第十九話 ポンコツな姉

「そんな感じで、最終的には姉さんの魔力素の上限値を上げることが目的なんだ。ああ、結果的に魔法が使えるようになるから、俺が知っている範囲で姉さんが使いたい魔法があるなら教えるよ」

「なるほどぉ」


 俺は『魔力素とは何ぞや』といった部分から一通りの説明をアンゲラに聞かせた。

 アンゲラは癒し系でたおやかなおっとり美少女だが、口調はゆったりしたものではない。そんなアンゲラが珍しく間延びした相槌をしていたので、俺から聞いた話を自身の中で反芻しなが理解を深めているのだろう。


「それで練習方法なのだけど――」

「ちょっと待ってブリッツェン」


 アンゲラに練習方法を伝えようとしたところ、突然アンゲラに待ったをかけられた。


「どうかした?」

「練習を始める前に私から貴方にお願いがあるのだけれど」

「姉さんから俺にお願いとは珍しいね。で、お願いって何?」


 珍しいと発言したが、よくよく考えるとアンゲラからお願い事を聞かされるのは初めてであると気が付いた。

 厳密に言えば、『それを取って』くらいのお願いはアンゲラからも言われたことがある。でも、それは今のようなお願いとは違うので、今回のお願いがアンゲラからの『初お願い』なのだ。


「魔法なのだけれど、エルフィにも教えてあげて欲しいの」


 エルフィに魔法を教えるのは俺も考えたが、秘密漏洩の観点からすると俺は諦めたのであった。しかし、アンゲラはエルフィにも教えて欲しいと言う。

 魔法が使える事実が他所に知られることの危険性を理解しているアンゲラが、なぜそんなことを言うのか俺は不思議でならない。


「ブリッツェンはエルフィに教えることで秘密が他所に漏れるのを心配しているのでしょ?」

「……その通りだけど」


 不安が表情に出ちゃったかな?


「エルフィはブリッツェンに対してだけは、他所で見せない顔を見せるものね。ブリッツェンからしたら少し心配な人物に見えるのでしょうね」

「そうだね」

「でもね、あの子は貴方に対して良いお姉さんでいたいの。それが少しだけ空回りをしておかしな言動になったりしてしまうのだけれど、根はいい子なのよ。特に貴方に関してはね」


 確かにそうなんだよね。それは俺も知ってる。でも、姉ちゃんは基本的にポンコツだから、悪気がなくても他所に漏れる心配はあるんだよね。


「それに、エルフィはブリッツェンが思っているより賢いのよ」

「……そうかな~?」

「ブリッツェンと一緒にいるときのエルフィは確かに心配な部分もあるのだけれども、それは貴方を可愛く思っているからこそなの。なんと言っても、あの子は誰よりも貴方が大好きなのよ」


 姉ちゃんに嫌われているとは思ったことはないけれど、誰より俺を大好きだと思われてると感じたことはなかったな。


「細かいことはエルフィが拗ねてしまうから言わないけれど、今回の貴方の帰省もあの子は毎日そわそわして待ち焦がれていたのよ」

「それは悪いことをしてしまった……」


 とはいえ、姉ちゃんが俺を待っていたのは、『おもちゃが帰ってくる』くらいの感覚な気もするのだが。


「だからね、ブリッツェンが困るようなことをエルフィがするとは思わないわ。むしろ、貴方に褒めてもらうために一生懸命頑張るでしょうね」

「俺が褒めたら『弟の癖に生意気よ!』とか言われそうだけど」

「言いそうね。それでも、褒められたら内心では凄く嬉しいはずだわ」


 う~ん、言われてみれば、姉ちゃんは俺の言葉を気にしてるような部分があるな。もしかして、あれは気の所為ではないってか。なんとなくだけど、姉ちゃんが俺を好きって言うのがわかってきた気がする。


「だから、エルフィにも魔法を教えて欲しいの。これが私からのお願い」

「う~ん……」

「私がしっかりエルフィを見ておくわよ。むしろ、エルフィに内緒で練習する方が大変な気がするのだけれども」


 言われてみれば、姉さんが姉ちゃんに気付かれずに一人で練習するのは大変かもしれないな。


「姉さんが信用しているなら、俺も姉ちゃんを信じるよ」

「ありがとうブリッツェン」

「――ブハッ!」


 弾けるような笑顔でアンゲラが抱き付いてきた。しかも、十二歳らしからぬ二つの柔らかな果実を押し付けるようにだ。


 少し前に姉さんを抱き締めたいと思っても行動に移せなかったのに、まさか姉さんから抱きつかれるとは! 思い切って魔法の話をして良かった~。あぁ~、癒されるぅ~。


 癒し系のアンゲラから思わぬ幸福を与えられ、俺はその幸福に暫く身を委ねながら、アンゲラが『聖女』と呼ばれるのを身を以て体験していた。

 いや、アンゲラが俺以外の人にこんな抱擁はしていないだろうけど。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 アンゲラに連れて来られたエルフィは、俺から語られる魔法について神妙な面持ちで聞いていた。

