第十八話 二人の成長

 俺との手合せの前に、シュヴァーンの誰かにエドワルダと戦って貰うわけだが。


「誰かエドワルダと手合わせをしたい人はいる?」

「あたしは本来戦闘職ではないですからねぇ、止めておきますぅ」

「あーしも今日はいーかなー」

「マーヤはナイフ、あんな剣と戦えない」


 俺が指名するのではなく、自主的に誰かが手を挙げないかな、と思って皆に聞いてみたのだが、イルザは自分が戦闘職ではないからと断り、自由奔放なミリィは今回は気乗りしないらしくやらないと言う。

 そして、マーヤは武器が違い過ぎるからと断ったわけだが……、ナイフでエドワルダの背負っている大剣と戦うのは嫌だろう。気持ちはわからなくもない。

 エドワルダは大人が使う幅広の剣の柄を加工してもらった剣を使うのだが、それを小柄なエドワルダが持つと大剣になってしまうのだ。


 でもなぁ、ナイフであの大剣を受けるとかだと話にならないけど、ナイフ使いとしてのスピードで、動きの遅い大剣使いと戦うのはありだ。でも、マーヤは無理をしたくなんだろうな。


 それはそうと、このままじゃ誰もエドワルダと手合わせをしてくれないから、ここは肩を落としているヨルクに頼むか。


「三人がああ言ってるから、ここはヨルクに頼むよ」

「――ん? なんすか?」

「ヨルクがエドワルダと手合わせをしてくれって頼んだのだが」

「自分は盾で受けるだけで攻撃はできないっすよ」

「シールドバッシュやチャージがあるだろ」

「四つ足の獣と戦うのとは訳が違うっす」


 素に戻ったヨルクはなぜか嫌々をする。


「ここ一年は伏魔殿に入れていないから忘れているのかもしれないけど、魔物は二足歩行の奴らも沢山いるんだぞ」

「そうだったっす。人間型の魔物と戦っていなかったから軽く忘れてたっす」

「ってことで、エドワルダと手合わせをして、大剣を体験してくれ」

「……了解っす」


 ヨルクは扱い易い……じゃなくて、素直でいいな。


「リーダーはたまにぃ、親父臭いことを言いますよねぇ~」


 くっ、俺の親父ギャグが滑ったのは軽く流してもらえると思ってたのに、イルザがガシガシと傷を抉りに来やがった。


「と、取り敢えずヨルクとエドワルダは戦闘の準備を整えてくれ」

「了解っす」

「ん」


 俺は、自分が滑った事実を無かったことにすべく、二人に準備をするよう指示を出した。


「リーダーは都合が悪くなるとぉ、聞こえないフリをしますよねぇ」

「わかるー」

「狡い」


 シュヴァーンの女性陣から辛辣な言葉が聞こえてくるが、それこそ聞こえないフリをするに限る。


 ちなみに、今現在ここにエルフィはいない。

 七月は丸々一ヶ月の休暇をもらったのだが、仮成人の儀と同日に行われる、むしろメインイベントである成人の儀が行なわれているので、その手伝いに絶賛駆り出され中だ。



「これは模擬戦だから、大怪我をするようなことのないように。イルザがいるから多少の怪我は治せるはずだけど、取り返しのつかない怪我は以ての外だよ」

「はいっす」

「ん」


 装備を整えたエドワルダとヨルクに、俺は軽い注意を伝えた。


「じゃあ模擬戦を開始するよ。二人とも準備はいいかい?」

「大丈夫っす」

「ん」


 やや肩に力の入ったヨルクと無表情ながらやる気をみなぎらせてる風のエドワルダ、二人ともいつでも大丈夫なようだ。


「それでは、エドワルダとヨルクの模擬戦を開始します。――はじめ」


 俺の合図により模擬戦は開始したのだが、二人はなかなか動こうとしない。


 攻撃を受け止める盾職のヨルクが動かないのはまだわかるけど、エドワルダはなんで動かないんだろう?


 俺の知っているエドワルダは身体を動かすのが大好きで、狩りに出ても俺が静止しなければすぐにでも飛び出していってしまうような好戦的な性格だ。


 ちょっとじれったいな。相撲の行司よろしく『ハッキョイ、残った』みたいなことでも言って動きを促すべきか、と思ったのだが、ヨルクがゆっくりと足を進めた。

 それに気付いた俺は、視界の端にあったエドワルダの姿に意識を向けた。


「速いっ!」


 誰にも聞こえない程度ではあるが、声を漏らしてしまった俺は突如として飛び出したエドワルダの速さに目をみはった。


「こいっす!」


 エドワルダの動きに反応して、ヨルクは気合の声を叫び盾を構えた。


 ヨルクの使うタワーシールドは円柱をぶった切ったような曲面を持つ背の高い盾であるため、側面からの攻撃もある程度防げる。それこそ一対一の戦闘では、自分の右側から攻撃がくるとわかれば、盾をほんの少し右側に取り回わすだけで簡単に防ぐことができるだろう。

 ただし、視認性が悪いと言う欠点もあり、一度盾の中に自身の身を収めてしまうと、咄嗟の動きに対応できないのだ。


 今のヨルクは、盾の上方から顔の一部を出し、真っ直ぐ向かってくるエドワルダがどう動くのか目を見開いて観察している。


 ヨルクはエドワルダが左右のどちら進路を変えるのかを確認し、即座にその方向をカバーしようとしているんだろうな。

 対してエドワルダは、進路を変更した後にそのままヨルクの背後にでも周るのかな?


