第九話 メタボのオッサンと盗賊

 翌日、師匠と最後の鍛錬ができる日。俺はいつもとは違う森へ向かった。

 昨日師匠から、「明日は狩りをするから北の森へ来い」と言われていたのだ。


「暫く街道を北に向かって、道が二股で別れたら街道から外れて西に進むって言ってたよな」


 師匠曰く、狩りをするにはなかなか良い場所なのだが、少々立地が悪いのであまり好まれない場所だとかで人の出入りが少なく、試験に持って来いなのだとか。

 師匠の言葉を思い出しながら街道を歩いていると、視界に違和感を覚えた。


「ん? さっきから見えてたあの馬車、なんか様子がおかしくないか?」


 少し前に、前方からこちらに向かってくる馬車を視界に捉えていたのだが、急に停まったかと思えば、数人に馬車を囲まれていた。

 安全な街道を歩いていた俺は、無駄に魔力を使わないよう自分の極近くのみに探知魔法を使っていただけだったので、慌てて探知魔法の範囲を拡大した。


「馬車には従者の一人だけっぽいな。それを五人で囲って、少し離れた場所に一人……か」


 状況的には物取りのようだが、それを俺が颯爽と現れて解決……なんて簡単にできるとは思わない。かといって、師匠に知らせに行ってる間にあの御者が殺られてしまう可能性を考えると、今ここから離れる選択肢は選べない。


「盗賊が俺の存在に気付いていればのうのうと馬車を襲ったりしないよな。ってことは、俺には気付いていないだろう」


 そう思った俺は、念の為に街道から少し外れ、木々の隙間を縫いつつ馬車までの距離を詰める。

 俺の存在が狭小過ぎて気付いても無視されているとは全く考えていない。


「どうやらこの盗賊は普通の盗賊のようだな」


 盗賊には二種類あり、物は奪うが殺しはしないのが普通の盗賊で、大多数がこのタイプだ。では、普通ではない盗賊とはどのような盗賊かと言うと、いきなり襲って皆殺しをしてから物資を奪う性質たちの悪い極一部の盗賊だ。

 では、なぜ普通の盗賊が殺しを行わないのかというと、人的被害がなければ大規模な盗賊刈りが行われないからだ。物的損害は確かに困るのだが、それならば移動をする人が護衛をしっかり雇って自衛をすれば良い、というのが国や領主の考えだ。

 例えば、徴収した公的に運搬が必要な物資などには必ず護衛を付けている。納税物でないにしても、護衛用の代金をケチって被害を受ける商人などはある意味自業自得だと思われているので、それを逆手に取って殺しを行わない盗賊が増えている。

 とはいえ、殺しを行わない盗賊でも結局は盗賊であることに変わりないので、盗賊は殺してもよい、と法律で定められている。しかし、盗賊を殺すと今度は盗賊の方が殺されまいと必死に戦うようになり、襲われる商人や護衛などの人死の被害が増える。それを抑えるために”盗賊は極力殺さない”という暗黙のルールが出来上がったようだ。

 見逃した結果、盗賊は何度も襲撃を繰り返すことになるのだが、それでも見境なく殺人を行う盗賊が増えるよりマシだと言う判断なのだろう。


「まぁ、殺しを行わない盗賊であっても、何か盗むことに変わりないんだよな。それに、犯行現場を目撃しているのにその犯行を見逃すのも俺的には何か嫌だし」


 視界の中にいる御者が殺されていないことで、今回の盗賊は殺しを行わない普通の盗賊であろうと安心したが、殺しが絶対に無いとは言い切れないし、物取りが犯罪であることには変わりない。自分の力を過信しているわけではないが、どうにかできるならどうにかしたい気持ちはある。


「ん? 動き始めたな」


 俺が馬車に近付き、木の陰から御者が鼻髭を生やしたメタボ気味なオッサンであると視認できたとき、二人の盗賊がオッサンに剣を突き付け、三人が幌馬車の荷台に乗り込んでいった。


「御者に神経を向けている二人なら何とかなるかもしれないけど、離れている一人が厄介だな。――考えていても仕方ない」


 取り敢えず、離れている一人……隠密と名付けよう、隠密が魔術師と想定して動くことにした。そのため、気配と魔力を消し、肉体と身体の強化をする。


 実は師匠に教わって知ったのだが、体内で使う無属性魔法は扱い易いので複数種類を使用するのは比較的簡単であると。そして練習をしてみると、実際に四つの魔法を併用しながら行動することもできた。

 身体強化と肉体強化だが、身体強化を行うと身体に付加がかかるが、身体強化でかかる付加を肉体強化で補えば大丈夫なことも判明した。ただし、肉体強化を先に発動させ、後に身体強化を行うと強化された肉体に対し限界を超えた身体強化が行われるので、以前のように激しい筋肉痛や靭帯断裂の可能性が出てしまう。


