第十七話 雰囲気が双子

 今、俺の目の前には、やる気を感じさせないジトっとした半眼で小柄ながらも可愛らしい少女がいる。


「何でメルケルムルデにいるの?」

「ブリっちが十二歳になる、それに合わせて来た」


 俺の質問に、スカイグリーンの少し長めなボブヘアーといった感じで、サイドの編み込みが可愛らしい少女が、眠たそうなローズグレーの瞳を輝かせ……てはいないが、『多分ドヤ顔なんだろうな』と思わせる雰囲気を纏いながら、腰に手を当て胸を張って答えた。


「俺が十二歳になるのに合わせて?」

「ブリっちも正式な冒険者に、なる」


 とても冒険者とは思えない小柄な幼女……ではなく、少女が、なおも胸を張ったまま答える。


「ん? ブリっち『も』?」

「ボクも冒険者になった」


 王都で王立上流学院に通っているはずのそのロリ巨乳……もとい、少女は、自分も冒険者になったと言うではないか。


「王立上流学院の生徒であるエドワルダがどうして冒険者になれたの?」

「去年の夏休み、冒険者学校を卒業した」


 フェリクス商会の会頭クラーマーの長女であるエドワルダが、何と冒険者になってわざわざ王都からこのメルケルムルデに来たと言う。


「もしかして、学院を辞めちゃったのか?」

「今は夏休み」


 俺と過ごしていた期間は自重していたが、本来は猪突猛少女であるエドワルダだけに、もしかしたら上流学院を辞めてしまったのか、と少々心配になってしまったが、単に夏休みであったと聞いて胸を撫で下ろした。

 それでも聞きたいことは山程あったが、王都からの長旅で疲れているエドワルダをいつまでも玄関で立たせたまま長話するわけにもいかない。俺はひとまずエドワルダをリビングに案内してお茶を淹れ、それから詳しい話を聞くことにした。


 エドワルダ曰く――


 冒険者学校に行くのを両親に反対されたがどうしても諦めきれず、去年の夏休みを利用して冒険者学校に入学し、夏休み期間の三ヶ月で一気に卒業したのだと言う。

 冒険者学校では苦手な魔術の勉強もして、身体強化の魔術だけはなんとか覚えて戦闘力も上がり、自主的に森に入って狩りを行って鍛錬もしていた。

 今年の春に十二歳になったので既に正式な冒険者になっているのだが、初めての伏魔殿は俺と一緒に行きたいと思い、学院の夏休みを利用してメルケルムルデに来た、とのことだった。


「エドワルダは冒険者を諦めたと思ってたけど、凄い行動力だよね」

「ん? 冒険者になるって決めてた」

「でも、エドワルダは素直に上流学院に入学したから、俺はてっきり諦めたのかと思ってたよ」

「入らないと煩い。どうせ夏休みでなれるとわかってた」


 話を要約し過ぎるというか、言葉足らずなエドワルダが言いたいのは、上流学院に入学しないと両親が煩いから取り敢えず入学し、最短三ヶ月で卒業できる冒険者学校を夏休みの三ヶ月で卒業する自信があったと。

 そしてそれを実現してしまったのだ。


「そうだ、お勧めの宿教えて」

「宿ならうちに泊まればいいよ」

「いいの?」

「俺だって王都では散々お世話になったんだ、当然のことだろう」

「ありがと」


 その後も何やかんやと話しをし、夕飯の支度ができたとエルフィが呼びに来たので、エドワルダを食堂に案内して家族に紹介するとともに、暫くエドワルダに客間を貸すことの了承を得た。


 エドワルダを交えた食事では、王都にいるアンゲラの近況などを聞いたりしたのだが、母はアンゲラが元気でやっていることを聞いて涙ぐんでいた。

 そして、エドワルダが俺と同じ年で冒険者であることを伝えると、家族は皆一様に驚いていた。それもそうだろう、同年代で一番身長の低い俺よりエドワルダは更に小さな少女なのだから。


