第十六話 夢のような時間
「――のようなた感じで盗賊を捕らえたのです」
「凄いですブリッツェン様」
アーデルハイトに盗賊捕縛の話を聞かせて欲しいと言われ、第三者視点でクラーマーが伝えた後に俺が補足する形で話したのだが、シェーンハイトが月の輝きを思わせる金色の瞳をキラキラさせ、まるで英雄譚でも耳にするかの如く興奮していた。
「ネルソン様との模擬戦でもそうでしたが、私は姑息な戦い方しかできませんので、シェーンハイト様にそこまで感心していただくのは些か面映ゆいです」
魔法を使っているのは勿論内緒だが、それを差し引いても俺の戦い方はどうにも姑息だ。それを感心されるのはなんだかなー、と言う気持ちになってしまう。
「なにを仰います。ブリッツェン様はその小さなお身体で大きな盗賊を捕らえられたのですよ。それこそブリッツェン様の柔軟な発想による勝利ではございませんか。もっと誇ってよろしいと思います」
ふんすっ、と言いそうな勢いで両拳を胸前で握るシェーンハイトは、俺以上に俺をわかったように言い寄る。そして、その表情が殊の外可愛らしかった。
シェーンハイト様は随分と興奮してるな。女の子なのに英雄譚のような話が好きなのだろうか? 物語を見聞きしてその主人公に自分がなったような気分になる人は要るが、シェーンハイト様からもそんな雰囲気が漂ってるな。
「シェーンハイトは少し変わった子でして、女の子なのに戦記などの英雄譚が大好きなのですよ」
アーデルハイトは相変わらず笑顔なのだが、『困った子だわ』と言った感じを滲ませている。というか、俺がシェーンハイトに抱いた疑問をアーデルハイトはなぜ気付いたのだろうか? 不思議で堪らない。
「シェーンハイト様は騎士を目指されているのですか?」
そんなわけねーだろー、と思いつつ、念の為に聞いてみた。
「わたくしは皆様のお役に立てるようになりたいのですが、非力ですので戦闘ではお役に立てそうもありません。それなので、いつか『聖なる癒やし』を使えるようになり、傷ついた人々を癒やして差し上げたく存じます」
「ご立派なお心掛けでございますね」
六歳の幼女にしては随分としっかりしてるな。可愛らしい見た目にしっかりした心掛け、これだけで引く手数多だろうに、更に公爵令嬢などと言う素晴らしい地位もある。シェーンハイト様の将来は安泰なのだろうな。
底辺貴族で八歳の俺が、公爵令嬢を上から目線で見守るようなことを口にしたら怒られるだけじゃ済まないだろう。それでも、シェーンハイトは守ってあげたくなる雰囲気を醸し出しているので、立派に成長して幸せになってもらいたいと上から目線で思ってしまう。
「それにしても、あの場にブリッツェン様がいらしてくれたのは私にとって僥倖でした。無事に品物をキーファー辺境伯にお届けでき、こうしてアーデルハイト様のお手元に届いたのも全てブリッツェン様のお陰でございます」
「そうですね。ブリッツェンさんがクラーマーさんをお守りしてくださったお陰で、こうしてこれ等の物を手にすることができたのですから」
クラーマーが納品した品々はアーデルハイトに贈られる装飾品だったようで、こうして無事に役目が果たせたのは俺のお陰だと感謝しきりだ。それにアーデルハイトも同調し、俺はどうすれば良いのかわからなくなってくる。
ちなみに、公爵夫人に平民であるクラーマーが『クラーマーさん』と呼ばれるのは恐れ多いので呼び捨てにして欲しいとお願いしていたが、俺と同じように受け入れてもらえなかった。
「感謝の押し売りも良くありませんからね。クラーマーさんもこの辺で」
「そうでございますね」
アーデルハイト様は空気を読めるのね。才色兼備とはアーデルハイト様のような人を言うのだろうな。あぁ~、もっと身分の低い人でアーデルハイト様みたいな女性がどっかにいないかなー。
恋愛など暫く先だと決めたのに、間近にアーデルハイトがいると俺の頭はお花畑になってしまうようだ。
「それにしてもブリッツェンさんは興味深いです。その戦闘力も素晴らしいですが、物言いや思考もまた八歳とは思えない程しっかりしていますよね」
「ええと……、私は自分が普通だと思っていますので、何とも言えませんね」
実際は三十六歳だからな。八歳らしくないのは仕方ないだろう。
まぁ、それでも最近は精神年齢が肉体年齢に近付いてきている気もしないではないのだが……、それは考えないようにしよう。
