第十七話 最高の師匠

「ありがとうございましたクラーマーさん」

「ブリッツェン様から得た御恩に報いるには、これくらいではまだまだ全然足りません」


 クラーマーの馬車に揺られること三日、俺は久しぶりに実家に帰ってきた。


「おかえりなさいブリッツェン。随分と遅かったわね」

「ただいま母さん。ちょっとしたゴタゴタに巻き込まれちゃって……」


 母は俺を責めているのではないのだが、三ヶ月もある夏休みも残り一ヶ月を切ってからようやく帰省したので、俺は勝手に後ろめたい気持ちになっていた。


「あら、そちらの方はどなたかしら?」

「紹介するよ母さん。王都でフェリクス商会と言う立派な商会の会頭をしているクラーマーさんだよ」

「お初にお目にかかります奥様。盗賊に襲われていたところをブリッツェン様に救われた、フェリクス商会のクラーマーと申します」


 軽い挨拶……のはずが、わざわざ盗賊の話をして重くしてくれたクラーマーのお陰で、「貴方は何をしているの!」と俺は母に叱られる羽目になった。


 クラーマーを連れて食堂に行くと、神殿から帰ってきたアンゲラとエルフィも同席し、キーファーでの盗賊捕縛から辺境伯の領主館での話をクラーマーが語った。


「私はブリッツェン様に救われただけではなく、ライツェントシルト公爵夫人と直接お話しをする機会も与えて頂き、今後の我がフェリクス商会の未来をブリッツェン様に明るくしていただいたのです。既にアーデルハイト様からご注文を頂き、赤字覚悟で出向いたキーファーで黒字になっており、これも一重にブリッツェン様のお陰でございます。感謝をしてもしきれない思いにございます」


 一連の出来事を伝え、俺への感謝を述べるクラーマーを他所に、母と姉達は呆れた顔で俺を見ていた。


「どうして三人はそんな目で俺を見てるのかな……」

「ブリッツェンは一人で六人の盗賊に向かっていったのよね?」

「騎士であるネルソン様とブリッツェンが対等に渡り合ったのですよね?」

「あんた如きが、公爵夫人と侯爵令嬢と同席して、更にはペンダントまで頂いただなんて……」


 母とアンゲラは半信半疑で、それでいて呆れた感じで俺に問うてくる。

 エルフィは意味不明な嫉妬をし、一人でぐぬぬと唸っている。


 クラーマーさんがいるのに外面用の仮面を外して素で突っかかってくる姉ちゃんは、なんだかちょっと面倒臭いな。


「クラーマーさんが言ったとおりだよ。まぁ、クラーマーさんを助けたのは俺が意図的に動いたのだけれど、それ以外はなし崩し的にって感じで、変な言い方だけど俺は何も悪くないよ」


 クラーマーさんを助けたのはちょっとした正義感だったけど、それ以外は迷惑以外の何ものでもなかった……いや、アーデルハイト様とシェーンハイト様とお話しできたのはご褒美だったな。宝物も貰ったし。フヒヒ。


「ご家族の皆様に私が言うのもおかしな話ではありますが、ブリッツェン様は非常に優れた人物でございますよ」


 懐疑的な家族にクラーマーが遠慮がちにフォローしてくれた。


 それから食事を挟み、帰宅した父達も交えて遅くまで俺の話で盛り上がった。



 我が家の客間で一泊したクラーマーは、忙しい時間を俺のために削ってくれたのだろう。翌日の朝食を済ませると、早速王都に戻るとのことだった。


「メルケル騎士爵家の皆様、大変お世話になりました」


 俺の家族と別れの挨拶を済ませたクラーマーは、そう言うと足早に旅立って行った。


 クラーマーは置き土産ではないが、俺の家族が王都に行くことがあれば身の回りの世話など手伝うと言ってくれた。

 現在十二歳のアンゲラが十五歳の成人を迎えた際、王都の神殿本部に行くと決定している話を聞き、その際は当面の間アンゲラの面倒を見てくれるとクラーマーは約束してくれた。

 我が一族はシュタルクシルト王国の最南西にある辺境中の辺境で、在地貴族では王都に行く用事など無いに等しい。そのため、アンゲラが王都に出るのは心配な事柄であった。なので、クラーマーの申し出は非常に頼もしくて有り難い。


