第八話 師匠

「さて、今日はこれで終りにするかの」

「ありがとうございました師匠」


 今日の鍛錬が終了した。


 お爺さん改め”師匠”は、あれから俺に『魔法のいろは』を教えてくれている。

 本当の初期の初期だけしか魔法を知らなかった俺は、まだ習い始めて十日程ではあるが、自分だけで得るには何年かかるかわからない程の知識を師匠は教えてくれた。

 とはいえ、魔力が錬成できて知識さえあればすぐにできることも多々ある。だが、その知識が何より重要であるので、その知識を自力で習得するには数年かかっていたであろう。


「ブリッツェンは属性魔法を知らなかったからこそ、無属性魔法で魔力制御を繰り返し行っていた。結果的には理想通りの鍛錬を積んでおったわけじゃの」

「本には魔法制御と書かれていましたが、これは生涯やり続けることを推奨していましたからね。ですが、属性魔法を使えるようになったら俺は魔力制御を疎かにしていたでしょう。なので、無属性魔法だけに没頭できたのは良かったと思います」


 派手な魔法とか覚えたら、俺なら今度はそればかり練習してしまいそうだ。


「それにしても、基本四属性のみならず光と闇属性にまで適正があるとは、本当に驚きじゃ」

「毎日それ言いますね」

「四属性と光か闇のどちらかの五属性に適正を持つだけでも珍しいと言うのに、六属性全てを使える者など、遥か昔に僅かにいただけで、ここ千年以上はいなかった稀有な存在なのじゃ。未だに信じられんわ」


 どうやら、基本四属性の一つに光と闇のどちらか、などは神官に多くいるらしい。だが、光と闇の両方の属性に適性がある者は数百年単位で見ても一人いれば御の字で、基本四属性と光と闇のどちらかの五属性持ちも数十年に一人いればという感じのようだ。そこにきて六属性持ちなど御伽噺の世界でしか存在しないのだと言う。そして、御伽噺であれば、六属性持ちで魔力素の上限値が少ないことは在りえない、と師匠は言うので、俺は想像以上の魔力素を持っているかもしれない。


「まったく、珍しく子供の魔法使いを発見したと思ったら、御伽噺の存在だったとは驚きじゃ」

「そんな話を聞かされた俺も驚きですよ」


 とはいえ、自分がそんな驚きの存在であることを、誰にも知られずに生きていかなければならないんですけどね。


「それはそうと、光属性が世間で聖属性と呼ばれる『聖なる癒やし』だったとは知りませんでした」

「あれは単に神殿で習得できる魔術じゃ。聖属性と呼ぶ方が”如何にも”神殿らしいからの、神官がわざわざそう広めたようじゃ」

「いえいえ、そう言うことでは無くてですね、熱心に祈りを捧げる信者で神殿の奉仕活動などを行わないと聖属性は取得できないと思っていたのに、同じ意味の光属性を俺が使えるのが不思議だと思ったのですよ」


 俺も神官見習いの姉と神殿で多少はお祈りなどもしていたが、聖属性が使える姉たちほど俺は一生懸命なお祈りをしていない。それなのに、俺が光魔法を使えるのは何故だろうか。


「それであれば、神の加護が関係していると伝えられておる。本当かどうか確かめられんが、心の清い者や神を敬う者に光や闇の属性は加護として与えられるらしいの」

「光はなんとなくわかりますが、闇も神様の加護なのですか? むしろ、悪いことをした人に闇属性は与えられる気がしますがね。罰的な何かで」


 聖属性とも呼ばれる光はわかる。だが、聖や光に対して闇は悪とかの悪いイメージがあるので、どちらも神の加護と言われる理由がわからない。


「光と闇は言葉通り相反する属性じゃ。回復のような生命エネルギーを与えたり、加護や付与と呼ばれる仲間の能力を上げる力を与えられる光属性に対し、毒を与えたり精神汚染をさせるのが闇属性じゃ」

「どう考えても闇って神から与えられる感じは無いですよね」


 この説明を聞いても、やはり納得がいかない。むしろ、より疑問が湧いてくる。


「では、荒んだ心の持ち主や犯罪者に闇属性が与えられたらどうなる? 面白半分に井戸に毒を撒く。気に入らない者の精神を汚染する。他にも色々とできるの」

「あぁ~、そうですね」


 そうか、そうだよな。


「それ故、清き心の持ち主や真剣に神を崇める者でなければ与えられないのが闇属性と言われておる。――アテにならんが一説によると、全くの邪心の無い清らか過ぎる心の者や、清い心を持ち勤勉な者に闇属性が与えられると言われておる。儂もそんな気がしないでもないとは思っておるがの」


