第56話 魔の山の魔女
「なんだ……!?」
オーレルは突如床から発せられた眩い光に目が焼かれそうになり、慌てて目を瞑る。
その後、光が治まったのを確認して目を開くと、ヒカリの身体が床に崩れ落ちたように倒れていた。
「ヒカリ!?」
一体なにが起こったのか、なにかに攻撃されたのか。
オーレルが警戒しながらヒカリの身体を抱え上げようとした、その時。
『動かすんじゃないよ』
突然、オーレルの耳元で声がした。
「誰だ!?」
ここにはヒカリとオーレル以外に、生きている人間がいなかったはず。
腰の剣に手をかけ、身長に周囲を見渡すオーレルの眼前に、突如人影が出現した。
――なんだ!?
なにもない空間に現れたのは、白銀の長い髪に白銀の目をした女性だ。
年齢は若いように見えて、年老いているようにも思える、不思議な雰囲気があった。
反射的に剣を構えるオーレルを見て、女性はひらひらと手を振った。
『無駄だよ、これは生身ではなく幻影だ』
「……幻影、だと!?」
女性の言葉に、オーレルはさらに驚愕する。
幻影とはまぼろし、つまりは幻覚である。
海や砂漠で時折見るという蜃気楼のようなものだ。
あれらはぼんやりと揺らめいて見えるため、明らかに幻影だとわかる。
しかしこの相手は確かな生身の人間にしか見えない。
幻影と言うには生々しいその姿に、オーレルは背中に冷や汗をかく。
これは同じ人ではない、人智を越えたなにかだ。
「お前は誰だ?」
震える声を絞り出すように問うオーレルに、女性はニンマリと笑った。
『私は魔の山の魔女ミリエーラ。魔法王国最後の魔女にして、魔の山の守り人だ』
魔の山と魔女、この二つの単語から導き出される人物が、オーレルには一人だけいる。
『私は今までねぇ、人間は師匠しか見たことないような、すっごい山奥に住んでいたの。みんなが魔の山っていう、あの山よ』
いつかヒカリから聞いた話が脳裏に蘇る。
「……ではあなたが、ヒカリの師匠だという魔女か?」
『正解だ。お前はなかなか頭が柔らかいようだね』
オーレルの導き出した答えに女性は微笑んだと思ったら、呆れた表情でヒカリを見下ろした。
『全く、考えなしな弟子だよ。無策で行動するからこうなる。修業が足りないねぇ』
そう呟いた後、オーレルを再び見た。
『いいかい? よく聞きな。この魔法陣は魔法王国で造られ、城は後に魔法陣を封印するために建てられたもの。いわゆる蓋の役割を持っているのさ。その役割が止まってしまったため、仕掛けが再び動き出した』
「……役割、ヴァリエの王城が」
長く戦いを繰り返していた隣国の驚きの真実に、オーレルは息を呑む。
『そこに突撃したこの弟子の魂が、仮の蓋となってしまい仕掛けを閉じている。それゆえ今は魔法陣の機能が停止している状態で、ゴーレムたちも全て動きを停めているはず』
色々な情報が一気に入って来て、正直オーレルは脳内を整理できない。
ゴーレムというのは、魔物のことだろうか。
「では、今はとりあえず異変はなくなっているのか」
とりあえずこの旅の目的を考えて尋ねると、女性は大きく頷いた。
『その通り。だが早く正しい蓋を動かさないと、弟子の魂は蓋としての役割が定着してしまう』
蓋と聞いて思い浮かべるのは、鍋の閉じ蓋だ。
悪いものが入っている鍋を、蓋として閉じていたのが城なのか。
現在その役割を、ヒカリが代わりに負ってしまっているという。
では、それが定着するとはどういうことか、オーレルの疑問に女性が険しい顔をした。
『わかりやすく言えば、弟子の魂は蓋としてここに留まり、肉体は時間と共に朽ちていくということだよ』
代わりが代わりでなくなると、女性が告げる。
それはまるで人身御供のようではないか。
そんなものにこの賑やかな娘を差し出すなんて、オーレルは考えただけでゾッとする。
ヒカリには、サリア砦に待っている子供たちがいる。
そして自分だってもっと色々なことを会話してみたい。
決してここで朽ちて言い娘ではない。
「正しい蓋とは、どうすれば手に入るんだ!?」
噛みつくように叫ぶオーレルに、女性は片手を上げて落ち着くように促す。
『ここの守り人には何かしらの物か儀式かが伝わっているはずだ。だから今まで封印できていた』
「物か、儀式……」
それがどんなものか掴み所のない、なんともぼんやりした話だ。
『それを探す他に、方法はないね』
そう語ったミリエーラが、ふいに振り返る。
『誰か来る』
この言葉と同時に、ミリエーラの幻影は姿を消した。その直後――
「きさま、何故ここにいる!?」
地下遺跡に、男性の怒声が響き渡った。
いつの間にか魔法陣だという床の文様の縁あたりに立っていたのは、亜麻色の髪を短く刈り上げた精悍な青年だった。
騎士を数人連れており、それぞれ剣を抜いて構えている。
ミリエーラとの話に集中するあまり、周囲の警戒が疎かになっていたようだ。
ミリエーラに教えられるまで気付かず、ここまで接近された自身の迂闊さに、オーレルは舌打ちをしたくなる。
「この王都の惨状は、きさまの仕業か!?」
「下がってください! また毒を巻くかもしれない!」
青年の唸るような問いかけに被せるように、騎士たちが忠告する。
――毒だと?
オーレルは状況が全く読めない。
だがもし彼らがこの城の関係者なら、こちらを侵入者と捉えるのは無理もない話だ。
「いや、私は異変の調査のために王都へやってきただけだ」
「そのような御託を、誰が信じるか!?」
事情を話すオーレルに、しかし青年は聞く耳を持たない。
街も城も異常事態であるので、喧嘩腰になるもわかるのだが。
面倒なことになったと、内心困惑していた時。
「あ、いた!」
「おい、兄ちゃん!」
「オーレルさん!」
今度は甲高い子供の声が響く。
――この声は……。
オーレルが階段を見れば、少年二人に守られたクリストフが駆け寄って来る姿があった。
森に避難しているはずの彼らが、何故ここにいるのか。
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