第二十話 ポンコツから脱却

「それじゃあ教えるね」


 いよいよ姉達に魔力素の扱い方を教えた。

 魔力素を扱えるかは感覚に依るところが大きいので、俺のように苦もなくできる者もいれば、長い年月を要してどうにかできるようになる者もいる。こればかりは地位の高低や頭の善し悪しは関係ない。

 そして、魔力素を扱える者が教えるにしても、感覚的な部分を上手く伝えるのは非常に難しく、これこそが魔法の衰退理由なのだろう。


「う~ん、本当に魔力素が私の身体の中を巡っているのかしら? 全然感じられないのだけれど」

「わたくしは何だか感じられた気がしますわよ、お姉様」

「あら? エルフィは凄いのね」


 いつもの慈愛に満ちた笑顔では無く、眉を八の字にした困り顔のアンゲラという珍しい表情が見れてちょっと得した気分の俺だが、できればあまり見たくない類の表情だ。

 一方のエルフィは険しい顔でうんうん唸っていたが、それでも何となく感覚が掴めたようで、意識が身体に向かった所為だろうか、口をだらしなく開いて些か間抜けな顔になっている。


「今日は終りにしよう」

「ちょっ、今いい感じなのよ。もう少しでわかりそうだからもう少しやるわよ」

「私は少し疲れてしまったわ」

「姉ちゃん、何も今すぐできなくてもいいんだから、あまり根を詰めてやらなくても大丈夫。それに、魔力素を操ったり魔法を使うのは集中力が大事だから、ただやればいいってもんじゃないんだ」


 集中する行為は非常に疲れる。疲れて集中力が下がった状態で無理をしても成果が出ず、焦りなどで更に集中力が下がり疲労だけが蓄積する悪循環に陥るのだ。

 これは魔法に限った話ではなく、何かに集中する行為は非常に疲れる。それが仕事であれ遊びであれ、なんにでも当て嵌まるだろう。


「人間の集中力なんてそう長くは続かないからね。他のことをやって気を紛らわせつつ、気楽な状態でたまに集中する、とかの方がいいと思うよ」

「先生であるブリッツェンがそう言うのだから、生徒である私は従うわよ」


 アンゲラが俺を庇うようにそう言い、チラッとエルフィを見た。


「わ、わかったわよ。あたしも今日は終りにするわ」


 アンゲラの言葉を聞いたエルフィは、慌ててそんなことを言った。


 ひと仕事終えたかのような満足気な表情のアンゲラと、今一つ腑に落ちないような憮然とした表情のエルフィという対照的二人だが、取り敢えず俺の指示には従ってくれた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 アンゲラとエルフィに魔法……というか、魔力素の扱い方を教えてから数日、魔力素の扱い方をどう伝えれば伝わり易いかを俺なりに考えたりしながら、俺は俺で日中は師匠から指導を受けていた。


 そして、師匠にヒントらしきものを貰った俺は、魔力素その物を感じるのはかなり難しいのだと知った。これに関しては俺自身が難しいと思わなかったので、言われないと気付かない事象であった。


 それならばと、魔力素があることを前提に魔力の錬成をする方法で、魔力素を感じるのではなく、魔力その物を感じる方法をアンゲラとエルフィに教えることにした。

 そもそも、この世界の人間は所持量の多寡を問わず、必ず魔力素を保有しているのだ。ならば、魔力素を感じられなくても、魔力素が体内にあると信じて魔力を錬成させる方法を教えるのも、もしかしたら有用なのではないかと思った。

 言うなれば、ガス漏れしている現場でマッチを擦って火を点けたら引火しちゃいました的な発想だ。

 この考え方は、乱暴で危険なのかも知れない。だが、魔力の錬成は魔力を作ると爆発してしまうようなものではないと理解しているので、危険は少ない……はず。


 魔力素の扱いについて教えてからは、寝る前に三人で魔力素を扱う訓練をするのが日課だったのだが、今夜は早速魔力の錬成方法を教えてみた。すると、練習を開始して如何程の時間が経過したのか定かではないが、不意にエルフィから魔力を感じた。


「姉ちゃん?!」

「これって、……魔力?」


 どうやらエルフィは魔力の錬成に成功したようで、目を見開いて俺を見てきた。


「それが魔力だよ」

「なんだか温かくて心地良いわね」


 エルフィはパァッと花が咲いたような笑顔になると、暫しの間を置いて瞳を閉じてうっとりとした表情になった。まさにエルフィの開花と言って良いだろう。このままポンコツから脱却していただきたい。

 そして、それを目にしたアンゲラは、エルフィに先を越された事実に憤慨するでもなく、極自然に「良かったわね」と微笑んでいた。


「その魔力を放出することで魔力制御の練習をするんだけど、室内では何があるかわからないから、練習は明日の朝に外でしようね」

「え? せっかく魔力を錬成できたのよ? 魔法の練習がしたいわ」

「焦らないで姉ちゃん。今は感覚を忘れないうちに魔力素を扱うことを最優先で練習して欲しいんだ」


 体内に魔力があるのだから、魔法を使いたいと思うのは当然かもしれない。だからといって、いきなり室内で魔法を放出するのは危険だし、初めて魔力の錬成ができたのだからその感覚をもっと覚えて欲しい。


