第七話 無属性魔法と属性魔法
「ところでブリッツェンよ、お前さんの魔法は独学で身に付けたのか?」
爺さんの話に興味津々で聞き入っていると、今度は質問をされた。
「そうです。魔法入門と言う本の初歩の初歩だけを読んで、無属性魔法の魔力制御を覚え、少しだけ自分なりに考えた魔法を練習している感じです」
「無属性魔法だけか?」
「そうですね」
火の玉を飛ばしたりしたかったけど、どうやれば良いのかわからなかったし、間違えて大変なことになったら、と思うと怖くて練習もできなかったからな。
「シカを切りつけたのは風魔法だったが、あれはどういうことじゃ?」
「え? あれは普段から魔力制御に練習していた魔力を放出する魔法を、魔力が刃になって飛んでくれたらいいな、って思って撃っただけですけど」
「ん? あれは風魔法ではなかったのか」
「えーと、多分……」
爺さんがなぜか驚いた表情をしているが、何かおかしなことを言っただろうか?
「無属性魔法のような属性を持たぬ魔力と言うのはの、放出すると霧散してしまう性質なのじゃ。そのために無属魔法を霧散させず放つ練習は魔法制御の鍛錬になる。だが、無属性魔法は攻撃目標にダメージを与えられる魔法ではない。普通はの」
「えっ?」
「その無属性……いや、魔力弾を刃にしてシカの脚を斬りつけるとは、ますます面白い奴じゃの」
無属性魔法は攻撃魔法じゃなかったのか。知らなかった。
「ちなみにじゃが、無属性魔法は各属性魔法のような属性による恩恵がない。それはどういうことかと言うと――」
爺が説明してくれた。
魔力とは、体内にある魔力素と、自然界に存在する魔素を混合したものだ。だが、放出した魔力は魔素が自然に還ってしまうので霧散してしまう。それを防ぐために、魔力内の魔力素を操り魔素が自然に還らないように制御することで魔力の具現化を維持しているのだが、体内の魔力は自身の中にあるのでまだ魔力素を操るのは容易だ。しかし、一度体外に出ると途端にそれが難しくなる。
だがしかし、属性魔法――今回は仮に火魔法の火の玉だとすると、核となる魔力を火属性の火が覆ってくれる。それにより魔力の中の魔素が自然に還るのが遅くなる。
こうして属性魔法は体外でも魔力として長く自然界に残れる。だから、核が剥き出しの無属性魔法を体外で長く維持されるのは難しい。
ただ、莫大な魔力であれば、魔素が自然界に戻るのに時間がかかるため、それだけ長く自然界に残れる。なので、魔力量と制御に自信があるなら無属性でも攻撃は可能だ、と爺さんは言った。
「ブリッツェンはその年齢にしてはなかなか魔力制御もできているようじゃが、魔力量そのものが多いようじゃの」
「確かに、魔力素はかなり多いと言われました。それだけに、魔術に適性が無いことを嘆かれましたけどね」
「やはりか。とはいえ、無属性魔法で攻撃するのは効率が悪い」
「効率ですか?」
「そうじゃ」
爺さんの言うとおり、無属性魔法は体外で長時間使うのは難しいと思う。
「ブリッツェンは無属性魔法以外が使えないのか?」
「使えないというか、使い方を知りません」
「うむ。そうなると、周囲を探知する魔法は無属性魔法を使っているのじゃな?」
「そうですけど」
「……恐ろしいの」
なぜ俺が恐ろしいのだろう? それと、効率とどう関係があるんだ?
