第3話

 ついに俺にもツキが廻ってきたぞ。人を殺して中に入れるなんて、この世間様ともおさらばだ。しかも死体損壊遺棄なんて何年入ってられるかな。

 真一は武蔵野市の自宅でパソコンに向かいながらそう思った。

 パソコンではツイッターが流れているけれど、そんなものこのときは見ていなかった。

 イメージトレーニングをしていたのだ。

 首を切りつけ、仁菜を殺す。そのあと残虐にも遺体を損壊し、各々別の場所に棄てるのだ。

 棄てるちょっとした旅をするのだ。その度の途中でつかまってしまい、遺棄が充分に出来なかったら仁菜が可愛そうだ。

 ここら辺のことをうまく考えなければ。

 損壊した死体は部分的とはいっても重いだろう。十分に包んで、ハムとでも書いて現地の郵便局止めにしてもらおう。

 におったらまずいので、クール宅配だな。

 その前に、俺が死体を切り分け化ければならない。重要な作業だ。仁菜の望みどおり、部位ごとに切れるだろうか。

 洋服を脱がすのが面倒だな。

 仁菜には裸で挑んでもらうしかなさそうだ。

 今日浴室のチェックを兼ねて繰ればよかった。UBは狭いだろう。殺すのはUBであってもいいが、解体は他の部屋でもいいかな。その方がやりやすそうだ。

 俺たちは完全犯罪を目論んでいるわけではない。

 仁菜は死んで、俺は捕まって、それがハッピーエンド。

 このことが真一の気を浮つかせていた。

 これで完全犯罪を狙うとなったら、かなり難しい事案だろう。頭も今の800倍は使わなきゃいけない、多分。

 つまり、今回はいたるところに血痕は残していいし、消し去る必要もないのだ。殺したことは、バレていいのだ。でなければ俺は捕まらない。

 しかし仁菜の体をうまい具合に分散させてあげたいから、それには気を使う。そして殺した直後に捕まってしまっては、仁菜がバラバラになれないので、そこも気を使う。ここら辺ももうちょっと考える必要があるな。

 しかし仁菜はいい子だ。

 無愛想だけど、今日ちらりと笑顔が見えた。可愛く笑うじゃないか。よほど恋人のことが悲しいのだろう。笑えないなんて。

 その笑えない仁菜が、自分の殺人計画で少し笑った。

 仁菜にとってもこの計画はいいものなのだろう。

 お互いがお互いにとってこうもよく影響し合うとは、これが“win-win”の関係というやつか。

 真一はビールを開けた。一気に半分くらいまでを喉に流し込む。息をついて、今日の酒はうまい、そう思った。

 そして、暫く休みもらわないと、遺棄場所めぐり出来ないな・・・と思った。

 真一はウェブコンテンツを作っている会社でデザイナーをしている。ずっと申請していなかった有給を一気にどかーんと使うか。もう今後にとっておく必要も無いのだし。そうしよう。

 空になったビールの空き缶をゴミ箱に入れ、電気を消し、真一はベッドへと雪崩れ込んだ。

 しかし不思議な子がいるものだ・・・。眠り行く頭の中でぼんやりとそう思ったところで、眠りに落ちた。




 数日後。また二人は仁菜のアパートで会議をすることにした。

 仁菜はこの前と同じようにベッドに座り、真一は床のクッションに座った。

「わたしね、考えてみたの。どこに棄てられたいか」

「おう、宿題だったもんね」そう真一が笑うと、仁菜もかすかに笑った。

「頭は都内のどこかにごろんと置いてもらって、手先は東北の方のどこでもいいけど神社の軒下にごろんと投げ入れて欲しい。上腕部は猪苗代湖とかなら安全そう。錘つけてね。体は錘をつけて、東京湾か横浜湾に沈めて。三崎口も考えたんだけど、あそこだとすぐ見つかりそうだから。でね、足先は手先と同じように、今度は大阪か京都のお寺の下にごろんとして。腿は出雲の神西湖に沈めて欲しい。錘つきでね」

