第十九話 模擬戦と稽古

 俺の奢りで行われた食事会が終わってもすぐには食堂を出ず、皆はまだ会話を続けるようだ。


「エドワルダさんはリーダーに憧れて冒険者になったのー?」

「なりたいからなった」

「でもー、正式な冒険者になってもまだ伏魔殿に入ってないんだよねー?」

「最初はブリっちと行きたい」

「そのためにわざわざメルケルムルデまできたのー?」

「ん、そう」


 楽しそうに問いかけるミリィに、淡々と答えるエドワルダ。

 そんな二人をにこやかに見つめるイルザは、娘を見守るお母さんのような優しい眼差しである。

 半眼でボーっとしているマーヤは何を考えているのかわからない。

 ヨルクに至っては、船を漕いではカクっとなり、「ハッ」としてまた船を漕ぐを繰り返しているが放っておく。

 俺も会話には参加せずに傍観者を気取っている。


「エドワルダさんってー、リーダーが好きでここまできたのー?」

「ん?」


 ミリィが唐突に間抜けな質問をするではないか。


「うん、好き」


 エドワルダはエドワルダで、ちょっと考えたのだろうか、一拍置いてしれっと答えていた。


「ひゅーひゅー。エドワルダさんやるー」

「何が?」


 ミリィのヤツ、子どもみたいなことを……って、子どもか。

 そんなことより、これはエドワルダが俺を好きってことだよな?

 ヤバいよ、異性に好きとか言われたのって前世を含めた四十年の人生で初めてだよ。いや~参ったな~、これはもう結婚するしかないんじゃないかな~。でもまだ未成年だから~、結婚を前提にしたお付き合いからかな~。いや~、参った参った。


「ミリィ、エドワルダさんは異性とかではなくぅ、単純に人としてリーダーが好きなのだと思うわよぉ~。そぉ~ですよねぇエドワルダさぁ~ん」

「ん? うーん? そうかも」

「えー、何かつまーんなーい」


 盛り上がるミリィを宥めるように会話に参加したイルザが、エドワルダの心を見透かしたようにフォローをした。すると、エドワルダはそうかも、的な感じで返事をしていた。ミリィはそれを聞いてつまらなそうにしている。


 その後もイルザがエドワルダに質問を重ねると、どうやらエドワルダの言う好きは、嫌いではないことに対しての好きであって、恋愛感情云々ではないとわかった。


 あぅ、俺のこの盛り上がった気持ちは……。


 勝手に一人で盛り上がっていた俺は、何だか凄く虚しくなった。

 恋愛経験の無い男なんて、実際こんなもんですよ。


 いいんだ。俺はこれから冒険者として頑張っていかなきゃならないんだ。何れ結婚をしたいといっても、今は恋愛なんてしてる場合じゃない。今は魔法を覚えたり強くなることが一番。

 そうだ、俺は強くなるのを目指しているんだ。女に現を抜かしている場合じゃないんだ!


 俺はそう自分に言い聞かせ、心の中でそっと涙を拭ったのであった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「二人とも準備はいいっすか?」

「俺は大丈夫」

「ん」

「では、はじめるっす」


 ヨルクの合図によって、俺とエドワルダも模擬戦を開始した。


 食堂での無駄話により、俺の心は深い傷を負っていたため、できればエドワルダとの模擬戦は無かったことにしたかったのだが、「早くしよ?」とエドワルダに言われ、皆にも二人の戦いが見たいなど言われてしまえば、やる以外の選択肢はないのである。


