第七話 新生シュヴァーン

 ヨルクがタワーシールドの訓練を受けてから約二週間が経った。

 十全に盾が扱えるようになったわけではないが、教官から「実戦で動きを身に付けろ」と言われたヨルクがシュヴァーンに復帰した。

 そして今日は、ヨルクがタワーシールドを持って初めての実習訓練だ。


「親から逸れたと思われる子供のイノシシが単独で発見された。行けるか?」

「はい、大丈夫です」


 斥候隊により、子イノシシが発見された。

 この世界のイノシシは平均五百キロと非常に大きく、子イノシシであっても十分に大きい。

 今回発見されたのは推定二百キロ程で、日本人的感覚からすると、成体と言われても違和感のないサイズだ。


「どうだヨルク、イノシシの突進を受け止められるか?」

「身体強化の魔術を使えば行けると思うっす」


 二百キロのイノシシがかなりの勢いで突進してきても、身体強化をすれば受け止められると言うヨルクの言葉を信じ、俺は作戦を組み立てた。


「姉ちゃんとマーヤはヨルクの左右に位置取って、イノシシがヨルクの盾に衝突する前に弓矢で攻撃。当てられる?」

「愚問ね」

「任せて」

「ヨルクがイノシシを受け止めるにしても、その場を動かずってわけにはいかないだろうから、ミリィはヨルクから少し離れた斜め後方で待機。イノシシが盾に衝突したら飛び出して側面からイノシシの首を突いて」

「了解だよー」

「イルザはミリィの逆側からイノシシの頭にメイスを叩き込んで」

「了解ですぅ」

「上手く行けばこれで仕留められるだろうけど、失敗したらいつも通り臨機応変に」


 全員から「はい」と返事があったの確認し、いよいよ実践となった。



「いたぞ。――皆、配置に就いて」


 子供とは思えない巨体のイノシシを発見し、シュヴァーンの皆は戦闘準備を整えた。

 イノシシは非常に好戦的で、成体程立派な牙になっていない子イノシシであってもそれは変わらない。


「ヨルク、行けるか」

「任せてくださいっす」

「よし、頼んだ」

「はいっす」


 ヨルクはイノシシに注目されるように、わざと音を立てながらイノシシの視界に入るように姿を見せつけた。

 そのヨルクの行動に、ピクリと反応したイノシシは様子を伺うでもなく、直ぐ様ヨルクに向かって突進してきた。


 猪突猛進なんて言葉があるけど、この世界のイノシシは本当にそんな感じで好戦的だよな。


 俺は呑気に思いつつ、イノシシの動きを観察していた。


 ――シュン、シュン


「シャーッ!」


 弓矢が放たれる音が二つ聞こえると、ヨルクが気合を入れた声の後にガツンという鈍い衝突音が辺りに響いた。


 踏ん張るヨルクの足がズリズリっという音を発てながら地面を削り押し込まれるが、その勢いはそれほど間を置かずに消え失せた。

 右の肩口と左脚の付け根に矢を生やしたイノシシは、必殺の突進を受け止められたところで、ヨルクの右の木陰から飛び出したミリィの槍を首筋に突き刺さされた。


 ブギャアアアと言う嘶きだか悲鳴を上げたイノシシに、止めとばかりに振り下ろされたイルザのメイスがイノシシの脳天と脊髄の間に叩き込まれ、ヨルクの盾に凭れ掛かった姿勢から、ズルリと滑り落ちるように地に伏した。


「ふー」


 タワーシールドでのデビュー戦を終えたヨルクが一息吐いたと思うと、ヘロヘロと尻餅をついた。


「今の自分にはこの子イノシシが限界っすね」

「何処か痛めたか?」

「思いの外衝撃が強かったっす。全身に痺れを感じるんすけど、怪我はしてない……と思うっす」

「そうか。でも、念の為に姉ちゃんに『聖なる癒やし』をかけてもらおう」


 普通に考えて、十歳の子供が二百キロのイノシシの突進を盾一枚で凌ぐのは凄いことだ。身体強化の魔術があってこそできることだと理解しているが、それでも全身の痺れだけで怪我が無かったっぽいのは驚愕の出来事である。しかし、痺れでヨルク自身が怪我に気付いていない可能性もあるので、エルフィに『聖なる癒やし』をかけてもらうことにした。


「結果的に大丈夫だったけど、行けると言うヨルクの言葉を真に受けてそのままやらせてしまったのは早計だったな。反省するよ」

「リーダーが反省する事案じゃないっす。自分が安易にいけると思ったのが浅はかだっただけっす。それに、怪我も……多分していないので、それで自分の限界がわかったんで良かったっす」

「確かに結果論で言えば良かったのかもしれないけれど、それでもヨルクを危険な目にあわせた事実を受け止め、俺はリーダーとしての今後に活かすよ」


 ヨルクと即席反省会をした俺は、もう少し考えることを学んだ。


「うん。相変わらずシュヴァーンは安定しているな。ヨルクも戻ったことだ。少し早いが次からは伏魔殿に入れるように手配しておこう」


 教官から高評価だったシュヴァーンは、次回から伏魔殿に入れるようだ。



「今日の戦い方は良かったね。ヨルクが盾で攻撃を受け止められるのは凄くいい。でも、ヨルクに負担が掛かり過ぎな気もするな」

「自分は大丈夫っす」

「今は私の『聖なる癒やし』で皆の負傷を治すことは可能ですが、冒険者学校を卒業したら神殿に戻らねばなりませんから……」

「エルフィ様がいなくなった後はわたしが頑張りますよぉ」

「そうですね。イルザが『聖なる癒やし』を習得したことを失念しておりましたわ」


 実習訓練が終り、俺達は皆で反省会を開いていた。

 なんといってもヨルクの負担が懸念材料だ。今後もヨルクが『聖なる癒やし』にお世話になることは多いだろう。

 しかし、『聖なる癒やし』が使えるエルフィがいなくなることを考えると困ってしまうところだったが、実は先日、エルフィと一緒に神殿に行っていたイルザが、遂に『聖なる癒やし』を習得したのだ。


