第六話 爺さんは魔法使い?

「早速ですが、質問してもよろしいですか?」

「構わんぞ」


 激動の一日を体験した昨日から一夜明けた今日、いつも俺が魔法の訓練を行っている森の中の定位置で爺さんと再会し、一通りの挨拶を終えるとすぐに質問の許可を得た。


「それでは質問します。まず、お爺さんはどうして俺が魔法を使っていることを知ったのですか? まぁ、俺が毎日同じ時間にここへ現れていたことを知っているようですので、少なくても数日は俺の訓練を見ていたのだと思いますが、それでも魔法の訓練をしていることに気付かないと思うのですが」


 推測の部分は当たっていると思うが、それでも魔法の訓練をしていると見破られた理由が俺には見当もつかない。


「見ておったからの」


 爺さんは森の木々の隙間から覗く青空へと目を向けると、笑みを浮かべて語り始めた。

 爺さん曰く――


 旅の途中でこの森を通りかかった際、自分の身体を掠めるような魔力を感じ、その魔力の出処を探ると一人の子供が魔力を纏って剣を構えて周囲を警戒している姿を見かけた。


『あの少年が周囲を探知する術を発動しておったようじゃな。じゃが、魔術にそんな術があったかの?』


 その日、その少年が気になったので見守り、日が暮れて移動する少年の後をつけ寮に入るのを確認した。少年は寮に入ると発動していた術を停止したのだろう、魔力が感じられなくなった。

 翌日、少年はまた魔力を纏って森に入るので後を付けて行くと、昨日と同じ場所で更に魔力を纏って剣を振り始めた。が、ここで疑問が確信に変わりつつあった。


『剣を振るのに使うのは通常であれば身体強化の魔術じゃ。しかし、この坊主の纏った魔力の量がやけに多いの。それに……』


 身体強化の魔術で己の強化をした剣士が纏う魔力の量は、誰であっても同じ魔力量だ。なぜなら、同じ術であれば誰が使っても同じ魔力量を消費するのが魔術なのだから。

 だから不思議に思った。少年の纏う魔力が、身体強化の魔術で使われる魔力量より多かったこと。そして、魔術には必須の魔法陣を使わずに魔力を纏っていたことに。


『やはり、今までのは魔術でないのか?』


 その言葉が意味するのは、この少年が魔術以外の術を使っているか、爺の知らない魔術ができたかのどちらかだ。

 しかし、新しい魔術だとしても、魔法陣を使わない魔術はないであろうことは予想できる。であれば、この少年が使っているのは魔術以外の術。それは即ち”魔法”だ。


 それから暫くの間、爺は毎日少年の鍛錬を見守っていたが、ある日少年は狩りに出た。

 拙いながらもシカを退治し、鍛錬の際には使用していなかった斬撃の魔法も使っていたのを見て、あれが咄嗟に出たのであれば大したものだと感心もした。しかしその後が拙かった。

 爺は少年が周囲を探知する魔法を、シカと遭遇する直前に停止していたのを自身の周囲を掠めていた魔力がなくなったことで知っていた。

 それなのに、少年はシカを仕留めた後もなかなか発動させずにいたので、少し離れていた場所にいたイノシシが少年に向かっていたことに気付いていなかった。


『まぁ、この小僧であればこの程度のイノシシは仕留められるじゃろう』


 この少年であれば問題無いと思っていた爺は、直後に虚を突かれる。

 イノシシを返り討ちにすると思っていた少年は、何とイノシシに背を向け逃走するではないか。爺は慌てて少年を追った。

 少年は途中から更に大きな魔力を纏ったが、なぜか地面を踏みしめ跳び上がった、かと思えば木を蹴り、そのまま木を蹴り折った勢いで地面に叩き付けられ転がっている。

 流石に拙いと思った爺は、少年を木陰に横たわらさせてイノシシを追い、そのイノシシを仕留めた。



「こんな感じで儂はブリッツェンを見ておったのじゃよ」

 

