第九話 土魔法

 クマを探して森を探索し始めた俺とエルフィは、それほど時間を掛けずに見つけることができた。


「ちょっと試したいことがあるんだ」

「魔法?」

「土魔法なんだけど、地面を柔らかくしてクマが脚を踏み入れたら地面を固めるってのをやってみたいんだ」


 土属性の魔法が苦手な俺は、派手ではない土魔法であれば魔法とわからないように補助的に使えないか、と試しに練習はしていた。

 足元が不安定になると踏ん張りが効かなくなる。ならば、地面を柔らかくして足元を不安定にしてやる。これだけでも効果的だと思うが、一度柔らかくした地面を固め、相手の足元を不安定にさせるどころ機動力を完全に奪える。

 当初はシュヴァーンの皆に気付かれないように使えないかと考えていたが、地面を固めたら流石に疑問を持たれるだろう。

 その結果、人前で魔法とバレないような魔法を作ろうとしていたのに、人前では使えない魔法へと変貌してしまった。


「それは前から使えたわよね?」

「そうなんだけど、もっと離れた場所から指定範囲を狭めてやろうと思うのと、クマを確実に拘束するのに必要な硬度の確認がしたいんだ」

「成る程ね。それをあたしがレイピアで突けばいいのね?」

「そうだね。でも、拘束するのは下半身というか足先だけだから、クマが振り回す腕をしっかり回避する必要はあるよ。油断はしないでね」

「大丈夫よ」


 軽い打ち合わせの後、俺は早速魔力を手に集めた。


「この距離でもいけるけど、完全に拘束できるかはちょっと自信がない」

「大丈夫、動かれることを想定してかかるわよ」


 土魔法は、何もない所から土を生み出せる。その土を使って色々活用できるが、それはかなりの魔力を必要とする。しかし、存在している土を利用するのは土を作り出す必要がないので必要魔力量が少なくなる。

 地面を柔らかくするのは現存する地面の土を操作するので、実はかなり楽な魔法なのだ。しかし、自分の立っている場所の土は弄らず、自分から離れた場所だけを柔らかくするのは距離が離れれば離れる程難しい。


「じゃあ、いくよ」

「頼んだわ」


 俺は魔力を蓄えた両手をそっと地面に付け、魔力を流し込んだ。

 地面に接しいている足から魔力を放出すれば、周囲に魔法を行使していると知られない利点があるのだが、不慣れな土魔法ゆえ、地面に手を付いた方がイメージが上手く伝わり魔力の消費も少なく済む。現状人前で使えないのであれば、効率良く身に付けられる方法を選択するのは当然であろう。


 クマは視界に捉えている。クマの大きさからして直径五メートルくらいを……。イメージは万全「よし、いける」と俺は魔力を流し始める。


 ――!


 想定していた範囲の土を柔らかくすることができ、クマの身体は徐々に沈んでいった。それでもクマは強引に進もうといている。


「あれだけ沈んでいれば、周囲を固めてしまえば動けなくなるだろう。――ふんっ!」


 柔らかくした土に魔力を流し今度は固める……のだが、クマが思いのほか抵抗するのでコンクリートをイメージして逃げられないようにしてみた。


「姉ちゃん」

「いくわよ!」


 何とか土地を固めることに成功し、クマの下半身が固定され、クマは苛立ったように腕を振り回した。

 迂闊に近付けばその腕に殴り飛ばされてしまうだろう。それがわかっているエルフィは、敢えてクマの前に姿を晒して自分の存在をクマに印象付ける。

 遠目から見ても、クマの意識がエルフィに向かったのがわかった。


「そりゃー!」


 勇ましい声で気合を口にしたエルフィは、自己強化の魔法をかけた身体で地を蹴りつつ、『風砲移速魔法』と名付けた自身の身体に風を当てて高速移動する魔法を発動すると、瞬間移動をしたのかと見紛う速さでクマの背後に姿を現す。そして、エルフィは再び地を蹴って跳躍すると、真新しいレイピアでクマの背中側から心臓を貫いたようだ。


 ――グワァ


 クマは小さく呻いたかと思うと、エルフィは慌ててクマから離れた。


 ん? 浅かったのかな?


 俺はクマに近付きつつクマとエルフィの様子を観察していると、クマが動かない下半身はそのままに、上半身を左右に捻りつつ腕を水平に振り始めた。

 クマに後方を警戒されては面倒だと思った俺は、クマの前に飛び出し弱めの『風刃』をクマの右肩辺りに放った。


 ――グアアアアアアアアアア


 悲鳴とは少し違う咆哮を上げたクマは、今度は前方から現れた俺を意識し始めた。


 ――ミシッ


 チッ! 地面が耐えられずに割られそうだ。あのサイズを固定するにはもっと魔力を与えて固くするか、もっと深く沈めないと駄目っぽいな。


 俺が自分の魔法の検分をしていると、『グワアア』とクマが悲鳴をあげた。


 姉ちゃんが再攻撃したのかな?