 審判である俺は、観客気分で呑気に予測などしていた。


 なかなか進路を変えないエドワルダは、ヨルクの目の前まで迫ると体勢を低くした。

 エドワルダが進路を変えると読んでいたであろうヨルクは、アテが外れたようで焦りの表情を浮かべている。


「チッ!」


 舌打ちしたヨルクはエドワルダの突進をそのまま受ける選択をしたようで、下げた頭を盾に隠すと、そのまま踏ん張る体勢になった。

 ヨルクのその動きを察知したエドワルダは、低い体勢のままここで右に跳躍して進路を変更する。

 しかし、ここでヨルクが驚きの動きを見せた。攻撃に備えてヨルクが踏ん張ったという俺の読みは全くのハズレで、なんとヨルクはシールドチャージを選択していたのだ。


「フンッ!」


 気合とともに盾ごと突進したヨルクのシールドチャージは一歩遅く、エドワルダを弾くことは叶わなかった。だが、ヨルクはエドワルダが自分の左側を通過したことに気付いたようで、咄嗟に身体の向きを整え、エドワルダと正対するように対峙した。

 エドワルダはやはりヨルクの背後を取る予定だったようで、既にヨルクと相対する位置に立っていた。


 エドワルダの速さには驚いたけど、それに反応したヨルクもなかなかどうして、大したものだな。


「二人とも凄いですぅ~」

「ヨルクがカッコよく見えるよ―」

「凄い」


 外野の三人が、一瞬の攻防……といってもすれ違っただけが、そのすれ違いが高度な駆け引きの結果だとわかっているのだろう、興奮気味に歓声を上げた。

 正直、俺としてはもっと泥臭い戦いになると思っていたので、二人が想定外の動きの良さを見せてくれたのは嬉しい誤算だった。


 ここからはエドワルダが戦い方を変えた。

 敢えてヨルクが反応できる距離で進行方向を変え、ヨルクが身体を動かすとエドワルダは急転換。更に方向を変えるのかと思いきや、そのままの進路を維持する……と思わせてバックステップ。この様な比較的わかり易い動きを繰り返した。


 この動きではエドワルダの体力の消耗が激しいだろうから、どこかで攻撃に移れなければジリ貧だ。しかし、気を抜くことが許されないヨルクの集中力もじわじわ削られている。

 そして、体力対集中力の戦いになったこの模擬戦は、残念ながらヨルクの集中力の方が先に途切れてしまった。


 直前まで大雑把な動きを見せていたエドワルダが、一転して細かいフェイントでヨルクを翻弄すると、遂にヨルクはエドワルダを見失ってしまったのだ。

 そのエドワルダは今まで見せていなかった跳躍、即ち横の動きに縦の動きを加えていた。


 ヨルクの直前で左に行く……と見せかけて更に右に行く、とエドワルダが思わせたところで、ヨルクはそのフェイントに半ば引っかかってしまった。その隙にエドワルダは左に向かったのだが、ヨルクはギリギリ反応ができてもそこまでで、跳躍を使ったエドワルダの姿を完全に見失ってしまったのである。

 既にエドワルダを見失っていたヨルクは、宙を舞うエドワルダに簡単に背後を奪われてしまい、大剣の腹でコツリと頭を叩かれて終了だ。


「勝者、エドワルダ」


 表情の無い顔に流れた汗を拭うエドワルダは何処か誇らし気で、敗れたヨルクは残念であるのだろうが、やりきった満足感が表情に滲み出ていた。

 俺としても、二人の成長を間近で確認できたことを嬉しく思う。


「俺はヨルクを見縊みくびっていたよ。すまん」

「ハァハァ……、どーしたんすか?」

「まさかヨルクがあそこまで動けるとは思っていなくてね」

「いやー、自分なんてまだまだっすよ」


 謙遜するヨルクだが、俺は素直に評価レベルを一段上げた。とはいえ、まだまだ上を目指せるのも確かなので、本人が現状に満足していないのは良いことだと思う。


「エドワルダはかなり変わったね。以前は猪突猛進の力押しだったのに、戦い方がガラッと変わっててビックリしたよ」

「ボクの力は魔物に比べれば大したことない。それより、速さで翻弄しろと冒険者学校で教わった」

「それでも武器は大剣なんだね。軽い武器を使えばもっと速く動けるんじゃないの?」

「他の武器はしっくりこない」


 軽くても馴染まない武器より、しっくりくる重い武器を使う方がいい……のかな?