 意気揚々と自分のストーカー行為を事も無げに話した爺さんは、自信消失気味の俺を見て僅かに眉根を寄せた。


「なんじゃ? 何かいいたそうじゃの」

「お爺さんが私を見ていたことや魔法を使っていたことを見抜いていたのは理解しました。でも、どうして俺……私はお爺さんの存在に気付けなかったのですか?」

「話にくいのなら普段使いの口調で構わんぞ」

「……そ、そうですね。一人称は俺にします」

「それで、何故ブリッツェンが儂の存在に気付けなかったか……だったか?」


 爺さんに話をはぐらかされたのかと思ったらそうではなかった。


「そうです」

「それは儂が先にブリッツェンの存在に気付き、それ以降はずっと儂が気配を断っていたからじゃな」


 なんとビックリ、爺さんは俺の探知魔法のような何らかのすべで俺の存在に気付いたと言う。


「俺の探知魔法はまだまだ範囲が狭いことはわかっています。ですが、お爺さんはその範囲外から俺の動きの詳細がわかったのですか?」

「いや、ブリッツェンが発動していた魔法の範囲内におったぞ。だから気配を断っていたのじゃ」

「気配を断つ?」


 爺さんは「そうじゃ」と言うや否や気配を断ったのだろう、目の前にいる爺さんの存在感がみるみる薄くなっていく。探知魔法に意識を向けても、爺さんの気配がいつもは見逃している小虫程になっていた。


 これは凄い! これが使えれば獲物のすぐ傍まで近付けるじゃないか!


「凄いです! これだと全然気付けません」

「気付かれないようにしているのじゃ、当然のことじゃな。とはいえ、今のように視界に捉えられているときに魔法を行使しても、存在が薄く見えるようになるのが限界じゃな」

「それでも十分に凄いです。――あの~、お爺さんは魔法使いなのですか?」

「何を今更。その通り、儂は魔法使いじゃ」


 やはり爺さんは魔法使いだった。


「魔法使いは”劣った者”と見倣されると聞きましたが、俺にそれを伝えて良かったのですか?」

「ブリッツェンも魔法使いじゃろ?」

「そうですが……」

「ブリッツェンが魔法使いでなければ儂が魔法使いであることは伝えんかった。それ以前に声をかけんかったの」


 まぁそうだろうな。


「そういえば、旅の途中で俺を見かけたと言ってましたけど、魔法使いを探す旅をしているのですか? お爺さんの他にも魔法使いはいるのですか?」

「旅といっても定住の地がないからふらふら彷徨さまよっているだけじゃ。他の魔法使いなども知らんな」

「そうなのですか……」


 もしかして、爺さんは魔法使いを探して集めてる魔法の国の人だったりしないかな、などと思ったがそんなことはないらしい。

 しかし、定住の地がないと言うのは、やはり魔法使いだからなのだろうか? しかし、身の上についてあれこれ詮索するのは良くないだろう。


 この謎だらけの爺さんは何が目的なのかわからないが、俺が初めて出会った魔法使いというだけではなく、俺の”知りたい”を満たしてくれる人であるようなので、上手く関係を構築して末永くお付き合いしたいと思う。


「そう言えば、俺ならあのイノシシを倒せるとお爺さんは思ったようですが、俺には無理だと思うのですが」

「ん? そんなことはないぞ」


 爺さんは『何を言ってるんだコイツは?』みたいな顔をしているが、俺からすると『この爺さんは何を言っているんだ』と思ってしまう。


「実際にあの場面、ブリッツェンは襲い掛かってくるイノシシを引き付けて、直前で左右のどちらかに飛んで手放さないようにしっかり剣を握ってイノシシの足の高さで固定する。それでけだ突っ込んできたイノシシは自分の勢いと自重で前足が落とされたじゃろうな」

「そんな簡単にいくわけないですよ。だってあれ程の巨体ですよ? 手放さないようにしっかり剣を握っていられるはずがないじゃ…………あるのですか?」

「ブリッツェンがシカの首を一撃で落としたのを見ておったが、あの首を一撃で落として更に余力がありそうなのを感じたが」


 シカの首を落とすのに気合を入れて剣を振り下ろしたが、それは確かに熱したナイフでバターを切るが如く余裕の手応えだった。だからといってあのイノシシに対し、俺が剣を構えて待ち構えた状態で、その剣を手放さずに維持するのはかなり難しいと思うけど……。


「まぁ、経験がなければあの大きさの獣が突っ込んでくるのは恐怖であろう」

「そうですね。俺はシカですら背後から狩っているので、イノシシと面と向かって戦うのは正直キツいです」


 牙を剥いた何百キロもの肉の塊が、もの凄い勢いで向かってくるのを待ち受ける……。想像しただけで恐ろしい。


「いくら技量があっても実践を経験していない兵が戦力にならんこともあるからの、ブリッツェンもまだ実力に精神が追い付いてない感じじゃな」

「そもそも、俺は実力自体がまだまだですけどね」


 爺さんは俺を高く評価してくれているようだけど、まだ小さい獲物をやっと一人で狩れるようになった程度だし。でも……もしかして、魔法使いであればそれくらい当たり前なのかな?


 俺はますますこの爺さんに惹かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る