 クマが振り回していた腕の力が徐々に弱まり、やがてその腕をダラリと下げた。

 それを見て俺はクマの後方に回った。

 すると、クマからレイピアを引き抜いたエルフィがサッと地に降り、次の攻撃をすべく姿勢を整えていたが、どうやらその必要はなさそうだ。


「お疲れ姉ちゃん。剣の具合はどう?」

「いいわねこれ」


 血濡れたレイピアを眺めながら、エルフィは興奮気味に語る。


「スッと突き刺さったし、引き抜いた後も歪んだりしていないわ。ただ、一撃目が骨に当たってしまって、骨は砕いたようだけれど心臓には届かなかったわ」

「へぇ~、骨は砕いたんだ。まぁ、自己強化をした姉ちゃんの力が小さな一点に集約されたわけだから、一撃の威力はかなりあったはず。まぁ、当然の結果なのかもね」

「良くわからなけれど、このレイピアがすごいことはわかったわ」


 俺も賢くないので細かい理由は知らないが、打突部位が小さくなればなる程その打点に力が集中し、力が分散せずにダメージを与えられるくらいは知っている。


「ああ、ただ突き刺した剣を引き抜く際は、真っ直ぐ引き抜かないと剣に負荷がかかって曲がったり折れたりする危険性があるから、それは気を付けてね」

「負荷とか良くわからないけれど、あんたがそう言うなら気を付けるわ」


 大雑把で適当な感じのエルフィだが、理由はともかく俺が注意を促すと素直に聞き入れてくれるのだ。説明するのが面倒な俺としては、エルフィのこの性格は非常に有り難い。


「あんたの相手を固定する魔法は便利ね」

「便利だけど、どうしても不自然だから人前では使えないね」

「どうにか改良できないの?」

「色々と考えてはいるんだけど、現状はちょっと厳しいね」

「勿体無いわね」

「同感だよ」


 せっかくの力も、こうして誰にも見られない場所でなければ使えない。まさに宝の持ち腐れである。


「この際、シュヴァーンの皆には教えてもいいと思うのだけれど」

「俺もそれは考えたけど、シュヴァーンに教えたのだからこの人にも……って感じで、知人が増えたらまた教えてしまうかもしれない。そうして俺自身の警戒心が薄くなっていきそうな気がするんだ。そうなったら、いつの間にか知られてはいけない人に知られたりするかもしれないから、残念だけどこのまま秘密にするよ」