 クラーマーを助けたことで面倒も沢山あったが、何だかんだで得難い経験や出会いがあった。

 これが『情けは人の為ならず』なのだろう。俺はしみじみと感じた。



「えいっ!」

「ほい」

「生意気よー!」

「そりゃ」

「……まいったわよ」


 久々にエルフィと稽古をし、最後に模擬戦を行った。


「あんた、半年会わなかっただけで強くなり過ぎじゃない……」

「俺も自分でびっくりしてるよ」

「全然びっくりしているようには見えないのがムカつくわ」


 本気でムカついている感じはなく、半眼の半ば呆れ顔でエルフィは言ってくる。


「あんたは相変わらず魔術が使えないのでしょ?」

「そうだね」

「それなのにこの急成長……、何か怪しいわね」

「な、何が怪しいのさ……」


 今は強化魔法を使っていないのだが、強化魔法を使った鍛錬を行った結果、俺の基礎となる体幹が鍛えられており、通常の状態でも強くなっているのだ。


「まぁいいわ。あんた、夏休みが終わるまで暫くこっちにいるのよね?」

「そのつもりだけど」

「あんたが強くなった秘訣を暴いてやるわ」


 シェーンハイトも女の子なのに強さに憧れていたが、それは物語が好きで、客観的に見る方での好きだった。しかし、エルフィは『メルケルの聖女』と呼ばれるアンゲラに憧れている割に、自身が強くなることへの憧れや希望を持っている。

 それはそうと、今年から仮神官となったアンゲラは、慈愛に満ちた美しくも可愛らしい見た目に柔らかな物腰、十二歳とは思えない『聖なる癒やし』の使い手であることから、いつしか『メルケルの聖女』と呼ばれているらしい。それにより、エルフィの目標のハードルが上がり、『聖女』と呼ばれることが追加されたようだ。


 エルフィ姉ちゃんは俺に対する態度を除けば普通に美しい少女だけど、美しくて可愛らしいアンゲラ姉さんは、俺も含めて本当に誰にでも優しくいからな。

 姉さんが姉でなければ、本気で俺が恋心を抱いていたかもしれない人だ。それに、十二歳とは思えないあの胸部装甲は素晴らしい。流石に自分から触れる勇気はないけど……。


 目の前で素っ裸になって何やらぶつくさ言いながら水を浴びている”ぺったん娘”を見ながら、俺はもう一人の姉のことを考えていた。


 しかし何だな、ちょっと前は美人母娘と語らい、数日後には美少女姉妹とたわむれるとか、言葉面だけだと俺ってリア充なんじゃね? などと思ってみたが、むしろ虚しい気持ちになってしまったのであった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「この辺のはずだけど、師匠は……おっ! あの気配がそうかな?」


 帰省した俺は、予め話し合っていた日時に師匠との待ち合わせ場所へ足を運んでいた。


「ようやく来たか」

「お待たせして申し訳ございません師匠」

「別に謝ることではないがの」


 数日ぶりに会った師匠は、相変わらず飄々としていた。


「さて、予定どおり魔法の鍛錬と槍の扱いを教えるということでよいのか?」

「はい、お願いします」

「では、早速始めよう」

「その前に師匠に相談がございます」


 全く表情を変えず「なんじゃ?」と聞いてくる師匠に、俺は相談と言う名のお願いをする。


「魔法は魔力素を自在に扱えれば誰でも使えるのですよね?」

「何じゃ今更? そのとおりだがそれがどうした」

「俺の姉は十二歳と十歳の二人いるのですが、二人共『聖なる癒やし』が使え魔力素も通常より多いようです」


 俺の言葉に全く興味ないようない表情で、「それは良いことじゃな」と師匠は言うけれど、もうちょい表情を崩すなり関心を持ってくれないかな、などと俺は心の中で毒づく。


「姉の一人が成人したら王都の神殿本部へ行く予定です。その姉はアンゲラと言いまして、『メルケルの聖女』と呼ばれる程の人格者です。弟の俺から見ても姉は素晴らしい人物だと思います」

「ほう」

「俺はその姉であるアンゲラに少し恩返しがしたいのです。……その恩返しとは、姉の魔力素を増やしてあげることです」


 ここまで表情を変えなかった師匠の右眉がピクリと上がった。俺が何を言い出すのかわかったのだろう。


「『聖なる癒やし』の効果を全て知りませんが、基本的に治癒の力だと思っています。それですと、治癒を行わなければ魔力素を使い切ることもそうそうないでしょうから、魔力素の上限がなかなか増えません」

「だから姉に魔法を教えたいと」

「魔法と言いますか、魔力素の扱い方を……」


 ここで師匠はハッキリと渋い表情を顔にした。


「魔法使いが嫌悪されておる事実は知っていよう」

「はい」

「それが、家族に知られるだけであれば安全だとでも言うつもりか?」

「姉は人として優れたとても素晴らしい人物でありますので、俺の姉でなくても尊敬に値すると断言できます」


 姉でなければ結婚を前提にお付き合いを申し込みたい程に素晴らしいのだ!