 そして、模擬戦の開始が告げられると、エドワルダは「いく」と一言だけ口にし、ヨルク戦とは打って変わっていきなり詰め寄ってきた。


 確かにエドワルダは速いんだけど、俺はエドワルダ以上の速さで動ける人をいつも見てるんだよな。


 そう、風の魔法を操る姉エルフィ。彼女の目にも止まらぬスピードを、俺は毎日目にしているのだ。

 確かにエドワルダも常人に比べると速いのだが、エルフィと比べると明らかに見劣りしてしまう。


 俺に向かってくるエドワルダは、上半身の動きでフェイントをかけているのだが、俺にはそれが丸わかりの見え見えだった。


「それ」


 エドワルダが向かおうとしている進路に、俺は槍を差し出した。


「え?」


 俺の差し出した槍に足を取られたエドワルダは、態勢を崩すも何とか堪えて転ぶことはなかったが、すっかり俺に背中を晒していた。


「ほい」


 俺に対して無警戒に背を晒すエドワルダに、槍の石突で軽く背中を小突いた。


「――しゅ、終了っす」


 ポカーンと口を開けて呆けているヨルクに俺が視線を向けると、慌てたヨルクが模擬戦の終了を宣告した。


「あっという間でしたねぇ」

「リーダーはっやーい」

「凄い」


 ヨルクの声を聞いた外野の三名は、口々に感想を述べていた。

 イルザとミリィからは、男ならあまり言われたくない感想を、マーヤからは嬉しい感想を頂いた。


「ブリっち、強くなり過ぎ」

「エドワルダも頑張って強くなったみたいだからね。手抜きをするのは失礼だと思って、俺も本気でやったよ」


 肉体強化だけしか使ってないので実は本気でないのだが、ダラダラ打ち合ってエドワルダを満足させてあげるのではなく、生意気な言い方になるが『格の違い』を教えておこうと思った。

 きっとエドワルダは、それでも俺に再戦を申し込んでくるであろう。そうなれば、俺は稽古を付けてあげる形でエドワルダと対峙することになる。

 自分で言うのも何だが、現状同年代で俺とまともに模擬戦を行える者は皆無に等しいだろう。そうなると、模擬戦を行うより稽古を付けてあげる方が相手には有意義だと思っている。


「ブリっち、もう一回」

「少し手を抜こうか?」


 高飛車な言い方だが、エドワルダにこう言ってやると、彼女は自分の実力が足りていない事実を受け入れつつも、悔しさをバネにしてしっかり挑んでくるので有効的なのだ。


「――お願い」


 俺にはわかる。表情が変わらなくとも、エドワルダのやる気が倍増しているのを。


 それからは宣言どおり少し手を抜き、エドワルダの攻撃を受け止めたり流したりしつつ、適度に反撃をしてみてはエドワルダの動きを観察して、時には動きながらもアドバイスを送った。


 大剣のエドワルダと違いナイフを使うマーヤだが、エドワルダのようにスピードを活かす戦い方をするので、俺がエドワルダに与える助言を自分に当て嵌めて聞いていたらしく、視界の隅でイメージトレーニングをしているのが見える。

 槍使いのミリィは、俺の動きを見てはトレースするように自分も槍を動かし、またじっくりと俺の動きを見る、を繰り返していた。

 ヨルクは盾使いではあるが、攻撃を受けたり受け流す俺の動きを盾に当て嵌め、自分のものにしようとしている。

 メイスを使うイルザは、武器の種類こそ違うが、斬るより叩くことを主とした使われ方をする大剣を振るエドワルダから、何かを盗み出そうとしているようだ。


 皆が思い思いに勝手に動いているが、『俺とエドワルダが遣り合っているんだから見てろ!』など言う方針ではなく、参考になるものを見たらいち早く身体に覚えさせるように言ってあるので、現状の光景はむしろ望ましい。


 程なくして、エドワルダがかなり疲れているのが見て取れたので、模擬戦と言う名の稽古を終了した。

 しかし、シュヴァーンの四人はまだ動き足りないようで、俺に稽古を付けてくれと言い寄ってくる。仕方がないので四人をパーティとして組ませ、四対一で相手をしてあげることにした。



「よ~し、今日はここまでー」


 四人を相手に一通りやり終えると、俺は終了を宣言した。

 すると、そんなタイミングで成人の儀を手伝っていたエルフィが帰宅した。


「楽しそうな声が聞こえたからわたくしも参加しようと武装して来たのですけれど、もう終りかしら?」


 何という間の悪さ。

 わざわざ通常の神官服から冒険者用の魔改造神官服に着替えてきたエルフィが、表面上は笑顔を維持しつつ、『ちょっと、あたしにも模擬戦やらせなさいよ』オーラを全身から漲らせていた。