 そう喋っている仁菜は楽しそうだった。

 本当にこの子はバラバラにされてバラバラに棄てられたい欲がすごいのだな。と真一は思った。

「となるとだ、行き先は、東北、猪苗代湖、東京湾、横浜湾、大阪、京都のどちらか、出雲の神西湖、となるね」

「結構広範囲だね・・・」

 仁菜が気にかけていた。

「頭は最後に都内にごろんでしょ?」

「そうね、最初にごろんとしたらすべておじゃんね」

「よし、これらの場所を下見に行こう」

「お仕事休めるの?」

「俺はいままで働きづめだったから、休みが有り余ってるんだ。最後にどばっと使わせてもらうよ」

「そうなんだ。わたしはいつでも休めるから・・・」と言いかけて、仁菜は

「そっか、わたしも有給どっかーて使えばいいんだ」といって少し笑った。

「定期預金も全部解約しちゃおう」

 仁菜は矢継ぎ早にそういった。

「そのお金で引っ越すから、真一さん一緒に住まない?」

「え?!」

 真一は驚いた。真一は頭の回転は良い男だが、そこまでは予想できていなかった。

「え?なんでまた」

 驚いたまま聞いてみると、仁菜は少し女の子っぽい表情になった。

「わたし、同棲ってしたことないの。他人と暮らすのがどんな感じか知りたい。相手がわたしを殺してくれる人なら安心だと思ったの。それにもっとわたしたちお互いのこと知ったほうがいい。人生最大のプロジェクトをやるんだから」

 まあ人と暮らす上でその人とトラブルになり殺されてしまう例もあるが、今回の場合そんな心配はいっさいないのだ。寧ろ最後に殺される予定なので、安心なのであろう。

「それとも彼女居るの?」

 真一は苦笑いした。

「もう5年はいないよ」

「じゃあよくない?駄目?あくまで提案だけど。」

「うーん、考えておくよ。俺も同棲はしたことないから興味はある」

「いいお返事待ってるね」

 ここでは確かに仁菜は笑った。

 真一はそれを見て、可愛いと思った。


「では、遺棄場所巡りの旅行の計画立てましょう」

 仁菜がベッドから降りてきて床に座り、テーブルの上に日本地図を広げ、言った。

「まずわたしたちがいるところ、大体この辺ね」

 そのあたりにピンクのポストイットを貼った。

「次、東北なんだけど東北のどこがいいのかなそこらへん行ってみてから決めてもいい?」

 仁菜は真一の様子を伺った。

「もちろん」

 真一は快諾した。

「東北の神社でしょ?たくさんあるところ調べておくよ」

「ありがとう」

 そして仁菜は「次は猪苗代湖」。ポストイットを猪苗代湖に貼った。

「で、東京に一旦帰ってきて、東京湾、横浜湾」

 ぺぺっと二箇所に仁菜はポストイットを貼った。

「で、足の行く先は西」

 と、京都大阪あたりを指でなぞっている。

「寺が多いのはやっぱり京都じゃない?」

「だよね」

 そういってポストイットを京都に適当に貼ると、「ここも下見してから決めたい」と仁菜は言った。

「いいよ」

「そしてー、何故かの神西湖」

 と、仁菜は最後のポストイットを貼り終えた。

 ポストイットを貼り終えた日本地図を見ると、ポストイットは本当に日本国を点々としていた。

 それを見て仁菜は感動しているようだった。

「こんなにも、わたしがバラバラになる・・・!」

 感動ではなかった、明らかな感激だった。

 つくづく不思議な子だと、真一は考えていた。それほどまでに、今の状況が苦しいのだろうか。そんなことおくびにも出さず。

「はやくバラバラになりたい・・・」

 さっきと同じ表情のまま、仁菜は呟いた。

「肝心の頭はどこにおこうかな」急に仁菜がこちらをみたので、ぼんやり仁菜を眺めていた真一ははっとした。

「どういう場所がいいの?人通り多いとこ?そうでもないとこ?」

 色んな都内の情景を頭に浮かべながら、真一は聞いてみた。

「うーん、人通り多いと置くとき大変でしょ?だからそんなに多くないところだけど、人は通る、みたいなとこがいいな」

「朝の渋谷は結構いけると思うよ」

「ほんとに?」

「まさかこんなところに人の頭置かないだろうっていう意外性と、本物じゃないだろうっていう先入観とがあいまって、結構うまくいくかも。うまくいったらこんなにセンセーショナルなこと無いぜ?」