 エルフィはスピードを活かす戦い方に合わせるように、斬ることもできるが突くことに特化したレイピアをメイン武器にした。それにより、一層速さに特化した戦い方が可能になり、戦術の幅も広がっていたのだ。


 エドワルダの膂力も捨て難いけど、今のスピード重視な戦闘をするなら武器は変えた方がいいと思うのだが……。まぁ、合宿中にでも様子を見ながらアドバイスすればいいかな。


 エドワルダを見つめたまま考え事をしていた俺が思考を切り替えると、眼の前に居る無表情娘の頬がほんのり色付いて見えた。


「エドワルダ、ちょっと顔が赤くない?」

「――! う、運動した後だから」

「そっか」


 そうだな、エドワルダは表情を変えないだけではなく、顔色もそうそう変わらない子だとはいえ、あれだけ動けば身体が熱を持つよな。汗も結構かいてたし。

 それとあれだな、滅多に見れない頬を染めたエドワルダを見れたのはちょっと嬉しい。それに――。


「ブリっち、何でニヤニヤしてる?」


 抑揚のない言葉でエドワルダが問うてきた。


「いや、エドワルダもヨルクも強くなったなーって考えてたら嬉しくなっちゃって」


 実は、ロリ巨乳であるエドワルダが肩で息をしているので、その呼吸と共に自然と揺れる二つの果実を見ていたら俺はニヤけてしまったようだ。それを口にするわけにはいかない俺は、咄嗟にそれっぽい理由で誤魔化してみた。


「ブリっち、早くボクとしよう」


 頬を赤らめ潤んだ瞳――俺にはそう見えているが実際はいつもどおり無気力な瞳の美少女が、肩で息をしながら小さく「ハァハァ」言っているのだ。そんな可愛いロリ巨乳にそのようなことを言われたら、経験の無いオッサンは『シャワー浴びてこいよ』って余裕ぶって言えば良いのかな、などと乏しい知識を総動員して正しい対応の模索をしてしまった。


「あ~、エドワルダはかなり疲れてるようだし、休憩がてら軽く食事でもしようか?」

「ボクはすぐやれるよ」


 あぅ、なぜそこで胸を張る。意識をそらそうと一生懸命なのに、俺の意識がまたもやたわわに実った果実に釘付けになってしまうではないか。


「お食事ですかぁ~。いいですねぇ~」


 そんな俺の窮地を救うべく、おっとり美少女のイルザがニコニコと近付いてきた。


「ヨルクはご覧の通りグッタリしていますしぃ、エドワルダさんも少々お疲れのようですからぁ、休憩は必要かと思いますよう」


 イルザはそう言うと詠唱を始め、ヨルクに『聖なる癒やし』を施した。エドワルダにも「如何ですかぁ?」と問うたが、首を横に振ってエドワルダはお断りしていた。


 小柄なロリ巨乳のエドワルダと、成長期で身長が伸びてきた元ロリ巨乳のイルザ。

 表情が無くていつも同じ顔のエドワルダと、常に笑顔で、ある意味笑顔以外の表情が無いイルザ。

 でも、どちらも立派な胸部装甲を持っていて甲乙付け難い。


 いや、別に甲乙を付ける必要はないんだけどね。でもさ、たわわに実った二つ……いや、四つの果実を近くで目にしてしまうと、意識がそっちに引っ張られるのは男として仕方のないことだよね?


 でも何だ、日本人時代の俺はここまで女性に目を向けることはなかったというか、異性も含めて他人に興味なんてなかったんだよね。それがこんなに『おっぱい』に反応してしまうのは、『おっぱい』に縁のなかった生活から一転して『おっぱい』を身近に感じられる生活になったからではないだろうか?!

 それを科学的に分析すると、俺は他人に興味がなかったのではなく、単に縁がなかった事実から目を背けていただけだと思われる。即ち、俺の本心は他人との関わりを求めていた。そして、本当は『おっぱい』が好きなのだ。――いや、科学的な分析なんて一切してないけど。

 どうでもいいが結論だけ言うと、俺は『おっぱい』が好きだ。


「リーダー、何か気持ち悪い顔してるよー」

「でも誇らしそう」


 俺が本当にどうでも良いことを考えていたら、どうやら気持ち悪い笑みを浮かべていたようだ。

 顔を顰めたミリィと、いつもの無表情ながら雰囲気で、『リーダー気持ち悪い』を表しているマーヤのお陰で俺は正気に戻った。


「と、取り敢えず飯にしようか。今日は俺が奢るよ」


 ちょっと自分について考察しただけで何もやましいことなどないのに、俺は皆に食事を奢ると口にしていた。


 平時も俺が食事を奢ることはあるのだが、シュヴァーンの四人は住む場所を提供して貰っているのに、食事まで施されるのはプライドが許さないようで、食事を奢るといわれてもあまり喜ばないのだ。

 しかし、なぜか今日は素直に喜んで貰えた。


「リーダーたちはこれから合宿でしょー? 暫く会えなくなるからねー」

「そうなるとぉ、一緒に食事をすることも難しいでしょうからぁ、今日はご一緒しますよぉ」

「肉」

「自分も肉を食べて体力を付けるっす」


 暫く会えなくなるのを考慮して、素直に奢られることにしたようだ。


 ヨルクはともかく、マーヤはブレないなー。


 そんなことを思いながら、馴染みの食堂へ向かったのであった。

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