「それで効率についてなのですが」
「そうじゃった。儂は周囲の気配を探るのに風属性を使っておる」
「風ですか?」
「そうじゃ。――確かブリッツェンはシカに放った斬撃は魔力の刃を飛ばそうとしたのじゃな?」
「そうですね」
「その時にイメージした魔力の刃を、今度は風でイメージして飛ばしてみよ」
爺さんはそう言うと、少し離れた場所に俺を連れてきた。そこは青々とした節くれ立つ細い木が所狭しと密生していた。日本人的に言えばここは竹林だ。
爺さんは俺を竹の前に立たせた。
また効率から離れた気がするが、風魔法のことを教われそうだから別にいいと俺は思った。
「おっと。その前に、昨日と同じように無属性魔法で魔法の刃をこの木に放ってみよ」
爺さんは突然、昨日と同じことをしろと言ってきた。
そうなると、あの時は魔力の刃が剣の先から飛んだらいいな程度だったから、無手でそれをイメージするのは難しいな。
「昨日みたいに剣から飛ばすイメージでもいいですか?」
「その方がイメージし易いならそうするが良い」
爺さんからお許しを貰った俺は剣を手にし、昨日の出来事を思い出す。
「こんな感じだったかな。……そりゃ」
間抜けな掛け声で横薙ぎに振られた俺の剣は空を切るが、その先に並ぶ前列の竹が五本ばかり切断された。
「前方に放出したつもりでしたが、横に広がって飛んでいたのですね」
「そのようじゃな」
これでシカの左脚を切り飛ばした以外に右脚まで傷付けた理由がわかった。
メインで狙っていた左脚に攻撃が命中していたが、横に広がっていた魔力の刃が右脚にも掠っていたのだろう。
それはそうと、本来のイメージとは違っていたが、まぐれだった前回の再現を狙ってできた。
それにしても、一度に五本の竹を切断してしまう魔法は凄いな、と心底思った。
「今は身体強化の魔法は使ったのか?」
「そう言えば、昨日は肉体強化魔法を使ってたんだっけ。忘れてた。――ええと、今は素の力で剣を振りました」
「ふむ、やはり今の刃は純粋に魔法として放たれたのであろう」
「魔法って凄いですね」
あまりにも間抜けな感想を漏らす俺である。
「次こそ、魔力の刃では無く風の刃を飛ばしてみよ」
爺さんはそう言うと、違う木の前に俺を立たせた。
「あのぉ~、風の刃を飛ばすってどうやるのか知らないのですが……」
今まで無属性魔法しか知らなかったのだ、いきなり風の刃を飛ばせと言われてできるはずがない。
「簡単なことじゃ。今飛ばした魔力を風に見立てるだけじゃ。魔法と言うのは想像を具現化してくれる。ならば、魔力を飛ばすのではなく風を飛ばすことを思い浮かべれば良い」
随分と簡単に言うけど、そんな簡単なもんなのか? この爺さんなんだか胡散臭いな。でも、言われたとおりやってみるか。
「わかりました。え~と~、風だな風。ふわっ……違う、しゅっ……こんな感じかな? しゅっ――えっ?」
正しいかどうかは別として、俺は何となく
自分でやったことだが、こんなに何十本も竹を切断するとは想像していなかったので目の前の出来事に驚いている。いや、そもそも「こうかな?」くらいの軽い気持ちで練習しただけだ。
危ねえー。こんな練習を一人でしなくて良かった。もし屋内でこんな練習してたら……、うん、大惨事だな。
室内で鎌鼬が飛んでいき、家具などがメチャクチャになっている場面を想像した俺の背筋に冷たいものが走った。
「これが属性魔法の恩恵じゃ」
「属性魔法の恩恵?」
勝手に身震いしていた俺は、アホのように鸚鵡返しをしてしまった。
「簡単に言うと、先にやったのは霧散し易い無属性魔法で放った魔法で、今は形状を残し易い風魔法だった結果じゃな」
「それだと何が恩恵なのか分かりません……。もう少し詳しくお願いします」
「流石に簡単にし過ぎたな」
むしろ回りくどくてもいいから、しっかりわかるように説明して欲しい。
「うむ、まず無属性魔法より属性魔法の方が魔力の霧散が起り難いのは理解しておるな?」
「それは一応理解しています」
「ということは、同じ魔力で撃ち出された魔力であれば、属性魔法の方が長く存在する。では、手前の列を切断した時点で霧散しててしまう無属性魔法の刃より長く残っていられる風魔法の刃であれば、その奥の木を倒すことはできよう」
「それは、まぁ……。ですが、その先の竹……木を数十本も切断するのはどうなのですか?」
単に魔力の核を属性魔法で守っているだけとは思えない。
「当然じゃが、風の属性で魔力の核を守っているだけではなく、属性による底上げが行われておる。風は切り裂くような事象に長けておるからの」