 悪人だからと闇を与えたら、それこそ危険な世の中になってしまうな。だったら、逆にしっかりした人に与えるのが自然だ。これでやっと合点がいった。

 アテにならない説は、俺にはなんとも判断がつかない。


「ブリッツェンのような光と闇の両方を持つ者は存在が稀じゃ、そこに関してはアテにならな過ぎて語られてもおらん」


 俺は敬虔な信者ではないけど、よくよく考えたら毎晩のお祈りは日課になってるし、なんだかんだ神様を信仰している。自己保身のためだが。

 しかし、それで光か闇のどちらかの加護が貰えるのは百歩譲って納得できる……いや、俺はかなり自分勝手だから、百歩どころか千歩譲っても貰える気がしないのだが、既に貰っているのだから深く考えるのは止めよう。

 それにしても、どちらかだけでも貰えたのが奇跡なのに、両方の属性が貰える理由は全くわからない。

 俺は必要の無い殺生をしてしまっている自覚があるので、邪心が無いとか清い心の持ち主ではないのだから。


「答えの出せんこと考えて詮無きことじゃ。とはいえ、六属性持ちなどそうそう出現せんのじゃ。せめてブリッツェンの特徴を後世に伝えるのは必要かもしれんの」

「そうそう現れないのでしたら、それもまた次の六属性持ちが現れる頃には消失してしまうのでは?」

「そうかもしれんが、消失するのと初めから伝えないのでは意味が全く違う」

「そ、そうですね」


 俺のことが後世に語られるとか、何そのぞっとしない話。本気で止めていただきたい。


「それはそうと、明後日の乗合馬車でメルケル領に帰るのに師匠は付いてきてくれないのですか? 俺はまだ師匠に教わりたいことが山程ありますが、流石に三ヶ月もある夏休みで一ヶ月くらいは実家に帰らないと不味いですし……」


 どの道、冒険者になったら家を出る気だし、家督に関係ない三男の俺が家族と離れることは確定している。だから夏休みだからといって帰省しなくても俺は大丈夫なのだが、本来なら初等学園に通わせてもらえない三男の俺を学園に通わせてくれた両親に顔を見せるくらいするべきだろうと、夏休み中に帰省するのは俺の中で決定事項だった。たとえ予定より遅くなっても帰省しない選択肢はない。


「ブリッツェンが新しいことを知りたいと思う気持ちはわかる。しかし、お前さんは魔法の知識を得てからそれ程の時間が経っていない。それ故、今は覚えたことをしっかり使いこなせるように繰り返し練習することが必要じゃ。そうしている間に新たな発見もあるじゃろう。なによりブリッツェンは放出魔法がまだまだ苦手なようじゃからの、その辺は数をこなして身に付ける必要がある」


 それは何度も聞いて理解している。俺の我儘なのもわかっているが、それでもまだ師匠から教わりたいのだ。


「それにの、儂は定住の地を持たない流浪の民じゃ。しかし魔法使いゆえ、儂を探ろうとする者がおらんとは言い切れん。こうしてブリッツェンと一緒におるとお前さんに迷惑をかける事態があるやもしれん。だからこの機会にお前さんと離れるのじゃ」

「でしたら、いつか俺がもう少しマシな魔法使いになったら、そのときはまた魔法を教えてくれますか?」


 今は覚えた魔法を繰り返し練習して、精度を上げるという目標がある。特に放出魔法の飛距離や威力は実践で使えるレベルには程遠い。しかし、その先は今の俺にはどうすれば良いのかわからない。だから、師匠と明日で離れるのであれば、またいつか師匠からアドバイスを貰える確約が欲しい。


「縁があればまた会うであろうが、いつ何処でとは約束できんの」

「それなら、俺が師匠を探します。師匠を見つけられたら、その時はまた魔法を教えてくれます?」

「その時は教えてやろう。まぁ、その時にブリッツェンが儂から教えを請う必要がない程成長しているのを願うがの」


 魔法は想像力だと師匠は教えてくれた。受け継がれる魔法も確かにあるが、本来の魔法は個々が想像して生み出すのだと。だから、一流の魔法使いは自分なりの魔法をいくつも持っている。俺も自分だけの魔法を想像力で、そして創造力で創り出せと師匠は言う。


「自分がどれ程の魔法使いになれるかわかりませんが、自分なりに頑張ります。でも、師匠にまた会いたいです」

「な~に、いつかまた会えるじゃろ。――さて、今日はもう帰って休め。明日は最後に試験をするからの」

「試験ですか? 楽しみですね」


 どんな試験かわからない。でも、師匠に俺の魔法を見てもらうのは最後になる可能性もある。だから、明日は精一杯頑張って楽しもう。


 師匠に会えなくなる、と寂しがるのではなく、師匠に少しでも俺の成長を見てもらおう、と俺は前向きに考えるようにしたのであった。

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