「放出魔法がもっと上手く使えれば遠距離から見張りを倒したりできたのだろうけど、今できないのは事実だからな。現実を受け入れないと」


 俺の稚拙な魔法では、……あまり練習していない火魔法は森林火災の恐れもあり怖すぎる。これは論外だ。

 風の刃では相手の身体を切り刻んでしまうかもしれない。水魔法はそもそも威力が足りない気もするし、現状の土魔法では自分の近辺の地形を少し変えるくらいしかできない。これでは、放出魔法などとても使えないのだ。


「のんびりしてる時間はない。絶対に鼻髭メタボのオッサンが殺されないという確証はないんだ。――やれる範囲でやるしかない! 俺はやればできる子!」


 メタボのオッサンは俺が絶対に助ける、と誓った俺は自分を鼓舞し、模擬戦ではない本気の対人戦を初めて行うこととなった。




 まずは、見張りの死角をついて忍び寄り、背後から剣の腹で足を刈って勢い良く倒した。が、勢いが良過ぎたようで、地面に後頭部を打ち付けられた見張りは気絶してしまった。まぁ、想定の範囲内なのだが。

 急に倒れた相方を見て、もう一人の見張りが倒れた見張りに慌てて近付いてきたのを待ち受け……、などと悠長なことはせず、俺は迫ってくる見張りとの距離を一気に詰めると見張りの懐に潜り込み、剣の柄頭を鳩尾に叩き込む。すると、この見張りも見事に気絶させてやった。


 俺は御者台で唖然としている鼻髭メタボのオッサンに、「残りの賊も仕留めますので大人しくしていて下さい」と伝え、オッサンが壊れた張り子の虎人形よろしく首が取れんばかりにガクンガクンと上下に振っているのを見て、少しでも早く事を済まそうと思った。


 二人の見張りは「うぎゃあ」だの「ぐわぁ」だの叫び声を上げてくれたので、幌で覆われた馬車の荷台の中で荷漁りをしていたであろう三人の盗賊は、その叫び声で外の異変に気付いたらしく、荷台の幌を捲くって慌てた様子で飛び出てきた。


「おい、どうした」

「な、何があったんだ!」

「何だ何だ?」


 御者台の下に身を隠していた俺は、駆け寄ってくる先頭の賊の脛に剣の腹を叩き込み転ばせるとさっと御者台の下から飛び出し、通り過ぎた二人目の賊の脹脛へ向かって剣を振り抜いて腹の部分で刈り倒すと、慌てて剣を構えた三人目に肉薄し、柄頭を鳩尾に叩き込んだ。


「思ったより簡単に倒せたな」


 率直な感想がポッロっと口から零れた。


「すぐに起き上がりそうなのは……いないな。残るは隠密だけだけど、魔力が一度も発生していないってことは、もしかして魔術師じゃないのかな? 何にしても、倒すまでは油断しないようにしないとだな」


 あまりにも呆気無く五人を倒した後だが、まだ浮かれるのは早い、と気を引き締める。

 

「隠密は馬車の前方に気がいってるだろうから、馬車の裏から少し大回りで木の陰に潜み、その後一気に距離を詰めて、取れるようなら隠密の背後を取ろう。ダメだったら、……正面からぶつかるしかないな」


 方針を決めた俺は即座に行動に移した。


 おっ、まだ呑気に馬車の方を見つめてる。これなら簡単に背後を取れるな。――それにしてもこの人、随分と身長も高いし筋骨隆々の良いガタイだな。百九十センチくらいありそうだし、体重なんて軽く百キロ超えてるだろ?! これは、魔術師的な隠密と言うより、高みの見物を決め込んでる剣士系の親分かな?


 早めの行動が功を奏したようで、簡単に隠密の背後に回り込めた俺は、隠密の体格について考察してみた。


 まぁ、詠唱を必要とする魔術師なら詠唱文を声として出させないようにするだけで対応できるからそれはいいとして、隠密が近接戦を得意としているなら、力の篭った攻撃を受けないように気を付けよう。


 意を決した俺は音を立てずに腰から剣を抜き、そっと隠密の首に剣を当てた。


「小山の大将は高みの見物ですか。いいご身分ですね。それで、貴方が親分ですかね?」


 ただ殺せば良いのであれば、これだけ無防備な人の背後から首筋に剣を当てていられるこの状況なら簡単にれる。だが今は殺人が目当てではないので、紳士的な立ち振舞を心掛けて行動してみたのだ。

 無防備な人の背後から首に剣を宛てがうのが紳士的かと問われれば、それは紳士的とはいえないだろう。しかし、この人物が先に倒した五人の味方であれば、こちらの安全を考慮した中では紳士的な行動といえるのではなかろうか。