「それと、ブリッツェンさんは珍しい髪と瞳の色をしてらっしゃるのね」
「それは……、はい」
俺の”黒髪黒瞳”が悪魔の子と呼ばれる忌み子だと言われているのは当然知っている。俺がこの身体で覚醒する前に、見知らぬ子どもから『悪魔退治』などと言われて暴行を受けた記憶がある。初等学園でもビョルン達に俺が魔術を使えないのは悪魔の子だからだ、などとも言われる。
だが、面と向かって”黒髪黒瞳”のことを口にされたのはそれくらいで、思いのほか
ただ、今日も俺の髪と瞳の色を確認したり、僅かに聞こえる程度の声で囁かれたりはしていたので、陰口は叩かれているのだろう。
なので、俺に取って忌まわしいこの外見に関しては、できれば触れて欲しくない部分であったため、まともな返答ができなかった。
「ブリッツェン様はいつか英雄になるお人なのです」
俺が口籠ったまま暫し思案に耽っていると、シェーンハイトが突然そんなことを言い出した。
「わたくしの大好きな大昔の英雄譚の主人公は、黒くて艶やかな美しい髪に強い意思を輝き変えた黒の瞳を持つ英雄です。凄く大きなドラゴンを大魔法で倒した大英雄なのですよ。ですが、現実にそのようなお人はおりませんでした。しかし、初めて大英雄と同じ色の髪と瞳をお持ちのお方に出会えました。それがブリッツェン様なのです。ですから、ブリッツェンも大英雄になるに違いありません」
なんだ? ”黒髪黒瞳”は悪魔の子で忌み嫌われるのであって、大英雄などとは程遠いはずなのに、なんで目の前の美少女はこんなに興奮してるんだ?
「シェーンハイトは本当にその手のお話しが大好きでして、この子の言う御伽噺も私が子どもの頃に読んでいた本のお話なのですよ。尤も、私が大好きだったそのお話を聞かせた影響で、他の英雄譚も好きになったのですけれども」
アーデルハイトもその本が大好きだった言う。
「確かに、私以外にこの髪と瞳の色の方を見たことはございませんが、単に珍しいだけでありましょう。実際に、私は魔術適性の無い落ちこぼれですので」
魔法を使うのは”劣った者”という風潮があり、それは貴族の中でこそより顕著に思われていることのはず。それでも御伽噺の古い話を引き合いにするくらいなら許されるのだろうか? 大魔法でドラゴンを倒した英雄などとシェーンハイトは言うが、ここで「私は魔法など使えません」と敢えて言う気にもならなかった。
「いいえ、今のブリッツェン様は力を蓄えている時期なのです。きっとこれから、ブリッツェン様は進化するに違いありません」
「ブリッツェンさんごめんなさいね。シェーンハイトは英雄譚の主人公に似た特徴を持つ貴方に会えて、少々興奮してしまったようね。公爵家の者としてもう少しお淑やかにしてもらいたいのだけれども」
興奮するシェーンハイトを横目に、小首を傾げて柔らかそうな頬に手を当てたアーデルハイトは、またもや『困った子だわ』といった表情を見せた。俺はその優雅で滑らかな仕草と表情に見惚れそうになったが、ここで見惚れてはいけない。
「私はそのような大人物と同列に語られるような者ではありません。ですが、そのように仰って頂けるのは面映ゆくもありますが、大変光栄であります。辿り着けるとは思いませんが、少しでも近付けるよう努力したいと存じます」
シェーンハイトは「ブリッツェン様なら辿り着けます」などと言っているが、まずまず無難に応じられたと思う。
その後も暫く他愛もない話しを続け、俺は散々持ち上げられ、少々……いや、かなりむず痒い思いもしたが、アーデルハイトが見た目だけではなく内面まで素晴らしい女性であることなどを知れた夢のような時間もお開きとなった。
アーデルハイト様のことを知れたのは良かったけど、シェーンハイト様も可愛らしいだけではなく芯のしっかりした子で、考え方や理想などもそこら辺の子とは全然違い、流石は公爵令嬢と言うべき部分を知れたのは良かったな。英雄譚が大好きな部分は面食らったけど……。
それにしても、シェーンハイト様は随分と俺に興味津々だったけど、かといってお近付きできる人ではないんだよな。残念だけど仕方のないことだ。
アーデルハイトとシェーンハイトと語らう夢のような時間の最後に、『またお会いしましょう』とアーデルハイトが社交辞令を言ってくれたが、社交辞令を真に受けないよう自分に言い聞かせるのは、それはなかなか大変であった。