「エドワルダちゃんは本当に十二歳なの?」

「んと……、これ」


 エドワルダはカバンを弄ると一枚のカードを出してみせた。

 このカードは冒険者であると証明する物で、十二歳以上の正式な冒険者の持つ物であるため、このカードを見せることでエドワルダは自分が十二歳であると言いたいのだろう。


「本当に冒険者ですわよお母様」

「あら、エドワルダちゃんは凄いのね」


 差し出された冒険者カードを手に取り目を通したエルフィは、エドワルダが本当に正式な冒険者であることを確認すると、一瞬だけ表情が驚きを表したがすぐに冷静になり、外行きの言葉で母に話し掛けていた。

 母は母で、「お嬢ちゃん偉いわね」とでも言い出しそうな笑顔でエドワルダを褒めていた。とにかく小さいエドワルダに対して、母は本当に幼い子をあやすような気分なのだろう。


 まぁ、俺はこの一年で、小さいながらもそれなりに成長している。元から少しだけエドワルダより大きかったのがその差を僅かだが広げたし、俺の方がお兄さんに見えるのだろうね。むっふふぅ~。


 さて、このエドワルダという少女は、いつも半眼で無表情なのだが普通に美少女で、低身長なのが庇護欲をそそってくる。しかし、実はかなりの膂力を持つパワフル少女で、ただの幼女……もとい、少女だと思ってちょっかいなど出そうものなら、簡単に返り討ちにあってしまうだろう。


「明日は仮成人の儀の後にギルドで証明書の更新を行うだけで探索には出ない予定だけど、エドワルダはどうする」

「それが終わったら模擬戦」

「俺の用事が済んだら模擬戦しようってこと?」

「そう」


 無表情なエドワルダだが、俺は彼女から発する気配的な何から、薄っすらではあるが感情を読み取れるようになっている。そんな俺は、エドワルダから気合を入れたような気配を感じ取った。


 いきなりとどめを刺すようなことをしちゃったら可愛そうだし、かといって手抜きをした場合、思いのほかエドワルダが成長していれば、痛い目に合うのは俺の方になるし……。

 ここはあれだな、リーダー特権を発動させてしまおう。


「ああ、それなら俺の所属してる冒険者パーティのメンバーを紹介するよ。メンバーは十一歳の四人組でまだ伏魔殿には入れないんだけど、それでも結構強いと思うから皆と手合わせするのもいいかもね」

「ブリっちとやりたい」


 おぅ、女の子からそんな意味深な言葉を聞くと、おじさんちょっと勘違いしてドキッとしちゃうよ。


「うん、俺も手合わせには参加するから、まずは皆とやってみてよ」

「……分かった」


 エドワルダは数瞬の思案の後、しっかり了解してくれた。


 その後、帰宅した父などにエドワルダを紹介し、皆と一緒にワイワイ賑やかな夕食を終えると、エドワルダを客間に案内した。


「こっちにいる間はこの部屋を自分の部屋だと思って自由に使っていいからね」

「ありがと」

「いいって。俺も王都にいる間はクラーマーさんにそうさせて貰ってたからね。その恩返しみたいなもんさ」

「それでも、ありがと」


 うん、エドワルダの身体がどれだけ成長したのよくかわからないけど、改めて見てもやっぱり可愛いよな。また王都のときみたいに纏わり付いてきて、俺の腕に柔らかマシュマロをむにゅ~って押し付けてきたりしないかなぁ~。


 久々の再会を果たしたエドワルダに対し、当然のように善からぬ妄想を働かせる俺なのであった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「これにて、仮成人の儀を終了致します」


 待ちに待った仮成人の儀は、なんいうこともなくサクッと終わった。

 成人の儀と同時に行われる仮成人の儀だが、現在はあまり必要とされていない儀式のため、残念ながら参加者は殆どいない。参加しているのは仮冒険者くらいのもので、神殿で行われる儀式で手渡される『仮成人の証』を受け取ることだけが目的である。