「あーしは疲れちゃったよー」

「マーヤも」

「自分もちょっとキツいっす」

「エルフィ様とお手合わせできるのですかぁ~? 是非お願いしたいですぅ。その前にぃ、お手数ですが『聖なる癒やし』をお願いしてもよろしいでしょうかぁ?」

「了解ですわ」


 率先して手合わせを行う子ではないイルザは、王都の神殿本部に行ってしまったアンゲラと同様にエルフィも崇拝対象であるため、珍しく自分から手合せを志願していた。

 エルフィも嬉しそうに『聖なる癒やし』を施していた。


「ボクも、癒やして欲しい」

「良いですわよ」


 なぜか……というのはすっとぼけ過ぎだろう。当然のようにエドワルダも参戦する気だ。

 ちなみに、『聖なる癒やし』に疲労回復の効果はないが、激しい運動で熱を持った筋肉から熱を取り除いたりしてくれるので、今の二人に施すのは無意味ではない。


 イルザとエドワルダの二人に『聖なる癒やし』を施したエルフィは、「二人一緒に掛かってらっしゃいな」などと言ってやがる。

 俺はエルフィに近付き耳打ちをする。


「自己強化魔法は使っても良いけど、『風砲移速』とかの魔法は使うなよ」


 この『風砲移速』と言うのは、エルフィが速度上昇のために使っているオリジナル魔法だ。

 今では足の裏にも風を当てて短時間だが宙に浮いていることもできる。ただ、まだ飛んでいるのではなく軽く浮いている程度であるが。


「それくらいわかってるわよ。――それにあんた、たまにあたしを頭の悪い子みたいに扱うわよね」

「き、気の所為じゃないかな……」


 エルフィの鋭い視線に軽くビビってしまったが、実際にエルフィはアホの子なので仕方ない。まぁ、たまに姉らしいときもあるのだが、比率で言うとアホの子率が断然上回っている。


「さて始めましょうか」


 レイピアを片手に佇むエルフィの姿は、凛々しく、そして神々しく見えた。


 あぁ、こうして見ると、姉ちゃんも美しい聖女に思えてくるよな。

 何ていうのかな、普段のポンコツでアホな子の部分を知ってるからこそ、その姿に比べて今のキリッとした感じとの異差を感じる。『ギャップ萌え』って言うの? 正しい使い方を知らなけど、俺の中ではそんな感じなんだよね。


「いける」

「あたしもいつでも大丈夫ですよう」


 俺がどうでも良いことを考えていると、エドワルダとイルザは準備が整ったことを告げた。


「じゃあ、姉ちゃん対エドワルダとイルザのコンビで模擬戦を開始するよ。わかっていると思うけど、模擬戦だからあまり無理をしないようにね」

「わかっているわ」

「大丈夫、任せて」

「エルフィ様の胸をお借りしますぅ~」


 悪寒が走った。

 どうやらイルザの言葉にエルフィが反応したようで、なにやら禍々しい気を発しているのだ。


 イルザに悪気が無いのはわかってる、わかってるけど、バインバインの二人と対峙しているペッタン娘の心情を考えて欲しかった。……ってのは無理な話だよな。姉ちゃんが勝手に過剰反応してるだけだし。


「模擬戦なので怪我をさせないように立ち回るつもりですけれども、手違いがあることも考慮しておいてくださいまし」


 うわっ! 姉ちゃんオコじゃん。乾いた笑顔でコメカミをピクピクさせてるし、なにより目が笑ってねー。


「姉ちゃん、模擬戦だから」

「わかっていますよ」ニコッ。


 マジ、その笑顔チョー怖いから。


「ほらブリッツェン、始めますわよ」

「あっ、はい……」


 こうして、ペッタン娘対バインバイン組との模擬戦が始まろうとしていた。

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