 鉄は熱いうちに打て……いや、叩け、だっけ? まぁ、どっちでもいいや。とにかく、そんな言葉もあるのだ。姉ちゃんには今の感覚を忘れないうちに魔力の錬成のコツを掴んで欲しいね。


「私はまだエルフィの様に上手くできていないから偉そうなことは言えないのだけれど、もしかしたら偶然だったかもしれないでしょ? ブリッツェンの言うように、感覚を忘れないうちに練習した方が良いと思うわ」

「そ、そうですね。練習してみます」


 俺には反発しまくりのエルフィだが、尊敬するアンゲラの言葉には素直なのだ。


 先生は俺なのに、この扱いの差は解せんのだが、俺がエルフィに対してアホの子を諭すような物言いをしているのが原因なのだろうか? 




 翌朝、いつもより早くエルフィに起こされた俺は眠い目を擦りながら外へ連れ出されていたのだが、興奮するエルフィに触発されるように徐々に意識が覚醒していった。


「さて、この辺でいいか」


 暫く森を彷徨さまよっていた俺達だが、程よい場所を見付けたのでそこを練習場所と定めた。


「じゃあ、魔力を放出する方法を早く教えて!」


 鼻先が触れ合いそうな程の距離まで俺に詰め寄ったエルフィが、我慢できないと言わんばかりに急かしてくる。


 こうして見ると、やっぱ姉ちゃんって美人さんだよな。俺はツンとして見える綺麗めな美人系より、癒やしを感じる愛嬌のある可愛い系の方が好みだけど、美人系も捨て難いな……って、いかんいかん。何を考えているんだ俺は!


「ちょっと! 何ボケっとしてるの?!」

「あ~、まだ眠くて少し意識が飛んでたよ」

「シャキッとしてよね!」

「ごめんごめん」


 よし、取り敢えず誤魔化せた。姉ちゃんに心奪われるなどあってはならないのだ。


 ここで俺は意識を切り替えた。

 上手く伝わるかわからないが、俺がイメージしている方法をエルフィに伝え、実際に目標を立てて魔力弾を当ててみせた。


「こんな感じだね」

「あんた凄いわね」

「これは初歩の初歩。基本中の基本だよ」

「だって、魔術みたいに詠唱や魔法陣の出現もなく、いきなり突き立てた枝が倒れたのよ」


 詠唱、魔法陣発動、術名の発声、と段階を経ないと術が発動しない魔術しか知らないエルフィからすると、何の予兆もなく発動される魔法は、地面に突き立てた小さな枝を倒しただけでかなり凄いことのように思えたらしい。


「これが魔法だよ」

「うん。凄いわ、魔法って」


 こんな些事で目をキラキラ輝かせて興奮するエルフィを見て、幼い我が子を見守る父親の気分になった。


 いや、娘を持った経験もないし、それ以前に彼女すらできたことがないから、完全な妄想なんだけどね……。


「魔法って、イメージしてもなかなか思い通りにはなってくれないから、初めから上手く行くとは思わず、少しずつイメージに近付けられれば良い程度に思ってね。焦りは禁物だよ」

「了解よ」


 体内にある間は保っていられる魔力だが、体外に放出されるとその段階で霧散し始めてしまう。それを思った通りの大きさや早さ、方向などを制御する。実はこれ、想像以上に難しいのだ。それをいきなり想像通りに扱えると思っていたら、儘ならない事実に苛立ちが募るだろう。なので、そうならないように前もって釘を刺しておいたのだ。


「えいっ」


 勇ましい顔付きとは裏腹に、間の抜けた可愛らしい掛け声で魔力を放出するエルフィ。だがしかし、目標として地面に刺した葉の付いた枝は微動だにしていなかった……ように思えたが、その枝に付いていた葉が揺れるまではいかないまでも、本当に極々僅かだが動いていた。


「一応、魔力は放出されてるね」

「結構難しいわね。あんた、魔力素を扱えれば魔法の半分を習得したようなものだと言ってたわよね?」


 魔力素を扱えれば魔力を錬成できる。これができればもう魔法が使えると言っても過言ではないので、魔法の半分どころか魔法を習得したと言える。しかし、魔力が上手く制御できるかどうかが”魔法が使える”と”魔法使い”の境目となる。

 そもそも、魔力素が扱えないから魔法が廃れたので、現状のエルフィはこの時点で現状数少ない魔法が使える人物なのだ。あまり焦らないで欲しい。


「体内で錬成した魔力を体外に放出できた事実を先ずは喜んでよ。それは既に魔法を使ったってことなんだよ」

「そうかも知れないけれど、あんたの魔法と全然違うじゃない」

「それは練習量の差だよ。俺だっていきなり今みたいに魔法が使えたわけじゃないし、まだまだ初心者だから毎日鍛錬を繰り返してるんだよ」

「そ、それもそうね」


 エルフィは思い通りに行かないことにジレンマを感じているようだが、簡単に思い通りになるようであれば魔力素が扱える人が少なくなっても魔法は継承されていただろう。継承されていないのは魔力を上手く制御できず、魔法を使い熟せなかったのも理由の一つだと思う。

