第二十話 ペッタン娘対バインバイン組

「では、準備が整ったようなので開始します。くれぐれも怪我のないように――」

「いいから早くなさい!」


 うっ……、姉ちゃんが怖い。


「それでは、はじめっ!」


 俺は、姉ちゃんが無茶をしないことを祈って、ペッタン娘対バインバイン組との模擬戦開始の合図を告げた。


「行く」

「行きますよぉ~」


 エドワルダが自慢のスピードを活かして突撃すると、イルザも進路を少しズラして後を追う。この二人も、なかなかやる気になっているようだ。

 すると、エルフィは待ち受けるのではなく、二人に向かって自身も突っ込む。やはり、エルフィもイケイケらしい。

 エルフィの速度に驚いたのだろうか、エドワルダがイルザの進行方向とは逆の左へと咄嗟に進路を変えた。

 それを読んでいたのか、はたまた視認して反応したのかわからないが、エルフィはエドワルダの動きに追従した。


「それ」


 気合を感じられない可愛らしい掛け声とともに、エルフィがレイピアを突き出す。

 エドワルダは地を踏むとバックステップでこれを躱した。


 あの勢いを殺して後方に飛ぶとなると、エドワルダの膝への負担は相当大きいだろうな。


 速度が上がれば上がる程、その速度を自身で無理やり止めるとなったときの負担はそのまま自身の身体へと跳ね返ってくる。左右に進路をずらすのでさえ少なからず負荷があるだろうに、後方となると尚更……。


「よく避けましたわね」


 エルフィは楽しそうに言う。


「これはどうでしょ?」


 下がったエドワルダを追い詰めるようにレイピアを構えるエルフィ。

 左右正面のどの方向にでも突き出せる構えのエルフィのレイピアを見て、エドワルダは前方に活路が見い出せず、じわりじわりと後退りする。


「えぃ~」


 間の抜けた声とともに風切り音が聞こえる。

 速度を落として間合いを測り合っているエルフィとエドワルダに追い付いたイルザが、エルフィの右斜め後方からメイスを振るった。


 あれが当たったら姉ちゃんの頭が吹き飛ぶんじゃねーのか?!


 俺の心配を他所に、イルザの攻撃に気付いたエルフィはメイスから避けつつも戦線離脱をするのではなく、左前方へ飛び、ついでとばかりにエドワルダにレイピアを突き出す。

 エドワルダはエルフィの動きを読んでいたようで、姿勢を低くすると一気に飛び上がるように膝を伸ばし、大剣を下から掬い上げるように振り上げた。その軌道は、レイピアで防がねば身体に大剣が当たるように調整されている。

 下方から力の乗った大剣の威力を、細いレイピアで受けるのは厳しいだろう。


 姉ちゃんはここで一端吹っ飛ばされるな。


 俺はそう思ったのだが、エルフィは予想外の行動に出た。

 突き出したレイピアを咄嗟に胸前に戻すと、エドワルダの大剣と僅かに触れさせ、大剣の軌道を少しだけ上方に変えてやる。すると、エルフィはスライディングするように大剣の下を潜ったのだ。


「ほぅ」


 エルフィの予想外の動きに、俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。


 すくっと立ち上がりながら身体の向きを変えたエルフィは、背を向けているエドワルダの背中に一撃……と思ったら、エドワルダの身体を盾にしていたイルザがスルッと姿を現し、メイスを振るのではなく突き出してきた。

 これに対してもエルフィは冷静に対処した。

 エルフィは軽く跳躍すると、イルザのメイスの持ち手付近を上方から叩く。これでイルザは態勢を崩して転んでしまった。


 そう言えば、姉ちゃんは『風砲移速』を使わなくても速いんだった。多分、身体強化と肉体強化の両方を使ってるはずだから、それならあの動きも納得できる。


 それより、『あたしは本来戦闘職ではないですからねぇ』なんて言っていたイルザが、組んだことのないエドワルダを盾にしてその影から攻撃に移ったのには驚いた。

 成長期を迎えて身長の伸びたイルザは、現状エドワルダの影に隠れられる程小さくはない。だが、上手く存在感を消して、良いタイミングで奇襲をかけていた。


 それでも姉ちゃんの方が上手なんだよな。でも、あの動きはなかなか目を見張るものがあったな。


「――――!」

「ちょっ……」


 着地したエルフィに対し、しれっとエドワルダが低い軌道で大剣を薙いでいた。

 これには流石に対応できないだろうとエドワルダは思ったかもしれない。だが、エルフィは膝を畳んで着地した状態からまたもや跳躍した。

 大剣を大振りしていたエドワルダは剣を振るのを止められず、エルフィの姿を半眼で見え辛そうな視線だけで追っている。そして、エドワルダの背後に着地したエルフィは、『チョン』とエドワルダの背中を小突いた。