 十歳未満で『聖なる癒やし』を習得したアンゲラとエルフィ姉妹はとても凄いのだが、十二歳が平均と言われている『聖なる癒やし』を十歳で取得したイルザも十分に凄い。

 しかも、『聖なる癒やし』が使える冒険者は非常に少なく、現状のようにエルフィとイルザの二人も神官見習いがいるシュヴァーンは、類を見ないほど恵まれたパーティなのである。


「そう考えると、姉ちゃんがいないことを考慮した動き方も必要だけど、それは置いておいて、伏魔殿に入ったら序盤は六人体制でしっかり訓練しよう」

「エルフィ様も冒険者を本業にすればいーんじゃないのー」

「それがいい」

「ミリィとマーヤはそう思うかもしれないけど、姉ちゃんは神官として期待されてるからね。そもそも冒険者学校にいることを弟の俺が驚いたくらいだし」

「職業としての冒険者……。真剣に考えてみようかしら」

「姉ちゃん、余計なことは考えなくていいから……」


 現状、ここにエルフィがいること自体が不自然なのだ、冒険者を本業にするなど以ての外である。


「それはそうと、冒険者学校の実習訓練で入る伏魔殿は、どんな魔物を相手にするんすか?」

「人型の子鬼『ゴブリン』や犬頭の『コボルト』、角の生えたウサギの『アルミラージ』が基本的に戦う相手だね。慣れてきたら獣型で群れを生している、普通のオオカミより一回り大きい『ダイアーウルフ』とかとやるみたいだよ」

「流石リーダーっす。自分ももっと勉強して知識の方も……」

「知識は当然必要だけど、今のヨルクは大盾の訓練の方が大事だからね」

「あーしが勉強頑張るよー。イルザは神殿の方もあるから忙しーし」

「マーヤも頑張る」

「あたしだって頑張りますよぉ」


 うん。向上心があるのは良いことだ。


「確か、ゴブリンなどは魔物でも弱い部類なのよね?」

「うん。――とはいっても、あくまで魔物の中では弱いってだけで、最弱だと言われているゴブリンでさえ成人男性以上の力があって、人間より皮膚が硬いらしく、簡単には斬り倒せないって話だよ」


 俺は日本人時代にゴブリンという名称と、弱いといった程度の情報を何となく聞いたことはあるが、実際には普通の成人男性でも戦うのが厳しい魔物のようだ。

 変に弱い相手だという先入観で舐めてかかるとしっぺ返しを喰らいそうなので、まだ見ぬ魔物に用心するよう促した。


 それはそうと、俺としてはゴブリンが人間では無くとも二足歩行の『人型』ってところがちょっと……。いくら魔物だとわかっていても、『人型』の生物を殺すのに嫌悪感があるんだよな。まぁ、一度倒せば良くも悪くも慣れると思うし、慣れなきゃいけないんだろうけど、今はちょっと不安だな。


 動物を殺すことも、何だかんだで今はすっかり慣れた俺だが、それも当初は嫌悪感があり、なかなか一歩が踏み出せなかった。しかし、それもすっかり慣れたということは、『俺は経験すれば克服できる』と自分を信じたい。……が、人型の魔物を殺す最初の一歩を踏み出すのは、なかなか勇気の要ることだとも思っている。


「皆は人型の魔物を殺すことに嫌悪感はない?」

「実物を見てないので何とも言えないっすけど、魔物は人間の敵っすから、倒さないといけないので問題ないと思うっす」

「あたしもヨルクと同じですねぇ」

「敵はやっつけるだけだよー」

「魔物は敵」

「私も皆と同じかしらね」


 皆は、人型であろうと魔物は倒すべき相手なので問題なく倒せるようだ。これは、生きている世界の常識に沿って培った感覚で、平和ボケした日本人的感覚を持った俺とは違うのだろう。


 そもそも、俺は魔物を見たことが無いわけだが、それゆえに魔物は必ず駆逐する相手だとは思えない。

 そんな、早々見掛けない魔物が敵だと思われているのは、通常は伏魔殿から出てこない魔物が、伏魔殿から溢れ出てくる”氾濫”と呼ばれる事象が稀にあるからだ。

 滅多にない”氾濫”だが、一度氾濫が起これば魔物は人間を殺し、村に壊滅的ダメージを与える非情に厄介な現象だ。

 氾濫が滅多に起こらないのは、冒険者が伏魔殿に入って魔物を駆逐しているからこそであり、駆逐を行わなければこの世界は魔物が闊歩しているのだろう。

 そう考えると、やはり魔物は駆逐対象なのだと思えてくる。


「取り敢えず明日は休養日だ。しっかり身体を休めたり装備品の手入れをきっちり行い、明後日の伏魔殿は万全の状態で入れるように」


 俺は皆にそう伝え、今日はお開きとなった。

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