 この『仮成人の証』を持って冒険者ギルドに行き、手続きを済ませることで正式な冒険者となれるので、サクッと終わるのだから儀式に参加しない仮冒険者はいないだろう。


 俺は『仮成人の証』を手に急いでギルドへ向かい、列の最後尾に並ぶと今か今かとそわそわしてしまった。


 やっと自分の順番になり、手続きを済ませると新しいカードを貰う。年甲斐もなく大声を上げて喜びたくなるが、そこはグッと堪えて喜びを噛み締めた。


 いくら俺の見た目が子どもでも中身はオッサンだからな、これくらいではしゃぐわけにはいかないのだ。


 すっかり身体年齢に精神年齢が近付いてしまっている俺だが、ふとした瞬間に自分が大人である事実を思い出す。


「リーダーおめでとうっす」

「おめでとうございますぅ」

「リーダーおめでとー」

「おめでと」


 ギルドを出るとシュヴァーンの四人が待っていて、俺が正式な冒険者になったことを祝福してくれた。


「ありがとな、みんな」


 何とも面映ゆいので、俺は言葉少なに答えるに留めた。


 シュヴァーンの皆と合流した俺達は一度帰宅して着替えを済ませると、メンバーが待っているメルケル騎士爵邸の裏庭にエドワルダを連れ出した。


「皆に紹介するね、彼女はエドワルダ。俺が王都でお世話になっていたフェリクス商会の娘さんで、こう見えて俺と同じ年の正式な冒険者だよ」


 十二歳らしからぬ低身長の俺より更に小さいエドワルダを見たシュヴァーンの四名は、全員が俺とエドワルダより一歳下の十一歳で、一番身長の低いマーヤですら俺より少し身長が高い。何気にこの一年で俺は、マーヤに身長を追い越されていたのだった。

 そんなわけで、シュヴァーンの皆には、エドワルダはもっと子どもだと思われていたのだろう。

 俺と同じ年齢で、しかも正式な冒険者と聞いて、皆が一様に驚いた顔になっていた。……いや、マーヤだけは無表情なので変化は見えなかったが。


 そう言えば、半眼で無表情、言葉数が少なくて小柄って部分はエドワルダとマーヤは似てると思ってたけど、一緒にいると思ったとおりやっぱ雰囲気は似てるな。

 それに、二人とも魔法が使えるわけでもないのに、気配察知みたいなのができるし。眠そうな半眼って、意識を気配察知にでも飛ばしてるのか?


 俺はどうでもよいことを考えていた。


「よろしくっすエドワルダさん。自分はヨルクっす」

「あたしはイルザと申しますぅ。よろしくお願いいたしますねぇ~」

「あーしはミリィだよー。よろしくー」

「マーヤはマーヤ。よろしく」

「ボクはエドワルダ。よろしく」


 皆が自己紹介を終えた。


 やっぱ、エドワルダとマーヤは雰囲気が双子だな。でも……。


 全体的に似ているエドワルダとマーヤだが、一箇所だけ似ても似つかぬ大違いな部位があった。それは言わずと知れた胸部装甲の厚みである。――顔はどちらも可愛いが似ていない。

 個人的にはエドワルダの方が可愛いと思うが、それは今は置いておく。


 マーヤは無表情のままエドワルダを見つめつつ、両手を自分の胸に当てると表情を変えずとも、落胆したような気配を纏った。

 見つめられたエドワルダの方は、小首を傾げて『どうかしたの?』とでも言いた気な雰囲気を纏っていた。

 何とも面倒くさい二人である。


「リーダー、エドワルダさんはシュヴァーンに加入するんすか?」

「いや、エドワルダは王都の王立上流学院に通っているんだけど、今は夏休みで遊びに来ているだけなんだ。だから、俺と姉ちゃんで行う予定の伏魔殿での合宿に参加させるよ。それで、その前に俺と模擬戦をやりたいって言うから、俺とやる前に皆と手合わせをして貰おうと思って連れてきたんだよね」


 仲間が増えると思っていたのだろうか、ヨルクはにこやかに質問してきたが、俺の答えを聞いて肩を落としてしまった。


 ん? もしかしてヨルクはエドワルダに一目惚れして、そのエドワルダと一緒にパーティが組めると思ったのに、それを否定されガックリしている……とか考え過ぎだな。

 でも、あんな小さな子どもには不釣り合いなたわわに実った二つの果実だ、それに触れてみたいと思うのは男として仕方のないことだろう。ヨルクが果実の魅力に惑わされてしまった可能性も無きにしも非ず……って、俺は何を考えているんだ。


 これから模擬戦を始めるというのに、相変わらず緊張感のない俺であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る