アホな姉ちゃんでも話が進むように質問したよ。
「う~ん、魔法の特訓ができないのは残念だけれど、あたし達だけで行う初めての野営のことを考えると人数が増えるのは有り難いわね。まぁ、エドワルダはマーヤと似た感じの子っぽいけど、マーヤだって何だかんだ意思の疎通ができるし、エドワルダも大丈夫でしょ?」
「確かに表情は変わらなくて言葉数が少なくてぶっきらぼうな話し方だけど、意思の疎通ができるどころか、必要とあらばそれなりの言葉を発するよ。むしろ、言葉での意思の疎通ならマーヤよりエドワルダの方が断然できるね」
エドワルダは疑問があれば聞いてくるし、こちらが質問すれば答えが帰ってくる。会話には全く問題はないのだ。
「それと、エドワルダにはブリッツェンが王都でお世話になって、お姉様は今でもお世話になっているのでしょ? あんたとお姉様が信用しているのであれば、あたしは無条件で信用するわよ」
俺に対する信用ではなく、きっと姉さんに対する信用があるから言える言葉なのだろう。
もし、エルフィが何処かで誰かから怪しい話を聞かされ、忠告も碌に聞かず信用してしまい高価な壺を買ってしまうような人なら、それこそしっかり教育しなければならない。だが、アホな癖に割と用心深い性格なので、その辺りは大丈夫だ。
今回は姉さんと俺が信用している人物だということで、エルフィが無条件で信用してくれるのはお説教事案ではなく喜ばしいことだろう。
「それに、あの子って小さくて可愛いわよね。……一部小さくなくて可愛くない部分もあるけど」
「あ~、エドワルダは姉ちゃんに似た部分もあるよ」
またエルフィが愚痴を言い出しそうだったので、俺は急いで別の話題を口にした。
「あの子があたしに似ている部分?」
なぜか自分の身体を触りだしたエルフィは、「お尻の張りかしら?」などと素っ頓狂なことを言っている。
「強さに憧れている部分だよ」
「そうなの?」
「今だって両親に言われて上流学院に在学しているけど、言われるがまま大人しく学院生をするのではなく、夏休みの三ヶ月で冒険者になっちゃうような子なんだ。姉ちゃんだって母さん達に内緒で冒険者学校に通ったり、それこそ昔から強くなる方法を俺に聞いてきてたじゃない」
「へー、あの子はそんな感じなのね。覇気のない眠そうな顔をしているから、そんなに意志の強い子には見えなかったわ」
エドワルダはマーヤと一緒である意味ぽわ~んとしているけど、半眼で眠そうに見えるってだけで、実はかなり行動派なんだよね。
どちらかというと、いつも笑顔で間延びした語尾で喋るイルザの方が、ぽわ~ん度は高いと思う。
イルザといえば、温和で柔らかな雰囲気で、いつでもどこでもニコニコしているところがアンゲラ姉さんに似ていて可愛らしい少女なのに、ここ一年で身体的な成長が著しくて、身長も俺より大きくなって、なぜか言葉に毒が混ざり始めたけど、年下とは思えない母性を感じさせるんだよね。
姉さんに甘えられなくなって久しいから、たまにイルザに甘えたくなっちゃうんだけど、姉に甘えるのと年齢の近い他所様の娘、しかも年下に甘えるのは全然別の話だから、残念ながらイルザに甘えることは許されないんだよな。それがちょっと寂しい。
せめて、イルザもエドワルダのように腕に纏わり付いてきて、マシュマロを押し付けてくれたりしてくれれば俺は大満足なんだけど、神官見習いだからなのか、そういった行動を取ってくれないので非常に残念に思うのだ。
「あんた、何か別のことを考えてない?」
「い、いや、明日から伏魔殿に泊まるでしょ? 今日は姉ちゃんと一緒に寝たいな~とか思ったんだけど、恥ずかしくてどう切り出そうか考えてたんだ」
「ま、まったく、あんたは緊張感がないわね」
「ごめんよ」
「まぁ、明日からのことを考えてあんたも不安なのでしょうし、し、仕方ないから今日は一緒に寝て上げるわよ。か、勘違いしなでよね、アンタがしっかりしてくれないとあたしに迷惑が及ぶから、そ、それの防止のためなんだからねっ!」
「ありがとね、姉ちゃん」
おぉ~、何とか切り抜けることができたぞ。面倒臭い言い回しを聞くのは面倒だけど、それは姉ちゃんの愛情表現だと思えば可愛いもんだし、なんなら別に聞き流してもかまわないしね。
和やかな雰囲気になったが、話しはこれで一件落着ではない。実は本題はこれからなのだ。
無駄なやり取りの後、やっと本題に入れる雰囲気になったところで、俺はゆっくりと口を開いた。
「ちょっと話を戻すけど、今回の合宿って本来は魔法を練習するためのものだったでしょ?」
「エドワルダがいるから難しいけれどね」
「そこで、この際だからエドワルダに魔法を教えるのはどうかな、って思っているんだけど、どうかな?」
「……、今はまだ時期尚早ね」
「今は?」
それは時期が来れば問題ないってことなのかな?
