第八話 ウキウキエルフィ

「あんた、昔トリとかを殺すのを嫌がっていたわよね。もしかして、魔物を殺すのも嫌だとか思っているの?」


 部屋に戻ると、エルフィは開口一番、俺の感情を察知した言葉をかけてきた。


「獣の魔獣であれば問題ないと思うけど、人間に似ているのなら嫌悪感はあるね」

「でも、それが冒険者の仕事よ。冒険者が魔物を狩らなければ魔物が溢れ出てくる。そして、人間を殺すのよ。あんたはそれでいいの?」

「だから嫌悪感があってもやるけど、これは感情の問題だからね。慣れるまでちょっと嫌な気分はあると思うよ」


 これもエルフィが俺を思ってのことだとわかっているので、俺は真摯に受け止め返答した。


「動物はあたし達人間の糧となってくれる。でも、魔物は百害あって一利なしなの。だから、あんたが心を痛める必要は無いんだからね」

「うん。ありがとう姉ちゃん」

「あたしはあんたの姉だから、あんたを導いてあげる役目があるのよ。べ、別に感謝される筋合いはないわ」


 その気持ちがありがたい。


 とはいえ、厳密には魔物は一利なしでは無い。この世界には魔道具と呼ばれる便利な道具があるが、それは魔物から得られる魔石を燃料としている。

 一般家庭でもそれなりに流通している室内照明は、電気を利用している地球の家電のような物で、それは魔石の魔力によって稼働している。他にも家電のような魔道具はあり、どれも魔石無しでは稼働しないのだ。

 そういったあれこれを考えると、無闇矢鱈に魔物を駆逐して、魔物がこの世界から絶滅してしまうと魔石を使った生活ができなくなってしまい、生活は一気に不便になるだろう。

 しかし、それは魔力を自分で作り出せない人々の話であって、俺達魔法使いは自分の魔力を流し込めば魔道具を使えるため、魔物から取れる魔石が無くなっても若干自分の魔力が奪われるだけで大きな問題ではない。


 魔石的な事情もあるから、伏魔殿を崩壊させてしまうボス討伐が禁止されている伏魔殿もあるわけだし、何だかんだ魔物と人間は切っても切れない縁があるのだろうな。

 まぁ、人間からすると魔物は単なるエネルギー資源なんだろうけど。


 ちなみに、伏魔殿には必ずボスと呼ばれる魔物が存在し、そのボスである魔物を討伐すると、大きな魔石を残して伏魔殿の魔素溜まりが解消され、その地は通常の土地となる。

 それは、魔素溜まりの淀んだ魔素から生まれる魔物が生まれる土壌が無くなることを意味するので、その地から魔物が生まれなくなるのだ。

 それでも、その後に開拓を行わなっかたりで人の手が入らない期間が長く続くと、魔素が溜まり易い土地であれば十年前後で再び伏魔殿となって魔物が生まれ出すようだ。

 人の手が入らないと何故魔素が溜まるのか? それは、人間が知らず知らずのうちに無意識に魔素を取り込んでいるので、人間が集まる土地の魔素が滞留することがなくなり、魔素溜まりができない。しかし、人間が入り込まない地は魔素が滞留するので魔素溜まりとなってしまうのだ。


 これは俺の推測になるのだが、人間が魔素を無意識に取り込み無意識に排出しているのは、人間の体内で魔素を洗浄しているのではないかと思っている。

 淀んだ魔素から魔物が魔力を持って生まれるのは、淀んだ魔素の方が魔力になり易く、人間はそれを取り込んだ結果、意図せず綺麗な魔素を排出している、と思っている。

 ただ、淀んだ魔素の淀みを人間も無意識に取り込んでいるなら、それは人体に悪影響がありそうだが、現状はそんなこともなさそうなので、『淀んだ魔素』が魔物を生んでいるのではなく、『魔力になり易い魔素』から魔物が生まれているとも考えられる。

 それを踏まえて考えると、『淀み』という認識がそもそも間違っている可能性もある。


 閑話休題。


「それはそうと、あんた明日は予定あるの?」

「冒険者ギルドで魔物の資料を読もうと思ってるけど」

「どうせ実習訓練で相手にする魔物の情報は既に持ってるでしょ? それなら、明日はあたしの訓練に付き合いなさい」

「今更二人で?」

「ちょっと試したい”物”があるのよ」

「う~ん、わかったよ」


 エルフィが何やら試したいとのことで、明日の休日はエルフィに付き合うこととなった。



「ん? 武具屋」

「今日は頼んでおいた”剣”が出来上がるの」


 エルフィと訓練のために出掛けたのだが、行き先は森ではなく武具屋だった。

 どうやらエルフィが剣を注文していたようだが、俺は思い当たる節があり、「もしかして?」とエルフィに聞いてみると、俺にはあまり笑顔を見せないエルフィが珍しく「へへー」と可愛らしく微笑んだところを見るに、どうやら正解のようだ。