 一通り話を聞いたエルフィは、ふっと一息吐くと半眼になって口を開いた。


「ブリッツェンが急に強くなったのは魔法のお陰なのかしら? なんだかズルいわね」

「ズルってことになるのかな? 確かに俺が強くなったのは魔法のお陰だね。でもね、姉ちゃんと模擬戦をしたとき、俺は魔法を使ってなかったよ」

「どういうこと?」


 俺は身体と肉体の強化魔法を使って森の中で訓練したことにより、俺の肉体そのものが鍛えられた話を伝えた。


「私も魔法が使えれば強くなれるのかしら?」

「え? 姉さんも強くなりたいの?」


 今や『メルケルの聖女』と呼ばれ、『聖なる癒やし』を使い熟す文字通り『癒し系』でおっとりとしたアンゲラが、なぜか強さへの興味を示した。


「強さと言うより、丈夫な身体かしら? 皆さんをお助けするには私自身も丈夫でないといけないでしょ? それに、王都の神殿本部からは軍に従事することもあると聞いているし、そのためには丈夫な身体も必要だと思うのよ」

「なるほどね」

「あたしはブリッツェンより強くなりたいわ」


 アンゲラは聖女らしい回答だったが、エルフィはポンコツらしいアホなことを言っていた。


「でも姉さん、魔法で強化するには魔力素を消費しちゃうから、癒やしを使える回数が減っちゃうよ」

「でも、身体そのものが鍛えられるのでしょ?」

「それは強化の魔法を使って訓練すると普通に訓練するより効率良く鍛えられるだけで、訓練をしないと意味がないよ」


 通常より強い力や速さを出せるように身体を強化して、その動きに身体が慣れるようになっているのが一番の利点で、高負荷がかかっている部分は肉体強化でほぼ相殺されている。しかし、それでも通常の訓練よりは肉体を虐めているのは確かなので、訓練の効果は大きいだろう。


「訓練なら私もするわよ? 私はエルフィより剣の扱いが下手な自覚はあるのだけれども、それでも騎士爵の娘よ。貴方達より短時間であっても、しっかり毎日剣を振っているわ」

「それは知らなかった。たまに一緒に朝の鍛錬に付き合ってくれていたけど、見かけない日は鍛錬をしていないのかと思ってた」

「朝食の当番の日は少し早く起きて剣を振っているのよ」


 流石だよ姉さん。おっとりしている姉さんに剣は似合わないと思ってたから、そんなことをわざわざしてるなんて露程も思ってなかったよ。


「あたしは毎日しっかり鍛錬しているわ」

「エルフィにはそろそろお料理の腕も上げて欲しいわね」

「お、お姉様! あた……わたくしも女子の端くれです。料理くらいすぐにできるようになりますわ」


 外面が良くて何でもできるように思われているエルフィだが、実は料理があまり得意ではない。

 そんなエルフィに悪戯っぽく言うアンゲラの言葉を真に受けたポンコツな姉は、顔を真っ赤にしてあたふたと反論していた。


「そ、それよりブリッツェン、早く魔法の使い方を教えなさいよっ!」

「魔法の前に魔力素の扱い方ね」

「と、とにかくそれを早く教えなさい!」


 ニコニコ微笑むアンゲラの笑顔が、エルフィにはニヤニヤと揶揄からかっているようにでも見えるのだろうか? エルフィは話題転換をすべく、俺に話し掛けてきた。

 それにしても、黙っていれば美少女なエルフィだが、俺の前ではいつも眉を釣り上げた表情をしているので、なんだかそれが残念でならない。


「姉ちゃん普段は美少女なんだから、俺にも可愛い笑顔を見せてくれてもバチは当たらないと思うんだけど」

「ちょっ、にゃ、にゃにを急にっ! あ、あ、あんたに見せる笑顔なんて、な、無いわよ!」


 真っ赤になった顔が一度落ち着いたエルフィだったが、俺の言葉で再び顔を真っ赤に染め上げ、緩みそうになる頬を必死に押さえ込みプリプリして見せていた。


 姉ちゃんはアホでポンコツだけど、それはそれで何気に癒やされるんだよな。


「い、いいから早く教えなさい! まったくもー」

「エルフィが早く魔法を覚えてブリッツェンに褒めて欲しいようだから、焦らさずに教えてあげてね」

「お、お姉様っ!」


 姉さんが姉ちゃんをここまで揶揄うなんて珍しいな。


 姉達に魔法のことを伝えるのは心配や不安もあったが、こんなに楽しそうな二人を見れたのだから、今では伝えて良かったと思える俺であった。

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