第4話

 出発当日、二人はやや大きめのリュックで現れた。待ち合わせの場所に早朝着くと、まず電車で東北を目指すことにした。

 旅の計画は荒削りにしか立てていなかったので、取り敢えず電車に乗った。

 わたしの手先を遺棄する場所。

 仁菜はそう思いつつ心の中で鼻歌を歌った。

「青森の方まで行ってみる?」真一が訪ねた。

「そこまでは行かなくていい。いまどこらへん?」

「福島らへんかな」「じゃ次の駅で降りよう」

 二人の旅は、明確な目的地が無いものだから、終始こんな感じだった。仁菜にいたっては、降りた駅名すら確認しなかった。真一は「本番」があるので覚えておいたようだ。

 そこから少し歩くと、大地は開けていた、建物らしき建物がなにもなかった。水田や畑ばかりなのである。

「寺あるかなあ」

 真一が地図を見る。

「ねえ」「うん?」「あの山の中行ってみない?」その山はここから歩いてすぐの場所で、高さはそんなになかった。

「ああいう山の中って、祠程度ならあるでしょ、きっと」

 仁菜がずんずん歩き出した。

 山に近づくと、うっすら人の通るべき道のようなものがあったので、そこから登っていった。少し登ると、急に開けて、小さな小さな神社のような、祠のような、そんなものが現れた。

「あったじゃん」

 真一がびっくりしていうと「ね?」と仁菜は少し笑った。

 仁菜はその建物の床の方をチェックした。一応縁の下はある。ここは木々が生い茂っているので暗く、遺棄するには最適かと思われた。

「手先、ここにする」

「ここでいいの?」

「うん、ここがいい」

 こんな、うっそうとした、誰も来ないような社の軒下に、成人女性の手が二本落ちているなんて、誰も想像できないだろう。仁菜はそこが気に入ったようだった。

「手先棄てるときにね」

 思い出したかのように仁菜が言った。

「この指輪、したままにしておいてくれる?」

 仁菜は左手中指の指輪を触りながら言った。

「わかった」

 俺は本当にここで仁菜の手先を社の下に投げ入れるのか。真一は、イメトレしてみようにも、なかなか出来なかった。

「じゃここはこれでおしまいー」

 仁菜がそういうので少しだけ登った山を下山することにした。

「レンタカー借りようと思ってたけど、不要だったね」

 真一がそういうと「安上がりな女でしょ」と仁菜は言った。

「次は猪苗代湖か」

 真一が地図を見る。

「ここからだと電車よりやっぱり車のほうがよさそうだな」

 そう言って真一は携帯の電波の状況を確かめたが、あまり芳しくないみたいで、駅のほうに歩いていった。仁菜はそれに続いた。ようやく電話が繋がると、真一は今居る場所を伝え、ここまで車を持ってきてもらう手配をした。

「ちょっと待つと思うけど」真一は言った。

「今そんな風にレンタカー呼べちゃうんだね」

「便利だよな」

 二人はガードレールに寄りかかって、思い思いの時間を過ごしていた。

  真一は草の葉を撫でている仁菜の指先を見た。左手の中指には大振りの指輪がしてある。その手はとても美しかった。この手を体から切り離す。それはやれるかやれないかではなく、やるべきことだった。