「それに、俺が一番最初に魔法の参考にした本を俺に教えてくれたのも姉です」

「そのことをアンゲラと言う娘は、家族の誰にも話しておらんのか」

「多分……話していません。それに、俺に魔法に関して問うてきたこともありません。あくまで俺が読みたい本を紹介してくれただけで、何かを詮索したりもしません。俺が魔法に興味を持っていた事実を知っていてもです」


 その後、司祭が魔術入門の切れっ端のような一部を見せてくれたけど、その司祭が俺に何か言ってくることもなかった。もしかすると、それもアンゲラが司祭に釘を刺してくれていたのかもしれない。真実はわからないが。


 俺の言葉を聞いた師匠は、ここで暫く口を噤んで考え込んだ。


 久々に会っていきなりこのお願いは失敗したかな?!


 俺は少々不安になっていた。そして、俺から何か言うのは拙い気がして、師匠が何か行動を起こすまで待つことにした。


 暫しの沈黙が、「ふむ」と言う師匠の言葉で漸く破られた。


「ブリッツェンが自分の姉を思う気持ちは理解した。しかし、儂はお前さんが既に魔法を使えて面白そうな人物だから姿を見せたが、魔法使いでない者の前に姿を見せる気はない」

「では、俺が姉に魔力素の扱い方を教えるのは問題ないですか?」

「魔法使いである事実が周囲に漏れる可能性が増すのをブリッツェンが問題ないと思うのであれば、儂がブリッツェンの行動に口出しする筋合いはないの」


 アンゲラの人物像がどうであるかは、師匠には興味も関心もない話のようだ。


「もし、姉が魔法使いになった場合、そのときは師匠が直接指導してくれますか?」

「それはわからんな。その気になるかもしれんが、今は何とも言えん」

「その気になってくれることを祈ります」

「儂が指導するより、ブリッツェンが指導をすれば良い。人を指導する立場になれば、より深く魔法を知ることができる。知らないことを指導するなどできん。指導をすると言うのは自分の成長にもなるでの」


 確かに、人に何かを伝えるには知っていなければできない。それに、上手く伝えるにはより造詣が深い方が良い。それは魔法でなくてもそうだ。


「話しは終りか?」

「はい」

「ならば、わかっていると思うが敢えて忠告する。自分が魔法使いであると知られることは、自分の身に危険が迫り易くなることじゃ。今回は家族に教える。大丈夫そうだから次は知人に教える。そして次は……。そうやって教えることに危機感を感じなくなるかもしれん。そして秘密を持つ者が増えれば、その秘密が漏れる危険性が増える。最終的に自分の首を絞める行動を取ろうとしていることを、努々ゆめゆめ忘れるでないぞ」

「肝に銘じます」

「では、今日の鍛錬を始めるぞ」


 師匠は、魔法使いが白い目で見られる事実を知っているが故に、積極的に魔法使いを増やそうとはしていない。そして、魔法使いである俺が嫌な目に合わないように心配をしてくれている。だからこそ、俺の家族であっても俺が魔法使いであると知らせるのを危惧している。……が、それでも俺の意志は尊重してくれているのだろう。その証拠に、俺がアンゲラに魔力素の扱い方を教えることを無理に止めさせたりはしない。反面、家族であっても気を抜くなと言っている。心の弱い俺には、ズシリとくる重い言葉だが、その言葉を言ってくれるのは有り難い限りだ。


「前回の鍛錬から少し間が空いたからの、今日は少し御復習いおさらいをしておこう」

「では、何から行えば?」

「基本中の基本、魔力制御からじゃ」

「わかりました」


 俺は師匠のやろうとしていることの意図がわかった。

 口では散々魔法を教えることの危険さを説いておきながら、その実、やるからにはしっかりと教えられるように、こうして初歩の部分を俺にやらせながら教え方を伝授……とまではいかなくても、俺が教え易くできるように手解きをしてくれるのだろう。


 冗談でも誇張でもなく、俺はこの人が師匠で本当に良かった。


「ほれ、集中が疎かじゃぞ」

「はい、すみません」


 まだ師匠と知り合う前、俺はとにかく必死で魔力制御の練習ばかりしていた。

 師匠と知り合ってからは、沢山のことを教えてもらって魔力制御の練習を怠りそうになったが、魔力制御は一生練習し続けないといけないのだかからと、惰性で作業的になんとなくやっていた。

 しかし、誰かに魔法を教えるとなると、この魔力制御は必ず教えなければいけない。

 そう思って真剣に魔力制御の練習をしてみると、惰性で作業的にとはいえ日々毎日繰り返し行っていたので上達はしている。……しているのだが、上達の度合いが一時期より少ないと感じさせられた。


 でも、こうやって気付けるのも師匠のお陰なんだよな。

 いや~、俺の師匠は最高の師匠だよ。


「何をニヤけておる。もっと集中せんか」

「す、すみません」


 そうだ、俺は最高の師匠に指導を受けているんだ。今は訓練に集中しよう。


 そして俺は感情を押さえて訓練に集中するのであった。

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