第57話 兄弟の再会
オーレルはもちろん驚いたのだが、その自分よりも青年の方が、その子供たちを信じられないといった顔で見つめていた。
「クリストフ! 無事だったのか!?」
「あれ、兄上?」
クリストフがきょとんとした顔で青年を見る。
――兄上だと?
第二王子のクリストフが兄と呼ぶ存在は、一人しかいないだろう。もしやこの青年は――
「ああ!? お姉さんが倒れてる!」
オーレルの思考を、クリストフの悲鳴がかき消す。
「どうしたのですか!?」
「具合が悪くなったのか!?」
「しっかりして!!」
少年たちが真っ直ぐオーレルの方に駆けて来る途中。
「クリストフ、よく無事で!」
青年が両手を広げて、クリストフを受け止める体勢に入ったのだが。
「ちょっと待って後にしてください!」
クリストフはなんと青年の横を素通りした。
子供の優先順位というものは、時に非常になる時がある。
「……私は、愛する弟に後回しにされたのか?」
「殿下、しっかりなさってください!」
先程の強気の態度はどこに行ったのか、顔色を悪くして項垂れる青年を、騎士が慰めている。
あちらの様子も気になるが、先に話を聞くべきはこちらだろう。
「クリストフ王子殿下、何故ここに?」
駆け寄って来た子供たちを、オーレルは厳しい視線で見据える。
「ごめんなさい、危険なのはわかっていましたが、オーレルさんとヒカリさんに全てを任せて待っているなんて、できなかったんです」
クリストフがしゅんとして謝った。
王子としての責任感が、他国の騎士であるオーレル一人に、事態の収拾を負わせることをよしとしなかったのか。
オーレルはこの王族の矜持を、頭ごなしに叱るのは躊躇われた。
「せめて王都の様子を遠くからでも見守りたいって言うから、兄ちゃんの荷馬車に繋がれていた馬に乗って、王都の近くまで来たんだ」
マックがクリストフを援護する。
どうやら最初は城にまで突入せず、遠くからちょっとだけ様子を見るだけのつもりだったようだ。
あの馬は訓練された軍馬なので、子供三人ならば余裕で運べるだろう。
「そうしたら、お城がすっごい光ったから気になって。気持ち悪いのも感じなくなったし、徘徊していた奴らも動かなくなっていたから」
もう一人の少年から城の外の様子が聞けた。
どうやら仕掛けは本当に止まったようだ。ミリエーラの言葉は真実だったのだ。
ではヒカリを目覚めさせる方法も、彼女の言葉に従うしかない。
――だが、どうやって探す?
オーレルが己の思考に沈もうとしていると、クリストフが倒れ伏すヒカリを心配そうにのぞき込む。
「ヒカリさんはどうしたんですか? 具合が悪くなったとか?」
この時、オーレルはまさに目から鱗が落ちた気持ちになった。
――そうか!
城が封印のための建物ならば、守り人というのは城の主、すなわち王族だろうと推測できる。
そして目の前にいるこの少年は、ヴァリエの王族だ。
「クリストフ殿下!」
オーレルは勢い込んでクリストフの両肩を掴む。
「殿下、王族に伝わる古い物や儀式などがあるのを知りませんか!?」
オーレルは迫るように問いかけた。
「古い物? 儀式?」
突然のことにクリストフが顔をあげてきょとんとする。
だが今は、彼に縋るしかない。
「そうです。話が長くなるので今は省きますが、それがないとヒカリは目を覚ますことができないのです」
「ええっ!?」
「お姉さん、死んじゃうの!?」
「でも私は、そんな話を聞いたことは……」
少年二人が驚き、クリストフが戸惑っていると。
「きさま、首と胴体が別離したくなければ、さっさとその手を離せ」
低い声でそう脅してきたのは、ショックから立ち直って駆け付けて来た青年だった。
両肩を掴んだままのオーレルの首筋に、剣が突き付けられる。
青年の声音に本気が感じ取られ、オーレルは両手を離して肩の上にやる。
「殿下に危害を加えるつもりはありません。ただ、重要なことを聞いているだけなのです」
「そんな話を信じる奴がどこにいる?」
青年が剣をさらにオーレルに押し付けようとした時。
「やめてください、兄上! 今は喧嘩をしている場合ではないんです!」
オーレルと青年の間に、クリストフが割って入る。
危うく剣に当たりそうになり、青年は慌てて剣をひく。
「兄上も一緒に考えてください! 王族に伝わる古い物や儀式が一体なんなのか!」
怒っているというアピールなのか、胸のあたりで腕を組んで見上げるクリストフに、青年はたじろいだ後で深く息を吐くと。
「それなら、心当たりはあるぞ」
なんと、そうあっさりと言った。
「本当ですか兄上!?」
クリストフが見上げると、青年はしっかりと頷く。
「王族に伝わる古い物も、それを使った儀式も私が把握している。なにせ父上は権力にしか興味のない方だ。実務など様々な行事が滞ってはいけないので、重要な書類は私が調べて保管してあるのだ」
またしてもヴァリエ国の裏話を知ってしまった。
というよりやはり、この青年がヴァリエの王太子か。
「そのようなことを尋ねるとは、お前は何者だ? クリストフとはどこで知り合った? 全てを最初から説明をしろ、話はそれからだ」
その声には王太子らしい、人を従えさせる威厳が籠っていた。
オーレルは王太子に己の身分を名乗り、ユグルド国の国境近くの村を襲った魔物騒ぎから今までの流れを簡単に説明する。
「というわけで、この遺跡は古代魔法文明時代に造られた仕掛けで、魔物を生み出すものだったようです」
オーレルの説明を、初めは王太子は信じることができなかった。
どうやら彼は、魔物化した住人たちの動きが止まった後に、王都入りしたらしい。
外では大勢が物言わぬ身体となって倒れているらしいが、それを王太子は毒が撒かれたのだと判断したようだ。
そして城の地下にいたオーレルを、毒を撒いた犯人だと考えたという。
だがクリストフがオーレルを援護した。
「本当なんです、兄上!」
「街に入ると気分が悪くなるし、街の奴らはおかしくなって襲ってくるし」
「すごく大変だったんです!」
子供たちが手足を精一杯動かしながら、それぞれに大変さを表現しようとする。
王太子はオーレルの話は疑ってかかっても、クリストフの話は基本信じるらしい。
子供たちの語る魔物の徘徊する王都の様子を聞いて、王太子は次第に顔色を変えていく。
「まさかあの学者の言っていた一国を滅ぼす力が、そのようなものだったとは……」
王太子は酔狂だと父王と学者を放っておいたことを、心底悔いていた。
「自国の民を魔物として戦わせようなど、我が父ながらなんと愚かな」
その王も、もし事件が起こった時に城にいたならば、恐らく城のどこかを魔物として徘徊していたことだろう。
仮にも一国の主となったものの死に様がそれでは、犠牲になった国民も浮かばれまい。
遺された国民と近隣諸国にとって幸運であったことを挙げるとするならば、王子二人がまともであったことか。
「この指輪は初代国王の頃から王族に伝えられるものだそうだ。これを使って城の東の塔にある広間で行う古い儀式がある。それがお前の言っているものかはわからんが、やってみる価値はあるだろう」
そう言って王太子は、自身の首に鎖に通してかけている、古い指輪を出して見せた。
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