「本日は大変お疲れ様でございました。明日は予定どおりでよろしいですか?」
「そうですね。クラーマーさんにはご迷惑をおかけしてしまいますが、よろしくお願いします」
「迷惑などではありませんよ。――では、また明日お伺いいたします」
キーファー辺境伯の領主館からクラーマーに寮まで送ってもらった俺は、明日の予定を軽く話して別れた。
「それにしても今日は疲れたな。ビョルンとの模擬戦は想定内だったけど、次期キーファー辺境伯で騎士であるネルソン様との模擬戦とか予想できるわけがない」
もしかしたらキーファーの領軍の中からそれなりの人と模擬戦をやらされるかも、とは最悪の事態として想定していたが、あそこまで大物とやるとは全く思っておらず、ネルソンとの手合わせは完全に想定外だったのだ。
「模擬戦での疲れもあったけど、何よりアーデルハイト様とシェーンハイト様との会談での精神的疲労はかなりのもんだったな。まぁ、二度とあんな機会はないだろうから、一生の宝物となる思い出にはなったし、結果的には良かったのかな? それに、これも貰ったし、これこそ一生の宝物になるな」
俺の身分では、アーデルハイトとシェーンハイトを独占する会談など二度目は有り得ないだろう。そう考えたら、疲れはしたが得難い機会を得られた、と素直に感謝すべきだ。それに、アーデルハイトからライツェントシルト公爵家の家紋を模したペンダントを頂いた。裏面にはアーデルハイトの名前が彫ってある逸品だ。これは、一生の宝物とするしかない。
アーデルハイトに、このペンダントは何かしらの効力のある物ではないが、見る者が見れば何らかの効果を発揮してしまうのであまり見せびらかせてはいけない、と言われた。
暗に公爵家……というか、アーデルハイトと親しいまでいかなくても顔見知りであると伝えられる、という意味だろう。ちょっとした後ろ盾である。
俺の自惚れでなければ、何かあった際に俺の助けになるようにとペンダントをくれたのだと愚考する。だが、俺はこのペンダントを一生の宝物とし、公爵家の力を借りるために使うつもりはない。
「まぁ、一生の宝物になる物は貰えたけど、この世界に握手の概念がなかったことだけが残念でならない。べ、別に下心ってわけじゃないけど、せっかくだったら手と手の触れ合い……、というか、あの人に身体の一部でも触れたかった。いや、ペンダントを渡されたときにほんの少しだけアーデルハイト様の指先が俺の手に触れたっけ。でもなんて言うの? 軽く触れるんじゃなくて握手でガッと……いやいや、なに言ってんだ俺は」
思いっきり下心満載の俺であったが、言っていてなんだか虚しくなってしまった。
「あー、でもアレか? もしかして、俺が大出世して侯爵と言わないまでも伯爵とかになればシェーンハイト様を娶れるんじゃないのか?! いや、それはないな。それ以前に、罷り間違って俺がシェーンハイト様を娶るとなっても、シェーンハイト様がアーデルハイト様の娘で、将来アーデルハイト様のようになりそうだから、なんて理由であれば、それはシェーンハイト様に失礼過ぎる。いくら有り得ない話だとは言え、そこまで不遜な考え方をしてはダメだ」
気分が高揚していた俺は、あり得ない妄想で調子に乗っていた。こんな思想で行動したら碌なことにならない。分不相応な考えは捨てた方が身の為だと、何度目かの同じ反省をした。
「しかしなんだな、アーデルハイト様には瞬速で失恋したけど、なんだかシェーンハイト様にも失恋したような気分になってきたな」
恋愛経験のなさがこうして露呈してくると、持ち前のボッチスキルでマイナス方向の考え方になってしまうようだ。
こうなると、いろいろな意味で精神鍛錬が必要だということを思い出させられる。
「さて、ネガティブ思考は追いやって、かなり遅くなったけど今度こそ久しぶりの帰郷だからな。今日はゆっくり休もう。寝れば少しは沈んだ気分も回復するだろうし」
今日は疲れた一日だったが、アーデルハイトとシェーンハイトの美しくて可愛らしい女性二人と出会えたことを神に感謝し、いつも以上に熱心にお祈りして、魔力を放出しきった俺は眠りに就いた。
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