「いいね!!明け方置いて!!そこにおいて!!」

 完全に仁菜は笑顔だった。

「よし、大体のことは決まってきたな。あとは地方の神社や寺だけだ」

 実際に赴いてみて、仁菜に決めてもらうしかない。レンタカーを借りよう。そう真一は思った。

「いつにするー?まず東北行っちゃおう」

「来月だと好ましいかな」

 真一は言った。

「じゃ3週間後の月曜日、出発にしよう」

「おう」

 仁菜はポストイットが貼られている日本地図を、ポストイットが剥がれないように、丁寧に壁に張った。

 そしてそれをみやり、満足げだった。

 すると仁菜はおもむろにキッチンへ行き「なんか食べる?」と真一に聞いた。

 そういえばお腹がすいている。

「いただくよ」

「なんでもいい?」

「もちろん」

「じゃあパスタね」

 仁菜がパスタを作っている間、改めて真一は仁菜の部屋を見渡した。

 過剰な装飾は無い

 ベッドはチャコールグレーで落ち着いた雰囲気だったし、部屋全体はこじゃれた感じではあった。とてもシンプルだった。

 不思議な空間だった。どことなくスタイリッシュなのだ。仁菜はセンスがいいんだな、と真一は考えた。

 しばらくそうやって部屋を見渡していると、思いのほか早くパスタが出来上がった。

「できました。和えただけ」

 真一の目の前に置かれたパスタはとても美味しそうに見えた。急に空腹を感じた。

「じゃ、遠慮なく、いただきます」

 くるくるとフォークにパスタをまきつけ、口に運ぶとクリーミーなチーズの味わいが広がった。とても美味しかった。

 同じようにくるくるとフォークにパスタをまきつけている仁菜に「おいしい!」と言った。

「こんなの簡単なんだから。だれでも出来ちゃう」そういうと仁菜もパスタを口に入れた。

 真一も、仁菜も、ひとり暮らしである。

 こんな風に誰かとご飯を部屋で食べるのは、なかなかに久しぶりであった。真一はふと最後の数ヶ月くらい、仁菜と同棲してもいいかもな、と思った。二人の相性は悪くはないし、楽しく最後を過ごせられるのではと思ったのだ。二人で食べる食事は、意外に美味しかった。

「誰かに、美味しいって言ってもらえたの、ほんとうに久し振り・・・」

 もぐもぐしながら遠い目をして、仁菜が言った。

 その姿はどこか儚げに見えた。

 食べ終わったお皿を真一が回収すると洗い始めた。

「え、いいのにそのままで」

「そういうわけにもいかんでしょ」

 手際よく真一は食器を洗らいおえ、洗い物かごに立てかけた。

「ありがとう」

 仁菜が言った。

「いやこちらこそご馳走様」

 この子のおかげで、俺の人生も終焉を迎えることが出来そうだ。感謝しないといけない。こんなくそったれな世の中なんかに息していられるか。仁菜は、そんな世の中を昇華してくれているような、そんな印象だった。

「ねえ・・・」

 仁菜が歯切れ悪そうに言った。

「なんで刑務所入りたいの?」

「ああ、いってなかったっけ」

「うん」

「俺な、一応仕事もしてるし生活も出来てるけど、そんな中になまらなくフラストレーションを感じるときがあるんだよ。世の中に対するヘイトみたいな。世の中どうせ金で動いてて、金がすべてで、それで汚いだろ?、塀の中は規律ばかりで美しいし、金なんて関係ない。毎日決められた作業を特に感情も持たずにやればいいだけ。俺にはそういう生き方があってると思ったんだ」

「へえ・・・」

一気に喋り終えると真一は「多分俺が駄目なだけなんだろうけど」と付け足した。

「俺がまわりに順応でききれてないんだろうな」

 他にも何かあったのだろう、そう仁菜は考えていた。これだけじゃ刑務所なんていかないよ、他にも何か理由があるのだ、きっと。

 だが深く聞いたりはしなかった。人に話したくないことなんて、山ほどあるものだ。まだ今は聞かない。


 そうしてその日二人は別れて、3週間後の月曜日からそれぞれ休みを1週間とって、遺棄現場下見をすることになったのだった。

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