「あ、あれじゃない?」仁菜が言った。

 白い乗用車が向かってきた、二人の前で止まると精選を終え乗ってきた人は駅に向かっていった。

「大変なお仕事ね・・・」

 仁菜は感心した。


 車に乗り込むと猪苗代湖へドライブである。二人とも気分は爽快であった。

「運転疲れたら言ってね、わたしも一応免許あるから」

「一応だろ?」

「うん、ペーパーだけど」

 そういって仁菜は笑った。

 矢張りこの子は笑ったほうがいい。真一は再確認した。この子が死ぬまでの間、出来るだけ笑わせてあげよう。そういう状況をつくってあげよう。そうも思った。

 二人は一見して観光客にしか見えなかった。まさか遺体遺棄現場を探しているとは見えなかった。仲の良いカップルかなにかに見えた。

 気分爽快で猪苗代湖まで向かった。道は驚くほど空いていて、程なくして目的に辿り着いた。

 車を降り、散策する。

 安全のためか、水辺と人が居られる場所までの距離はかなりあった。

「ここから投げ入れたら目立つよねー・・・」

 仁菜が心配そうに言った。

「何か他の方法を考えないと」

 仁菜は辺りを見回してから「ちょっとぷらっとしてくる」と歩き始めた。

 真一がその様子を見ていると、仁菜は倉庫のような建物の前で止まり、中に入ろうと試みていた。

 真一が慌てて走り近寄った。

「なにしてんの」

「この中どうなってんのかなーと思って」

 扉は鍵がかけられていて開かなかった。「あかないよ」真一は言った。「そうみたいね」

「じゃあ、あれ乗ろう」

 と、仁菜はスワンボートを指差した。

「いいよ」

 ボート乗り場でお金を払い、早速乗り込むと、ペダルをこぎ始めた。

「これ利用できる」

 仁菜が呟いた。

「これで湖面までこれるから、あとはそっと落とすだけ」

 仁菜は言った。

 それか・・・、 仁菜は続けた。

「この中に放置してもいい。足を」

「えっ」真一は思わず声を出した。

「だってわたしたちの目的は完全犯罪じゃないし、この犯罪が見つかったらどうせ湖総洗いされて見つけられちゃうし、だったらここに放置でも問題ないかなーと思って」

 意外に大胆なのだな、仁菜は。真一は思った。

「それに暫くの間わたしのあしがスワンボートで猪苗代湖を右往左往してるかと思うとそれはそれで乙なもの」

「いやいや、そっと落とすよ、水の中に」

「そう?ありがと」


 二人はボートから降りると車へと向かった。

「しかしさっきのお社にしてもスワンボートにしても、白昼堂々の犯行じゃないと駄目ね、夜だと怪しすぎる。できる?」

 仁菜が思慮深げにそう言った。真一は「うまくやるよ」と言って彼もまた何かを考えていた。


 仁菜は考えていた。自分は被害者で人生終えられるけれど、真一は犯罪者としての人生が待っている。例えば、刑務所に入って模範囚で出られたとしても、それはかわらない。若い女性を刺し殺し、遺体を切断していろいろなところに棄てた犯罪者として、一生を終えなければならない。計画している通り広範囲に遺棄が出来たら、大事になるだろう。遺棄現場を知らせない為にわたしに何か出来ることはないだろうか・・・。

 でも考えてみたら、こうしてわざわざ下見までして遺棄現場を探している時点で、警察は捜しにくいのではないだろうか。縁もゆかりも無いところに遺棄するのだから、その線を警察も追えないのではないだろうか。真一が自供しない限り。

 わたしは遺体が回収されて全部纏まっちゃって、同じ棺桶で焼かれるのはごめんだと思っていた。

 そう考えると、真一には申し訳ないが、完全犯罪に興味も湧くのだった。遺体が見つからなければ、犯罪は発覚しないだろう。

 ・・・それとも真一さんはわざわざ自首するつもりなのかな。

 ひとしきり考えて、仁菜は今度真一に自首するのかどうか聞いてみようと思った。

 車の中で地図を見ながら、今日のうちに東京湾と横浜湾も行っちゃう?」

 真一は言った。

「そうね」

 東京湾と横浜湾は夜での犯行になるだろう。これから着くまでにちょうど夜になって、いい下見が出来そうだった。

「そしてその後少し移動して、西に行くよ。宿は静岡あたりでとろう」

「うん」

「静岡に着く頃ちょうど夕飯時だ。何食べる?」

「なましらす!」

 仁菜は即答した。

「今時期かな・・・」

 真一は思案すると、車を走らせて、湾へと向かった。


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