 ってか、その笑顔でいつもいて欲しい。


 この世界の剣は斬るのはオマケで、叩く用途の武器だ。そのため、剣は幅広で重たい物ばかりが流通しており、エルフィもそのような剣を使ってる。

 そこで、斬ることもできるが刺突がメインの剣、所謂レイピアを作ってもらってはどうか、とエルフィに進言したことがあった。ただし、重たい大きな剣と正面切って打ち合うのは分が悪い。

 そこで二刀流だ。右手にレイピア、左手にマインゴーシュを提案しておいた。

 そのマインゴーシュだが、相手の攻撃を受けるのに都合がよい大型のガードが付いているので、これを左手に持って攻撃をいなし、右手のレイピアで相手を突く戦い方はどうだろうか、と思ったわけだ。

 仮に、エルフィのスピードで翻弄できる相手なら、マインゴーシュは腰から抜かずレイピアだけで戦うのも可能だろう。

 そう、エルフィのスピードを活かすには今の剣よりレイピアの方が断然合っているのだ。


「レイピアを注文したの?」

「あんたが教えてくれたのを職人に伝えたら、面白そうだからって気前よく引き受けてくれたわ。それがやっと完成したみたいなの」

「言ってくれれば協力したのに」

「何でもかんでもあんたの世話になるのは嫌だったのよ。だからこれはあたしが自分で注文したの。受け取ってくるからちょっと待ってなさい」

「俺も中に入って――」

「待ってなさい」

「わかったよ」


 注文する前に俺に一言くれるか、注文時に俺も一緒に連れてきてくれれば、細かく指示とかもできたのに……。まぁ、姉ちゃんが自分でなんとかしたかったみたいだし、これはこれでいいか。


「じゃーん! どうかしら?」

「どれどれ、――なかなかいいんじゃないかな?」


 若干幅が広いけど、折れにくくするにはこれくらいの幅がないと強度が保たないのだろう。でも、両刃ともしっかり刃がついているし、手の甲を覆うガードもしっかりしている。


「マインゴーシュも用意したわよ」

「結構しっかりしてるね。でも、これは攻撃を受け流すのが目的だから、無理に受け止めようとしないでね」

「分かってるわよ。――森に入って軽く練習しましょ」

「了解」


 初めて作った自分専用の剣を腰に佩き、何時になく満面の笑みで浮かれて歩くエルフィを見て、可愛らしさを大いに感じると共に、新品の武器を手にして喜ぶ少女というのは如何なものか、とも思った。


 現状は人を殺すために使わないだろうけど、人を殺せる道具を手にして少女が喜ぶ姿は、……あまり見たくないぁ……。


 この世界で生きるために必要なことだと理解しているし、何より勧めたのが俺自身なのだが、エルフィの無邪気な笑顔を見るとキュッと胸を締め付けられる感じがした。



 ――カキーン!


「ハッ!」

「あぶねっ」

「少し休憩しましょうか」


 レイピアを手にしてウキウキのエルフィと、人目に付き辛い森の中で訓練を開始したのだが、最初からエルフィの動きは良かった。


「今までの剣でも突きの練習はしていたけれど、重くてなかなか上手く扱えなかったのよね。でも、このレイピアは良いわ」

「うん、初めてとは思えない程使えてるね」

「でも、マインゴーシュで捌く方がまだ上手くできないわね」

「上手く受け流せなければ攻撃を躱しきれないし、かといって捌くことばかり意識してたら、せっかく相手の体勢を崩せても攻撃に移るのが遅れて体勢を立て直されちゃうからね。この辺は数を熟して慣れるしかないね」


 レイピアで攻撃する方では良い動きを見せるエルフィだが、攻撃を受け流すマインゴーシュの使い方はまだぎこちなかった。

 そもそもエルフィは、速さで以て躱すことをしてきていたので、剣と剣を合わせる経験があまりないのだ。


「当面は、攻撃を受けないような動きを鍛えて、レイピアの扱いを覚えようか」

「その方が良いみたいね」

「今までもそうしてきたし、体捌きで相手の攻撃を躱しつつ、自分の攻撃を確実に叩き込めるようにしよう」

「了解よ」


 明日からはいよいよ魔物と戦う。それも人型の魔物だ。

 人型の魔物であるゴブリンは、生意気にも棍棒やら先の尖った木を槍のように使って戦闘をするようだ。

 今まで武器を手にして戦う動物などはいなかったので、最弱の魔物とはいえゴブリンは侮れない。それ故に、エルフィには攻撃一辺倒では無く、攻撃を受け流すことも身に付けてもらおうと思ったのだが、急激に今までの戦闘スタイルを変えるのは難しいと悟った。


「マインゴーシュ無しで軽く組手をして、少し慣れたらクマでも狩ってみる?」

「魔法を使っていいの?」

「レイピアがクマに通じるかを確認したいから、魔法ありでいいと思うよ」

「良かったわ」


 そうと決まれば休憩を切り上げ組手を行う。


 程なくして感覚を掴んだエルフィとともに、実践を経験すべくクマを探しに動き出した。

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