「それは、風属性魔法が無属性魔法より長く現存出来るのに加え、威力と言いますか切断する力も増加してくれた、と言うことですか?」
「その通りじゃ」
なにそれ、超有り難いんですけど。
「これで何が言いたいかと言うとじゃな、……そうじゃな、木を五本倒すのに必要な魔力量の違いじゃ。無属性魔法であれば、今消費した魔力が必要であるが、五本だけ倒すのであれば、風魔法ならもっと少ない魔力で済むであろう?」
「ああ、そうですね。今はどちらも同じくらいの魔力の消費でしたから、風属性魔法で五本倒すならもっと少ない魔力消費で撃てますね」
攻撃に限定するわけではないけど、仮に攻撃について考えた場合、無属性魔法を使って出せるダメージと風属性魔法で出せるダメージであれば、断然風属性魔法の方が上だ。そして、最大ダメージを出す必要が無いのであれば、無属性魔法で出せるダメージは、風属性魔法なら半分以下の魔力消費で出せる。これはどう考えても属性魔法の方が効率が良い。
「本来は属性魔法の恩恵……例えば風属性であれば切り裂く能力の底上げなどじゃな。このような能力の底上げが主目的で、おまけとして魔力の核を守ってくれることがあるのじゃ」
「魔力の核を守ってくれるのは大きなメリットだと思いますけどね」
「魔法は属性在りきで使うからの。自身の適正外の魔法や無属性魔法を体外に放出して使おうとすること自体あまりない。故に、魔力の核が属性魔法で守られていることを当たり前だと思い、恩恵とは思わんのじゃ」
俺は自分以外の魔法使いは目の前にいる爺さんが初めてだけど、爺さんはちゃんと魔法を教わったとか他の魔法使いを知っているのだろうな。だから魔法の常識を知っていて、俺が常識外の考え方なのも分かるのだろう。
「それから、周囲を探知する魔法じゃが、ブリッツェンは魔力そのものを周囲に広げておるじゃろ?」
「その通りです」
「霧散し易い無属性の魔力をあれだけ広げられるのも驚きじゃが、あれを”風に魔力を乗せて”やれば今より格段に操作範囲を広げたり、現状の範囲でより精度の高い情報を求められるじゃろう」
マジっすか?! 風属性凄くね。
「そもそも、魔力そのものをあれだけの範囲に広げれば、魔物の住まう地なら魔物に自分の存在を知らしめることになるからの、普通ならやらんぞ」
「あぁ~、俺はまだ八歳で伏魔殿に入れないですからね。魔物のことは全く考えていませんでした」
余談ではあるが、伏魔殿について軽く説明する。
伏魔殿とは、古来より『魔物が伏せて獲物である人間を待っている地であり、その地にはほぼ必ず神殿がある』と言う理由で命名された場所であり、この世界で唯一魔物が住んでいる地のことである。が、実際には魔物が伏せているわけではなく、普通にその範囲内を闊歩している。また、伏魔殿と言ってもその範囲内に神殿が存在しているだけであって、場所は森などの自然環境下にある。
この伏魔殿と呼ばれる地は、魔素が多く集まった所謂”魔素溜り”で、集まり過ぎた魔素によって汚染された地であり、その汚染された魔素が魔物を生み出している。その結果、伏魔殿は魔物の住まう地であり、俺の住むシュタルクシルト王国は勿論、大陸各地のあちこち存在している。
また、魔物は伏魔殿から出てくることはほぼ無く、伏魔殿に入った経験のない俺は一度も生きた魔物を見たことがない。
「確かに伏魔殿以外で魔物がいることはほぼ無いが、魔素の濃くなり過ぎた地から魔物が溢れ出る氾濫が極稀にある。それに、出没頻度は低いが伏魔殿の外にドラゴン種が飛んでいることがあるからの、絶対に魔物が伏魔殿から出ないわけではないぞ」
「そうらしいですけど、そうそう無いようなので気にしてませんでした」
「それも仕方ないのであろうな」
今の俺にそんなレアケースを考慮する余裕は無いし。
「で、どうじゃ?」
「何となく感じが掴めてきたので少し範囲を広げてみましたが、既にいつも以上の範囲を索敵できています」
「随分と飲み込みが良いようじゃの。わからんようならコツを教えようと思ったのじゃが、その必要はなさそうじゃ」
しれっと、いつもの探知魔法と違い”魔力を風に乗せる”と言う感じで練習していたのだが、爺さんはそれに気付いていたようだ。
と言うか、コツとかあるなら当然教わりたい俺は、爺さんに頼んで教えて貰った。
探知魔法もそうだが、それ以外にも教えを請うた俺は、今日から暫く爺さんから魔法を教わることになったのだった。
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