「あたしはエドワルダがどんな子か完全に理解していないの。魔法のことを伏せて冒険者として一緒に行動するくらいは、お姉様とあんたの信頼で受け入れるわ。でも、夏休みが終わればあの子は王都に帰るのでしょ? あたし達の目の無い場所で魔法の練習をして、それが誰かの目に留まる。そして魔法の出処がブリッツェンだと知られる可能性だってある。そんな危険性があるのに、教えて良いなどと現状では言えないわね」
エドワルダを良く知らない姉ちゃんからすればそうなるよね。でも、俺はエドワルダだったら大丈夫だと思っている。だから早い内に姉ちゃんにはエドワルダの
単なる俺の勘なのだが、エドワルダは上流学院を卒業したら俺と行動をするためにまた押しかけてくる気がする。それなら、早い段階で魔法に慣れて欲しいと思う。
「でも、魔法のことに関しては、最終的な判断はブリッツェンが下すでしょ?」
「そうなるのかな」
「だから、あんたが決めたことにあたしは反対はしないと思うの。でもね、決定する前であれば、助言というかあたしなりの意見は言わせてもらうわ」
「姉ちゃんの意見には助かってるし、これからも頼りにしてるよ」
「ま、まったく、この弟はいつになったら姉離れしてくれるのかしらねっ」
おっ、姉ちゃんめ、ニヤけそうなのを我慢してますな。口角が上がるのを無理やり押さえ込んでるから、口元がヒクヒクしてるの丸わかりだぞ。
全てを包み込むように癒やしてくれるアンゲラとは違い、エルフィは俺が進みたい道を尋ねると一番安全な方へと手を引いて導いてくれるし、時折変な言動で俺を和ませてくれる。
俺は、可能なら結婚を前提にお付き合いしたいくらいアンゲラ姉さんが大好きだけど、今は一緒に冒険者をしてくれて俺を支えてくれるエルフィ姉ちゃんも大好きだ。
昔の俺はエルフィのことをポンコツな玩具くらいに思っていたのだから、これは大出世であろう。
「取り敢えず、エドワルダのことは少し観察させてもらうわよ。結論はできれば急がないで欲しいわ」
「わかったよ姉ちゃん」
当初の合宿目的は変更せざるを得なくなったが、当面の新たな目標が決まった。
「そうとなったら明日に備えて寝ましょう」
「そうだね」
「その前に、水を浴びてきましょ」
「洗浄魔法したよ」
「たまにはしっかり水場で身体を洗わないとお母様達に怪しまれる、と言ったのはあんたでしょ?」
「わかったよ……」
水場で全く身体を洗わないと不信感を持たれると思い、最低でも三日に一回は水場を使っているのだが、その際なぜか必ずエルフィと一緒なのだ。
普通に考えると、十四歳の娘と十二歳の息子が未だに身体を洗い合う行為の方が問題だと思うが、この世界でそれは問題ではない。むしろ、何日も水浴びをしないことで母に疑問を持たれ、魔法の存在が露呈する方が問題だ。
まったく、難儀な話しだよ。そう心の中でボヤいた俺は、面倒だと思いながらも水場へと向かったのだった。
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