 便利だけど使い勝手が悪いと評される魔法だが、使えれば本当に便利な反面、使えるようになるのは本当に大変だ。使い勝手が悪いと言われるのも仕方ないと思う。


「えいっ。――う~ん、何が悪いのかしら?」

「魔力が身体から放出されてる感覚はある?」

「そうね~……、全身からほわぁ~っと魔力が抜けていく感じはするわ」

「あぁ~、それなら右手の人差し指を目標に向けて、その指先から魔力を飛ばす感じでイメージしてみて」


 俺は鉄砲の弾を魔力で作って飛ばすイメージなのだが、鉄砲などと言っても伝わらないので上手く説明ができていなかったのだ。

 きっと、この辺りが俺の対話能力の低さなのだろう。


「えいっ!」

「おっ」

「少し葉が揺れたわ」


 全身から漏れていた魔力を指先の一点から放出することで、どうにか魔力の霧散が抑えられたようだ。

 破顔したエルフィがピョンピョン飛び跳ね、本当にアホの子のように嬉しそうにしている。


 こういうところは可愛いよな。やっぱ何だかんだ姉ちゃんも美少女だし。


「もう一発いくわよ!」

「待って姉ちゃ――」

「えいっ」


 浮かれるエルフィが更に魔力弾を放出しようとするのを見て、俺は慌ててそれを止めようとしたのだが、残念ながら間に合わなかった。


「――あっ……」


 エルフィが続け様に魔力弾を放出してしまった結果、先程は葉が揺れた程度だったのが、今回は地面に突き刺した枝自体が倒されていた……が、調子に乗ったエルフィは自分の魔力素の残量も考えずに魔力弾を放出したので、糸の切れた操り人形よろしくペタリと座り込んでしまった。


「あ~、やっぱり魔力素を使い過ぎたな」


 魔力の扱いになれていないと必要以上に魔力を消費してしまい、魔力素切れを起こして意識を失ってしまうのだ。


「まぁ、これも経験しておいた方がいいし、結果的に良かったのかもな。これで、いくらポンコツな姉ちゃんでも次からは少し慎重になるだろう。――ってか、姉ちゃんのポンコツからの脱却はまだ無理だったな」


 とはいえ、このまま放置するわけにはいかない。かといって気絶したエルフィを家に運んでも、母から理由を問われるだろう。それは非常に面倒臭い。


「さてさて、どうしたものやら……」


 途方に暮れる俺は、少し離れた場所にあった見知った気配が近付いてくるのを感じた。


「人を指導する場合、こういった事態を想定しておくものじゃ」

「そうですね」

「ほれ、これを飲ませてやれ」

「ありがとうございます師匠」


 師匠から渡された魔力素の回復を誘発してくれる薬をエルフィに飲ませた。

 この薬は魔力素の回復を早めてくれるのだが、その代わりと言っては何だが、魔力素の上限値を上げるのを阻害するので、魔力素の上限値を上げる目的で魔力素を使い切った場合などには適さない。しかし、今回のような出先で意図せず魔力素がなくなった場合などは大変重宝するのだ。


「すぐにその娘は目覚めるじゃろう。儂はいつもの場所に戻っておくぞ」

「お手数をおかけしました」

「かまわん」


 師匠は無表情のまま、踵を返し去っていった。


「――ん……っ!」

「気が付いた?」

「あたし……どう、しちゃった、の……。何だか……頭がクラクラ……して、る……」


 そんな状態のエルフィに言っても覚えておいてくれるかわからないが、魔力素を使い過ぎると倒れてしまうことや、魔法の制御の大切さなどを伝える。そして、まさに今その魔力素切れでエルフィは倒れ、現状は魔力素の回復を促す薬を飲ませたのだと教えてあげた。


「嬉しくてはしゃぎ過ぎてしまったようね。恥ずかしいわ」

「最初だから仕方ないよ。でも、これからは気を付けてね」

「そうね。……迷惑をかけてしまってごめんなさいね」

「どういたしまして」


 俺に対して滅多に頭を下げないエルフィが頭を下げたのだ、俺はここでグダグダお説教をしないで素直に受け入れてあげることにした。


「じゃあ、少し休んだら帰ろうか。魔力素が足りないと動くのが大変だからね」

「ありがとうブリッツェン」


 笑顔の姉ちゃんも可愛いけど、しおらしい姉ちゃんもまた可愛いな。……いや、可愛いじゃなくて美人さんだな。


 珍しく申し訳なさそう項垂れるエルフィを見て、何だかニマニマしてしまう俺なのであった。

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