「――なっ! テメーいつの間に……」

「いつの間にって、貴方がボケっとしてる間にですけど。――ところで、貴方が親分なのですか?」


 俺は姿を完全に消したりできるわけではないのだから、もう少し広範囲に意識を向けていれば俺に背後を取られることはなかっただろうに、隠密は御者台の方にばかり見つめているからこうなっただけだ。

 それより、この隠密が親分なのかどうかが気になる。


「何のことだが、わからねーな。俺様はたまたまこの現場を見て、関わるのが面倒でやり過ごそうと思っただけだ。――ほれ、獲物も手にしちゃいねーぜ」


 あぁ、事なかれ主義の赤の他人って線もあるか。そうだよな、赤の他人がわざわざ単独で盗賊に関わるのって普通に考えたら危険だもんね。事が落ち着くまで大人しくしてるのは不思議じゃないし。


 隠密の言葉を聞いて、俺は首筋に当てていた剣を下ろした。

 ――すると、こちらに振り向こうとした隠密が、拳を握り裏拳を俺目掛けて振ってきた。


「――っ!」


 咄嗟に身を屈めた俺は、いざという時に撃てるよう準備していた無属性の魔力弾を咄嗟に隠密の腹に放ったのだが、隠密は俺に拳が当たらなかったことに驚いたのか、それとも腹に魔力弾の衝撃を受けたことに驚いたのかわからないが、言葉にならない声を漏らすと苦痛の表情を浮かべ、汗をダラダラとかき始めた。


 咄嗟に放った魔力弾だったけど、これだけ近ければ大まかに腹を狙うだけなら簡単に当てられるな。でも、威力は思ったより低いな。吹っ飛ばせるとは思っていなかったけど、せめて膝を着かせるくらいはできると思ったのに、威力が弱かったのか隠密が頑丈なのかわからないな。……まぁ、どちらにしても俺の魔法はまだまだ甘いってことだな。


 未だ戦闘中であるにも拘らず、俺は直前の出来事の考察をしていた。が、隠密がゆっくりと剣に腕を伸ばしているのを目で捉えると、意識を現状に引き戻してこれからの行動を瞬時に考える。


 この隠密は体格からして膂力はあるだろう。まともに打ち合うのは得策じゃない。ってことは、煽って冷静さを奪うのはどうだろう? 偏見かもしれないけど、この手の人って煽られたりするとすぐにカッとなって冷静さを失いそうな気がするんだよね。そうなると、いくら力があっても……、いや、力があるからこそ力任せな動きをすると思う。それなら――


「俺とやり合います? 貴方では俺に勝てないと思いますが、どうぞかかってきて下さい」


 俺は『やれやれ仕方ないから相手してやんよ』と言葉にこそ出してはいないが、さも小馬鹿にしたような態度をすると、隠密は冷や汗を浮かべながら歪めていた顔を紅潮させ、俺を射抜かんばかりの視線で睨みつけてきた。


「……! 舐めるんじゃねーガキがっ!」

 

 煽った効果は覿面だったようで、隠密は腰から抜いた剣を無造作に振り上げると、力任せに振り下ろしてきた。


 ――カキーン!


「……なっ!」


 剣筋がわかっていれば対応することは簡単である。俺は振り下ろされる隠密の剣に自分の剣を合わせると、剣を受け止めるために軽く込めていた力を更に込め、上方へと押し上げてやった。

 弾き返されたことが誤算だったのだろうか、隠密は目を見開き驚愕の表情を浮かべていた。


 身体強化と肉体強化の同時発動はやはり効果が大きいな。とは言え、今回は初めての出来事に慎重を期して少し魔力を多めに使っていたし、もっと魔力は抑え目でいいのかもしれない。


「ああ、この程度か。……なるほど」


 身体強化と肉体強化の魔法に使う魔力を調整しつつ、対人用の魔力量の調整が済んだ俺がそのことをポロッと零してしまったのだが、どうやら隠密は勘違いしたようだ。


「まだ言うかクソガキ! ふざけんなテメー!」


 どうやら俺が煽ったと受け取った隠密は、怒りを露わに力任せに剣を振り回し始めた。


 独り言は控えなければダメだと自覚してたけど、また独り言で余計な状況にしてしまったな。反省しないと。

 そんなことを考えながら隠密の剣を躱していた俺は、既に魔力弾を撃つ準備を整えおり、隙きを見付けて隠密の腹に放った。


「ほいっ、ほいっ、そりゃー」


「ガッ……! クソ…………ガキ……」


 膂力のある大柄な男が俺を目掛けて間近で剣を振るう様は迫力があり、いくら動きが見えているといってもなかなかに緊張した。しかし、そんな緊張も相手を無力化するとゆっくりと解けてきた。


「めっちゃ怖かったぁ~」


 不意に吐き出された独り言は、なだかんだ俺の本心だったと思う。


 これにて、俺の初めての模擬戦ではない本気の対人戦は終了したのであった。

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