「あんたがそう言うのをあたしが無理強いできないわね。でも……、本当に勿体無いわね」


 納得はできなくても理解を示してくれるエルフィは、未練ありありだったが口を噤んでくれた。


「さて、クマの血抜きをしながら軽く休憩しよう」

「この後はどうするの?」

「まだ時間もあるし、もう少し狩っていこうか」

「良かったわ。実はもう少しレイピアを試したかったのよ」


 まだ狩りができると聞いたエルフィは、極上の笑顔を見せてくれた。

 神官見習いなのに殺生を喜ぶのは如何なものかと思わなくはないが、それが是とされているのだから何とも複雑な気持ちになる。



「さて、今日はもう上がろうか」

「そうね。レイピアの扱いもそこそこ慣れてきたし、今日は満足よ」


 クマを仕留めた後、シカとイノシシをそれぞれ二頭ずつ仕留めた俺達は、俺は魔法、エルフィはレイピアの感触に満足していた。


「シカなら確実に拘束できるね」

「これが使えれば狩りはかなり楽になるのに……」

「それは言わないの」

「そうね。ごめんなさい」


 獲物の機動力を奪うことは、狩りをする上でかなりの武器になるので、エルフィが固執する気持ちは良くわかる。


「まぁ、たまに姉ちゃんと二人で狩りに出たときに使ってあげるよ。言うなれば、姉ちゃんのためだけに使う魔法だね」

「――! し、仕方ないわね。あんたがそう言うのなら、そ、そういうことにしておいてあげるわ」


 チョロいな。


 俺から視線を外し、僅かに頬を朱に染めるエルフィ。そんなエルフィを見ながら俺はニヤニヤしていた。



 獲物を魔道具袋もどきにしまった俺達はキーファシュタットの街に戻り、買い物帰りと思わしきイルザとマーヤに出くわした。


「あらぁ、リーダーとエルフィ様ではないですかぁ。お二人でお出掛けしていたのですかぁ?」

「姉ちゃんが新しい剣を買ってね。それで、明日の伏魔殿に入る前に少し感触を確かめに森に入っていたんだ」

「エルフィ様の剣、それ?」


 ジトッとしたいつもの眼差しで、マーヤがエルフィの腰に佩かれた剣を見詰めつつ指を差した。


「随分細くありませんかぁ。それでは叩いてもあまり効果がなさそうですがぁ」

「これはブリッツェンが考えてくれた剣なのですよ」


 そういうと、エルフィは剣を鞘から抜いて見せた。


「この剣はレイピアと言いまして、叩くのではなく突き刺すことに特化した剣ですのよ」

「おー」


 レイピアを見たマーヤは、全く感情の篭っていない棒読みの声を上げていた。


「それでぇ、そのレイピアは如何でしたかぁ?」

「これはすごく扱い易い剣ですわね。明日からの伏魔殿で活躍すること間違いなしですわ」

「頼もしいですぅ~」


 誇らしそうに無い胸を張るエルフィと、両手を胸前で組んで柔らかな胸をムニュッと押し潰すイルザが仲良く会話をしているが、当然の如く俺の視線はイルザの胸元に向かってしまう。


「リーダー、何でニヤニヤしてる?」

「べ、別にニヤニヤなんかしてないよ」


 もう一人のペッタン娘であるマーヤが、じとーっと音が聞こえそうな視線を俺にぶつけながら嫌なことを言ってくるが、俺は若干焦りつつも否定しておいた。


「と、ところで、二人は買い物をしてきたのかい?」

「そう」

「何を買ってきたんだい?」

「疲労回復薬」


 どうやら、パーティの備品である疲労回復薬を買ってきたようだ。

 我がパーティのシュヴァーンは、エルフィとイルザの二人が『聖なる癒やし』を使えるという贅沢パーティなのだが、『聖なる癒やし』で傷は回復できても疲労は回復できないのだ。結果、いざという時のために疲労回復薬は用意しておかなければならない。

 今までは取り敢えず一本だけ所持していたのだが、危険度の上がる伏魔殿に入るということで、人数分は必要だろうと思ったイルザが購入してくれたのだ。


「そこまで気が回らなくてごめんねイルザ」

「お気になさらずぅ」


 アンゲラ姉さんを思わせる『聖女』の如き笑顔に癒されるなぁ。

 そんなことを思いながら、俺は手持ちのお金で疲労回復薬を購入してくれたイルザに、パーティ資金から購入代金を渡した。


「明日は頑張ろうね。じゃあ、また明日」

「はいぃ~」

「頑張る」

「ごきげんよう」


 寄宿舎まで一緒に歩いてきたイルザとマーヤと別れ、俺とエルフィは自室に戻った。


「あんた、やっぱりイルザと話す時はいつも以上にニヤニヤしてるわよね」

「そ、そんなこと……ないよ?」

「しかも、ちょっと厭らしい笑顔で」

「き、気の所為じゃないかな~」


 眉を釣り上げ、突き刺さすような厳しい視線でエルフィに詰め寄られるが、俺は平静を装い返答した。


「強いて言えば、イルザってアンゲラ姉さんに似た雰囲気があるから、ちょっと姉さんの面影を思い浮かべて会話してるかもしれないね」

「確かに、イルザはお姉様と似た雰囲気はあるわね」

「でしょ?」

「そういえば、あんたはお姉様に対してもたまに厭らしい顔をしていたわね」

「それこそ気の所為だよー」


 何とも返答に困ることをエルフィに言われ、俺はこの場を誤魔化せる言葉を探した。


「あー、姉さんのことを口にしたら懐かしくなってきたなー。あー姉の愛に包まれたいなー。今夜は一人で寝るのが寂しいなー」

「まったく、あんたは幾つになっても子供なんだから。し、仕方ないから今夜は姉であるあたしが一緒に寝てあげるわよ。まったく、早く姉離れして欲しいわ」

「わー、嬉しいよ姉ちゃーん」


 ――ハグっ


 俺は顔を赤らめているエルフィに大袈裟に抱き付き、何とかこの場に平穏をもたらすことに成功した。

 その後、洗浄魔法で身を清めた俺達は、全裸になって寝台で横になった。


 姉ちゃんは可愛い……というか美人さんだけど、性的な魅力を感じないからな。俺としては安心して同衾できるから助かるよ。


 エルフィにとても失礼なことを考えながら、俺は静かに眠りに就いた。

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