 小突かれただけのエドワルダは打撃ダメージはないはずだが、大地に両手両膝を付いてガックリと項垂れてしまった。


「二人ともなかなかやりますわね」

「エルフィ様にそう仰っていただけて光栄ですぅ」

「聖女様の妹様も凄い。妖精のようだった」


 社交辞令なのだろうか、エルフィが二人を讃えていた。上から目線なのはこの際置いておこう。


 アンゲラとエルフィの両名に憧れているイルザは、エルフィの言葉を純粋に喜んでいるようだ。いつにも増して笑顔が眩しく見える。


 滴る汗に弾ける笑顔! 肩で荒く息をする度に揺れる二つの果実! 素晴らしい、実に素晴らしいです!!


 そして、項垂れたままのエドワルダは顔だけ上げて返答していた。そんなエドワルダは、エルフィを『妖精のようだ』などと言っていた。


「エドワルダは見処がありますわね」


 エルフィはニヤけたいのを我慢しているのだろう。小鼻の辺りがヒクヒクしているが、冷静を装って言葉を発していた。


「聖……金の聖女様は天使と呼ばれてる。銀の聖女様は妖精」


 項垂れた姿勢から足を横に流す”女の子座り”になったエドワルダは、王都でアンゲラが天使と呼ばれていることを伝え、メルケルでは金髪のアンゲラと銀髪のエルフィをそれぞれ『金の聖女』と『銀の聖女』と呼ばれていることに擬え、エルフィを銀の聖女と呼び、そのエルフィは妖精だと改めて宣言していた。

 そして俺は、あだ名と言うか二つ名はこうやって生まれるんだな、などと変に納得していた。


 そう言えば、俺のイメージする妖精ってペッタンコなんだよな。姉ちゃんにお似合いだな。


「でも二人とも残念ですわね」

「何がですかぁ?」


 上機嫌だったエルフィが、僅かに表情を曇らせ「残念」とか言い出した。


「お胸にその様な重りを抱えていては動きが鈍ってしまいますわ」


 おいおい、残念なのはアンタのその発言と胸だよ! ってか、まだそこにこだわっていたのかよ!?


 俺は声を出して言いたかったが、そんなことを口にしたらどうなるか知っているので、グッと言葉を飲み込んだ。


 ひょっとすると、エルフィは『妖精』がペッタンコの揶揄と受け取り、皮肉を言われていると思ったのか? いや、それはないか。


「そうなのですよぉ~。本当に重くて邪魔なのですぅ~」


 本心でそう思っていそうなイルザが、下乳に手を当て重りをタプタプさせながら悪気もなくそう言うと、エルフィのコメカミがピクリとした。


「うん。邪魔」


 柔らかそうなマシュマロに手を当て無表情でむにゅむにゅしながら、エドワルダもそのマシュマロが「邪魔」だと簡単に言う。

 更にコメカミをピクつかせたエルフィは、凍てつくような視線をなぜか俺にぶつけてきた。


 俺は何も言ってないんだよなー。


 どうしたら良いのかわからない俺は視線を彷徨さまよわせる。すると、ミリィが自分の胸に手を当てている姿が見えた。しかし、ミリィは最近になって膨らみかけてきており、既にエルフィよりもある。

 だがしかし、ミリィの隣に救世主がいた。真っ平らな胸を両手でスカスカさせているマーヤだ!


「マーヤは速そうな体型だよな」


 俺が咄嗟に出せた言葉がこれだったのだが、もう何を言っているのか自分でもわからない。


 無表情で覇気のない瞳でマーヤが俺を見てきたのだが、彼女の回りから悲しみに憎しみが混じっているオーラのような何かが見えた気がした。


「ブリッツェン、女の子に『速そうな体型』などと言うのは失礼ですわよ」


 いけしゃあしゃあと、エルフィが俺に説教をかましてきた。


 何とも居た堪れない気持ちになった俺は、ヨルクに助けを求めるべく縋るような視線を向けたのだが、あの野郎はそっぽを向いて我関せずといったスタンスを見せつけてきやがった。


「さて、俺達は明日から伏魔殿での合宿だから、装備品の再確認をしないといけないね。シュヴァーンの皆もこれからは暫く四人での行動になるのだから、そっちも備品の点検とかしっかりやっておきなよ」


 もはや話しの流れやこの場の空気を一切鑑みず、俺は投げ槍気味にこの場を閉めることにした。


 ってか、俺達は冒険者なんだから、胸の大きさとかどーでもいーんだよ! いや、確かに『おっぱい』は好きだけど……。それでも今は、冒険者として成長することが大事なんだよ!


 心の中で愚痴を叫んだ俺は、理不尽な状況に悲しくなるのを必死に堪えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る